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『葛城事件』感想(ネタバレ)…葛城家はどこにでも存在する

葛城事件

葛城家はどこにでも存在する…映画『葛城事件』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:葛城事件
製作国:日本(2016年)
日本公開日:2016年6月18日
監督:赤堀雅秋

葛城事件

かつらぎじけん
葛城事件

『葛城事件』物語 簡単紹介

葛城清の2人の息子のうちのひとりである次男の稔は覆しようのない死刑判決を受けた。その稔と獄中結婚した、死刑制度反対を訴える女である星野が葛城清の住む家を訪ねてくる。かつてそこには壮絶な家族の姿があった。それは外側からは見えない家庭という監獄。我が道を行く葛城清は妻・伸子と共に2人の息子を育て、念願のマイホームも建てて理想の家庭を築き上げたはずだった…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『葛城事件』の感想です。

『葛城事件』感想(ネタバレなし)

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最悪の傑作

最近もニュースで耳にするように、残念なことに極めて残酷な凶悪事件は定期的に発生します。

そのとき、大抵の人は被害者側の立場でその事件のニュースを見ているはずです。加害者に対しては怒りや憎しみをぶつけるだけであり、どこか他人事。凶悪事件を起こすような人やその家族は、私たち一般人とは違う異常な人たちなんだと考えて片づけてしまいがちです。家庭環境が悪い、子育てを間違った、ネットのせいだ、サイコパスだったんだ…そんなテンプレどおりの言葉ばかり。

でも本当にそうなのか?

次は自分(もしくは近しい人)も加害者になりうるのではないか」という絶対に考えたくない可能性を徹底的に情け容赦なく突きつける…そんな映画が本作『葛城事件』です。

本作を見た後に残る嫌な気持ち。例えるなら、目を頑張ってつぶろうとしているのに、ペンチで無理やりこじ開けられる…そういう体感でしょうか。現実逃避を許さない残酷さがあり、気が狂いそうでした。

ホラーよりもはるかに恐ろしい。人によってはトラウマを抱えかねないと思います。でも、それでいいんです。本作の目的は自覚させることにあると私は考えています。

逆にこの映画を見て、何とも思わないとか、冷静でいられるとか、他人事のように登場人物を批判できる人はちょっと…。 それこそ劇中に登場した葛城家と同じ感性になってしまっているのかもしれないのですから。

とにかく、本作は今年公開の邦画のなかでは傑作中の傑作だと個人的には評価しています。負の家族映画としても歴代トップクラスでした。役者陣の演技も恐ろしいくらい完璧で、凄すぎます。見て損はないです。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『葛城事件』感想(ネタバレあり)

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サイコパスにはしない

あまりにもインパクトあるテーマを描いた映画なので、その内容ばかり注目されがちですが、純粋に映画としてのテクニックが上手い作品でもあると思います。

カメラワーク、カット、音、小道具…どれも秀逸です。

挙げだすとキリがないので少し挙げるなら、現代の葛城清が杖をつく「ゴツン、ゴツン」という音。冒頭にこの音が鳴るだけで怖かった。次男の稔が放火したように見えるシーンやナイフでもって凶行におよぶシーンは、カメラが第3者的になって恐怖倍増です。このへんの音の使い方やカメラワークはホラー映画っぽいなと思いました。

また、全体的にステレオタイプにならないよう配慮されている点も良く出来ています。

例えば、次男の稔の描写。ありきたりな映画なら、絶対にインターネットをだしてカタカタやっている場面をだしそうですが、本作にはそれはなし。あえていうならコンビニ弁当しか食べないあたりがステレオタイプ感ありますが、それは監督も自覚したうえらしく、食の演出が外せないのでいれたとのことで、納得できます。

本作の原作は舞台ですが、舞台版では稔は先天的なサイコパスとして描かれているのを映画ではやめたそうで、ステレオタイプに頼らないのは難しいチャレンジだと思いますが、実にスマートに成功させています。

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笑えるシーンを挙げてみる

本作はとにかく憂鬱になる映画ですが、笑えるシーンもあるのが特徴。むしろ名言のオンパレードです。この作品で笑ってしまうのは、一種、長男の自殺後の葬式で笑い話をする母・葛城伸子と同じで、あまりにも辛すぎて笑うしかないのと同じなのかもしれません。

本作の中心人物である葛城清に注目して、個人的に笑えたシーンを挙げてみました。

①馬鹿いってんじゃないよ

行きつけのバーで「3年目の浮気」を歌う葛城清。デュエット曲で頑なに男性パートだけ歌う。傍に星野順子がいて「歌いましょうか」と言ってくれているのにガン無視。

「馬鹿いってんじゃないよ お前の事だけは」
「一日たりとも忘れたことなど無かった俺だぜ」
「・・・・・・・・・・」
「よくいうよ 惚れたお前の負けだよ」

『誰もなんも言ってねえよ!』と思わずツッコミたくなる独唱。女性パートもいっそのこと歌えばいいのにしない。葛城清の徹底した男女観にこだわる性格がよくでています。しかも、この後チョイスしようとする歌がSMAPという…デュエットできないのにグループ曲を歌えるわけないでしょうに…(しかもよりによって解散しちゃったし)。

まず最初に誰しもが「えっ…」となる場面であり、このへんはまだ観客も笑っていいのか迷いますよね。

②水餃子は美味しいんですよ

中華料理屋での一幕。前に来たときよりも味が辛いと店員に向かって激怒する葛城清。よく見ると、長男の保とその妻、そして妻の両親も参席していて気まずそう。よくこの状況で怒れるなと思ってしまいますが、店員が引っ込むと豹変。長男の妻の両親にこんな言葉を優しそうにかけます。

「あ、でも水餃子は美味しいんですよ」

ほんと言いたい放題言ってる感じが可笑しいです。この厳しいことを言ったあとに、優しいことをいう話術…「ああ、自分もやるな」と思ってしまい複雑な気持ちになります。

③おうちへ帰ろう

母と次男が別居して逃げ出したアパートに上がりこみ、他人の情事の話をしたかと思えば、次男の首を絞め、ナイフで殺そうとする…ここでもやりたい放題の葛城清。全員が沈黙するなか、腹が減ったとかぬかし、そして一言。

「おうちへ帰ろう」

葛城清は自分の家のことを普段は「城」と表現してきたわけですが、ここでは「おうち」。いくら可愛く言ってもさすがに無理があります。でも、葛城清は本気であの家がみんなが安らぐ憩いの家庭だと思っているんですよね。

④お許し願えませんか

「3年目の浮気」を歌ったあのバーで、開き直りともとれる大演説をかます葛城清。マイクを手に取り、最初のセリフを語るも…。

(あれ、マイク入ってないな…)カチッ

そして、また同じセリフをやり直す。なんとも締まらない演説です。「お許し願えませんか」と言って最後にやる土下座も下手すぎます。なんか柔軟体操みたいでしたよね。葛城清の人生で「謝る」ということを普段し慣れていないことがよくわかります。

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あなたに近い登場人物は誰?

本作の主要人物は葛城清、葛城伸子、葛城保、葛城稔、星野順子の5人です。なかにはコイツは理解できないと思ったキャラもいたでしょう。

私の考える葛城事件解釈論では「一番理解できなかったキャラが、実は一番自分に近いキャラなんじゃないか」と思っています。人間は現実逃避するものですから。

葛城清は、どう考えたって諸悪の根源です。でも悪いことをしているわけじゃない。父として、夫として、一家の主として、正しいと思うことをしているだけです。一方で、3人の家族は彼のことを絶対に逆らえない監獄の看守のようにしか感じていなかった…尊敬なんてゼロです。葛城伸子、葛城保、葛城稔の3人がなぜ父を殺さないのか不思議に思う人もいるかもしれませんが、これはいわゆる共依存関係にあるからだと思います。彼の場合、自分を省みることを絶対にしないのが最大の欠点でしょう。だから最後まで救いがありません。

葛城伸子は、私は彼女も最初は普通の妻であり、母だったのだと思います。付き合い時間が長いからか、実は一番冷静にこの葛城家を分析できていたのではないでしょうか。自分の置かれた状況を「最後の晩餐」と称して話題をふるあたり、明らかに客観的な知性を感じます。ただ、分析できてもなすすべがなかったというのが、彼女を絶望に落としました。たぶん、かなり初期の段階から絶望して無気力になったのだろうな…。

葛城保は、まともそうに見えますがそれは葛城清に従順だったというだけ。それは薄々自覚していたと思います。再就職探しの面接で自分の名前を言えないのはあがり症なんて単純なものではなく、「葛城」という名字の重さが怖いからだったのではと思います。でも、父に母と次男の逃げた先を密告してしまうという…。自殺前のシーンで、タバコをポイ捨てして、また拾いに戻る場面で伝わる真面目さ…父に教え込まれたその真面目さが呪いにしかならなかったのが辛過ぎます。

葛城稔は、一見するとひきこもりですが、私はそう簡単に断言できないと思っています。というのも、ひきこもりの定義には、「家庭以外に居場所がなく、家族以外の親密な人間関係がない社会参加をしない状態」という条件があります。稔の場合、家庭にさえ居場所がない“ひきこもりにすらなれない”状況に、根底的な問題があるのでしょう。一発逆転を狙って殺人をするなど、勝ち負けにこだわり、周囲を省みないあたりの言動をみると、一番父親に似ていましたね。

星野順子は、葛城家とは違う部外者であり、そういう意味では観客に近そうにみえるキャラです。ここで本作が上手いのが、星野順子にも歪な家族感を匂わせていること。愛をもってサポートしてくれる人がいれば救えるという彼女の主張は、私たちが凶悪事件を防ぐためにいいそうな綺麗事そのものであり、結果的に観客が安易な解決思考に走るのを防いでいます。そもそも死刑に反対したことで家族を失ったと言っている時点で、稔に家族を語る立場がないのですが、やはり彼女もまた自覚できていない人間なのでした。

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葛城事件は氷山の一角

本作の目的は自覚させることにあると書きましたが、劇中の登場人物は自覚できずに終わります。
唯一、自覚したかもしれないのが無差別殺傷事件を起こした葛城稔です。

星野順子の元カレとの性行為という謎の暴露を聞かされた稔は一瞬うろたえます。このシーンの解釈はいろいろあると思いますが、私は稔が「異常なのは自分だけじゃないこと」を知ってしまったからではと受け取りました。

「葛城事件」があるなら「星野事件」もあったはずなのです。そして、他にも無数の「○○事件」が…。稔でさえ恐怖する事実に、私たちはどうすればいいのでしょうか。

『葛城事件』
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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作品ポスター・画像 (C)2016「葛城事件」製作委員会 かつらぎ事件

以上、『葛城事件』の感想でした。

『葛城事件』考察・評価レビュー