ヒメアノ~ル
原題:ヒメアノ~ル
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年5月28日
監督:吉田恵輔

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 
あらすじ

平凡な毎日に焦りを感じながら、ビルの清掃員として働いている岡田は、同僚の安藤から想いを寄せるユカに近づくために、あれこれを頼まれる。そんなか、ユカが働くカフェで再会した不気味な雰囲気を漂わす同級生の森田正一が狙いを定めて動き出していた…。


動物も人間も映画も豹変する

東京都心から約1000km離れた太平洋上にある小笠原諸島には、グリーンアノールという全長15cm程度のトカゲが生息しています。このトカゲ、本来はフロリダ州やジョージア州などのアメリカ南東部、またはキューバやメキシコなどに棲んでいる生き物。つまり、いわゆる外来種というやつです。そんなグリーンアノールは原産地では大きな他種のトカゲやヘビなどの天敵がいます。ところが、新天地の小笠原諸島にはグリーンアノールの天敵がいません。そのため、小笠原諸島ではグリーンアノールがその島の希少な昆虫たちを我が物顔で食い荒らして問題になっています。ある場所では捕食される側として暮らしていたやつが、何かのきっかけで捕食する側として君臨できる…自然界ではよくある光景です。

ところでこの現象、なにも自然界の野生動物だけに限る話ではない…というのが本作『ヒメアノ~ル』のあらすじの本質な気がします。タイトルもまさに「小さいトカゲ」を意味しています。

『ヒメアノ~ル』はサイコパス的な殺人などの犯罪行為を重ねる者を描くスリラー映画。今年はこのタイプの邦画が『ディストラクション・ベイビーズ』、『クリーピー 偽りの隣人』、『葛城事件』と量産されていましたが、本作『ヒメアノ~ル』の秀でている点は「わかりやすさ」だと思います。

登場人物は極端なくらいのキャラづけがされており、立ち位置がわかりやすい。物語も深く考察する必要がないくらい、変な小細工なしで直球です。本作は前半と後半で劇的な豹変をみせますが、これも「さあ、これから地獄が始まりますよ」と観客にこれ以上ない明快な章の転換を示してくれる…こんな作品もなかなかないです。

そして、忘れてはならない残酷さ。暴力描写はあまりにもわかりやすく、ゆえに強烈な印象を残します。その暴力の実行者である快楽殺人鬼の森田正一を演じた森田剛がとにかく凄い。一応ジャニーズ・アイドルなのに、しかも同姓の役で、ここまでやっちゃっていいのかといらぬ心配をしてしまうほどです。映画単独初主演でここまで鮮烈なキャラを出せるんですから、一体何なんだ…。リアルで豹変にびっくりしてしまいました。

そういえば、本作の吉田恵輔監督の前作は『銀の匙 Silver Spoon』(2014年)でした。こちらも今回と違いすぎます。まあ、むしろ『銀の匙 Silver Spoon』のほうが吉田恵輔監督のフィルモグラフィーのなかでは特異なのかもですが。

いろいろ豹変に衝撃を受けまくる映画です。





↓ここからネタバレが含まれます↓




レザーフェイス・森田に麦茶をあげたい

「俺は毎日恋をしている」な安藤の好きな女性・ユカから逆に告白されるという「なにこれ…」展開が舞い込んできた岡田。「死ぬほど残念です」な気持ちをにじませながらユカの求愛を拒否するも、こっそり付き合っちゃうことに。なんだかんだでユカとのいちゃいちゃセックスにこぎつける…このラブコメだけでも普通に面白いのですが。

ヒメアノ~ル

しかし、40分ちょっとの幸せな時間は無情にも終わる。

満を持してタイトルがデーンと現れ、不吉な音楽がなるなか、森田が始動する瞬間がこの映画の最高潮であり、演出が上手いためについテンションが上がってしまいます。ラブコメからスリラーへの変身が実に鮮やかです。

セックスしたら殺人鬼登場というのが、アメリカの伝統的なスラッシャー映画っぽくもあります。実際、劇中に『悪魔のいけにえ』(1974年)のオマージュシーンが随所にありました。

学校時代の苛烈なイジメを行った側である同級生を殺したことがきっかけで、森田は完全に本能のままに生きる動物さながらに生まれ変わります。

この森田の残虐行為の数々、監督の露悪的な悪趣味さが炸裂していました。

岡田とユカのセックスシーンと森田の暴行シーンのカットバックに始まり、次から次へ繰り広げられる惨劇がいちいち生々しい。終盤に森田が車を奪い逃走する際、刺し殺した車の持ち主を轢いていくあたりとか、森田の存在しているだけで残酷さがばらまかれる感じがいいです。今年は女性がレイプされる邦画をたくさん観てきた気がしますが、本作は直接的描写がないのになんでこうも嫌な感じがするのか。監督自身が「生理中の女性がレイプされる映画がないのであえて入れた」と言っているくらいですから、監督は控えめに言って変態です(失礼)。

私も監督の悪趣味にのっからせていただくなら、ユカをもっと非道な展開に追い込んでくれてもよかったなと思います。終盤のユカへの暴行はさらにインパクトが欲しかった…。残酷への感覚がマヒしているだけかもしれないけれど…。

個人的に一番惜しいというか気になったのは時間。前半のラブコメがダラダラと何日もかけて進行するのはいいのですが、森田が凶行を重ね始めてからはもっと短い時間(1日とか)でサッと進んでほしかった。日にちがたてばたつほど、超凶悪事件のわりに警察の動きが鈍いとか社会の反応が薄いというようなことがノイズになってきてしまう部分も…。森田の凶行が素晴らしく表現されているだけに残念。

森田正一を演じた森田剛は完璧です。暴力以外にも直前に言ったことを言ってないよととぼける場面だけでもゾッとする。彼は過去ではなく、今の感情だけで動いており、衝動的で何をしでかすのがわからない怖さが常につきまとうのが観ていて嫌になります(映画的には褒めてます)。よく考えると『ファインディング・ドリー』の健忘症のドリーと同じです。全く愛らしさはないですが…いや、こういう性格のキャラに愛らしさを見い出すのは難しいのが当たり前ですよね。普通は不安になりますから。

この映画、2段階で豹変を仕込んでいます。最後の豹変が切ないというのも意外性こみで良いオチでした。あのラストの友達とゲームで遊ぶ光景は、完全に自分の思い出と重なるのでグッときました。

人って簡単に変わっちゃう生き物なんだなと思ったの同時に、自分も変わってしまったのだろうかとふと考えてしまいます。今は会っていない学校時代の友人は元気でいるのかな…。