マジカル・ガール
映画『マジカル・ガール』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Magical Girl
製作国:スペイン
製作年:2014年
日本公開日:2016年3月12日
監督:カルロス・ベルムト

【個人的評価】
 星 9/10 ★★★★★★★★★
 

Plot Summary

日本のアニメ「魔法少女ユキコ」の大ファンの少女アリシアは、白血病で余命わずかであった。ユキコのコスチュームを着て踊りたいというアリシアの夢を叶えるため、失業中の父ルイスは高額なコスチュームを手に入れようと決意する。しかし、そんなルイスの行動が、謎めいた女性バルバラやワケありな元教師ダミアンらを巻き込み、事態は予想もしない方向へと転じていく。

ネタバレなし感想

スペインからやってきた魔法つかい

公開前からこんなにも日本で注目を集めたスペイン映画は他にないのではないでしょうか。その理由は独創的な設定。その設定とはタイトルにもあるとおり「魔法少女」が物語上の重要なファクターとなっている点です。「魔法少女」は日本のサブカルチャーを構成する欠かせないものであると同時に、女の子の成長を暗示する日本独自の概念として古くから扱われてきました。その「魔法少女」が海外の映画でここまでフィーチャーされるのは異色です。

本作は「魔法少女」以外にも日本要素が多数ちりばめられています。強烈に印象に残るのは曲です。劇中に登場する日本の架空のアニメ「魔法少女ユキコ」のテーマ曲として長山洋子のデビュー曲「春はSA-RA SA-RA」が使用されるほか、エンディング曲には美輪明宏が作詞・作曲した映画『黒蜥蜴』の主題歌「黒蜥蜴の唄」のカバーが流れます。

やはりというかこの映画の監督であるカルロス・ベルムトは、かなりの日本通。漫画「ドラゴンボール」を再解釈したコミック「Cosmic Dragon」を出版したこともあるほど。日本にもよく訪れているようで、日本人である私なんかよりも日本を客観的に分析できています。日本のサブカルチャーを映画に昇華する監督として、「ギレルモ・デル・トロ」や「クエンティン・タランティーノ」と並ぶ新たなひとりが登場したといえるのではないでしょうか。こういう人が増えるのは日本人として純粋にうれしいです。

魔法少女に化けるフィルム・ノワール

「魔法少女」が鍵となるといっても本作はファンタジーではありません。また、オタク的な要素もありません。だからといって、現実的かというとそうでもない…ズバリ言ってしまえば『マジカル・ガール』は「フィルム・ノワール」です(フィルム・ノワールの意味はWikipedia等を参照してください)。

かなり王道な「フィルム・ノワール」なのですが、「フィルム・ノワール」に欠かせない「ファム・ファタール」を「魔法少女」に重ねるという発想がちょっと日本人にも思いつかない変化球です。同じく「魔法少女」の陰の側面を強調した作品として、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』に共通するものがあります(監督自身もインスピレーションを受けたと明言してます)。

「フィルム・ノワール」なので作風は暗いし、暴力的で、悲劇的です。当然ながら万人受けしないと思いますが、その予測つかない展開は誰もを引き込む魔力を持っています。カルト映画になりそうな作品です。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓




ネタバレあり感想

見えないからこそ魔力が宿る

序盤は難病の娘のために奮闘する父親のハートウォーミングなドラマが始まります。アリシアの2つ目の願い「魔法少女ユキコのコスチュームが欲しい」が本作のすべての始まりですが、それを表とするなら3つ目の願い「13歳になりたい」が裏の願い。3つ目の願いは絶対に叶わないからこそ、2つ目の願いを叶えてやりたい…この裏の願いが父ルイスを突き動かします。

しかし、このまま話は進まない…アリシアの父ルイスがバルバラに出会うことで、物語は完全に狂いだします。

本作のストーリーはとにかく予測がつかず終始不安になります。その不穏感を増長させるのが“見せない演出”です。例えば、登場人物の顔が映りません。普通、会話シーンではセリフごとに各キャラを交互に映すものですが、それをしません。そのため、会話を理解しているのか、どう反応しているのか、さっぱりわかりません。わざと感情移入させづらくしてます。これは観客を突き放すことで、作品に入り込まず、部外者として見なさいというメッセージとして私は感じました。私たち観客はあくまで一般人であるべきなのです。

私が個人的に好きな作中の“見せない演出”は、アリシアがコスチュームに着替えているシーンと、バルバラが後半に黒蜥蜴の部屋でひどいことをされるシーンを映さないこと。これはつまり、魔法少女でいう“変身”シーンを映さないのと同じことでしょう。一般人には魔法少女の“変身”を見せないのは、魔法少女ものでは定番であり、意外なことに本作は魔法少女ものの王道もちゃんと守っているのが秀逸。魔法少女もの要素がないなんてことはないです。魔法少女もの要素といえば、無垢な願いが欲望へ変わり、負の連鎖を通して自分に跳ね返ってくるのは『魔法少女まどか☆マギカ』そのものでした。

見えない魔力を体現する役者陣は素晴らしく、とくにバルバラを演じたバルバラ・レニーはスペインで主演女優賞を総なめにしたのも納得の怪演。他にもルイスを演じたルイス・ベルメホは主演男優賞、ダミアンを演じたホセ・サクリスタンは助演男優賞、アルフレドを演じたイスラエル・エレハルデは新人賞と、各賞に続々受賞・ノミネートされてますし、まさに隙なし。ちなみにバルバラの夫のアルフレドを演じたイスラエル・エレハルデは、バルバラを演じたバルバラ・レニーと実際に交際してるらしいですね。忘れてはいけないのが、アリシア役のルシア・ポリャン 。可愛く怖い絶妙なバランスでした。起用の決め手は、オーディション時にタバコをねだる演技を要求すると彼女だけなぜか「タバコをくれないと腕を折るぞ」と言ったからというエピソードもらしくて良いです。これら役者陣の魔力を長編劇場デビュー作で引き出せてしまうのだから…カルロス・ベルムト監督、恐ろしい。

魔法少女vs魔法少女の結末

本作はダブルヒロインの映画といっていいでしょう。タイトルの『マジカル・ガール』はアリシアのことですが、バルバラでもあります。ただし、バルバラは過去に魔法少女だった存在が成長した“魔女”みたいなものです。私はこの映画を二人の魔法少女のバトルものとして受け取りました。肝となるのが二人の魔法少女は直接戦うことなく、男(ルイスとダミアン)を使役して戦わせます。

二人の戦いの結末は、アリシア&ルイスがダミアンに銃殺されて負けるわけですが、これをどう解釈するかは見た人しだい。純粋に願っただけのアリシアが殺されてしまうのは悲しく、バットエンドのようにも思えますが、私はあえてそうは考えません。

(ここから先はかなり個人的な解釈になります)

ダミアンは当初ルイスに銃を渡して自分を殺させようとしますが、逆に殺してしまいます。なぜでしょうか? よく見ると「バルバラが夫を裏切った」という話を聞いて急に激変しています。これには2通り解釈があると思うのです。ひとつが、バルバラが夫を裏切ったのなら、自分のものにできると判断したという可能性。そしてもうひとつが、バルバラが夫を裏切ったのなら、自分も裏切られると判断した可能性。ダミアンはバルバラから受け取った本の匂いをかぐシーンなどから想像できるように、明らかにバルバラの魔力に囚われています。ダミアンとバルバラの過去に何があったかはわかりませんが、かなり凄惨な出来事があったのでしょう(もしかしたら別の魔法少女と戦ったのかも)。一方で、今のダミアンがバルバラから解放されたいのかされたくないのかはよくわかりません。ただ、ダミアンにとってバルバラからの解放を意味するパズルというアイテムですが、そのパズルのピースを捨てたルイスがパズルのピースそのものだった…。ダミアンがバルバラをどう想っていたのかにせよ、ルイスの携帯電話を奪ったことでダミアンとバルバラの立場は逆転します。パズルは完成しました。

序盤のシーンを反転させるようなラストの携帯電話を消すマジックが印象的です。ラストで初めて女性じゃないキャラがマジカルを見せる…ダミアンにしてみれば、新たな進展であり、ハッピーエンドです。

magical girl

そうやって考えるとアリシアもただの純粋無垢な存在と見ていいのかとも思えます。思い出してみてください。アリシアの1つ目の願いは「誰にでもなれる能力を手に入れたい」。これはアリシアはバルバラになれるということともとれます。ダミアンが魔法少女姿のアリシアと直面したとき、ダミアンをじっと睨む顔はバルバラそのものでした。だから殺した(第2のバルバラの出現を食い止めた)。きっとダミアンはこれから魔法少女ハンターとして生きていくしかないのかもしれない…。

妄想はこれくらいにしますが、こういう想像ができるのが本作の一番の楽しさです。