蜜のあわれ
映画『蜜のあわれ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:蜜のあわれ
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年4月1日
監督:石井岳龍

【個人的評価】
 星 5/10 ★★★★★
 

Plot Summary

自分のことを「あたい」と呼び、真っ赤な衣装を身に纏う赤子は、共に暮らす老作家を「おじさま」と慕い、夜は一緒に眠る。 赤子は普通の人ではなかった。実は彼女はある時は女(ひと)、ある時は尾ひれをひらひらさせる真っ赤な金魚だったのである…。

ネタバレなし感想

美少女擬人化の古典

昨今のサブカルチャー(「サブ」なんて言ったら失礼ですけど)は、動物とか乗り物とか、もはや何でも美少女擬人化するのが流行りらしいですね。こういうのはハマっている人は別にして、それを知らない側にいる人たちの中には「そんなの何が楽しいんだが…」と軽蔑の目を向ける者も珍しくありません。「こんなのを楽しむなんて最近の若者は…」と嘆く声も聞こえてきそうです。

しかし、美少女擬人化を楽しむのは現代の日本人だけではないのです。

明治から昭和にかけて活躍した作家である「室生犀星(むろう さいせい)」もそのひとり。彼が亡くなる3年前の1959年に発表した小説では、なんと少女の姿をした金魚が描かれます。


この少女の姿をした金魚と交流するのは老作家。明らかに室生犀星自身を重ねた物語です。しかも、交流と言ってもエロティックなほうの“交流”も含みます。「少女」と書きましたが、金魚なので人間換算で何歳なのかはよくわかりません。だから、セーフです…といいたいところですが、それ以前にシュールすぎます。

つまり昔ながらの文学の世界ですでに美少女擬人化は描かれているのですから、現代の美少女擬人化を楽しんでいる人を馬鹿にする理由は微塵もないですし、恥じることもありません。

といっても、この室生犀星による金魚の少女化はなかなかエキセントリック。ゆえに映像化不可能とされたこの小説が、石井岳龍監督の手によってなんと映画化。アニメ化のほうがまだ理解できそうな原作を、どう映像にするのか誰しも気になるところでしたが、結果的に映像化は成功といっていいのではないでしょうか。

本作『蜜のあわれ』はとにかくファンタジックかつアーティスティックな世界観が全開です。

注目はなんといっても、金魚を演じた“二階堂ふみ”。二階堂ふみのパワーでこの作品の90%は支えられているといっても過言ではない。個人的には二階堂ふみの魅力が最も輝いた作品となったことは間違いないと思います。褒めてるように見えないかもしれないですが、二階堂ふみって改めて考えるとすごく金魚っぽいんだなと実感しました。

老作家を演じた大杉漣も名演です。こんな「交尾」と連呼する大杉漣は他では見られません。ベテランさえも経験したことがない挑戦をさせてくれる、この室生犀星ワールドは一筋縄ではいきませんね。

監督はあの常に個性的な作品を連発することで定評のある“石井岳龍”。最近だと『シャニダールの花』(2013年)や『ソレダケ that’s it』(2015年)を監督していますが、間違いなく適切な仕事を期待できる逸材なのは語るまでもなく。

とにかくシュールな映像が連続する本作、二階堂ふみファンなら必見、それ以外の方も試しに覗いてみてはどうですか。

予告動画







↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

「交尾はしなくていい!」

どれだけシュールな映像が見れるのか期待しての観賞。確かに序盤のシュールさは印象に残りました。ピチャ、ポチョンみたいな効果音に始まる真っ赤な装いの赤子の言動は、ずっと見ていたい。まさに老作家と同じ気持ちです。二階堂ふみは金魚らしい仕草を研究したみたいですが、ちゃんと金魚でした。いや、そんな褒め方をするのもおかしいですけど、本当に金魚なのです。金魚は観賞用に人が品種改良した生き物ですから、野性味がない…可愛いくもあり、不格好でもある、その感じがでていました。世界で一番金魚が似合う女優とはまさに二階堂ふみです。

ただ、映画らしい見せ方によるシュールさは想像以上に少なかったとも感じました。鏡が割れるシーンくらいだったかな…。あとは会話劇になってしまいますが、会話劇も特別に面白いと感じる領域に達するにはもうひと押し足りないというのが個人的印象かなと。

赤子のダンスは良いのですが、ダンスが劇中で何度も出てくるのはやめてほしかった。ちょっと赤子のビジュアルに頼り過ぎかな。でも、実際に見た目がジャストフィットなくらい良くできているのですから、何度も見せたくなるのはしょうがないですけど。

まあ、この難しい世界観を低予算で役者のパワーだけで表現しただけでも凄いこと。エロティックなだけでも、アートなだけでも終わらず、上手い具合にいろいろな表情を見せてくれる本作の魅力は、間違いなく他にないもの。気に入ってしまう人だって出てくるのも当然。明らかに人を選ぶ一作ではありますが、それでも似たような青春邦画が並ぶ日本の映画の現状からしてみれば、これくらいずば抜けた個性を発揮する映画が1、2本ないと困ります。そういう意味では大歓迎の一作でした。

しかし、二階堂ふみ以上に名演が輝いていたのは大杉漣でした。大杉漣が演じる老作家は逆に想像以上に良かったです。「交尾はしなくていい!」「交尾はいかん!」のやりとりは本作随一のシュールさ。本作は、若い天才を妬みながらも小説が書けない、性欲があれども勃たない 、金魚を擬人化して自分を慰める哀れな老人の物語であり、大杉漣からにじみ出る残念感が素晴らしい。もうダメかもしれないと思わせるこの虚しいまでの堕落っぷり。人間って老いると成熟するようなイメージでいますが、実際は色々こじらせやすくなるという一面をそのまま体現するかのよう、一番めんどくさい老いを見せてくれました。

物語自体は老人に甘いオチだったのが現代的価値観には馴染まないかもですが、まあいいかなと思います。大人(だいたい中年以上)が若者をたしなめるセリフに「最近の若者はリアルとフィクションの区別がついていない」なんてものがありますが、劇中の老作家はリアルとフィクションの区別がついていない人そのもの。むしろ老いるほどリアルとフィクションの境が曖昧になり、逃げこむしかない…そんな老いへの虚しさが本作には詰まっています。金魚の女の子に逃げてもいいじゃないですか。たとえ「あわれ」でも。

ちなみに金魚は交尾しません。メスが卵を産み、オスがそこに精子をかける体外受精です。なので劇中の赤子のように身ごもることはないので、本作を見て勘違いしないでくださいね(たぶん、そんな人はいない)。

蜜のあわれ

二階堂ふみの赤子、大杉漣の老作家の二人は良かったのですが、残りの主要人物はというと…うーん。

金魚の赤子だけでもじゅうぶんシュールなのに幽霊まで登場する本作。その「ゆり子」という名の幽霊を演じた真木よう子ですが、こちらは申し訳ないけど二階堂ふみ演じる金魚と比べてキャラが弱い。しかも、シュールというかただの滑ったギャグにしか見えないのが痛かった。あの横スライドはなんだったんだ…。赤子に追いかけられるシーンも、普通に走っているだけで、全然幽霊っぽさがない。なんか演出なかったのでしょうか…。

高良健吾が演じる芥川龍之介はビジュアルもバッチリで、老作家が到底敵わないラスボス的な天才感が非常に決まっていて良かったのですが、物語上の立ち位置に華がなかったというか。もっとここぞというときに登場を絞っても良かったのではと思いました。もったいなかったです。

私も昔は金魚を飼育していましたが、美少女に変身してくれるとは考えたこともなかった…。もっと愛情を注いでいれば、二階堂ふみになったかもしれないと思うと惜しいことをした…。そんな残念な感想でこの記事はおしまいです。

(C)2015「蜜のあわれ」製作委員会