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『ANNA アナ』感想(ネタバレ)…リュック・ベッソンの時代は終わるのか

ANNA アナ

リュック・ベッソンの時代は終わるのか…映画『ANNA アナ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Anna
製作国:フランス・アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年6月5日
監督:リュック・ベッソン
性描写

ANNA アナ

あな
ANNA アナ

『ANNA アナ』あらすじ

1990年、ソ連の諜報機関KGBによって鍛え上げられて殺し屋になったアナ。ファッションモデルやコールガールなどさまざまな顔を駆使して、ターゲットとなる国家にとって危険な人物を消し去っていく。アナは明晰な頭脳と身体能力を駆使し、誰もが認める一流の暗殺者へと成長した。そんな中、アメリカのCIAによる巧妙なワナにはめられ危機に陥ったアナは選択を迫られる。

『ANNA アナ』感想(ネタバレなし)

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窮地のリュック・ベッソン監督

1950年代末に始まってフランスの映画界に新しい波を巻き起こした一連の流れを「ヌーヴェルヴァーグ」と呼ぶのはシネフィルならご存知のとおり。そんな歴史を土台にするフランス映画界において、1990年代を主としてさらなる風を吹かせた世代が現れます。それは人によってはフランス映画のエンターテインメント性の開花と鼻高々に語ることもありますし、逆に幼稚になり下がったと批判する人もいます。どちらにせよ新風が吹き荒れたのは間違いありません。

そのフランス映画のイメージを変えた新風の発生元にいたのが“リュック・ベッソン”です。

1983年に『最後の戦い』という映画で長編監督デビューをするのですが、この作品が白黒作品かつセリフなしというなかなかに異色作。すでにこの時点で強烈な作家性を発揮していました。その“リュック・ベッソン”監督を一躍世界的に有名にしたのは1994年の『レオン』でしょう。日本の今の若い映画ファン層の間でもこの作品をお気に入りに挙げる人も多く、年月が経っても支持される、まさにカルト作でした。

これで成功を収めた“リュック・ベッソン”監督は、『フィフス・エレメント』『ジャンヌ・ダルク』などジャンルを拡大して大作を手がけるようになり、さらには「EuropaCorp」という自分の映画製作会社を作るまでに至ります。『TAXi』シリーズ、 『トランスポーター』シリーズ、『96時間 』シリーズと人気を得た作品群も次々プロデュース。見事にフランス映画を世界に通用するコンテンツへと牽引したクリエーターといえるでしょう。

2017年、ついには『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』という自身の長年の夢であったSF超大作を実現することもできました。“リュック・ベッソン”監督のキャリアも頂点を極まれり!という感じです。

ところがこの巨額を投入した渾身の一作だった『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』は興行的には芳しくない結果になり、経営状態は著しく悪化。破産も目前の状態になってしまいました。

そんな中での2019年に公開された“リュック・ベッソン”監督最新作『ANNA アナ』。原点回帰的といいますが、シンプルなアクション・サスペンスに戻ったわけですが、ここで少し好転できる勢いを取り戻せたら良かったものの、そうも言ってられない事態が…。

なんと“リュック・ベッソン”監督は本作製作途中の2018年に複数の女優からレイプを受けたと告発されてしまったのです。監督の弁護士側はこれを否定するも、信用は失墜。『ANNA アナ』の配給会社も降りてしまったり、経営難に苦しむスタジオの救済に乗ってくれる可能性も望み薄になり、史上最大の窮地に陥っています。もう世界を救う5番目の要素「フィフス・エレメント」を持ってしても“リュック・ベッソン”監督は助からないのではないか…。

現在進行形の出来事なので何とも言えないですが、自業自得な部分の方がどちらかと言えば強いですし、むやみに同情する気もないのですけど、フランス映画業界のひとつの時代の終わり、そして世代交代(&意識改革)の時が来たような雰囲気がしますね…。

で、この話題はひとまずさておき『ANNA アナ』について紹介しましょう。とはいっても、本当にいつもの“リュック・ベッソン”監督作です。『ニキータ』と同系統の女暗殺者モノですね。

今回の主演は“サッシャ・ルス”というロシア出身のモデル。『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』で本格的映画デビューをし、今作で主演の花道を“リュック・ベッソン”監督に用意してもらったような、まあ、その…これまた監督の好きそうな女優ですよね…。

他の俳優陣は、『グッドライアー 偽りのゲーム』の“ヘレン・ミレン”、ディズニー実写版『美女と野獣』の“ルーク・エヴァンズ”、『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』の“キリアン・マーフィー”、『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』の“アレクサンダー・ペトロフ”など。

定番のアクション映画を今日の一杯のような感覚で飲み干したいなら、この『ANNA アナ』で決まりだと思います。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(監督ファンは要チェック)
友人 ◯(アクション好き同士で)
恋人 ◯(スリルを味わいたいなら)
キッズ △(セクシャルなシーンあり)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ANNA アナ』感想(ネタバレあり)

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表の顔はモデル、裏の顔は…

1985年。モスクワで、人が行きかう街中にて女性が男二人に連行されます。それだけではありません。他の者たちも続々と怪しげな人たちに連れていかれていき、この世から消えます。その全員には共通点がありました。これは駆け引き。2つの大国の睨み合いの犠牲で…。

5年後。1990年のモスクワ。マトリョーシカの出店で店番をしている貧相な若い女性の前に、興味があると近づいてくる男がいました。その男いわくモデルのスカウトらしいようで、全部を面倒見ると言ってくれます。「名前は?」と聞かれて「アナ」と答える女性。スカーフをとるように指示され、その長い髪を見せるのでした。

パリへ訪れたアナ。案内されるままに自分がこれから新生活を送る共同ハウスを見て回ります。そこにはすでにモデル女性がいっぱい。その中でも、バスルームの洗濯機に座って歯みがきしているモードという人にアナは特別な興味を惹かれました。

さっそく撮影です。目まぐるしく着替え、また撮影、着替え、撮影…が繰り返されます。帰宅すると、心身ともにすっかり疲れたのですが、自分の部屋ではお楽しみ中の人たちが占拠。しょうがないのでモードの部屋で寝ることにしました。

豪華なパーティに参加したアナは、オレグという有力者を紹介されます。彼は事務所の共同経営者だそうで、アナとの関係は急接近。付き合い始めて2ヵ月がたちました。

今日もホテルのスイートルームでイチャイチャと会話していると、オレグは武器商人であるということ、シリア、リビア、ソマリア、チェチェンなど多くの国に武器を提供していることを悪びれもなく答えてきます。アナは化粧室に引っ込むと、すぐに戻ってきますが、その手には銃。迷いなくオレグを撃ち殺しました。

なぜただのファッションモデルが男を射殺したのか。始まりは3年前に遡ります。

アナは家で男にセックス“させらて”います。高圧的に罵声を浴びせてくる男は恋人ですが、顔を傷つけたくないのか殴りはしないものの、酷い仕打ちです。家庭内暴力に支配される日々。それがアナの日常。

買い物帰り。恋人の男とその仲間たちは一般人を暴力で脅して銀行ATMからおカネをおろさせようとしていました。アナも半ば強制的に付き合わされ、車で待機。そこへ警察が駆け付け、銃撃戦に。夜の街をあっちへこっちへ逃走し、交差点で車にぶつかり、横転。車から這い出て男と家に帰るアナ。

帰宅した彼女の姿はボロボロ。恋人は奥へ引っ込み、アナは小さな居間の椅子に座ると、家の扉に謎の男がいました。銃を取り出し、人生の転機の話をしだす男。正しい道を選ぶことを薦め、アナの恋人の男を何のためらいもなく撃ち殺します。

それでも全く動じないアナはさきほどの疲れ切った顔から鋭い顔に変化し、「なぜ私が英語を話せると?」と探りを入れます。アナが海軍に申し込んだ事情を知るその男は、アナの家族やアナ自身が士官候補生だったことも知り尽くしており、プロフィールに興味があると投げかけます。

しかし、提案には乗らないと手首を包丁で切るアナ。なおも男は落ち着いて交渉してきて、アナは思い直し、手首をおさえるのでした。

この男はソ連の諜報機関KGBの諜報員、名前はアレクサンドル・チェンコフ。こうしてアナはスパイの道に進みます。訓練を終えたアナの優秀さに惚れ込んだ上官のオルガ。KGBを牛耳る長官のワシリエフ。実はCIAのエージェントであるレナード・ミラー。さまざまな思惑が絡み合う世界で、アナは何を得るのか…。

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監督の女性へのこだわり

“リュック・ベッソン”監督の作家性のひとつが「女性」だと思います。

彼の長編監督デビュー作『最後の戦い』の時点からそれはあからさまに表面化していました。この映画では荒廃した近未来を舞台に声を失った男たちが主人公なのですが、この世界では女が希少で、男たちはその女を求めてあれこれとドラマが展開します。映画の冒頭でダッチワイフとセックスする男が映るように、作中でも「女」という概念が象徴的に描かれ、そこに願望を抱く男たちの姿もみすぼらしく生々しいです。

つまり、“リュック・ベッソン”監督にとって「女性」は常に男性の関係性ありきで描かれるアイコンで、常にそういう立ち位置で以降の映画でも描いています。監督のキャリアが確固たるものになるにつれ、女性を主役にすることも増え、女暗殺者モノから『ジャンヌ・ダルク』『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』のような実話モノまで、とにかくジャンルは変われど作品における女性の扱いは同じ。

“リュック・ベッソン”監督の中での女性への憧れ、言い換えれば神話性…男性を救済したり、ときに罰する…そういう力に夢中なんだろうなということが伝わります。

当然、映画の主役を演じる女優へのこだわりも並々ならぬもので、自分好みの人をわかりやすいほどに起用していますし、自作の主演女優と結婚したことも何度もあります(今の妻はプロデューサーのヴィルジニー・シラ)。

だからこそ最近降ってわいてきた“リュック・ベッソン”監督の性的暴行疑惑の件も含めて、ある程度の腑に落ちる感じがあるわけなのですけども、そんな監督と女性の関係性はもうこれ以上、私みたいな部外者にも掘り下げることはできないのでこれくらいにして…。

監督云々はあえて抜きにして、『ANNA アナ』で主役を演じた“サッシャ・ルス”単体だけを批評させてもらうとしたら、今回の“サッシャ・ルス”は本当に抜群の魅力を発揮していたのではないでしょうか。

俳優経験がそこまでないにも関わらず、ときおりびっくりするような鋭い名演を存在感だけで醸し出し、驚かせてきます。あの序盤のDVを受けるいかにも弱々しい女性の姿から、アレクサンドルの勧誘を受けてスッと本性を出す瞬間のシーンとか、素晴らしいなと惚れ惚れ。カメラマンぶん殴り&連射撮影の場面とかも、とても清々しく悪趣味に溢れていて良いものです。

アクションもキレがあって、モデルなのでプロポーションも完璧ですから、動けばそれだけで美しいのですけど、それに加えて皿とかなんでもアリで活用する死に物狂いな展開も合わせって輝いていました。ファッションもいろいろ見せてくれますから、そこも眺めがいがあります。私はあの冒頭の売り子の野暮ったい姿が一番好きかもしれない…。

“サッシャ・ルス”、今後も映画での出番を期待したい女優です。

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いろいろな不満点もあるけど

そんな新人女優が才能を開花させている『ANNA アナ』ですが、私の思う残念なところもいくつかあります。

ひとつは、訓練シーンの乏しさ。作中のアナは最初の時点ですでに一流ということもあって、結構な実力。なので彼女がどうテクニック的に成長しているのかはあまり見えてきません。「レストランで食事中のマフィアのボスから5分で携帯電話を奪う」ミッション課題の際も、上手くいかないわけですが、あれはそもそも無理難題すぎるし、テクニックどうこうの次元ではないです。

ちなみに作中でアナが「日本語も話せる」と言ってましたけど、あれは日本好きな“リュック・ベッソン”監督なりの日本愛サービスなんでしょうかね。

2つ目は、同じような展開の繰り返しでくどいということ。本作は作中で何度か予想外の展開を見せ、そのたびに実は過去にこんなことがあったのです…と時制を過去に戻すという流れが、それこそ3回くらい連発します。サスペンスとしては確かに意外ですけど(観客は情報を与えられないのですから当然ですが)、手口は同一であり、若干食傷気味になるのも無理はないかな、と。

3つ目は、これが私は一番納得いかない部分でもあるし、“リュック・ベッソン”監督ゆえの無自覚さなのかもしれませんが、モードとの関係性です。アナとモードはガールフレンド同士、恋人同然といっていい親密さがあるのですが、でもレズビアンであると踏み込むような性描写もなく、あくまで美女がイチャイチャしているだけの絵しかありません。その一方で、アナはアレクサンドルやレナードといった男たちとはしっかり体を重ねますし、その描写もやたら激しく性的に描くんですね。この扱いの差は何なのか…というのは正直不愉快であって…。これでは性行為は男とだけのものだよねと暗に示してしまっているようなもので、全然後味良くないかな。

同じようなサスペンス&女性同士の関係性を描く『お嬢さん』がいかにレベルの高いものであったか、それを痛感してしまった…。

“リュック・ベッソン”監督のこういうジャンル映画も確かにひとつの時代を築いたものですし、それ自体は否定しませんが、もう次の進化が進み、新しいものがどんどん世に出ている中、今作であらためてその古さを感じ取れてしまった気がします。

今のフランス映画界はさらなる新風が吹いています。『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』のフィリップ・ラショー監督みたいにジェンダーやセクシュアリティをちゃんと意識してジャンル映画を作れる人もいますし、『Portrait of a Lady on Fire』のセリーヌ・シアマ監督のように称賛を受ける新時代の女性監督も壇上にあがっています。また、2020年のセザール賞において性犯罪で有罪となって逃亡したロマン・ポランスキーの最優秀監督賞受賞に猛抗議する女性映画人が現れたり、確実に今のフランス映画界は古さと新しさのせめぎ合いが起きているんだろうなと感じさせる一幕も多いです。

そうして“リュック・ベッソン”監督が過去の人になっても、作品を好きでいる気持ちはそのままでいいのです。作品を好きになることと、社会的に批判することは両立できますからね。

「bitch」の一言は“リュック・ベッソン”監督に送ります。

『ANNA アナ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 36% Audience 81%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 3/10 ★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 SUMMIT ENTERTAINMENT,LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『ANNA アナ』の感想でした。

Anna (2019) [Japanese Review] 『ANNA アナ』考察・評価レビュー