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『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』感想(ネタバレ)…軽症です

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ

大丈夫、軽症です…映画『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(ビッグシック)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Big Sick
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2018年2月23日
監督:マイケル・ショウォルター

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ

びっぐしっく ぼくたちのおおいなるめざめ
ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』あらすじ

パキスタン出身でシカゴに暮らすクメイルは、アメリカ人の大学院生エミリーと付き合っていたが、同郷の花嫁しか認めない厳格な母親に従って見合いをしていたことがバレてしまい、愛が壊れる。さらに思わぬトラブルが起こるのだった。

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』感想(ネタバレなし)

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これはよくある難病モノではない?

「難病モノ」というジャンルは映画の鉄板ネタです。そして諸刃の刃でもあります。

というのも、“上手くいけば”観客に感動を届ける最高のアイディアになりますが、“下手をすれば”あざといだけのお涙頂戴な下心が見え見えになってしまいます。そして、残念なことに世の中には“下手をしてしまった”作品が散乱しており、結果、一般観客層のあいだでさえも「難病モノか…ちょっとな…」という疑心が生まれている状況もなくはないです。

どうしても難病モノはテンプレにハマってしまいがちなんですよね。予告動画からして常にワンパターンだったりします。最初は明るいシーン、次に病気が発覚するか、深刻になって倒れるみたいなシーン(たいていはスローモーション)、最後に感情的になりながらそれでも病気を乗り越えようと健気さを見せるシーン。だいたいこんな感じの流れです。

私はそういう予告を映画館で見たりすると「また、このパターンか…」って思っていますよ、確かに。食傷気味になるのもよく理解できます。

だからこそ「これはよくある難病モノではない」という言葉で“上手くいっている”作品を肯定的に評することもあります。つまり、ベタなことをしていないってことです。

でも私は本作『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』を鑑賞したとき、「これはよくある難病モノではない」だなんて偉そうに言っていた自分がちょっと恥ずかしくなりました。自分は“よくある難病モノではない”映画のなんたるかを全然わかっていなかったなと。

それくらい本作は難病モノに対する、予想外のカウンターパンチを食らわしてきた映画でしたね。

この映画の題材は実話が元になっており、“クメイル・ナンジアニ”というパキスタン系アメリカ人男性の妻が難病を患ったときのエピソードが描かれています。“クメイル・ナンジアニ”は知っている人は知っていると思いますが、エミー賞を獲得するほど高評価だったHBOのドラマシリーズ『Silicon Valley』に出演していたことでも有名。もっぱらコメディ系の俳優です。

ユニークなのが、脚本を当事者である夫婦が書き、夫である“クメイル・ナンジアニ”が本人役を演じていること。これが本当の自作自演。最近の実話モノでは当事者たちをそのまま起用するスタイルが目立っていますが、本作の場合はセルフオーダーメイドですからね。その一歩先を行っています。

そんな本作は批評家の評価が絶賛に近い高さだというのが特筆され、2017年のアカデミー賞でも脚本賞にノミネートされるなど、とくにシナリオに対しては惜しみない拍手が贈られています。

日本映画界は難病モノを作るときは本作を100回は観て勉強すべきだと思いますし、私を含む観客も難病モノに対する認識を良い意味で見直す機会を与えてくれる映画じゃないでしょうか。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』感想(ネタバレあり)

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タイトルからしてギャグ

あれ? いい話だったけど…なんか、普通というか…これで終わり…?

そんな風に『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』を観終わった後に思った人も多いのではないでしょうか。

そうです、この“外し”こそが本作の意図なのです。決してスベっているとかではなく。

言ってしまえば、こういうこと。

恋人が急に難病を発症するものだから、すごく泣けてドラマチックな展開が怒涛の如く起きると思ったでしょう?「死ぬんじゃない! 愛の力で一緒に生きよう!」みたいな。さらに主人公はイスラム教だから、シリアスで重た~い社会派ドラマも待ち受けていると思ったでしょう?「そんな保守的な慣習で自由を奪うのか! 宗教や人種の壁を乗り越えてみせる!」みたいな。残念でした。そんなものはありません。難病だから、イスラム教だから、山あり谷ありのドラマがあるとか思わないでね。結婚も、ま、割とあっさりゴールインしちゃいました~。

本作は、作品の持つ要素から“ドラマチックなことがあったんでしょ?”とついつい先入観で期待してしまう観客への痛烈な皮肉…要するにギャグです。

このギャグ、例えるならドリフとかの漫才によくあるあれですよね。いかにも死にかけの寿命間近の老人がいて、ガクっ…と倒れる。すると「おい!死ぬなぁぁ!」と周囲が狼狽。そこに「ぐ~(寝息」。「死んでないのか~い!(ツッコミ)」。このギャグですよ。

本作の“これは壮大なギャグですよ”という前フリはタイトルの時点で示されています。原題は「The Big Sick」です。わざわざビッグなシックだと明言しています。ここまで大仰な映画の題名はそうそうありません。日本映画で言うなら難病モノの映画に「重病 ~絶対に3回は泣ける感動の実話~」みたいなタイトルをつけているのと同じことですから。これは絶対におふざけだなと常識的に考えればわかります。
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難病…でも深刻でもない

クメイルの恋人エミリーが突如として発症した病気。「すぐに治療するために昏睡状態にします」などと深刻そうなことを言われ、「ご主人ですか?サインしてください」とわけもわからず署名する。

私もいきなり親しい人がこんな目に遭ったらパニックになりますよ。えっ、ヤバいの、死ぬの、えっ…と、頭がぐちゃぐちゃになるのも当然。

でも、蓋を開けてみると実はエミリーの病気はそこまで絶体絶命というわけではなかったのでした。詳細な病名は「成人スティル病」。調べてもらえるとわかると思いますが、珍しい病気ではあるものの、治療法もあるし、ほぼ必ず死に至る危険なものでもないです。

そのかわり、除外診断といって、他の病気(とくに重度のもの)の可能性を最初に分析して、徐々に原因を特定していく作業が必要になります。医学的にこの方法が確実で正しいのでしょうけど、患者の家族にしてみれば生きた心地はしません。医者の人はしょっちゅう除外診断をしているのかもしれないですけど、患者は全くの無知ですから、わからないことだらけ。私ももし同じ目に遭ったら困惑するだろうな…。

しかし、この病気の診断に至る経過を本作はあえてギャグになぞらえる…かなり大胆です。

病気自体は全然ドラマチックに描きません。エミリーが倒れる瞬間をスローモーションで…とかもないですし、エミリーがやつれて痛々しく衰えていく姿を映す…とかもないです。それどころか、目が覚めたエミリーは何が起きていたかも知らないので完全に物語から置いてけぼりを喰らっているんですね。

序盤と終盤しかないわけですから、クメイルとエミリーの恋模様に関して驚くほどドラマ性のある進展はない。なのでダイナミックなロマンスもない。こんなラブコメ、なかなかないです。

でもリアルではあります。目が覚めた時のエミリーの“あなたに何があったかはこっちは知らないけど”みたいな対応は率直ですし、普通。むしろ難病を乗り越えたら関係が深まるなんてご都合展開があるわけないとハッキリ示すので痛快ですらあると思います。

いや~、難病で愛が深まる映画を何度も観てきた身としては、溜飲が下がるもんです。

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イスラム教…でも深刻でもない

加えて、本作は容赦なく宗教ネタもプラスでトッピングします。

クメイルの家族はコテコテのイスラム教。イスラム教と言えばかなり厳格な決まりに従っている…そんなイメージですし、確かにそれも事実のひとつであり、そういう側面を主軸にした映画もいっぱい作られています。

でもクメイルに言わせれば「同じ」です。多少、他の宗教との違いはあれど、それはただの違いでしかない。別にイスラム教自体だって「難病(ビッグ・シック)」ではないのです。

そりゃあ、確かに恋人を決めるのに親がいちいちウザい感じで紹介してくるけど、それはお見合いです。イスラム教じゃない人だって経験ある人もいるでしょう。毎回一定の時間お祈りしないといけないけど、クメイルは動画を見て暇つぶししている。それでもいいのです。そうやってサボることは誰にでもあるでしょう。「ISISへ帰れ」とかテロリストみたいに思われることもあるけど、まあ、他人なんてしょせんそんな無理解な人ですよ。みんなだってそうでしょう。

イスラム教だから、ムスリムだから、特別に深刻ということはないですよ…そうやって宗教においても同じことを訴えています。私を含む世間は勘違いしてますが、イスラム教は別に闇の宗教じゃないのです。いくつもある宗教のうちのひとつに過ぎない。そんな当たり前の事実。

つまり、暗い話題を健気に明るく振る舞っているのではなく、そもそも深刻じゃないんですという話ですよね。

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笑いをとるのは深刻なほど大変

本作のシナリオが上手いのは、それら病気と宗教の“つい深刻になりがち”なネタを、クメイルがコメディアンとして向き合うことになるという視点。

私もアメリカのスタンドアップ・コメディは結構よく見るのですが、たいていのコメディアンは白人でも黒人でもユダヤ人でもアジア人でもヒスパニックでもムスリムでも、まず自虐ネタを披露するんですよね。というか、それができるのが必須スキルなんでしょうけど。

自虐ネタなので基本身内のコミュニティ同士が笑える内容です。部外者だと「それ、笑って大丈夫?」と心配になるようなものもあります。でもこの自虐ネタは、単なる身内だけで笑い合うものというばかりではなく、「これも本当は笑っていいんです、あんまり深刻にならないでください」という一種のメッセージ性も込みだったりします。だからスタンドアップ・コメディは見ていると、普通に社会問題の勉強にもなるのでオススメです。

で、話が逸れましたが、本作のクメイルも自身の周りで起きたことを自虐ネタにできるかが問われるわけです。でもそれは想像以上に難しいこと。

また、エミリーの父親のテリーの浮気の過去など、人にはなかなか笑いで済ませないことがいっぱいあってそれを内に秘めている人もいることを知ります。

本作はクメイルのコメディアンとしての成長と学びの物語でもあるんですね。

だから本作を観て「全然泣けないし、笑えもしないぞ」と文句を言った人も全然OKです。だって、エミリーも作中の最初と最後に“ちょっかい”的な野次を飛ばしているのですから。野次はおおいに結構。それを利用するのがコメディアンの腕の見せどころ。

そこの映画に不満を持った方、これから面白い話をしようと思ったんだよ…たぶん、ね。

『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 88%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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以上、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』の感想でした。

The Big Sick (2017) [Japanese Review] 『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』考察・評価レビュー