ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男
映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Darkest Hour
製作国:イギリス(2017年)
日本公開日:2018年3月30日
監督:ジョー・ライト

あらすじ

第2次世界大戦初期、ナチス・ドイツによってフランスが陥落寸前にまで追い込まれ、イギリスにも侵略の脅威が迫っていた。連合軍が北フランスの港町ダンケルクの浜辺で窮地に陥る中、就任したばかりの英国首相ウィンストン・チャーチルの手にヨーロッパ中の運命が委ねられることに。ヒトラーとの和平交渉か徹底抗戦か、究極の選択を迫られるチャーチルだったが…。

ネタバレなし感想

CGにはできないことがある

近年の映画界におけるコンピュータ・グラフィックスの進化は、実在の役者の顔を若返らせた状態で登場させたりできるようになり、まさにクラークの三法則のとおり「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」状態です。さらに、亡くなってしまった俳優を再現して登場させる演出も目立ち始め、これに関してはまだ技術が未成熟で違和感を覚える部分もありますが、今後の技術革新にワクワクするような、恐ろしいような…。現場の俳優の皆さんは、このCGで自分の顔が扱われることについて、どう思っているのでしょうかね。俳優も同意したうえでの技術応用なら、演技の可能性の幅が広がるから面白いのかな…。

一方、ではCGがなかった時代に、俳優の大きく顔を変える手法の代表格だった「メイク」は、今の時代では廃れたのか。

いや、そんなことはない!…そう声高に断言するかのような出来事でした。2017年の米アカデミー賞にて、本作『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』が、主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞をW受賞したのは。

具体的に言うと、本作では、名俳優“ゲイリー・オールドマン”がアーティスト“辻一弘”の手によって、イギリスの歴代首相の中でも人気の高い「ウィンストン・チャーチル」に変身。これが非常に高い評価をもって絶賛されました。

そもそも“ゲイリー・オールドマン”とウィンストン・チャーチルはそこまで似ていません。まだチャーチルの顔にできるだけ近い俳優を探すことだってできたはずです。しかし、その選択を安易に選ぶことはしませんでした。正直、素人の私にはどうやっているのかさっぱりですが、合計200時間以上もかけて作り上げたという膨大の作業と卓越したメイク・テクニック、そして役者の名演によって、ちゃんとそこにチャーチルがいるんですね。よくスパイ映画とかで、マスクをつけて別人の顔になりすますというのがありますけど、本当に実現できるんですね(時間はかかるけど)。

本作はチャーチルをCGではなくメイクで再現したからこそできる、顔のアップの多用や光を使った演出が作品内に散りばめられており、それがドラマを劇的に盛り上げ、深みを増す効果を発揮しています。

やはりまだまだ、いや未来もずっと、CGの発展普及があったとしても、メイクアップという手法の唯一無二の魅力が消えることはないでしょうね。そう確信できる映画でした。

日本のクリエーターがアカデミー賞を受賞したというのに、国内ではイマイチ注目度の低いままに本作の上映が終わったのは、日本では役者がガッツリとメイクアップして別人レベルまでに変貌するような扱われ方をすることが少ないのも根底にあるかもしれません。例えば、実在の人物が大勢登場する時代劇を見ていても、多少のメイクはしていますが、基本はほぼ俳優の顔そのままで演技しています。日本はCGすら導入が進んでいないのに、手作業による緻密なメイクアップも導入されていないというのは、なんだか悲しいです。

そんなことを考えながら、本作をじっくり鑑賞して、現在の最高峰クラスのメイクアップを堪能してみませんか?

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

チャーチルを英雄視する映画なのか

本作は邦題のせいで2つの誤解をされやすい映画だなと個人的には思っています。

まずは「ウィンストン・チャーチル」と邦題で銘打ってしまっていること。確かに主人公はチャーチルです。それは間違いありません。彼が最初から最後までずっと出ずっぱりです。

でも、チャーチルの伝記映画ではありません。ウィンストン・チャーチルのことは1%も描かれていないと思ってよいでしょう。半生どころか、作中では4週間程度の期間の出来事しか描かれていないのですから。

もちろん、チャーチルの活躍、もとい功績が描かれます。本作では、チャーチルがイギリス首相に就任し、勢いに乗ったナチスがイギリスへと進軍し続ける第2次世界大戦初期の切迫した状況で、彼がどう決断してこの事態に向き合ったのかを描いています。

しかし、これだけでチャーチルがどういう人物だったのかという“人なり”を判断するにはあまりにも一瞬の出来事すぎます。チャーチルについてWikipediaでも何でもいいですから、ちょっと調べてほしいのですけど、彼はこの本作の出来事の前後にもあらゆる重大な事件や歴史に直面しており、さまざまな結果を残しています(良いものも悪いものも)。

関連して、もうひとつの誤解が「ヒトラーから世界を救った男」という邦題の副題の問題。

これだとチャーチルが世界を救いましたという「チャーチル万歳!」な映画に見えるわけです。実際、本作を鑑賞してそういう映画だと感じた人もいるでしょうし、その印象も否定はできません。でも忘れてはいけないのですが、本作は別にナチスを倒す歴史上の出来事は描かれてないのです。ちょうどダンケルク撤退が実行されたところで映画は終了です。史実ではこの後にイギリスとナチスの激戦が起こり、紆余曲折ありながらも最終的にはヒトラー率いるナチスは滅ぶわけですが…。

チャーチルは、せいぜい「ヒトラーから世界を救うと決めた男」ぐらいですよ。

暗闇から光を見出した男

じゃあ、この映画は何を描くものなのか。

その重要なヒントというか、まさにテーマそのものなのが、本作の原題である「Darkest Hour」です。

直訳すると「最も暗い時間」ですが、そのとおり本作で描かれるあの時期はイギリスにとって、ヨーロッパにとって、絶望的な時間でした。急速に勢力を強めるナチスが暴力と支配を広げて、フランスも敗北状態で、いよいよイギリスくらいしか残っていない。そのイギリスも窮地にある。誰もが「終わったな…」と諦める。そんな絶体絶命。

それを示すように、本作では光と影の演出が印象的に効いています。

冒頭、ウェストミンスター宮殿内の英国議会議事堂で喧々諤々の議論が行われている真っ最中。ほとんど真っ暗で光がフッと指しているだけという不思議な雰囲気です。そこにはチャーチルはいません。続いて、チャーチル初登場シーンも独特。タイプライターとして新しく任された若い女性のエリザベス・レイトンが部屋に入ると、これまた真っ暗で窓のカーテンを開けると、フッと光に照らされてベッドの上のチャーチルだけが浮かび上がる。これがホラー映画なら、普通に化け物が出てきてもおかしくないです。この後もずっと基本は暗~い中にチャーチルだけが照らされるというシーンが延々と展開されます。地下鉄のシーンも、史実ではない“嘘”なのですが、困り果てたチャーチルが最も闇深い地下にいる大衆のもとへ赴くと考えると意味深いです。

そして、ここが大事だと思いますが、ラスト、冒頭と同じ議事堂でチャーチルが徹底抗戦を示す名演説を披露し、議事堂全体が湧きかえります。このシーンでは、白い紙が乱れ舞っていることもあって、差し込む光に反射され、非常に明るい“希望が生まれた瞬間”を示すような絵づくりになっています。でもチャーチルはそんな議事堂に背を向け、自分は影の暗闇へと退場していき、映画は終わります。

チャーチルを正義の英雄として描きたいのだとしたら、普通はチャーチルを最後まで光の中心に立たせればいいのに…それはしない本作。

つまり、本作におけるチャーチルの役割はそこにはなく、描きたいのはこの暗い時代に光が生まれる瞬間であって、チャーチルはそこに機能した“モデルA”に過ぎないのではないでしょうか。

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男

さあ、あなたも決断せよ

この本作の出来事は過去の話ではありますが、きっと現代と重ね合わせることができるからこそ、本作の高評価につながっていることなんだと思います。

差別や戦争を主張する者たちが、政治でも市民でもインターネットでもジワジワと拡大している昨今。この現代を暗い時代だと感じている人はたくさんいるでしょう。そんなとき、それらの勢力に脅かされている私たちはどうすればいいのか。しょうがないから、折り合いをつけようと妥協するのか。それとも真正面から立ち向かうべきなのか。

本作は後者の行動をとるべしと観客に焚きつけるようなパワーがあります。

そもそもチャーチルは偉人と言うにはなかなかに欠点も多い人物でした。どちらかといえば好戦的で後先考えない猪突猛進型。実際、第1次世界大戦時はいろいろと失敗をやらかしています。加えて、王族など社交界とも関係性は悪く、周囲からは「あいつはダメだろう」ムードが漂う始末。

さらに気難しい性格で、それは冒頭のタイプするエリザベスに「静かに打てんか」「1行空けだ!」と叱責しまくる姿からも一発でわかるとおり。一方の自分は、散財の癖があり、妻に逆に叱責されます。動物好きということもあって友達は猫ぐらいです。

そんな彼でも、重大な決断ができるのだという事実。それを支えたのは、国王、女性(妻とエリザベス)、そして国民。

本作は、まだまだ男社会である現代に、キャリアを重ねて椅子に座っている中年から高齢の男たちに対して、「決断せよ」と突きつけるような映画にも感じました。

監督は“ジョー・ライト”で『プライドと偏見』から『PAN 〜ネバーランド、夢のはじまり〜』と、割とクラシカルなイギリス映画を撮るイメージでしたが、それは本作のような政治劇でも同じセンスを発揮していたと思います。

ただ、本作を語るうえで重要なのは脚本&製作を手がけた“アンソニー・マクカーテン”でしょう。彼は『博士と彼女のセオリー』で有名になり、今作の後に『ボヘミアン・ラプソディ』の脚本も担当しています。その3作の共通点は実在の人物を主題にしながら、歴史的正確性よりも、観客(もっといえば今の時代)に何を伝えるかを重視していること。どの作品も描かれる人物のエネルギーがスクリーンから観客へと伝播していくような魅力があります。ちなみに、“アンソニー・マクカーテン”は今後ジョン・レノンとオノ・ヨーコを描く映画を予定しているとか。こちらも楽しみですね。

本作では歴史部分が物足りない!という人は、ぜひこの後の時代を描いた他の映画も充実しているのでそちらをどうぞ。ダイナモ作戦&ダンケルク撤退を描いた映画としてはクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』(2017年)、その後のバトル・オブ・ブリテンを描いた映画としてはガイ・ハミルトン監督 の『空軍大戦略』(1969年)、ロンドン空襲を描いた映画としてはジョン・ブアマン監督 の『戦場の小さな天使たち』(1987年)などがあります。
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ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 82%
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7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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