ラッカは静かに虐殺されている
ドキュメンタリー映画『ラッカは静かに虐殺されている』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:City of Ghosts 
製作国:アメリカ  
製作年:2017年 
日本公開日:2018年4月14日 
監督:マシュー・ハイネマン 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

Plot Summary

シリア北部の街ラッカを過激思想と武力で勢力を拡大するイスラム国(IS)が制圧した。かつては天国と呼ばれた街は、残忍な公開処刑が日夜繰り返されていく。匿名の市民によって結成された集団「RBSS」(Raqqa is Being Slaughtered Silently=ラッカは静かに虐殺されている)は、惨状を国際社会に伝えるべく、スマホを武器に街が直面している現実を次々とSNSに投稿するが…。

ネタバレなし感想

これが今の戦争の現実

戦争とメディアはセットで語られることが多いです。第1次世界大戦・第2次世界大戦と人類の生存を大きく脅かした最悪の戦火では、メディアというのは戦争を行う主体者の統制下におかれ、多くのプロパガンダに利用され、戦争を推進する道具となりました。

その流れが大きく変わったのはベトナム戦争だったと思います。戦場にカメラが持ち込まれ、生々しい残虐な実態が初めて映像として一般市民のテレビで放映されました。これによりメディアは戦争という行為を忌避する感情を呼び起こす機能を果たすようになります。戦争を防ぐ道具に転身しました。結果、このベトナム戦争はメディアの力によって撤退させられたといっても過言ではありません。そのへんの話は、スピルバーグ監督作『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』でも描かれていました。
『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』感想(ネタバレ)…レモネードでも飲みましょう
ところが時代が変わり、対国家から対テロへと戦争の形が変容すると、戦争とメディアの関係はさらに予想外の方向に変化していったようです。

その現実に迫ったのが本作『ラッカは静かに虐殺されている』というドキュメンタリーです。

監督は、メキシコ麻薬戦争の衝撃の実態を追った『カルテル・ランド』の“マシュー・ハイネマン”
『カルテル・ランド』感想…民主主義ってなんだ? これだ…(絶望)
題材に対する切り口が独特で安易に善悪で評価させない、それどころか一般的な善悪論をひっくり返すようなスタイルが特徴の彼ですが、メキシコ麻薬戦争の次にターゲットにしたのが、本作の「ラッカは静かに虐殺されている」でした。最初は「なんだ、この邦題?」と思ったのですが、これは実在の組織の名前なんですね。その団体「RBSS」(Raqqa is Being Slaughtered Silently)の目的は、今や世界をテロで震撼させている「Islamic State in Iraq and the Levant」(日本のメディアは「IS」や「ISIL」「ISIS」と呼称、地元の人は「ダーイシュ」と呼称、テロ組織当人は「イスラム国」と自称しています)の実態をSNSで伝えること。普通であれば、戦争を防ぐ道具としてメディアが活躍する、素晴らしいこと、そのはずなのに…。あとは観て確かめてください。

言わなくてもわかると思いますが、かなり辛いドキュメンタリーです。それはもちろん、人が処刑される映像がそのまま流れるからといった映像的なショックもありますが、それ以上にどうすることもできない絶望感の方がキツイです。正直、私も本作を観た後はすっかり精神的に大ダメージを受け、全然感想を書こうという気さえ起こらないくらいのモチベーションの下がりようでした。どれくらい恐ろしいかと言えば、『万引き家族』の世界が本作より1000倍は幸せに見えてくるぐらいですよ。

でも直視しなくてはいけない現実じゃないでしょうか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

メディアは戦争を防ぐ道具ではなかったのか

本作を観る前は、戦争におけるジャーナリズムの役割を称賛する、言ってしまえばありきたりな作品なんじゃないかと思っていました。確かにジャーナリズムの重要性はそのとおりだし、今さら教えられるまでもない正論。あらためてそれをISとの戦いでも再確認させられるのかなと。

ところが、さすが“マシュー・ハイネマン”監督。そんな安直な切り口で攻めてきません

最初に言っておきますが、残虐な行為をひた隠しにするISを暴き出し、世間に知らしめる…このRBSSの目的は素晴らしいことです。私なんかにはとても無理な、勇気のある偉大な行動だと思います。でも、やっていることが正しいからといって、やったことでもたらされる結果が良いものになるとは限らないんですね。

RBSSのメンバーたちは、相次ぐ処刑などISに支配されたラッカの悲惨な現状を、FacebookやTwitterなどSNSという現代の武器を駆使して世界に伝えます。それはまさに21世紀のジャーナリズム。彼等の弾圧は続き、やがてラッカにいられなくなるメンバーが発生しても、国外組と国内組で連携して、果敢に報道を続けていきます。しかし、ISの行動はさらに過激になる一方。組織の設立者がトルコで暗殺され、ラッカではパラボラアンテナの使用が禁止され、ヨーロッパにすらテロの魔の手が迫る。火に油を注いでいるような感覚です。

あげくは、です。最終的にラッカはISに対する大規模な空爆を受け、見慣れ街は瓦礫の山に。ISが処刑した人数をはるかに上回る犠牲者が発生しました。確かに、ISの支配はなくなった…けど、この虚しさは何なんだ…そんな絶望感。

メディアは戦争を防ぐ道具…そう信じていたのに、「ISはこんな酷いことをしているのか! よし、空爆して制裁だ!」という大義名分に使われてしまう。これでは戦争を推進する道具に逆戻りです。

ラッカは静かに虐殺されている

メディア戦争は終わらない

しかも、絶望はそれだけじゃないのですよね。

ISもまたメディアの力を利用しているわけです。プロを雇って、最新の技術で映像を作成して、自分たちの活動の正当性をいかにもカッコよく宣伝します。それはまるで映画やゲームみたいな映像。私はもちろんISの提供する映像なんて見たことがなかったですが、あんな動画なんですね。正直、もっとチープなホームビデオレベルの映像だと思ってました。確かにこれに影響されてISの思想に感化される若者が生まれるのも無理はないかもと思ったり。

さらにISだけでなく、ヨーロッパの極右的な集団にもパワーを与えます。ドイツで移民排斥を叫ぶ行進をするネオナチコミュニティ…そのひとりの女性が酷い差別言葉を書いたスマホを、抗議する移民たちに向けるシーン。自分たちが使っている道具が敵に回ることを示す、印象的な場面でした。

そうなんですね。SNSといったネットメディアはしょせんは道具なんですよね。つまり、使う側によってどんな結果をもたらすかは変わる。「ペンは剣よりも強し」ではなく「SNSは剣よりも強し」な現代、この身近になった新しい武器は対立する双方に力を与えます。いうなれば、双方に安い銃を配っているようなものです。もちろん、ISやヘイト団体をSNSから締め出す動きはありますが、それも完全なコントロールは難しい。何よりその情報統制にあらがっているのが、RBSSだったわけで…。

メディア戦争とはよくいったものです。互いに自分の「情報発信と情報統制」を繰り返す泥沼の戦い。終わりは見えません。

ジャーナリズムの限界なのか

「ジャーナリズム」という一種の正義の裏側を示す。ジャーナリズムの批判をしたいわけではなく、どんなものに裏があるよという視点の切り替えを見せる。“マシュー・ハイネマン”監督は明らかに狙ってやっています。

そうでなければわざわざRBSSのメンバーが「国際報道自由賞」を授与されるシーンを冒頭で見せたりしないです。普通に「ジャーナリズムはそれでも素晴らしいんだ!」という論調にしたければ、最後に持ってくるシーンです。それを冒頭。しかも華やかなパーティとは対比するかのように堅い表情のメンバーの顔。これがまた痛烈で…。

きっと海外のジャーナリストの一部はRBSSのやったことを無心に称賛するだろうし、「ジャーナリズムの勝利だ」と鼻が高いでしょう。でも、RBSSの当人は全然そんな気持ちではない。

本作の冒頭で言われている、「ラッカではよく言う、“死には死”」という言葉のとおり、終わりなき連鎖の生き地獄を味わうRBSSからは、ジャーナリズムの限界を感じます。

ラストに震えながら眠り落ちて、スマホをパーンと落とす場面を入れるあたり、本当に“マシュー・ハイネマン”監督は残酷だなと。一応、最後は赤ん坊が生まれるシーンで終わるわけですが、全く世の中に希望が見えないため、次の犠牲者を映すようで最悪な気分でした。

現在、ラッカはシリア民主軍が制圧。大量の難民が発生し、今度は新しい占領者による支配が始まりました。RBSSは、今なお略奪や不当な支配が起きていると伝えています。

ラッカは“まだ”静かに虐殺されている。

おすすめ PiCKUP!
↑マシュー・ハイネマン監督作『カルテル・ランド』でも「民主主義」という綺麗事の裏を見せる、痛烈な展開が…。
(C)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC