CUTIE HONEY TEARS
映画『CUTIE HONEY TEARS』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:CUTIE HONEY TEARS 
製作国:日本 
製作年:2016年 
日本公開日:2016年10月1日 
監督:A.T.、ヒグチリョウ

【個人的評価】
 星 2/10 ★★

あらすじ

近未来。世界はAIによって支配され、上層階で暮らす少数の富裕層の快適な生活を維持するため、下層階で暮らす貧困層は汚染物質の雲に覆われた生活を強いられていた。ある日、上層階から下層階に美しい女性が落下してくる。彼女の名は如月瞳、驚くべき能力を秘めたアンドロイドだった。


汚名返上…?

1970年代にお茶の間で人気を博したアニメ「キューティーハニー」の実写映画化は邦画界の黒歴史です。2004年に庵野秀明監督によって実写映画化されたとき、倖田來未が歌う主題歌は流行ったのですが、その事前の盛り上がりに反して、映画自体の興行はイマイチ。それが結局尾を引いたのか、制作会社が倒産してしまいました。庵野秀明監督も、アニメーターである彼らしくアニメーション技法を組み込んだ独自の演出方法に挑戦したものの、この商業的惨敗が「庵野秀明は実写映画監督としてはダメだ」という印象を決定づけ、しばらく引きずることになります。

そんな「キューティーハニー」の実写映画化に再び挑戦するものが現れるとは…。

2016年に『CUTIE HONEY TEARS』としてリブートされた本作。勇気ある挑戦者である監督は“A.T.”“ヒグチリョウ”という人。全く聞いたことがないし、公式サイトにすら情報がない。調べると、ミュージック・ビデオ制作で活躍している人でした。

なかでも監督のひとり“A.T.”こと“Asai Takeshi”は、TVアニメ「攻殻機動隊 S.A.C.」「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」のオープニング映像も演出しているほか、以下の自主制作ショートムービーも公開しています。

『source』(2011年)

『Silicon;BootDrive』(2013年)

これらを観ると、SF的な世界観をCGで表現するのを得意としているようで。

実際に今回の『CUTIE HONEY TEARS』も近未来SFを舞台にした作風にモデルチェンジしており、コミカル要素はないシリアス一筋な作品になっています。

2016年は庵野秀明がシン・ゴジラの監督として圧倒的成果を叩き出し、邦画界を驚愕させた年でもあります。もしこの2016年に『CUTIE HONEY TEARS』が成功すれば「キューティーハニー」実写映画は完全に汚名返上を成し遂げることになった…はず。

そして、結果は…うん。現実は厳しかったですね。

そんな健闘の詳細を知りたい人は観賞してみるのもいいでしょう。






↓ここからネタバレが含まれます↓





映画は不完全では勝てない

宣伝では「最先端の映像表現を駆使して描かれる」「ハリウッド映画を彷彿させる」と期待を煽る文句が並ぶ本作ですが、確かに“ルック”は良く作られていました。ぱっと見、凄そうに見える。

しかし。はっきり言ってしまえば“それだけ”。しかも、持ち味のCGを駆使した映像表現といっても遠景などの背景とアイテムくらいです。ショートムービーならそれで持たせられるかもしれないですが、これは映画。映画において、映像表現というのは要素の一部にすぎません。ストーリー、ドラマ、キャラクター、演出などあらゆる要素が噛み合って初めて良い作品が生まれます。映像がいくら凄くても…。

とにかく本作はCG映像以外の要素が全てダメすぎて擁護できません。

まず世界観構築。異常気象や未知のウィルスの蔓延で人類が激減した近未来とのことですが、全然そうは見えない。というか本作の世界観は、監督が過去に手がけたショートムービーの世界観の流用じゃないのですか? ドローンとか基本デザインがそのままだし。

せめてアクションだけは、あんな単調にせず、お得意のCGを使って派手に見せてくれよ!と思ってしまう…。

そして、ドラマ。ありがちなセリフをしゃべっているだけで、スベッているようにしか見えない。

脚本も、ツッコミどころ満載。西内まりやのファッションショーでしかない後半の展開は論外として、オチの解決方法がどうなの?と思います。有害物質を消すのではなく、発生源を消すべきでしょう。根本的な話、なぜ有害物質が生まれるのかさっぱり説明がないので憶測するしかないですが、行き過ぎた技術の暴走が原因だというなら、それを空中元素固定装置とかいうこれまたわけのわからない技術で解決してしまうのは、結局「技術サイコー!」という結論になる気がする。まあ、この世界観で描きたいテーマ性が見えてこないので論じようがないのですが…。

CUTIE HONEY TEARS

キャラクターも作品の残念さを目立たせるばかりで。とくに鍵となる主演の“西内まりや”。本人の頑張りはわかりますが、明らかに力不足だと思います。例えば、老夫婦の死を聞き、瞳が泣くシーン。ここは「アンドロイドなんて感情がないんだろう」と思わせておいて「実は瞳には感情がある!」と観客に驚きを与える場面として用意されたのはじゅうぶん推察できますけど、いかんせん演技力があれすぎてそう見えないという…。ウソ泣きにすら見える。「感情のあるふりをするために必死に慣れない感情演技をしているアンドロイド」だったら100点だったのに。アンドロイドの演技というのは役者の演技力がフルに試される難しい役なのはエクス・マキナを観ればわかるとおり。本作のようなビジュアル重視のキャスティングをすべきではなかったでしょう。案外、ジルを演じた“石田ニコル”は良い演技をしてた気がします。

「不完全だから勝てるのよ!」と劇中で言ってましたが、映画は不完全では勝てません。

ハリウッド・コンプレックスは捨てて

「キューティーハニー」という題材は映像だけでどうこうできる代物じゃないのがはっきりしましたね。まあ、そもそも本作は「キューティーハニー」だったのかという疑問もありますが…。

そもそも、日本はハリウッドの映像力にコンプレックスを持っているのか知りませんが、別に最近のハリウッド界隈でも映像が凄いだけの映画は批評的にも嘲笑されます。『宇宙船が再び攻めてくる映画』とか『バッドな男とスーパーな男が戦う映画』とか…。

むしろ、今のハリウッド界で評価されるのは『ムーンライト』のような優れたドラマの主軸を支える映像を持ったインディペンデント作品。

「ハリウッドの映像は凄い!」というコンプレックスはもう古いです。今さらCG映像だけ鍛えても国内でも国外でも馬鹿にされるだけでしょう。

そういう意味では本作は最新どころか前時代的な作品と言っていい気がします。

「キューティーハニー」の映画化の黒歴史が増えてしまったなぁ…。

(C)2016「CUTIE HONEY TEARS」製作委員会