ちいさな独裁者
映画『ちいさな独裁者』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Der Hauptmann(The Captain) 
製作国:ドイツ(2018年)
日本公開日:2019年2月8日 
監督:ロベルト・シュヴェンケ

あらすじ

1945年4月。敗色濃厚なドイツでは、兵士の軍規違反が続発していた。命からがら部隊を脱走したヘロルトは、偶然拾った軍服を身にまとって大尉に成りすまし、道中出会った兵士たちを言葉巧みに騙して服従させていく。権力の味を知ったヘロルトは傲慢な振る舞いをエスカレートさせ、ついには凶行に手を染める。

ネタバレなし感想

VERY VERY GOOD MOVIE

アメリカのドナルド・トランプ大統領に関する非常に興味深い研究があります。それは彼のスピーチについてです。大統領選挙候補者9人のテレビ討論で各人が使用した単語を調査すると、トランプ大統領は最も語彙力が少なかったそうです。またこれとは別の研究でも、トランプ大統領の演説で使われる語彙と文法は11~13歳レベルだったことが判明しています。

無論、この研究を基にトランプ大統領をバカにしたいわけではないのですが、でもこれはとても重要なことを私たちに提示していると思います。つまり、大衆の支持を集めて掌握するのは、想像以上にシンプルなのです。難しい専門用語に精通している必要もなく、レトリックなど巧みな言い回しも要らない。簡単な言葉だけで堂々と話していればいい。

なんか長々とブログの文章を書いている自分がアホみたいになってきますね…もうずっと「面白かった」「超サイコー」を連発する感想文にしようかな…。

ともかくそのことは同時に私たちがいかに安易な言葉に心を動かされやすいかを表しているとも言え、ひとりの権力者が過大評価されて異常なコントロールにつながる危うさの証明でもあります。

そんな恐ろしい事実をさらに恐怖の歴史とともに見せつけてくる映画が、本作『ちいさな独裁者』です。

本作は「ナチス映画」です(邦題に「ナチス」も「ヒトラー」も入っていない!)。第二次世界大戦末期に、ナチス側の脱走兵の青年が偶然に空軍大尉の軍服を手に入れて、そのまま将校になりすまして凄惨なことをしていくという、かなりヘビーなお話。

鑑賞前の私はあらすじだけ読んでフィクションだと思ったのですが、なんと実話。「ヴィリー・ヘロルト」という実在の人物が起こした実在の事件が基になっていると聞いて、震えあがりました。そんなことが起こっていいのかという感じですけど、起こっていたんだから、もう言葉が出てきません…。

監督は『RED レッド』や『ダイバージェントNEO』などどちらかといえばジャンル的娯楽映画寄りな作品を作り、ハリウッド映画界で活躍していたドイツの“ロベルト・シュヴェンケ”。そんな彼が実に15年ぶりに母国ドイツで手がけた作品だそうで、きっと相当な「作らねば」という思いがあったのでしょう。そのモチベーションの裏には今の時代を見つめたうえの危機感があるのは言うまでもなく…。

最近のナチス映画は『帰ってきたヒトラー』や『ナチス第三の男』といい、こういうナチズムから現代社会に残存する普遍的な人間の怖さを抽出して浮かび上がらせる作品が多い傾向にある気がします。それは偶然ではなく製作陣も狙ってのものでしょう。
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よく「現代社会と映画を関連させて語るな」と言う人も一部ではいますが、歴史を学ぶだけなら教科書を読めばいいのであって、なぜ映画を“今”に作る意味があるのか…それは製作陣が観客に考えてほしい最大の要点のはず。そこから論点をずらしたい観客がいるのもまさに今の時代らしいとも言えますが…。

人の体が吹き飛ぶなど、非常に残酷で目を背けたくなる映像の多い映画ですが、本当の残酷さはそこではありません。誰でも独裁者になれてしまうという安易さ…それがとにかく残酷で、滑稽で、でも現実です。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

若へいしは独裁者

1945年。それは第二次世界大戦が終わる年。勢いに乗るソ連軍はドイツ・ナチスをどんどん駆逐し、1月にはポーランドのワルシャワを占領、1月末にはホロコーストを象徴するあのアウシュヴィッツ強制収容所を解放。2月には、米英ソ3カ国首脳によるヤルタ会談が行われて、すでに戦争の勝者たちが次の世界の樹立に向けて話し合っています。そんな相手にただ降参するわけにもいかず、ドイツ軍は反撃に出ようとしますが虚しく退散。ナチスを率いたヒトラー含む上層部はベルリンの総統地下壕に篭もり、袋のネズミ。軍隊の統制はとてもじゃないですが成り立っていない状況でした。

そのような状況下にある4月のとある場所。ドイツ軍の誰もが敗北の時を待つなか、ヴィリー・ヘロルトという若い青年兵士は所属する部隊を脱走。憲兵隊に車で追われながら、無様に逃走していました。ボロボロの衣類の状態でろくに食べ物もなく、布にくるまって寒そうに歩く孤独な兵士。

しかし、そんなヘロルトの絶望的な人生を一変させるある出来事が起こります。目の前に打ち捨てられて煙をあげる軍の車輌を発見。車の中にあった将校のトランクには勲章や将校の位を示す記章が入っており、鉄十字章も含まれていて、完全にワンセット揃っているのでした。最初は寒さゆえにその衣類をいそいそと身にまとうヘロルト。ところが、ふと車のミラーに映った自分を見ると完全に大尉そのもの。彼が得たものは体温を保持するための機能だけではなく…。

そこへひとりの男が近づいてきて、自分に敬礼してきます。ヘロルトのために従順に行動し、ドアを開けてくれて、車を運転してくれるその兵士。その車の後部座席に座り、ヘロルトは不敵に笑います。彼が独裁者になった瞬間でした。

こうしてヒトラーという独裁者が独裁者として終焉を迎えようとしていた4月。全く別の場所で、全く別の存在が、独裁者になっていく…これは運命のいたずらなのか、それとも人間の本質なのか…。

人間の本質と、選択

面白いと言ったら不謹慎かもしれないですが、作中で描かれるヘロルトの変貌について思慮してしまうのは、彼は自分が脱走兵だったにもかかわらず、借り物の大尉の服で権力者になった後は、かつての自分と同じ立場だった他の脱走兵に対して冷酷無比に銃口を向けていく展開です。映画でもこのことは明確に対比的に描かれていました(とくに冒頭の逃げるヘロルトを追いかける立場の憲兵がどういう人間だったのかを想像すると…)。

もちろん容赦なく銃口を向けて平然と射殺するくらいしないと本当に大尉なのかと怪しまれるからという理由もあるでしょう。でも、キャリアのある立場であれば、暴力をしないという選択肢を選び、周囲を納得させることもできたはずです。そうしないのは、非暴力よりも暴力をする姿の方が“力を誇示できる”ということなのでしょうか。

本作のヘロルトの変貌を見ていると、ポール・バーホーベン監督の『ブラックブック』(2006年)というこれまたナチス映画を思い出しました。この映画では、ナチスによる酷い暴力が描かれるのはもちろん、ナチス敗北後にドイツ人たちが戦勝国の占領者に逆に残酷な目に遭わされる姿も描かれます。人間の本質はどういう立場でも同じなんだということをまざまざと突きつける映画であり、まさに『ちいさな独裁者』も同じですよね。

じゃあ、みんな残酷で暴力的なんだと突き放すように性悪説を主張している映画なのかといえば、そうでもなく。それは、作中でヘロルトから銃を渡されたある二人が、ひとりはその銃で他者を撃ち、もうひとりはその銃で自分を撃ったことからもハッキリ示されていたのではないでしょうか。

それは人間の本質かもしれないけど、どういう人間になるかは選べるはずだと。本作はヘロルトに対して同情の余地を1ミリも残すことはしていません。少しでも「しょうがない」と同情してしまえば、それこそあのフライタークのような立場になってしまうわけですから。

観客に対して「あなたはどっちなのか、選択してくださいね」と促している映画でもあります。車を引く人間たちにも、引かれる車に悠々自適と乗っている人間にも、なってしまってはオシマイなのです。

ちいさな独裁者

本当は怖いおとぎ話

ヘロルトは自分で自己完結するように独裁者として成熟したわけではありません。彼が独裁者への階段を登る手助けをしたのは他でもない周囲の人間でした。

これもやはり本作が「権力者の生まれるメカニズム」に真に迫る映画とも言える、重要な描写だったと思います。

仮定の話ですけど、おそらく大尉にスタイルチェンジしたヘロルトが最初に出会う人間が、偽りの権力に騙されない、“裸の王様”を見抜く目の持ち主であったとしたら、「何しているんだ、お前は」の一言でヘロルトの権威は一瞬で風に吹かれて消え去ったはずです。

でもそうではありませんでした。ヘロルトの周囲に“仲間”(またの名を支持者)が集まれば集まるほど、助長していくヘロルト。経験を積んでいるわけでもなく、知識や技術に長けるわけでもなく、話術が得意ということもない。ただ、服を着て偉そうに振る舞っただけ。根拠もなく肥大していくその様は、まるでおとぎ話を見ているようです。

本作はリアルとフィクションのバランスが不思議な映画でもありました。全編が基本はモノクロで(注:オリジナル版。日本は…)、登場人物のセリフが最低限に抑えられている語り口は非常にスマートで、現実味があります。一方で、バイオレンス描写はところどころ明らかにオーバーな領域に足をツッコんでいるのですよね。収容所で囚人たちを大きな穴に大挙して並べて、対空機関砲で撃ち殺すというオーバーキルにもほどがあるシーンがありますが、あれも実話だというから衝撃でしかないですけど、もう常識外すぎて観客は許容量を超えてしまいます。続く突然の空襲で爆発四散する人間といい、本作の描写は過度な残酷シーンをあっけらかんと映す傾向があります。これは娯楽作を手がけてきた“ロベルト・シュヴェンケ”監督なりのバランス感覚なのでしょうか。

これらの演出が合わさるせいで、先にも書きましたが、ひたすら重苦しい歴史映画を観たというよりは、最終的な後味は“本当は怖いおとぎ話”を観た感覚です

ラスト、エンドクレジットでの、車に仲間と乗るヘロルト部隊が現代の街を疾走して、自由に練り歩き、道行く人に絡んでいくシーンは、まさに過去と現代のシンクロ。逆“不思議の国のアリス”です。
彼らは私たちで、私たちは彼らだ。過去は現在なのだ。
監督の言葉どおりの非常に強いメッセージ性のあるオチです。監督はこうもインタビューで語っています。
「私たちは今、(ナチス台頭の)1930年代と似た時代にある。ドイツで右派を支持する人は旧東ドイツ出身が中心。東西統一で何も得られず、置き去りにされたと感じ、残るわずかも失うのではないかと恐れている。リベラルが何もかもダメにした、だから厳しい措置が必要だ、という感情が蔓延している」
あなたのそばにも独裁者はいますか? それともあなたが独裁者ですか?

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 89%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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