ホールド・ザ・ダーク そこにある闇
Netflix映画『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Hold the Dark
製作国:アメリカ(2018年) 
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信
監督:ジェレミー・ソルニエ

あらすじ

オオカミに息子をさらわれたと言う母親の依頼で、アラスカの辺境にある村を訪れた作家。しかし、オオカミに詳しい知識を人助けに役立てようと行動に出るが、事態は予想外の方向に転がり、不気味な謎が血塗られた恐怖に変わる。

ネタバレなし感想

ジェレミー・ソルニエ監督、最新作

2018年も日本人がノーベル賞を受賞し、大いに賑わいました。このときだけ、普段は科学の話題に全然興味ない大手メディアがこぞって必死に難解な受賞研究の内容を説明しようとしているのを見るのが好きな私です。

そんなノーベル賞ですが、物理学賞、化学賞はあっても、生物学賞はありません。生理学・医学賞はありますけど、若干、生物学系の研究をしている人は不公平さを感じなくもないでしょう。でも、生物学分野でも偉大な発見をした日本人はたくさんいます。

そのひとりに「杉山幸丸」という研究者がいます。この人がどんな凄いことをしたのかというと、動物の「子殺し(インファンティサイド:Infanticide)」という現象に関して大きな功績を残しました。具体的には、1962年にハヌマーンラングール(猿の一種)の子殺しを世界で初めて発見したのです。この子殺しは、生態学の教科書では必ず出てくる、有名な動物行動のひとつです。

生き物が同種の無垢な子どもを殺してしまう…にわかに信じがたい行為ですが、猿だけでなく、ライオン、イルカ、鳥などさまざまな動物で確認されています。どうしても私たち一般人は善悪で考えてしまうものです。無論、子どもを殺すなんて極悪非道と考えるのが普通。

しかし、科学者はそんな感情論でこの行為を説明しません。動物行動学や生態学に精通する研究者は、子殺しを「性選択説」という理論で解釈しようとします。これについて本気で知りたいなら、専門書を読んでくださいと丸投げしたいところですが、簡単に言ってしまえば、子を殺す側(たいていはオス)と子を守る側(たいていはメス)では、前者の利益の方が勝つからだという考えです。あまりにも無慈悲な理論ですが、結局は自然界は弱肉強食なんですね。たとえ親子の中でも。

なんでこんな話を長々しだしたかというと、本作『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』という映画と関係がある?…ない?…そんな感じだからです。ネタバレを控えるためにふわっとした書き方をしますけど、でもその子殺しのメカニズムを知っておくと作品の解釈に役に立つかもしれません。それくらい、本作は解釈を観客に要求するタイプの一作です。

本作の監督は“ジェレミー・ソルニエ”。知る人ぞ知る、最近現れたバイオレンス映画のニューフェイスであり、『ブルー・リベンジ』『グリーンルーム』と立て続けに強烈な作品を生み出してきました。その“ジェレミー・ソルニエ”監督作品の特徴といえば、残酷描写。ジャンル映画だと血がブワシャー!っと吹き荒れるような作品はいっぱいありますが、この監督の場合は、そういうフィクション寄りではなくリアルな生々しいゴア表現が特徴。とにかく痛々しいです。そして、その残酷性を引き立てるのが予測不可能なストーリー。いつ凄惨なシーンが始まるかもわからないので、油断できません。

その“ジェレミー・ソルニエ”監督も、最近の他と監督と同じく、Netflixで最新作を手がけることになりました。そんな経緯があるせいか、『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』は、これまでの監督過去作とはまた一味違った雰囲気の一作になっています。

脚本は『ブルー・リベンジ』や『グリーンルーム』では監督本人が書いていましたが、今作では盟友で過去作2作にも出演していた“メイコン・ブレア”が担当。“メイコン・ブレア”自身も最近、『この世に私の居場所なんてない』という作品で監督デビューし、注目の逸材。

出演陣は、ドラマシリーズ『ウエストワールド』で主役級の活躍を見せたのが最近では印象深い“ジェフリー・ライト”、Netflixオリジナル作品の『Mute ミュート』で主役をつとめた“アレクサンダー・スカルスガルド”、他にも“ライリー・キーオ”“ジェームズ・バッジ・デール”など、地味ながらも活躍を重ねている役者が揃っています。

2時間超えの重厚な物語なので、時間があるときにじっくりどうぞ。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

アラスカは闇深い

本作の舞台はアラスカです。アメリカであってアメリカではない、辺境の地。人口密度1平方kmあたり0.4人。ちなみに日本の47都道府県で一番人口密度が低い地域は北海道で1平方kmあたり63.7人です。これだけでどれほどアラスカがとんでもない場所かわかるでしょう。アラスカ最大の都市はアンカレッジです(作中でラッセルの娘が大学教師として働いている場所であり、メドラがあの街はアラスカじゃないと言っていましたね)。また、アラスカを象徴するエピソードをもうひとつ。アラスカは、銃による事件での死亡率がアメリカの全州で最も多いという統計があります。そう聞くと、銃犯罪が多いのだろうなと思ってしまいますが、確かに銃の所持率は全米トップの61%ですが、決して犯罪が多いわけではありません。じゃあ、なぜ?という感じですが、実は自殺率が多いそうです(全米2位)。当然、銃が身近にあれば、自殺する手段も銃になるわけで…。なかなか闇深いです、アラスカは…。

その土地の闇(ダーク)が全編にわたって滲み出るような映画が本作でした。

「息子のベイリーがオオカミにさらわれた」…そんな衝撃的な手紙をもらってアラスカの大自然の中にポツンと存在する小さな町キールットを訪れた黒人のラッセル・コア。その手紙を書いた女性メドラ・スローンと出会い、事情を聴きます。払うお金がないと言うくらい貧しそうな家でしたが、「チョコレートでいい」と快く受け入れるラッセル。ここまでは普通。ここから息子探しの物語が始まるんだなと観客は予想します。

しかし、そうは問屋が卸さないのが、“ジェレミー・ソルニエ”監督流。ラッセルが訪問してきたその夜、ラッセルが夜中に寝床で目を覚ますと、独りごとをしゃべりながら風呂で背中をゴシゴシしているメドラの姿が。そのまま仮面をかぶり裸で部屋を歩き、ラッセルの毛布に入り込む。不気味で理解不可能なシーンです。

さらに、場面がガラッと変わり、中東イラクを進軍する軍隊が映ります。そのうちのひとりの兵士はスローンと呼ばれ、どうやらメドラの夫バーノンのようで…。

ここでまたアラスカに場面は戻り、行方不明のメドラの息子探しをするラッセルは成果もなく、スローン家へ戻りますが、そこで偶然見つけたのが探していた少年の遺体。事態は急展開。肝心のメドラは行方不明で、一瞬にして息子殺害の容疑者に。そんな混乱のなか、アメリカに戻ってきたバーノンは息子と悲しい対面。観客は愛する子を失った父親に同情していると…バーノンが警察を射殺。

観客は翻弄されっぱなしです。「えっ、殺すの!?」という驚きと、「えっ、殺さないの!?」という驚きの連続パンチを交互に受けて、軽い脳震とうになった気分。

“ジェレミー・ソルニエ”監督特有の大殺戮シーンとして本作に用意されているのが、キールットに押しかけた大量の警察をチーオンが機関銃で皆殺しにする展開。さながら西部劇。それまでため込んできた何かが暴力という形で一気に解放される、虚しい爽快感が印象的です。

ホールド・ザ・ダーク そこにある闇

その行動の理由

本作を観た観客が絶対に気になるのは、「なぜ殺されたのか(もしくは殺されなかったのか)」、そして「バーノンとメドラのあの夫婦は何がしたかったのか」ということでしょう。

最初に書いておきますけど、その答えはありません。本作は原作があってそちらはそちらで別の意図があるかもしれませんが、少なくとも映画は明確な正解を用意していないつくりであり、その手探り状態で観客を迷わせる闇こそが魅力でもあります。

メドラは間違いなく精神的に病んでいたといえるだけの状況が映画冒頭だけでも表れていました。子どもの頃から一緒にいたバーノンが戦争で離れてしまい、病気の子どもとともにこの闇深いアラスカに残されてしまった状態。絶望を感じていたことは言葉の節々から伝わってきます。だったから、子どもを殺めた…ストレスという心理的理由で説明をつけることもじゅうぶんできます。

一方で、村人たちは、メドラは狼の悪霊に憑りつかれていたんだと警察に語ります。先住民の老女が語るように、何か人間ではどうしようもできない力によって今までもこの土地では大勢が死んできたと。オカルトというと安っぽく聞こえますが、そうやって自分を納得させる人も確かにいるでしょう。

そもそもメドラが本当に息子を殺したのか…それは定かではありません。少なくともラッセルはそうだろうと推察します。それは直前に子どものオオカミを食べるオオカミの群れを目撃したからでもあり、いわゆる「子殺し」なんだと断言します。珍しいが、絶対に起こらないことではないと。

科学者の理論を借りて、私が記事冒頭で紹介した「性選択説」でこの映画の物語を説明することもできなくはないです。それをもとに考えると、最後、洞窟にてバーノンがメドラを殺すかに見えて、なぜか再び関係を回復し、どこかへ二人で消えていったのも、理解できるかもしれません(子殺しでは、最終的に動物の夫婦は子を殺した後にまた新しい子どもを産むものなので)。

殺しといえば、バーノンもイラクで兵士にレイプされている地元女性に、復讐の後押しをするような行為をします。あれも謎めいた、解釈を要求されるものです。善意なのか、それとも…。

語られる物語と語られない物語

結局、不可解な出来事を体験したとき、自分を納得させる方法は人それぞれなんですね。心理的理由に答えを求める人、オカルトに答えを求める人、科学的理論に答えを求める人…。

本作の場合、一連の事件のサバイバーとなり、唯一の目撃者でもあるラッセルだけが、その解釈を委ねられます。

彼もまた闇を抱えているように見えるというのがまた印象的です。ラッセルは、作家ですが、ナチュラリストでもあります。ナチュラリストというのは自然愛好家のことで、自然や動物が好きというレベルの人から、菜食主義者だったり、過激な自然保護家まで程度の差はいろいろ。ラッセルの場合は、よくわかりませんが、狼と過ごした体験を本にしているくらいで、動物学の知識も深いようでした。しかし、過去にオオカミをやむを得ず殺したこともあるようで、それが原因なのかその自然愛から少し離れている感じも受け取れます。

ラストで生き残ったラッセルが病室で目覚め、娘エイミーにこの事件をどう語るのか。真実を決めるのは語り部だけです。

そして、この土地の闇の犠牲になった者といえば、先住民のチーオンも忘れてはなりません。彼の場合は、娘を本当にオオカミにさらわれたように思えますが、どちらにせよ彼は警察の不満が引き金になり、狂気の惨事を引き起こします。このあたりの背景は、『ウインド・リバー』に通じるものがあります。
『ウインド・リバー』感想(ネタバレ)…駆除します
けれども、『ウインド・リバー』と違って、本作には救済もカタルシスもないんですね。ラッセルも事情を知らないはずなので、彼によってその真意が語られることもないでしょう。

語られないというのもまた残酷な闇です。

と、こんな感じで、“ジェレミー・ソルニエ”監督作品の中でも最も深い考察ができそうな一作でした。少し映画時間が長い気もしますが、Netflixなら何度でも見れますし、好きなだけ解釈できるので、いいのかな。

ROTTEN TOMATOES 
Tomatometer 68% Audience 80%
IMDb 
5.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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↑『グリーンルーム』…売れないロックバンドの若者たちがうっかりネオナチの巣窟である会場に来てしまう話。『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』よりは軽い雰囲気。ただし、残酷度は一級品。
(C)Netflix