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『喜望峰の風に乗せて』感想(ネタバレ)…衝撃の結末だけが海を漂う

喜望峰の風に乗せて

衝撃の結末だけが海を漂う…映画『喜望峰の風に乗せて』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Mercy
製作国:イギリス(2017年)
日本公開日:2019年1月11日
監督:ジェームズ・マーシュ

喜望峰の風に乗せて

きぼうほうのかぜにのせて
喜望峰の風に乗せて

『喜望峰の風に乗せて』あらすじ

1968年、イギリス。ヨットによる単独無寄港世界一周を競うゴールデン・グローブ・レースが開催される。航海計器の会社を経営するビジネスマンのドナルド・クロウハーストは参加を決意し、アマチュアの果敢な挑戦にスポンサーも現われ、家族や周囲の期待に押されながら出航する。

『喜望峰の風に乗せて』感想(ネタバレなし)

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映画が見せるのは希望ばかりではない

会社に入社したとき、学校に入学したとき、結婚して家庭を持ったとき…あなたはどんな未来を見据えていましたか?

新しいスタートラインに立ったときの緊張感と高揚感、まだ見ぬ未知の世界への期待と恐怖、その先に待つゴールへの展望と不安…きっと人それぞれ細部は違うでしょうが、誰でも経験してきたことのはず。そんな境遇にいる人にはぜひとも言葉をかけてあげたくなります。「頑張れ」と。

でも、私のような凡人の言葉なんてたいしたことはないです。だから、そんなとき、映画は役に立つ…なんていう話は何回もしました。目標や夢に向かって続く長い道を進むうえで、背中をぽんっと押してくれる映画がたくさんあるとも…。

しかし、“そうじゃない”映画もあるのです。

「頑張れ」なメッセージだけで人は幸せをつかめるわけではないし、むしろ破滅するかもしれない。そんなことを示すような映画が。そして、それもまたひとつの真実を突きつける大事な映画なのですが。

本作『喜望峰の風に乗せて』はそんな作品であるという前提で私は紹介したいと思います。もちろん、人によっては捉え方は違うでしょうけどね。

正直、本作はネタバレなしで紹介するとしたら、非常に言葉を選ばざるを得ないタイプの作品です。

伝記映画であり、「ドナルド・クローハースト」という実在のイギリス人を描いています。まずこのドナルド・クローハーストを知っているかどうか、そこが分かれ目ですね。知っている人は「あっ、あの人ね…」とこの映画の内容も察してくれると思うのでこれ以上言うこともありません。一方で知らない人は全く聞いたこともないでしょうし、それはそれで良いです。とりあえずネットで名前を検索したりとかしないほうがいいとだけ言っておきます。映画の内容でもあるこの人物の人生の顛末が全部書かれていますから。

そこで巧妙に内容のネタバレに触れず、本作を魅力的に紹介するしかないのですが…。

監督は、あのスティーヴン・ホーキング博士の伝記映画でエディ・レッドメインが主演した『博士と彼女のセオリー』で高評価を受けた“ジェームズ・マーシュ”です。それだけ聞けば、映画ファンは関心を持ってくれるのじゃないでしょうか。

“ジェームズ・マーシュ監督は『マン・オン・ワイヤー』や『プロジェクト・ニム』などドキュメンタリー作品で業界に認められていた人物であり、実在の史実を扱うことに手慣れています。その題材も単純な善悪で論じることのできないセンシティブな要素を持っていることが多いのが特徴です。当然、本作『喜望峰の風に乗せて』はまさにそのタイプであり、この監督の十八番といえるでしょう。

主演は、イギリス俳優と言えばこの人!と多くが名前を挙げるであろう“コリン・ファース”。今作はこの彼が演じる主人公が単独航海に挑む話なので、結構な割合で“コリン・ファース”が出っぱなしのひとり芝居を見せてくれます。もう“コリン・ファース”ファンなら脳内動画フォルダに保存しておきたいくらいの贅沢な時間を過ごせるのは間違いありません。

“ジェームズ・マーシュ監督と“コリン・ファース”がいれば、じゅうぶんなのですけど、ここに音楽を手がけるのがなんと今は亡き“ヨハン・ヨハンソン”なんですよ。遺作のひとつです。相変わらず素晴らしい音楽で、本当に惜しい人を亡くしました…。

とまあ、この3人が揃えば、退屈な映画になるわけないし、一定のクオリティは保証してくれます。あと、共演だと“レイチェル・ワイズ”が妻役として少なめながら登場しています。そんな映画です。見ごたえ、ありますよ。

ただ、問題は鑑賞後のテンションですかね…

とにかく前述したように、“そうじゃない”映画も大事だと思うので、本作への好奇心が湧いた方はぜひ「この映画を観る」という冒険をしてみてください。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『喜望峰の風に乗せて』感想(ネタバレあり)

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航海冒険モノの魅力

『喜望峰の風に乗せて』はいわゆる「航海冒険モノ」というジャンル。

このジャンルの映画はいろいろありますけど大まかに言えば、単独もしくは少数で航海という挑戦を、意図的もしくは強制的に実施することになり、自然の猛威などの過酷な環境のなかサバイバルをして、生きることの渇望を描いていく…そんな流れがあります。地球の地表の7割を占め、GPSなどの技術が開発されても、なおも未知の世界が広がる海洋。今も昔もきっとこれからも、この海をめぐる冒険は私たちの心を掴んで離さないでしょうし、映画も作られるでしょう。

事例を挙げるなら、個人的に好きなものは、例えばドキュメンタリー作品ですが、『メイデントリップ:世界を旅した14才』。これはタイトルどおり14歳の少女が単独航海に出る姿を記録した作品で、「思春期の子どもの成長」が航海そのものと重なる、素晴らしいドキュメンタリーです。

また『コン・ティキ』という映画は、人類が海を渡って分布を広げた説を証明するために自らそれを再現するべく海に出る人類学者たちを描いた歴史ドラマです。こちらは航海が「人類史」に重なる、壮大なスケールが魅力です。

さらに『オール・イズ・ロスト 最後の手紙』はロバート・レッドフォード演じる海難者の老人がひとり取り残された海で生きようともがくサバイバル・サスペンスであり、航海と「老い」がシンクロしていく、哀愁の漂う雰囲気が絶妙です。

このように「航海冒険モノ」は単に航海してますというだけでなく、その航海を何かと重ね合わせることが多いんですね。

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サバイバル…できない

そう考えると、本作はかなり特殊です。

なぜなら「サバイバル」ではないのですから。主人公のドナルド・クローハーストは当然、当初は単独無寄港世界一周航海させるという野心に燃えています。

しかし、いざ航海に出発すると、その希望的野心は一瞬で海に流されます。経験も技術も装備も乏しく、気持ちだけで飛び出してしまった自分。航海はとても成功しそうにない…。それだけであればただの「失敗談」で終わるのですが、本作はそういきません。

ドナルドは、このままではとてもじゃないが航海が成功しそうにないため、嘘の航海記録を捏造するという一線を超えてしまいます。そのまま世界一周などすることなく時間だけを潰してテキトーなタイミングで港に何食わぬ顔で戻ってくればいい。そういう魂胆で最初はいたドナルド。しかし、他の出場者の状況から自分の嘘航海が偉業として思わぬ期待を集めていることを知り、港に戻れなくなってしまいます。戻れば、航海記録が精査されて嘘がバレる。このまま海を漂えば、いつか死ぬ。まともに航海しても、死ぬ。

「サバイバル」することさえも絶たれた、別の意味で絶望的な状況です

ここで大事なのはドナルドは別にエゴの塊のような自己中な人間ではないということでしょう。

むしろ優しい。航海記録を偽造したのも、失敗によって、支えてくれた家族やスポンサーの顔に泥を塗らないためですし、帰れないと思うのも、他の真面目に航海して失敗したセーラーに申し訳が立たないためです。もう自分ではどうしようもできないジレンマに陥ったドナルド。

選択肢はなく、進むべき道はひとつ…自らの命を自分で絶つことでした。

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日本の社会問題と重なる

このドナルドの航海とその結末。

何かを連想させます。それは「人生のすえに“自殺”を選んだ人の苦悩」です。とくに私はブラック企業における過労死に通じるものがあると強く感じます。

会社・学校・家庭…その場所が自分を苦しめる場所になったとき、何ができるのか。ある人は「会社を辞めたら?」「学校に行かなければいいのに」「離婚すればいいでしょ」なんて言うかもしれません。でも、そうできない苦悩があるから、苦しむわけで。

その孤立した苦悩、どっちにも進めなくなった絶望感が、無限に続くような大海原を漂うという本作のシチュエーションと重なります。

これはサバイバル映画とは真逆の視点です。孤独だからこそ自分と向き合って真の力を発揮…みたいなご都合展開がまるでない。技術力や知恵でどうこうなんて話ですらない。人生が断崖絶壁になったとき、人はどうなってしまうのか。その現実を突きつけます。夢も希望もありません。

本作の場合、“コリン・ファース”という優等生的な人間性を体現できるキャスティングをしたのが見事に残酷にハマっており、どんどん疲弊して、何もかもを諦めることになる過程がとにかく見ていて心にきます。ときおり映し出されるギョッとする演出にも精神がえぐられました。

そのドナルドの航海側のパートと、チグハグな感じにすら見える故郷で帰りを待つ人たちのパート。この双方のシナリオが噛み合っていないかのような状況は製作陣の意図したものだと思いますが、まさにブラック企業における過労死もそうですが、このすれ違いが最悪の結末を起こすのですよね…。ドナルドの妻や息子が純真な期待と愛を見せて“優しい”というのが、また辛く圧し掛かりますし…。

寄港した異国の地で、コップの飲み物に落ちたハエを助けるシーンがありますけど、ドナルドには責める人も救う人もいない。あの地で密かに定住すればいいのに、また海に繰り出すあたりに「自分自身で作った渦からは自分の意志では出られない」という怖さを感じます。ハエのように。

本作にサバイバルとしてのサスペンスやスケールを期待しても無駄です。だってもう死んだも同然なのですからね。

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現在進行形の日本

本作はドナルド・クローハーストが残した航海日誌を元にしており、実は彼の苦渋に満ちた航海は本作だけでなく、後世の創作物に影響を与えています

『Deep Water』というドキュメンタリーが2006年に作られていますし、『Crowhurst』という別の映画も2017年に公開されています(どちらも日本未公開で、私は未見)。

また、さらに他にも映画、舞台、詩、音楽と、いろいろな媒体で題材になっており、一種の神話化しているような側面もあり、それだけ人間の本質に問いかける何かがあるのでしょうね。

ただ、本作は、世界でも最も過労死問題が深刻な日本では、決して無視できない一作だと思います。なにせ全く同じような出来事が日本という陸地で起きているのですから。それが陸地で発生しているというこの島の異常性に私たちはもっと目を向けるべきじゃないですか。いつか日本そのものが海を彷徨う孤独な船になってしまわないためにも。

『喜望峰の風に乗せて』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 74% Audience 30%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

(C)STUDIOCANAL S.A.S 2017

以上、『喜望峰の風に乗せて』の感想でした。

The Mercy (2017) [Japanese Review] 『喜望峰の風に乗せて』考察・評価レビュー