最後の一息
ドキュメンタリー『最後の一息』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Last Breath
製作国:イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:アレックス・パーキンソン、リチャード・ダ・コスタ

最後の一息

あらすじ

北海の深海100m。そこは人間には生存不可能な極限環境。その真っ暗な海の底で特殊な装備のもとで潜水作業をしていたダイバーは、突然の事故によってひとりこの海底に取り残されてしまう。酸素はわずかしかない。光もない。その頃、海上にいる仲間の乗る船では緊急事態が起きていた。

ネタバレなし感想

死にたくない場所

自分が死ぬとき、どういう状態で死にたいですか?

そんな質問、あまりにも不謹慎すぎますが、どうしても生きている限りは避けられないオチですから、考えてしまうこともあります。たいていの人はまず“苦しみたくないなぁ”と思うでしょうし、間違っても凄惨な死に方は嫌ですよね。理想的なのは安らかに息を引き取ることです。そしてできるのならば孤独に死ぬのではなく、愛する者のそばで死にたいですよね(それが親類でも友人でも他人でもペットでもモノでも何でもいいのですが)。

そう、孤独というのは怖いです。だからホラーやスリラー映画では、自分ひとりしかいないシチュエーションで命の危機に襲われるシーンが最も恐怖を抱かせます。

そして世の中には完全に絶対的孤独になりうる環境が2か所存在します。死にたくない場所のツートップですね。

ひとつは「宇宙」。宇宙空間は生命体もゼロ(発見されていないだけかもしれませんが)。もしそこに取り残されようものなら助けもほぼ望めず、孤立無援で死を待つしかありません。アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』はまさにその恐怖を映像体験させる映画でした。

それと同じ環境が宇宙以外にもあります。しかも地球上にたくさん。それが「深海」です。

深海も宇宙そっくりです。特殊な装備がなければ息もできないし、体も耐えられない。暗闇で、漂うしかない。こんなところで死ぬのは普通は勘弁してくれと思うのも当然です。

『海底47m』という映画があって、これはその名のとおり、水深47mの海底に取り残された人間がパニックになりながら生存のために脱出を図るという内容でした。サメなんかが襲ってきてそれはもう大変な事態。フィクションとはいえ想像したくないものです。
でもさすがにそんな事態は現実には起こらないだろうと思っていたら、もっととんでもない事態が世界ではリアルで起こっていました。

それが本作『最後の一息』というドキュメンタリーで題材になっている事件。

なんと水深100mの状況に独りで取り残された潜水士の実話。100m…もちろん深海です。素潜りできるようなレベルじゃありません。そんな状況で…。いや、これはサメも必要ない怖さです。ジェイソン・ステイサムでも打開できない危険性ですよ。

その考えるだけでも恐ろしい事件の当時の状況を、再現映像と実際の映像を交えながら、とてつもない緊迫感でまとめたこのドキュメンタリー。観ていると、状況が深刻になるにつれ、もう観ているこちらまで心臓がバクバクしてくる圧迫感と絶望感で、正直、体に悪い作品です。でも観終わったら案外そうでもない、まさかの感情も芽生えたりして…とにかく凄いドキュメンタリーです。劇映画に全くサスペンスは負けていない、むしろ勝っています。

類似のドキュメンタリーとして『洞窟探検ダイビング』という作品があって、あちらは水中洞窟に取り残された仲間の遺体を回収しにいく実話でしたが、そちらとはまた違ったリアルタイムなサスペンスを味わえるのが『最後の一息』。
普段ドキュメンタリーは見ないという人も、生の映像だからこその衝撃に、絶対にハラハラすると思うので強くオススメします。

オススメ度のチェック
ひとり◎(手に汗握るサスペンス)
友人◎(みんなでハラハラするも良し)
恋人◯(つまらない映画を見るよりも)
キッズ◯(深海恐怖症になるかも)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

「飽和潜水」とは?

『最後の一息』を見てまず何に驚くって「こんな職業が存在するのか!」ということですよね。

「飽和潜水士」…作中でも説明されていましたが、もう少し補足を加えながら私なりに整理してみます。

そもそも深海で人間が仕事なんてする必要があるのかという話ですが、海底施設のメンテナンスや海底に沈む物体のサルベージのために人手が必要になることがあります。将来的には全てロボットが作業することになるかもしれませんが、今はまだ人間自身でやっているんですね。

本作の場合、油田施設のメンテナンスのためでした。

当然、知ってのとおり海には水圧というものがあって、深く潜れば潜るほどその水圧は強くなります。深海100mなんて生身の人間は水圧で生存できません。水圧でペシャンコになるの?と思ってしまいますが、一番の脅威となるのが「減圧症」です。

実は人間の血液に溶け込める気体の量は気圧によって変化します。これが重要。例えば、気圧が高ければ多くの気体が血液に溶け込め、反対に気圧が低ければあまり溶け込めません。ちなみにみんながよく飲むであろう「炭酸飲料」は高い圧力をかけて二酸化炭素を水に溶け込ませることで精製しています。高い圧力がないと作れません。ストローでぶくぶくぶくと息を吹き込んでも炭酸水にならないですよね。

深海の話に戻ると、水圧が高いために潜水している人の血液には気体がいつもより多く溶け込んでしまいます。そしてそのまま一気に圧力の低くなる海上に浮上すると、どうなるか。炭酸飲料の蓋を開けたときみたいなものです。血液に溶け込んでいた多量の気体が一気に抜けます。非常に危険です。これが「減圧症」。逆に急に圧力が上がれば急に気体が溶けて「高圧神経症」になります。

そこで「飽和潜水(Saturation diving)」の出番です。一気に圧力が上がったり下がったりするのが問題なのであって、少しずつあらかじめ潜水士の血液の溶け込む気体を限界までの状態(=“飽和”)にさせておけばOK。

そのために作中でも登場した設備が必須。潜水支援船には加圧式飽和潜水システムを搭載され、そこには船上生活用の個室を完備し、潜水士を海底に送り出す潜水鐘(ダイビングベル)も設置。まずは選ばれた潜水士たちは1か月缶詰で過ごすことになる飽和潜水タンクがホームになります。そこはヘリオクス(ヘリウムと酸素の混合ガス)を入れることで、通常空気圧の10倍で過ごすことになり、徐々に飽和潜水に適した体に。常にモニタリングされています。そして飽和潜水の準備が整ったら、いざ潜水鐘(ダイビングベル)で海底へ。もちろん特殊なスーツを着ています。海中作業中はアンビリカルというケーブルが頼りのライフラインであり、体温維持のためのお湯、呼吸のためのガス、照明、連絡手段がつながった状態に。作業終了後はまた飽和潜水タンクで徐々に今度は気圧を減らし、元通り。

横に100m移動するのは簡単なのに、海の下に100m移動するのはこんなに大変なんですね。

ちなみに飽和潜水の最高記録は水深約700mだそうです。

命綱は切れて…

説明が長くなりましたが、本編の話。

2012年9月18日。潜水支援船「トパズ(TOPAZ)」は船員127名(飽和潜水士12名を含む)を乗せ、北海へ。目指すのは海底にある油田設備。

飽和潜水することになったのは「チーム3」。メンバーは、まずクリス・レモンズ。フィアンセのモラグと結婚を控え、いろいろと将来計画を考えている最中。飽和潜水経験は浅いですが、フレンドリーで評判もいい人。もうひとりは、スタートレックのスポックみたいと仲間に言われるデイヴィッド(デイヴ)・ユアサ。3人目はチョコ好きのダンカン・オールコック

3人はさっそく手順どおり、飽和潜水タンクへ。ダイブ・スーパーバイザーで船上で支援&判断する重要な役割を担うクレイグ・フレデリックの見守られながら、いよいよ海底へ。ダンカンは潜らず潜水鐘にいて潜水士の面倒を見ます。デイヴは潜水士1、クリスは潜水士2。潜っていく二人。

潜水鐘から海底へ降り、しばらく進んだのち、マニフォルドという構造物で二人は作業をすることに。しかし、ここで海上の船でトラブルが発生。船を海上の正確な位置に固定させるコンピュータシステム「DPモード(ダイナミック・ポジショニング)」が急に動作しなくなるのでした。これでは船はヨット状態。あいにく天気は悪天候で、船はどんどん流されます。しかし、船は潜水鐘、そして潜水鐘はアンビリカルのケーブルを通して潜水士とつながっています。急いで潜水鐘に戻ろうとする二人。ところがクリスのアンビリカルが何かに巻き付いて身動きが取れない状態に。流される船に引っ張られどんどんきつくなるアンビリカルのケーブル。デイヴはすぐ近くにいましたが手は届かず。クリスのアンビリカルのケーブルは軋み、空気が届かなくなり、連絡も途絶え…。それは完全にクリスが孤立したことを意味するのでした。

生々しい音がとにかく怖いです。

最後の一息

最悪の映像

緊急酸素ボンベ2本のみで取り残されたクリスには5分程度の酸素しかありません。もう5分はとうに経過しています。船にいる全員を起こし、この異常事態の対処にあたりますが、前代未聞なため、オロオロするばかり。しょうがないので船を手動に切り替え、普通は波が激しい状態では使わないのですが、なんとかクリスのいる地点に戻ろうとします。でも全然上手くいきません。

11分経過。船を移動させるために尽力する一方で、遠隔操作型無人潜水機(ROV)でクリスの位置を探します。そして、発見。リグの上にクリスが横に倒れている…腕がピクピク動いているけど、これは…。

22分経過。クリスはもう動かなくなり、ますます絶望感が重くのしかかります。しかし、ここでハードの再起動でシステム復帰。船がまともに動くようになり、急いで現場に向かいます。

27分経過。船は作業場の上に到着。潜水鐘に戻っていたデイヴはとにかく海底のクリスのもとへ。マニフォルドの屋根の上に横たわる重たいクリスの“体”を運ぶデイヴ。

36分経過。クリスが死んだと考えないようにしていたというチーム。潜水鐘に運び込まれたクリスの“体”。ダンカンは息を吹き込みますが…。

そして…画面にインタビューで現れたのは、クリス。彼は生存。息を吹き返したのでした。遺体回収にはならなかった…本当に良かった…。

“死”を経験した者の言葉

『最後の一息』はとにかくドキュメンタリー映像を見ている観客とクリスの救出にあたるチームがシンクロ状態にあるのですさまじい緊迫感です。

とくにあのROVでとらえたクリスの映像が映った瞬間。あの言いしれようのない絶望感。最悪ですよ。つまり、これは人が死ぬ瞬間をリアルタイムで鑑賞することを余儀なくされるのですから。映画なんて可愛いものです。本物の孤独の中で死ぬ人を見続けるしかできない、この恐怖に比べれば。

映画なら奇跡が起こってきっと助かるんじゃないかとか考えますが、これはシナリオのない現実。ましてや助けることができるのはまさに“見ている側”の自分。でも何もできない。さらにこのドキュメンタリーを“見ている側”はもっと何もできない。

あの映像はトラウマレベルです。悪夢にでてきそう…。

でもクリスは生きて戻ってきました。そしてこんなことを言うんですね。

医療担当のスチュアートに「大丈夫、ただ眠るみたいだった」と声をかけるクリス。

すごいチグハグな言葉です。でもこれであの映像に対する印象が180度変わるのが不思議。“見ている側”の私たちには絶望でしかなったあの“死にいく者の姿”。でも本人はそうでもなかったのかと。

上手く言葉にできませんけど、“死”って私たちが思っているものではないのかもしれない。もしかしたら不必要に怖がっているだけなのかもしれない。孤独に見えるあの真っ暗な深海でも「大丈夫」と言い切ったクリスは一体何を感じたのか。それはわかりませんが、何か私たちの知らない世界を見せてくれたような気がします。臨死体験みたいなものですね。

タイトルにもある「最後の一息」。それは苦しくないのだとしたら、少し軽くなるような、そんな気分。ちょっと自分の未来に必ず待つ“死”への恐怖が低減した…かもしれない。ほんの少し。

本作のラスト。3週間後、北海の海底に戻るクリスら3人。

「クリス 今回はドジんなよ(Hey, Chris. Don't fuck it up this time)」
「了解(Roger That)」

今日もどこかで飽和潜水士たちは潜っている。私も頑張ろう。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience --%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Met Film Production