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『リズと青い鳥』感想(ネタバレ)…物語をハッピーエンドにするのは誰?

リズと青い鳥

物語をハッピーエンドにするのは誰?…映画『リズと青い鳥』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Liz and the Blue Bird
製作国:日本(2018年)
日本公開日:2018年4月21日
監督:山田尚子

リズと青い鳥

りずとあおいとり
リズと青い鳥

『リズと青い鳥』あらすじ

北宇治高等学校吹奏楽部でオーボエを担当する鎧塚みぞれと、フルートを担当する傘木希美は、ともに3年生となり、最後となるコンクールを控えていた。コンクールの自由曲に選ばれた「リズと青い鳥」にはオーボエとフルートが掛け合うソロパートがあったが、親友同士の2人の掛け合いはなぜかうまくかみ合わず…。

『リズと青い鳥』感想(ネタバレなし)

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観ればきっと新しい世界を覗ける

この世の全ての創作物を鑑賞したことのある人間はいません(いないよね?)。

だから「これ、観たことがないの?」なんてセリフはもっともどうでもいい言葉。そう大見得を切ってみたはいいものの、そんなことを言われちゃうとついつい心がざわつくのは私の防御壁がパンくずでできているからですね。「あの映画、観てないな~」という不安感をいつも抱えています。

そんな私があまり手を出していない分野がアニメです。それも国民的アニメ級の作品を見ていないんですね。例えば、『名探偵コナン』とか『ドラゴンボール』とか『ONE PIECE』とか…。付随して漫画も見ません。だからといってアニメが嫌いなわけではなく、ただ、小さい頃から“ゲームっ子”だったゆえにアニメや漫画はそこまで深く立ち入る機会も好奇心もなかったのです。

そういう私ですが、アニメ映画は非常に注目しており、意識的に鑑賞するように心がけています。とくにスタジオジブリ一強時代が終わりをつげ、群雄割拠なクリエーターたちが多様性時代を築き始めた今の日本のアニメ映画業界は非常に見ごたえがあります。2018年も実に個性豊かな作品が目白押しでした。

ところがです。アニメ映画という一大勢力の中でも、手を出しづらいパーツがあって、それが「テレビアニメの劇場版」です。こういう作品は基本的にファンのための映画と化していることがほとんどなので、“アニメ映画は非常に注目している”なんて豪語する私でも基本はスルーしがち。

しかし、困ったことに、テレビアニメの劇場版の中には、“高評価”の声が聞かれる作品もチラホラ登場します。こういう場合、判断に本当に困ります。なにせテレビアニメの劇場版というのは大衆作をのぞき、だいたいは観客層の範囲が狭く、熱烈な支持も多いので、映画評価サイトの点数も異様に高くなる傾向が強めなんですね。つまり、元の子もない言い方すれば、他人のレコメンドが全然あてにならないわけです。

そういうときこそ、普段アニメなんて見ない人の客観的な意見を聞きたいものなのですが、ネットというのは声の大きいアニメファンばかりだったりして、これまた無理な話…(「ROTTEN TOMATOES」のような批評家点数と一般観客点数を明確に分けるサイトがあればいいのに)。

前置きが長くなりましたが、そんな“観るの観ないのどっち”な葛藤を発生させた、2018年のもっとも困ったアニメ映画のひとつが本作『リズと青い鳥』でした。

本作は『響け!ユーフォニアム』というすでに1期と2期が放映されたテレビアニメの劇場版。普通だったら、そのテレビアニメを視聴したファン層がそのまま見るものと考えるのが妥当です。

それでも私が鑑賞に至った理由は3つ。

1つ目は、京都アニメーションの作品だということ。2つ目は、監督が“山田尚子”だということ。3つ目は、他のテレビアニメの劇場版とは明らかに違う雰囲気があるということ。

京都アニメーションというスタジオが素晴らしい技術を持っているのは知っていたし、その中でも“山田尚子”監督はひときわ作家性の強い注目株だというのも理解していました。2016年の“山田尚子”監督作『映画 聲の形』もなかなか興味深い刺激の多い一作でした。

そしてこの『リズと青い鳥』はそれ以上にフレッシュな驚きに満ちた作品で、ただの「テレビアニメの劇場版」と片づけるには惜しいものです。というか、私はそこまで鑑賞経験がないですけど、そんな私でもおそらく本作は凡百とある「テレビアニメの劇場版」とは一線を画す中身になっていると実感できるくらいの個性が際立っていました。

ただ、私、本作を鑑賞するときにある失敗をしちゃったなと思っていることがあって、テレビアニメの劇場版だというプレッシャーに負けたのか、“ひよって”テレビアニメシリーズを事前に観てしまったんですよね。これが失敗だった…。何がマズいのかは後半に語りますけど、これから鑑賞しようかなと考える人は何も考えずにそのまま観るのがオススメです。

ふだんアニメ映画なんて見ない、ましてやテレビアニメの劇場版なんてもってのほか…そんな人も視野を広げるつもりで鑑賞するのもいいですよ。私自身、それで後悔したことはありませんから。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『リズと青い鳥』感想(ネタバレあり)

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面白いけど、説明できない

『リズと青い鳥』を観終わって何より思ったのが「よくこの映画の企画が通ったなぁ」ということ。

吹奏楽部に所属する女子高生の二人が「高校最後のコンクール」に挑む姿を描く…そう表現すると、よくある王道の学園青春部活モノのように思いますが、実際はそのスタンダードをことごとく外しています。

映画好きの私が本作の特異性を例えるなら、「スター・ウォーズ」で言えば、「ドロイドが機械音声でコミュニケーションしているシーンが好きなんだよね」という精神のもと、それだけで一本の映画を作っちゃったみたいな感じでしょうか。スピンオフとすら言いづらいような、超ピンポイントなフェティシズムの究極系と言った方が適切かもしれません。

本作の物語は、吹奏楽部でオーボエを担当する鎧塚みぞれと、フルートを担当する傘木希美の二人の高校3年生が主人公となっています。舞台は青春溢れる高校ですから、さぞドラマチックなイベントが目白押しなのかと思うのですが、本作はこれを見事にスルー。もちろん、授業はあるし、部活のオーディションもあるし、未来にはコンクールや高校の先の進路を控えているのですが、そのメインになりうる部分は描きません。それどころか、友達とプールに行くとか、プライベートすら大胆にカットされます。

では、何を描くのかというと、登下校や授業の合間の休憩時、部活の練習など、普通の物語セオリーでいえば“つなぎ”にあたるパートで繰り広げられる会話のみ。鎧塚みぞれと傘木希美の二人、もしくはそのどちらかと部活のメンバーが、本筋の見当たらない他愛もない会話をしているだけです。

このシナリオ構造は相当に異色です。映画館で頻繁に公開されている青春学園邦画を観れば嫌というほどわかるように、学校をフィールドにしているとたいていドラマ性はパターン化してきます。「憧れのあの人と恋を!」とか「勉強を頑張って受験で勝つぞ!」とか「親の無理解や同級生によるいじめが辛い!」とか「みんなで一致団結して部活などで成功するぞ!」とか。そもそも本作のベースになっているテレビアニメ『響け!ユーフォニアム』はまさに「みんなで一致団結して部活などで成功するぞ!」タイプです。

本作は企画内容だけを聞くと「それ、何が面白いの?」と言われてもしょうがないものです。だから、すごく薦めづらいですよ、ファンではない人なんてなおさら。

ちなみにテレビアニメ『響け!ユーフォニアム』は、『リズと青い鳥』の他に2019年に『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』というタイトルで別の映画が公開予定。きっとこっちはテレビアニメの方向性を引き継いだベタな部活モノになるのかな?

こう書くとテレビアニメが平凡でつまらないと言っているように思われると困るので書いておきますが、テレビアニメはこちらはこちらで面白かったです。部活の苦さを強調する生っぽさは新鮮でしたし、その特徴は『リズと青い鳥』にもちゃんと引き継がれていました。

忘れてました。テレビアニメを事前に観て失敗だと思った理由ですが、テレビアニメでフィーチャーされた人物が映画に出るとどうしてもそのバックグラウンド情報が頭に浮かぶので本筋の物語に浸るのに邪魔だったっていうだけです。そういえばテレビアニメの主人公が、映画ではあそこまで空気なのは珍しいんじゃ…。

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山田尚子監督はウーマンスの達人

女の子どうしがおしゃべりしているってことはオタクがいかにも喜びそうなアレでしょ? と思われかねないですが、本作の“それ”は、観客を楽しませるだけの餌のような記号的なモノとは全然違います。逆に媚びた描写は極度に抑え込まれており、わかりやすい娯楽を求めていたアニメファンだってきっと困惑した人も多いのではないでしょうか。

本作はジャンルで言えばいわゆる「ウーマンス(Womance)」です。女性同士の友情とも恋愛ともいえない深い関係性を描くものをそう呼びます(「シスターフッド(Sisterhood)」と呼ぶ人もいますが、この言葉は女性人権運動に関連する場合もあるので、あんまり本作には適切ではないかなと思ったのでここでは使いません)。

コメディを除き、ウーマンスをドラマとしてメインで描く作品は少なく、洋画でも主流として描かれることはほとんどないように思います。このブログでも最近に感想を書いたウーマンス映画は『タンジェリン』や『ラブソングに乾杯』くらいでしょうか。

そういう意味ではまだまだ未開拓なジャンルです(もちろんこの背景にはそういう作品を作りたいクリエイターが軽視される現実も影響しているでしょうが…)。

本作の“山田尚子”監督は、実写・アニメ・映画・映画以外を問わず、ウーマンスを手がける日本の貴重なクリエーターとしてトップの実力だと私は思います。

思えばこの“山田尚子”という人間はウーマンス一筋なフィルモグラフィーでした。私は“山田尚子”監督の長編アニメ映画は全部観ているのですが、『リズと青い鳥』以前に手がけた『映画 けいおん!』『たまこラブストーリー』『映画 聲の形』とどれもウーマンスが非常に重要な要素になっています。とくにビビッと来たのが『たまこラブストーリー』で、こちらは高校生男女の恋愛が主軸なのですが、そこに友達の女子高生が絡むエピソードがまた他にはない新鮮さで「この監督、何かある」と確信させるものだったのを覚えています。

“山田尚子”監督はウーマンスに自分の得意とする音楽要素を加えることで、完全に自分の作家性をすでに確立させています。『リズと青い鳥』はその作家性はもっとも濃い一作になっていました。個人的には『映画 けいおん!』の海外へ行くとか、『映画 聲の形』の障がいを描くとか、ドラマへのトッピングがあるものより、『たまこラブストーリー』や『リズと青い鳥』のように狭い世界だけで必要最低限の要素で展開する物語の方が、作家性が際立って発揮されて好きですね。

以前のインタビューで“山田尚子”監督は、ソフィア・コッポラ監督みたいな生っぽい女の子の映画を撮りたいと言っていましたが、全然アリというか、夢ではないのは?と思います。

山戸結希監督や大九明子監督に並ぶ、リアルなウーマンス・ムービーのフロントランナーとして大活躍していってほしいものです。

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物語はハッピーエンドがいいよ

『リズと青い鳥』がウーマンス以外に特筆できるのは、メタ的な多重物語構造があるということです。

鎧塚みぞれと傘木希美の所属する吹奏楽部のコンクール自由曲に選ばれた「リズと青い鳥」。その童話の物語が、学園ドラマパートに挟まれるように描かれます。

鎧塚みぞれはこの「リズと青い鳥」に登場するキャラクターの行動を理解しようと悩み、それがリアルにおける傘木希美との付き合い方を考えることとクロスオーバーする。そんな物語内物語があります。

しかも、それに加えてこの映画の物語を観ている観客もまた、鎧塚みぞれと傘木希美の行動の意味を考察するという、“ダブル考察”状態

ご丁寧に学園ドラマパートと童話物語パートの両方で考察欲を刺激する仕掛けが多数盛り込まれおり、そういうのが好きな観客はまんまと乗せられやすいトラップになっています。このシーンにはこんな意味があるのでは…、この仕草はこういうことで…、この構図はここと関係して…そう考え出すと止まりません。“山田尚子”監督の手のひらの上です。

個人的にはこの考察のための釣り針が露骨すぎるのがちょっとあざといとチラホラ思うシーンもあったのも事実(普通の女子高生はお礼にコンビニのゆで卵を渡すのだろうか…とか)。でも基本は繊細な描写内にとどまっていましたし、声優の皆さんの徹底した抑えた演技もあって、自然でした。

曲&童話「リズと青い鳥」にせよ、本作の映画『リズと青い鳥』にせよ、正しい解釈はありません。それこそ傘木希美の言うように「物語はハッピーエンドがいいよ」なんて自分の希望であっさり認識しても構いません。観客だって考察をめぐらせて本作を都合のいいように解釈し放題です。

では、最終的に鎧塚みぞれはどう変わったのか。「ありがとう?」の言葉からは、疑問形で解釈を相手に委ねる立ち位置は冒頭と変わらずのように思えて、でも「ハッピーアイスクリーム」の言葉のように相手に一方的に何かを押し付ける積極性も見せる変化を示す。もしかしたらちょっとハッピーエンドに近づいたように思わせて…。

まあ、でもこれは私の解釈の話。結局のところ、本作は鎧塚みぞれと傘木希美にしかわからない世界があって、そこには他の登場人物も観客さえも最後まで立ち入らせてくれない。そこがウーマンスの良さでもあるんですけどね。

今後とも“山田尚子”監督の歩む道を追いかけていきたいです。

『リズと青い鳥』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 78% Audience 59%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会

以上、『リズと青い鳥』の感想でした。

『リズと青い鳥』考察・評価レビュー