ノクターナル・アニマルズ
映画『ノクターナル・アニマルズ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Nocturnal Animals 
製作国:アメリカ  
製作年:2016年 
日本公開日:2017年11月3日 
監督:トム・フォード 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

Plot Summary

アートディーラーとして成功を収めているものの、夫との関係がうまくいかないスーザン。ある日、そんな彼女のもとに、元夫のエドワードから謎めいた小説の原稿が送られてくる。原稿を読んだスーザンは、そこに書かれた不穏な物語に次第にのめり込んでいき、自分の辿ってきた人生を思い出していく…。

ネタバレなし感想

二足の草鞋を美しく履きこなす

世の中には“才”のある人が確かに存在します。そういう人たちに対しては、私なんかのような凡人にしてみれば、きっと理解できない世界で生きているのだろうと勝手に想像してしまうもの。しかも、ひとつの業界で才能を発揮するのも大変なのに、ふたつ以上の業界で活躍してみせる人までいます。「二足の草鞋を履く」を平然とやってのけるなんて、ほんと、どうなっているんだですよ

映画界にも、二足の草鞋をサラっとスタイリッシュに履きこなしている人物がいます。それが“トム・フォード”です。

世界的に超有名なファッションデザイナーであり、自分の名を冠したブランドを成功させるというこれ以上ない輝かしい実績を達成した、テキサス州出身の男。これだけでもじゅうぶん語るに足るキャリアなのに、この男、なんと映画監督としても大成功するものだから、まったく困った人です(偉そうな文章)。その映画界にも“トム・フォード”の名を知らしめたのが2009年公開の初監督作『シングルマン』でした。

私も「まあ、別業界の人の作品だし。そこそこ良ければいいほうだろうな」と完全に舐めた態度で『シングルマン』を鑑賞したら、予想外のクオリティに驚き。いきなり数多くの賞を受賞orノミネート。あらためて“トム・フォード”という天才の凄さと、自分という凡人の愚かさを再確認したのは良い思い出。

そんな“トム・フォード”監督の第2作が本作『ノクターナル・アニマルズ』

もちろんもう侮りはしないですよ。でも。でも、もしかしたら“トム・フォード”は1発屋でたまたま1作目だけ当てただけかもとなおも思っていたのもほんの1%くらいはあったというのは告白しておきます。

そして、いざ鑑賞してあらためて再認識したわけです。やっぱり“トム・フォード”は凄いなと…(学んでいない凡人の図)。しかも、1作目以上の映画監督としての才能が研ぎ澄まされている気がするから恐ろしい。なんなんだ、この人…。

主要キャストは、“エイミー・アダムス”“ジェイク・ギレンホール”“マイケル・シャノン”“アーロン・テイラー=ジョンソン”と豪華で、その実力派俳優が繰り出すミステリアスなドラマにグイグイ引き込まれます。単純なミステリーサスペンスとしても楽しめますし、観客の読解力によってはいくらでも深く考察することもできる…なんとも贅沢な一作。前作『シングルマン』よりもオススメしやすいのではないでしょうか。

間違いなく今後も映画界で存在感を強めていく監督なので、観たことがない人はぜひともチェックしてください。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

鮮やかな語り口

なんの事前情報もなく鑑賞したのですが、構成に驚きました。

本作は、アートディーラーとなったスーザンの現代パート、院生時代のスーザンの過去パート、スーザンが読む元夫エドワードの小説を映像化したパートの3つに分かれます。しかも、結構細かくパートが切り替わります。これ、下手な人であれば、ぐっちゃぐちゃになってしまい、いかにも見せ方が悪い映画になりかねないウィークポイントです。でも、どうでしょう。なんの違和感もなく、実に鮮やかじゃないですか。天才か…。

編集が上手いですよね。“トム・フォード”監督は、本作の製作にも関わっているので、編集もしたと思うのですが、無駄のない的確な仕事をしているなと。なんでこんなにスマートなんだろう…。

そして、さらにびっくりしたのが、元夫エドワードの小説を映像化したパートのサスペンスです。本当に見せ方が上手くて食い入るように見てしまいました。夜道を走る親子の乗った車が怪しい男たちに絡まれるところから始まり、そこからのヤバいヤバいと思っているうちに、最悪の事態が起こる。あの一連のシーンはゾッとします。実際の類似の事件もこうやって起こるのだろうなというリアリティがありました。

しかも、このパートは忘れがちになりますが、あくまでスーザンが読む元夫エドワードの小説の話。ストーリー上、スーザンはこの物語に引き込まれることになっているので、この映像が普通につまらないと成り立ちません。つまり、映像化のハードルは相当高いはずです。それをなんなくやってのける“トム・フォード”監督。天才か…(2度目)。

これは誰の物語?

そんなスリリングな小説を映像で見せてくれているだけで終わるわけもないのはわかっているものの、それでも最初はこの構成の狙いが釈然としません。しかし、話が進んでいくうちに、どうやらこの小説の物語は、スーザンと元夫エドワードの人生と重なっているようだぞ…ということに観客は気づけます。

小説内の主人公トニーがエドワードだとすれば、妻ローラがレイプされて殺される展開も、スーザンを別の男に奪われた過去と一致するし、さらに実はスーザンはエドワードの子を中絶しているという事実が明らかになると、小説での娘のインディアの死も合致。あまりにも出来過ぎたストーリーです。

しかし、ここで観客は注意しなければいけないことがあります。あの小説の映像化シーンはあくまでスーザンの脳内想像にすぎないということ。いわゆる「信頼できない語り部」です。実際に小説の映像化シーンでは、スーザンの過去や現在パートに存在したアイテムがそのまま登場したりと、現実と空想の境が曖昧になっています。そのうえでその映像を観客が見せられて、解釈しないといけないわけですから、混乱しますよね。

ノクターナル・アニマルズ

夜行性動物の世界で足掻け

最終的にラストは小説に魅入ったスーザンがエドワードと連絡をとり、食事に誘います。それは今の夫と仲が悪い状態を考えると、明らかにまたエドワードと復縁できればという期待もあるのは言うまでもありません。しかし、食事の場にいくら待ってもエドワードは現れず…。

このオチも含めた一連の本作の物語をどう解釈するか、それは個々の観客の感性に委ねられるので、正解はきっとないのでしょう。なので、私の所感を述べると…。

本作は最初はひとつの世界に生きていたと思っていた二人が、やっぱり2つの別々の世界で生きるしかないのだと実感させられる話のように思えました。

それを象徴するのがタイトルにもなっている「ノクターナル・アニマルズ」つまり「夜行性動物」ですね。動物には大きく分けて「夜行性」と「昼行性」がいて、同じ地域に生息していても、その2つが出会うことは基本はありません。まさにそれと同じで、スーザンは夜行性動物、エドワードは昼行性動物だったとも読み取れます。また、小説の話も、昼間の動物であった平凡な家族が、夜に行動したことで、夜行性の捕食者に狩られたようなもの。結局、「夜行性」と「昼行性」は交われない。そんなラストだったのかもしれません。

映画冒頭の踊り狂う“かなり”豊満な裸体というインパクト絶大なアート展覧会を指揮するスーザンは、芸術家を諦めて、今のキャリアを築きました。一方、エドワードは少なくともスーザンを魅了させるだけの小説を書く才能を身につけました。これだけを見れば、何かを諦めてズルズルと華やかなキャリアだけに身を投じてしまったスーザンが哀れですよね。監督も「人生の中で私たちがなす選択がもたらす結果と、それを諦めて受け入れてしまうことへの、警告の物語」と表現しています。“トム・フォード”監督自身、俳優を目指していた過去があるそうで、つまり二足の草鞋を履いているようにみえる天才にも“やむなく断念した”過去があるんですね。

じゃあ、本作のスーザンはバットエンドなのかといえば、そうも思わなくて、そういうものも含めて人生の甘美な瞬間なんだという批評精神を感じました。成功・失敗、勝ち組・負け組、愛か・復讐か、そのような二択では人生は語れない…そんなアンチテーゼなのかも。過去に停滞するな、生きても死んでもいいから足掻けというメッセージ性があるなら、それはまるで『ロッキー』にも通じるファイトスピリットじゃないでしょうか。“トム・フォード”監督、意外と熱い人ですね。

とりあえず、私は本作のせいで、怖くて田舎の夜道を運転できなくなりそうです。

(C)Universal Pictures