ファントム・スレッド
映画『ファントム・スレッド』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Phantom Thread 
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2018年2月23日
監督:ポール・トーマス・アンダーソン

あらすじ

1950年代のロンドンで活躍するオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコックは、英国ファッション界の中心的存在として社交界から脚光を浴びていた。ウェイトレスのアルマとの運命的な出会いを果たしたレイノルズは、アルマをミューズとして自分の世界へと迎え入れるが…。

ネタバレなし感想

結婚の表と裏

皆さんは映画館で本編上映前に流れる映画予告やCMをどう思って見ているでしょうか。中には「さっさと本編、始めてよ」とイライラを募らせている人も少なくないと思います。滅多に映画を見に来ない人はさほど気にしないかもしれないですが、しょっちゅう劇場に来る映画趣味の人は、同じ映画予告やCMを毎度見ることになるので、もはや鬱陶しい勧誘電話みたいになっているところも確かにあります。

しかし、私はこの映画館の難点に楽しさを見いだしました(唐突な発表)。それは「上映前映像」と「本編」での思わぬコンビネーションが生まれるのを探すということ。どういうことかと言うと、例えば、これはたいてい必ずですけど本編開始直前に「映画泥棒」の犯罪抑止映像が流れるじゃないですか。その後に上映される本編が『オーシャンズ8』だったら、あれだけ“犯罪ダメだよ”ってさっき言ってたのに映画では犯罪してる!(しかも華麗に)…というツッコミが生まれる。他にも、エコを訴えるキャンペーン映像が流れた後に、本編の映画では地球外生命体が襲ってきて自然保護どころじゃないとか。はたまた農業の良さをアピールする映像が流れた後に、地方の闇を映す暗い映画が上映されるとか。

矛盾が生じるのがとくに面白いですね。これはつまり、いかにCMやキャンペーンの映像は綺麗事しか言っていないかを図らずも浮き彫りにしているのですが。

で、「上映前映像&本編」のコンボが起きやすいのが、結婚式のCM。映画館はカップルがデートで訪れることもあるので明らかにそれをターゲットにした結婚関連のCMが流れることが多々あります。ところが、映画というのはひねくれていますね(白々しく)、結婚の負の側面を痛烈に描く映画も普通に存在するわけです。それらが偶然連続しちゃったら、それはもう目も当てられない“天国と地獄”になります。「大切なあの人と結婚してハッピーに!」なんて映像を見せた後に、結婚の現実を突きつける映画が流れたら…もうこれCM潰しですよ。

前置きが長くなりましたが、そんなあらゆる結婚式の華やかなCMをデストロイする、リアルな結婚の正体を艶やかに暴き出した作品が本作『ファントム・スレッド』です。

本作はあのカンヌ、ベルリン、ヴェネツィアの世界三大映画祭の監督賞を制覇して上り詰めるところまで到達した名監督“ポール・トーマス・アンダーソン”(PTA)が、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に続き、またも名俳優“ダニエル・デイ=ルイス”とタッグを組んだ一作。

これだけで期待値はガン上がりですが、しっかりその高いハードルを飛び越えてくるからやっぱり才能って凄いなと思います。アメリカでの映画公開日が2017年12月25日と遅かったにも関わらず、評価を一気に高め、米アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演男優賞・助演女優賞・作曲賞にノミネートし、衣装デザイン賞を受賞。その実力の健在っぷりをいかんなく発揮しました。

個人的には“ポール・トーマス・アンダーソン”監督作の中でも見やすい部類だと思いますし、テーマも「結婚」ですから親近感を持ちやすいはずです。

そして、結婚式や結婚関連のCMを見て「綺麗事だけを抽出したような“結婚”イメージ」に、言葉にしなくても心の奥で白々しさを感じていたことは、既婚者でも独身者でも誰もが心当たりあると思います。本作はそんな違和感に皮肉を利かせた返事をする、そういう映画です。ちょっと溜飲が下がりますね。

でも、結婚を悪く描く映画ではないですから、これから結婚を控えるカップルの人、すでにパートナーとの共存人生を歩んでいる人、どんな方にもオススメです(影響については責任とりません)。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

静かな戦争映画

舞台は1950年代のロンドン。英国上流階級の世界で、ファッションの類まれなる才能を高く評価されていたオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコック。「Woodcock」のブランドは社交界で絶大に支持されており、日々、その天才によって生み出される完璧なドレスを求める女性たちの来客が後を絶ちません。

レイノルズの仕立て屋を支えているのは姉のシリル。事務仕事から、働く女性たちの取りまとめまで、一手に担う有能さ。そのシリルをレイノルズは絶対に正しいと固く信じているのでした。

ある日、「別荘へ行ったら?」とシリルに提案され、調子の優れなかったレイノルズは遠出します。その行先にあったビクトリア・ホテルで朝食をとっていると、アルマというおっちょこちょいな若いウェイトレスと出会います。そのアルマを気に入ったレイノルズは家に招き、そのまま共同生活をおくるようになっていき…というのが序盤の流れ。

そして、本作はさほどわかりやすく激変するようなドラマチックな展開は起こりません。舞台も基本は仕立て屋の中ですし、登場人物も重要な役割を持つのはレイノルズ、アルマ、シリルの3人です。

ところが“ポール・トーマス・アンダーソン”監督の見事な演出と、役者陣の名演によって、異常なほど細微な心理変化によるドラマチックな駆け引きが繰り広げられる…そこが本作の醍醐味。

とくにレイノルズ、アルマ、シリルの3人のパワーバランスが状況によって限りなく表面に出さずに変化していく姿がハラハラです。「あ、今はこの人が有利だな」「えっと、あの人に優勢になったな」「おっ、ここで逆転するの?」とか、映像をボーっと見ているだけだと見逃してしまいかねない、些細な行為や仕草、言葉によって、その陣取り合戦の過程が伝わってきます。

ジャンルとしては「ゴシック・ロマン」。作中では、ある倫理的にも人道的にも一線を超えるような行為も飛び出し、見方を変えればクライムサスペンスのようなダークさにもデザインできたはず。でも、“ジョニー・グリーンウッド”の手がける、これまた異常なほど優しい音楽によって、まるで“これも日常ですよ”と言わんばかりに物語は淡々と進みます。

これはもう静かな戦争映画です。

ファントム・スレッド

食事シーンの駆け引き

本作のドラマチックかつサスペンスフルな駆け引きを象徴するポイントとして、作中で幾度となく挿入されるのが「食事」シーンです。この食事シーンが、いわば戦闘シーンみたいなものでしょう。

序盤、最初の食事シーンは仕立て屋でのいつもの朝食。席にいるのは、レイノルズと彼の“この時点”の女性ジョアナ、そしてシリル。ジョアナの差し出した砂糖多めそうな食事を「もたれるのは嫌だ」と断るレイノルズ。その彼に「あなたの心はどこへ? もうあなたを取り戻す方法はないのね」と告げるジョアナですが、「そんな言い争いをする時間はない」とそれさえも無視するレイノルズ。

次に別荘先のホテルでの朝食。ひとりで来たレイノルズは、ウェイトレスのアルマに見惚れるように、注文を取りに来たアルマにどんどんメニューを追加。「ウェルシュ・レアビット」「ポーチド・エッグをのせて」「ベーコンも」「スコーンと」「バタークリーム」「ジャムも」「ラプサンを」「ソーセージも」…ニッコニコです。前の朝食シーンと大違い。もたれるのは嫌じゃなかったのか。

そして夕食に誘うレイノルズ。ここではレイノルズがアルマに食事を与えており、この関係性が後の展開と呼応してくるので重要です。この後に、別荘でレイノルズがアルマを採寸しようとするときにシリルが帰ってきますが、アルマの匂いでディナーのメニューをあてるという、地味に怖いシーンが印象的(硝煙の匂いで発砲があったことを察知するベテラン兵みたい…)。

以降は、共同生活での食事となりますが、シーンを重ねるごとにどんどん険悪に。最初は音をたてるアルマにイラつくレイノルズでしたが、紅茶を仕事場に持ってくるアルマに怒り(「紅茶を下げても事実は残る」という嫌味セリフが凄い)、ついにアルマが仕掛けたサプライズ夕食で感情が爆発。あのシーンの世界一アスパラをマズそうに食べる男の絵面がシュールですけど、この食事を「奇襲」と表現するレイノルズは完全にブチ切れ。アルマもマシンガン的な言葉の乱射でレイノルズを圧倒。激しい銃撃戦でした。ここからもう食事に関してはアルマの攻撃のターンになります。

その地に堕ちた二人の関係を復活するためにアルマがとった行動がまさかの毒キノコ作戦。紅茶に毒キノコを混ぜて、案の定、倒れるレイノルズ。面白いのが、別に殺そうと思ってやったことではないこと。あくまで「弱らせたい」だけ。ちなみにこのキノコは「Omphalotus olearius」という学名の種で、日本にはも類似種で「ツキヨタケ」という毒キノコがあります。嘔吐・下痢・腹痛を引き起こし、死亡事例は稀です(そのへんはあの図鑑に書いてあったのでしょうね)。

この自作自演の危機で関係を深めた二人は“めでたく”結婚。しかし、またもや同じことは繰り返されて、険悪になっていく関係性の特効薬はやはり毒キノコ。

このラストの見せ場を飾る、毒キノコ炒め食事シーンの“圧”が最高。見つめ合う二人。「あなたには無力で倒れていてほしい。助けるのは私だけ」「そしてまた強さが戻る。死にたいと願ってもそうはならない」とほほ笑むアルマ。「倒れる前にキスしてくれ」と口づけするレイノルズ。盛り上がる音楽。キノコも食べられたかいがありましたよ(えっ)。

一見すると毒殺したいように見えますが、さっきも言ったようにこれは関係の持続を目的とした行為。実際に、二人の仲は続いていることが示されます。

最後の最後で見せる、夫婦両者承諾済みの歪んだ、でも限りなく純粋な愛のカタチ。“愛情のこもった手料理”は毒でも構わない、それが愛ならば。

ラストのレイノルズの言葉「腹が減ってきた」を狂気と捉えるか、純愛と捉えるかは、あなたしだい。

厳格さや恐怖心を乗り越えて

もちろん、食事だけではありません。ファッションも物語を意味づける大事な要素でした。

本作は、結婚を「オートクチュール(高級仕立服)」に重ねるように描いていたと思います。どんな人間でも煌びやかに見せるのがオートクチュールの役割。でも、それはあくまで表面だけ。脱いでしまえば、素がこぼれでる。結婚も同じ。

作中でバーバラという、見た目も性格も“残念”な女にドレスを仕立てるシーンがありますが、非常に不満そうなレイノルズ。彼は、オートクチュールには相応しい人間がいるものだという考えなんですね。つまり、結婚に対しても厳格であるという姿勢がわかります。

また、レイノルズは、オートクチュールを呪いとして捉えている一面もあります。別荘でアルマに説明しますが、ウェディングドレス作りには迷信がつきもので、結婚できなくなるとか色々言われると語るレイノルズ(実際、シリルは結婚していない)。これに加えて、彼は早くして死んだ家族の呪縛にいまだに憑りつかれたまま。若き母の幻影を見ながら、「呪われることなく」の文字をドレスに潜ませるレイノルズは、オートクチュール(結婚)を恐れてもいる

そう考えると、ラストでレイノルズとアルマが切り開いた二人の人生は、厳格さや恐怖心を乗り越えた未来。やっぱり幸せなのかな。

冒頭のセリフ「レイノルズは私の夢を叶えてくれた。私も彼が最も望むものを与えた。私のすべてよ」という言葉は幸せに満ち溢れた人間が言うセリフですからね。

ちょっとパートナーとの関係にお悩みの皆さん。あなただけの毒キノコを探してみませんか。あ、ガチで毒キノコを盛らないでくださいね。このブログはそのような行為を推奨するものではありません。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 91% Audience 70%
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星 9/10 ★★★★★★★★★

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