タクシー運転手 約束は海を越えて
映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:A Taxi Driver
製作国:韓国(2017年)
日本公開日:2018年4月21日
監督:チャン・フン

あらすじ

1980年5月、民主化を求める大規模な学生・民衆デモが起こっていた韓国。お金に困っていたソウルのタクシー運転手マンソプは「光州に行ったら大金を支払う」というドイツ人記者ピーターを乗せて、車を走らせるが…。

ネタバレなし感想

ジャーナリズムの大切さを知る

ジャーナリストによる非政府組織として有名な「国境なき記者団」が毎年公表している「世界の報道の自由度ランキング」。世界180か国を対象に報道の自由がどの程度保証されているかを数値化してランクづけています。その2018年版にて日本は何位だったと思いますか?

その答えは「67位」。これだけ聞くと良いのか悪いのかわかりにくいですが、ハッキリ言ってよろしくありません。先進国の中では最低クラスであり、「顕著な問題がある」というグループにカテゴライズされています。その理由はいろいろあるのですが、おそらく多くの日本人は「なにがダメなの?」と思っているのではないでしょうか。まずこの「なにがダメなの?」と思ってしまう時点で、いかにもジャーナリズムが浸透していない国の典型的パターンなのだと思います。

2018年も日本社会でジャーナリズムが認知されていないことを示すような出来事がいくつかありました。例えば、過激な武装組織に拉致・監禁されたジャーナリストの安田純平氏に対する批判はそのわかりやすい事例でした。自己責任論以前に「なぜそんな国に行く?」といった職業の存在理由さえ疑念を抱く声すら聞こえてくる始末。まさに「67位」の国らしい醜態で、残念でしかたありません。

やはりあらためて「ジャーナリズム」とは何なのかを理解する必要性があると痛感する昨今。そんなとき、なんとも素晴らしい映画が韓国から舞い込んできました。それが本作『タクシー運転手 約束は海を越えて』です。

韓国国内はもとより世界の批評家からも非常に高い評価を得ている本作。その内容は、1980年にとある外国人のジャーナリストを乗せた韓国ソウルのタクシー運転手のオッサンの話…それ以上のことは言わないことにしましょう。

実はとある韓国の歴史でも重大な事件を描いた史実モノなのですが、別に知らなくても構いません。むしろ知らない人のために作ってある映画といえます。この手の題材の映画というのは、ある程度の題材になった出来事に関する知識が観客にないと理解しづらい部分があったりするものです。しかし、ここが本作の凄いところなのですが、本作は観客のリテラシーを一切求めない構成になっているんですね。結果、韓国の歴史なんて全然詳しくない日本人でも簡単に入り込める物語になっています。

あとはネタバレなしでぜひ観てくださいとしか言えません。あえて言うなら、本作の宣伝ポスターは「ベスト・ポスター賞」をあげたいくらい、最高の出来です。主人公を演じる“ソン・ガンホ”の屈託のない満面の笑み。鑑賞後はこの笑顔を見るだけでちょっと泣けてくる…。個人的にはオッサンが主人公というのもポイントが高いですけど。

堅苦しい話ではありません。小学生だって理解できるくらい、易しい話です。でも、本作を観れば、間違いなくジャーナリズムの大切さが身に染みてわかるはず。あなたにジャーナリズムが芽生えれば、そしてそれが大勢の意識を変えれば、日本の報道の自由度の順位もきっと上昇するでしょう

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

めまぐるしく変わるジャンル

本作は良いところが多すぎて何から語ればいいのか困るぐらいなのですが、まずはやはり本作を形作る“ビギナーにも優しい親切設計”からでしょうか。

冒頭、主人公のタクシー運転手のキム・マンソプがノリノリで熱唱しながらソウルの街並みをタクシーで駆けていく最高に陽気なシーンで始まりますが、もうミュージカルでも始まりそうな雰囲気。『ラ・ラ・ランド』ですよ。

そこからの前半は基本的にコメディになっています。なにせ“ソン・ガンホ”が演じていますから、真面目なことを言っている姿もどこか笑えてくるという、美味しいキャラです。若干、娘からさえも舐められているそんなマンソプが、10万ウォンもの滞納している家賃に困っていたとき、耳に飛び込んできたのが「ある外国人を光州まで連れていけば10万ウォン」というベストタイミングな儲け話。当然、そんな上手い話を逃がすわけなく、雑な英語力でその外国人を強引に奪取。「ツキが回ってきたな」と有頂天なのでした。

しかし、いざ光州につくと通行禁止のゲート、そして物々しい軍隊の検問。このあたりから映画はホラー風味のサスペンスの雰囲気がでてきます。ときおりチラつくヤバそうな気配に、作中の二人も観客も緊張感が増すなか、それでも「ノー光州、ノーマネー」なので、ノーソルジャーな林道を見つけて検問を誤魔化しで突破。光州の街につくと、わりと呑気そうな学生たち。このへんで観客を一瞬安心させるのがまたニクイ。でも、病院で見たのはボコボコに車体がつぶれた地元のタクシーと、それに乗ってきた血だらけの人。またもや不安。この感情の上下を起こして揺さぶってくる感じが完全にホラーの演出。

そしていよいよ、デモと軍隊がぶつかり合う光景を建物の屋上から見るシーンで、本作は戦争映画の顔に変化します。あまりの壮絶さに絶句し、言葉を失うマンソプ。さらに私服軍人に追いかけられるという、マンハントもののようなスリラー展開に急変していく映画。

そこからマンソプのある決断というエモーショナルな展開を経て、映画はまさかのアクション・ジャンルへ。こんなにもタクシーという乗り物をカッコいいと思ったことはあるだろうか。この映画を子どもに見せたら、タクシー運転手が人気職業ランキング上位に入るんじゃないかと思うほど。

以上のように本作は、コメディ→ホラー・サスペンス→戦争→スリラー→アクションと、ジャンルが次から次へと変化しながら、観客を予想もしない方向に運んでいくわけです。“ビギナーにも優しい”と言いましたけど、コメディタッチで釣っておいて一気に凄惨なシーンに持っていく手口は、もはや“トラップ”でもあります。でも観終わった後は満足感が得られる。社会派映画なのにエンタメとしての面白さを100%以上満たしている。不思議な映画です。

タクシー運転手 約束は海を越えて

ステレオタイプの裏を見せるキャラクター

キャラクターの素晴らしさも完璧で、なにより細かい部分まで精密な配慮が感じられるのが良いと思います。

主人公マンソプは序盤からデモする学生に対して「この国で暮らすありがたみがわかっていない。なに不自由なく育ったからだ」とぼやきますし、光州で出会ったジェシクにも「学生なんだからデモなんかしてるんじゃない」といっちょ前に叱りつけるという、いかにもステレオタイプな男です。

私も最初は「このジャーナリズムを理解していない主人公がどんどん反省して変わっていく姿を描くんだな」と予想はすぐにできます。まあ、ベタですよね、こういうキャラは(とくにオッサンに多いやつ)。でも、私はこういう“教育のための”ステレオタイプなキャラ設定は稚拙だし、映画的な深みもないので良くないと思っています。

でも本作の主人公は少し違っていて、反面教師にされるためだけに設定されたキャラじゃないんですね。それは序盤からもわかり、産まれそうな妊婦を病院に運んだ際も、なんだかんだ文句も言いつつ、安産を願ったり、要するに根は良いやつなのです。もっといえば彼は最初からジャーナリズムの資質を持っているともとれ、それがまさにタイトルにもなっている「タクシー運転手」という要素につながります。

私自身も観る前は全然意識していませんでしたが、タクシー運転手という職業はジャーナリズムそのものなんですね。光州ではタクシー運転手は記者と同じくらい英雄扱いで、給油所ではオマケで満タンにしてくれるほど。マンソプは「なんで?」と全然わかっていません。でも、人を運ぶ、言えかえれば“情報”を運ぶ仕事は、デモをする民衆にとって自分たちの生命線。現代社会だったらこれを担うのはインターネットなのですが、そんなものがないこの時代にとってそれは「タクシー運転手」なのです。

そう自覚したときのマンソプにとって“タクシー運転手”と“ジャーナリスト”はほぼ同義。世間に真実は全く伝わっていない、自分にしかできない役割がある。光州をひとり出てからの食事店での葛藤と、歌と涙からのUターンは名シーンでした。本作は「主人公がジャーナリズムを学び、自分を改める」のではなく「自身の実は兼ね備えていたジャーナリズム精神を自覚し、発揮する」ものと私は解釈していて、そこが好きなポイントです。

そして、それを偉そうに大袈裟に豪語するでもなく、タクシー運転手という職業の中でさらりと見せるさりげなさがまたいい。ラストアクションのカーチェイス場面で、最期を覚悟した光州のタクシー運転手ファンが手の合図で「先にどうぞ」と、あくまでタクシー運転手の何気ない動作で示すジャーナリズムに感涙。“ユ・ヘジン”、お前のことは忘れない…(役者は死んでいません)。

主人公以外にも、ステレオタイプのようで実はそうではない一面を見せる登場人物は明らかに意図的に多数出てきます。不真面目そうな登場だった学生たちが実は本気で真面目に世の中のことを考えていたり、最初は嫌な奴らなのかと思った地元タクシー運転手の最期の雄姿だったり、娘と喧嘩するサングの母親も実は父子家庭の主人公をさりげなく支えてくれていたり、なにより終盤の光州を脱出する主人公組のトランクに隠されたソウルのナンバープレートを見逃してくれる軍人だったり…。

人だっていろいろな側面がある。“自分の側”からは見えない、他者の側からの光景を見せてくれる、それがジャーナリズムですよね。

撮影演出も見事

他にも挙げるとキリがないですが、演出面で光る部分は多数。

前半のコメディパートの何気ないシーンも後半に反転するようなかたちで意味が出てくる仕掛けがたくさんあって、考えられているなと思いますし、個人的には撮影も良かったです。

冒頭の比較的澄み渡った青空の爽快な空気感から、光州に入ったときの催涙弾のせいで視界不良な街並みへの変化。もちろん、これは真実がぼかされているという暗喩でもあるのでしょうけど。そして、物語がクライマックスに差し掛かり、激闘のカーチェイスが終わると、日が沈む空。空港のシーンでは夜。でも、2003年に時代が飛んだ後、ラストカットも夜ですが、これはまた冒頭を思い出すような雪の舞う綺麗な夜空でした。

監督の“チャン・フン”は、前作の朝鮮戦争における南北境界線付近の激戦を描いた『高地戦』(2011年)でも、素晴らしいシナリオ、思わぬ内側を見せるキャラクター、歌による観客の心を揺さぶる演出と、『タクシー運転手 約束は海を越えて』に通じる面白さを生み出していました。本当に名監督です。

受け継がれる精神

題材となった「光州事件」の話を少し。

認定された死者数は154名にものぼる、韓国史上最悪の汚点のひとつであるこの事件。戒厳軍の圧力が厳しく、鎮圧されてしまうのですが、その後の韓国の民主化運動の火が付き、1987年についに民主化が達成されます。その決定的時代を舞台にした『1987、ある闘いの真実』というこれまた傑作映画が2018年には日本でも公開されました。『タクシー運転手 約束は海を越えて』の精神的続編みたいなものですので、気になった方はぜひ。

この韓国にとっての1980年代というのはとても重要な時代であり、さまざまな韓国映画で取り上げられています。2018年に日本映画でリメイクされた元の『サニー 永遠の仲間たち』も、1980年代の韓国の歴史的背景が物語の重要なキーワードになっていました。韓国映画を読み解くうえで大事な要素ですので気に留めると良いかもしれません。

最後に記者のユルゲン・ヒンツペーターのその後は映画のラストで説明されていましたが、主人公のモデルになったタクシー運転手…実はこの映画の本国公開後に身元が判明しました。息子が名乗りを上げ、父は1984年にガンで亡くなったと話しています(ということは民主化した韓国の姿は見れなかったんですね…)。なんでも厳密にはタクシー運転手ではなかったそうで、記者と一緒に仕事をしていたらしいとか。

なにはともあれひとつのジャーナリズムの息吹が、人を変え、街を変え、国を変え、何十年後に映画になって知らない世代にまで受け継がれる。これって素晴らしいことだと思います。

本作のラストで主人公が客を乗せ「光化門」に向かうところで映画は終わります。光化門はソウルでデモを行う場所として有名なところ。その意志は受け継がれているんですね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 90%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

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