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『テッド・バンディ』感想(ネタバレ)…映画は劇場型犯罪に加担するか

テッド・バンディ

映画は劇場型犯罪に加担するか…映画『テッド・バンディ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年12月20日
監督:ジョー・バーリンジャー
性描写

テッド・バンディ

てっどばんでぃ
テッド・バンディ

『テッド・バンディ』あらすじ

1969年、ワシントン州シアトル。とあるバーでシングルマザーのリズは、テッド・バンディという男と出会い、恋に落ちた。そして、リズの幼い娘モリーとともに3人で幸福な家庭生活を築いていた。しかし、ある時、信号無視で警官に止められたテッドは、車の後部座席に積んであった疑わしい道具袋の存在から、誘拐未遂事件の容疑で逮捕されてしまう。

『テッド・バンディ』感想(ネタバレなし)

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その男に誘われたら命はない

2019年もいろいろな実在のシリアルキラー(連続殺人犯)を描いた実録映画を鑑賞してきました。フィクションのピエロ犯罪者を描く映画も一世を風靡した年になり、空前絶後のヴィラン・ブームとして振り返ることができるのかもしれません。その今年の最後を締めくくるのが「テッド・バンディ」になるとは思ってもみませんでしたよ。

こんな映画をホリデーシーズンに公開するのもなかなかにどうかしてますよね。まあ、それを観に行っている私が言うのもあれなんですけど…。
ということで本作『テッド・バンディ』です。

まず「テッド・バンディ」を知っているか?という根本的な知識を問わないといけません。どうしても異国の日本では認知は低くなるのはしょうがないですから。アメリカでは超有名な犯罪者であり、シリアルキラーといえばこの人物の名が出るのも当然なくらいの代表格。1974年から1978年の間に複数の州(ワシントン州、オレゴン州、ユタ州、アイダホ州、コロラド州、フロリダ州)で30人以上を殺害、しかも非常に猟奇的な手段で殺しました。

ゆえに逮捕されたテッド・バンディが裁判で死刑を言い渡された際、裁判長は判決文の中で「Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile(極めて邪悪、衝撃的に凶悪で卑劣)」とこの殺人犯を表現したほどです。この文言がそのまま本作『テッド・バンディ』の原題になっています。

テッド・バンディで特筆されるものというと、彼自身が容姿端麗で性格も優しく(無論、極悪な殺人に手を染めていたのですが)、そのためかとても多くの女性ファンを獲得していたということ。しかし、このテッド・バンディが命を奪ったのはまさにそういう女性たちであり、ほぼ同じ年齢・髪型・体型の女性を狙って殺害していました。つまり、食虫植物のように“誘って殺す”のが手口だったんですね。

ただ、このテッド・バンディが逮捕されて裁判になってからも一部の熱狂的な女性ファンは後を絶たず、それがまた世間の関心を惹きつけ…と、典型的なハイブリストフィリア(犯罪性愛)と劇場型犯罪が観察されもしました。

なのでテッド・バンディの場合、犯した犯罪と同じく、周囲の世間もひっくるめて語られることが多いです。

これまでもすでに映画化されているテッド・バンディですが、今回また映画として彼に迫ったのが監督の“ジョー・バーリンジャー”。この人は同時期にドキュメンタリーシリーズ『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』も製作しており、映画『テッド・バンディ』とセットみたいな感じでした。アメリカでは2作ともNetflixが取り扱ったのですが、日本では映画『テッド・バンディ』の方が劇場公開されることになった…という状況。『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』はすでに日本でもNetflixで配信済みなので、本作鑑賞後にそちらのドキュメンタリーを見ると深掘りできると思います。

映画の方はあまりテッド・バンディがどんな風に犯罪を犯したかという部分に焦点をあてていません。その代わり、彼と一緒に暮らした“ある女性”の視点が加わることで、オリジナリティがでています。

肝心の凶悪犯テッド・バンディを演じるのは、“ザック・エフロン”です。これまでイケメン役か、筋肉脳なアホ役か、ゲイっぽい役か、そんな扱いだった“ザック・エフロン”がここにきてまさかの新境地を開拓。『グレイテスト・ショーマン』の次がこれですからね、凄いギャップ…。

そんなテッド・バンディとひとつ屋根の下で暮らす、本作のもうひとりの主人公の女性を演じるのが、『トールキン 旅のはじまり』の“リリー・コリンズ”。彼女もまたリスキーな役をよく演じられるもんです。

他にも“カヤ・スコデラリオ”が“リリー・コリンズ”以上に印象的な役で登場。彼女はこれまでディストピア社会、海賊、ワニ…といろいろなものと戦ってきましたが、今回は割と普通…と思ったらですよ。これも攻めた役柄ですね。

それ以外だと“ジョン・マルコヴィッチ”“ハーレイ・ジョエル・オスメント”も出演しています。

テッド・バンディという犯罪者を知らない初見の方には、良い入門作品になるのではないでしょうか。ただし、近づきすぎには要注意!

オススメ度のチェック

ひとり ◯(俳優ファンも見逃さず)
友人 ◯(犯罪者映画好き同士で)
恋人 △(恋愛気分は興ざめだけど)
キッズ △(残酷なシーンあり)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『テッド・バンディ』感想(ネタバレあり)

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「HACKSAW」の文字だけを残して

1969年のシアトル。シングルマザーで幼い子どもを育てるエリザベス・クレプファー(リズ)は、バーで友人とリラックス。すると人混みの中でひとりのハンサムな男と目があったような気がします。そのまま流れで雑談し、家に招いたリズ。シングルマザーな自分をすんなり受け入れてくれて、子どもにも面倒見のよさをみせるその男をすっかり気に入ってしまいました。

その男の名はテッド・バンディ

二人は付き合うようになり、それは理想的なカップルに見えました。それから数年、二人は円満な家庭生活を送ります。なお、この数年の描写が作中ではカットバック的に描かれるのですが、映画ではこの二人が主軸になっていますが、バンディはこの間にもかなりいろいろなことをしています。ワシントン大学に再入学して優等生として評判を集めたり、州知事選挙のスタッフとして働いたり、共和党ワシントン州支部に勤めたり、ロースクールに通ったり、シアトル犯罪対策諮問委員会で仕事したことも…。このあたりはドキュメンタリーシリーズ『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』に詳しく説明されています。

品行方正・キャリアに向けて前進しているかに見えたバンディ。しかし、この頃から彼は“ある行為”に手を染めていたのをリズは気づきません。それは表向きの顔からは絶対に想像できないこと。

1975年、ユタ州。夜、フォルクスワーゲン・ビートルの車を警察に止められたバンディは逮捕されます。とある事件における容疑者の情報と一致する部分が多く、怪しいと判断した警察も調査を開始。この頃からリズとの関係も少しずつ綻びが生まれ始めますが、バンディはいつもの調子で上手く交わします。

1976年、バンディはダロンシュ誘拐事件の公判に出頭し、誘拐と暴行で有罪となります。リズは涙を見せ、抱き合って別れを惜しむことに。そんな二人を見る周囲の視線がさりげなく…。

ところが1977年。バンディはアスペンのピトキン郡裁判所に移送され、予備審問を受けるのですが、その休み時間のわずかな間、女性との話に夢中で目を離した保安官の隙をつき、2階の窓から飛び降りて脱走したのでした。

衝撃の脱走から7日後に拘束され、当然、刑務所へ。ここでリズと面会しますが、二人の関係性は決定的な亀裂が入ります。

しかし、バンディはここでくすぶるつもりはなかったようで、なんと今度は刑務所から脱獄を敢行。コロラド州のグレンウッドスプリングスからフロリダ州へ逃げおおせたバンディはそこで隠れながらの生活を送ることに。

それでも1978年。またもや車を運転しているところを警察に止められ、今度は警官に暴力をふるって逃げるも逮捕。1979年、バンディは女子寮のカイ・オメガでの殺人および暴行の罪で起訴され、その裁判はテレビ中継されるほどの注目を集めることになります。そのテレビの中のバンディを見つていたのはリズも同じでした…。

ついに明らかになるバンディの犯した行為。それはリズの知らない、愛した人の一面で…。

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俳優の印象も犠牲にして

映画『テッド・バンディ』はこの男の全体像の全てを描いていませんし、かなり省略している部分も多いです。本当はラストの判決後も、死刑になるまでの間にすったもんだがあるのですが、そこは割愛気味。まあ、何度も言いますけどドキュメンタリーシリーズ『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』を見てねということなのでしょう。たぶん“ジョー・バーリンジャー”監督もそういう意図のはず。

ただ、テッド・バンディを知らなかった人にしてみれば「こんな奴が存在したのか!」と衝撃を受けるにはじゅうぶんだったと思います。隣人でもこんな奴は嫌です。

その凶悪な隠れたシリアルキラーを表舞台にひきずりだし、見事に観客に印象づけたのは、もちろん“ザック・エフロン”の熱演あってこそ。いつもは内から溢れ出るイケメン・オーラを愛嬌たっぷりに振りまいている俳優でしたが、今回の“ザック・エフロン”はイケメンの仮面をかぶっている感じで、底知れぬ怖さがちゃんと漂っていました。

実在の人物で映像も音声もしっかり残っているので、“ザック・エフロン”も似せようと相当な努力をしたのでしょうけど、効果抜群。これはもう彼の印象を塗り替えるだけのパワーはあったのではないかな、と。

一方で“ザック・エフロン”以上に強烈なインパクトを見せたのはキャロル・アン・ブーンを演じた“カヤ・スコデラリオ”です。『クロール 凶暴領域』のときはあんなにも芯の強い女性をたくましく演じていたのに、今回のキャロルはなんですか。バンディ並みに何を考えているのかわからない怖さがあります。というか刑務所内で普通にセックスできてしまうこと自体、もう論外すぎて何も言えないですよね。裁判所での法廷プロポーズといい、何を見せられているんだ気分です。“ジョン・マルコヴィッチ”演じる裁判長もよくブチ切れないもんです(まあ、結構激怒してましたけど)。

正直、キャロルを主軸にした映画にしてもよかったんじゃないかと思うほどです。“カヤ・スコデラリオ”は主役を張るだけの存在感を持っています。

逆にリズを演じた“リリー・コリンズ”は後半は受け身な立ち位置になってしまうので、“カヤ・スコデラリオ”と“ザック・エフロン”の法廷私物化パフォーマンスにすっかり潰されてしまった感は否めません。一応、彼女にはラストで見せ場が用意されているとはいえ、ちょっと分が悪かったかも。真面目なキャラは損をする…。

とりあえずこういう実在の犯罪モノは、出演する俳優もある程度キャリアを賭けないとダメなので、大変だなと安全圏から眺める私でした(観客とはいえ最低じゃないか)。

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この視点はリスクもある

俳優陣の名演が不気味に光る映画『テッド・バンディ』でしたが、監督が売りにしているとアピールする「リズの視点」に関しては思ったほどボリュームは少なかったのが若干の拍子抜けではありました。

確かにリズの視点にすることで、これまでにないバンディの一面が見えてくるのですが、それはあくまでバンディが世間体で被っていた仮面と同じなので、特段の新しいものでもない気がする…。本作でわかるのはリズはバンディをよく知らなかったということだけになってしまうし…。

また被害者ではないにせよ翻弄された女性の代表としてリズを前面に出したことは、製作陣がそこまで考えていない弊害も生んだのではないかな、と。つまり、「イケメンだから引っかかったんだ」という着地にしかなっていないように見えるわけです。リズの新しい相手として“ハーレイ・ジョエル・オスメント”演じるジェリーという、イケメンとは対極にあるようなビジュアルの男(なお架空のキャラだそうです)をこれみよがしに最後に登場させることで「イケメンばかりが価値じゃない」と暗に示すような印象も与えます。でもそれは余計なお世話だし、そもそもイケメンではない「女性を狙うシリアルキラー」も他にはいたのだから、その論点も意味はないです。「愚かな女」「可哀想な女」では終わらないように、もちろん最後の面会での追求シーンで「今までやられっぱなしだった状態から、反撃に転じた女性」の印象を残したとも言えますが、その効果はどうでしょうか。

全体的に映画自体が「トーン・ポリシング」を煽りかねない危険性をはらんでいる気もします。もしどうしても翻弄された女性を主軸にするなら、もっと「なぜそうなのか」という疑問を社会的に掘り下げないとダメかなと個人的には思います。『殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合』では、女性の社会的地位向上が女性の行動範囲の拡大につながり、それに呼応するように女性を狙った新種の犯罪も出現したとわずかに説明する部分もあったのだし、そこを掘ればよかったのに。

製作陣は女性の内面を描くことに関して、そこまで本腰を入れることができるほどの力量と知見が不足している感じは拭えません。あくまでちょっとリズの視点で新鮮味を出しましたという「試しただけ」の狙いが透けて見えるかのような。

実はリズの他にも被害者ではないけど翻弄された女性がいて、1971年には、シアトルの自殺防止ホットライン緊急センターでバンディが職を得た際、同僚のアン・ルールという人と知り合ったんですね。彼女は後に、バンディの伝記として有名な「The Stranger Beside Me」を執筆しています。要するには客観的にバンディを分析している専門家であり、かつ知り合いなのです。せっかくならアン・ルールの方が題材として適任だったのではないかな。

おそらく女性に軸を置くよりも、女性が被害に遭う犯罪を過小評価した警察、視聴率欲しさに劇場型犯罪に加担して盛り上げてしまうマスコミ、ずさんな管理体制しかない刑務所といった、社会そのものに映画のカメラを向けるべきだったかもしれません。テッド・バンディ主催(その他大勢協賛)の「ショー」がいかに稚拙なのかを暴かないと、得をするのはバンディですから。

シリアルキラーなど有名犯罪者への向き合い方としてはドラマシリーズ『マインドハンター』が非常に上手い距離感を保っています。

この映画『テッド・バンディ』はそれ自体がなおもテッド・バンディの手のひらの上にあるような空気感を消せていません。映画化という行為自体がまさに言葉どおり「劇場型犯罪」を余計に加味してしまう本質的危険性を常に考えないといけませんね。

電気椅子で死刑となってこの世から消えた凶悪犯。私たちはどうやってその存在を映画に残すべきなのか、難しい問いです。
『テッド・バンディ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 56% Audience 58%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 Wicked Nevada, LLC テッドバンディ

以上、『テッド・バンディ』の感想でした。

Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile (2019) [Japanese Review] 『テッド・バンディ』考察・評価レビュー