ありがとう、トニ・エルドマン
映画『ありがとう、トニ・エルドマン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Toni Erdmann 
製作国:ドイツ・オーストリア  
製作年:2016年 
日本公開日:2017年6月24日 
監督:マーレン・アーデ 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

あらすじ

陽気で悪ふざけが大好きなヴィンフリートは、ルーマニアのブカレストにてコンサルタント会社で働く仕事一筋の娘イネスとの関係に悩んでいた。そこでヴィンフリートは、ブカレストまでイネスに会いに行くことにする。イネスは父の突然の訪問に戸惑いながらも何とか数日間一緒に過ごし、地元ドイツへ帰っていく父を見送る。ところが、予想外の事態が待っていた…。

ネタバレなし感想

理想的な父親像?

最近知ったのですが、「父の日」というのがありますが、あれは歴史的には「母の日」の後発で二番煎じだったんですね。なんか不憫…。

そんな父親ですが、映画で描かれる「父親」というのは、どうしても「ダメな奴」として扱われがちです。とくに昨今のジェンダー的視点から父権主義や男尊女卑への批判が厳しくなるにつれ、伝統的な父親像は全く通用しなくなったといっても過言ではありません。

確かに『ダンガル きっと、つよくなる』に登場したような、「俺は家族の中心だ!俺が家族を引っ張るんだ!」みたいなコテコテの保守的な父親というのは世の中に存在します。
『ダンガル きっと、つよくなる』感想(ネタバレ)…パワハラは指導ではない
でも、それはそういう人が“目立っている”というだけで、そうじゃない父親も世の中にはいっぱいいます。家族カーストでは一番下にいて、発言権もなく、居場所もない状態でコソコソ過ごしている父親とか。世間的な“良き”父親を目指して空回りしてしまい、家族から呆れられている父親とか。

保守的な父親を反省させるような作品が最近は多い気がしますが、こういう“目立たない”父親にスポットをあてる映画も私は好きです。

そんな映画の中でもとくに変わり種だったのが、本作『ありがとう、トニ・エルドマン』です。

本作はドイツとオーストリア製作の作品なのですが、ちょっと書き切れないほど非常に多くの映画祭で受賞もしくはノミネートされている評価の高い作品です。それだけ多くの場所で評価されるということはどういうことかというと、つまりどの国の人が見ても共感しやすい普遍的な価値が作品に込められているということです。

でも、中身は変わっているんですね。主題は、父と娘の関係を描いたものになっており、これだけ聞くと定番かなと思うのですが、この登場人物の描き方が…こう“シュール”と表現していいのか、とにかく独特です。なので、一般観客層からの賛否は分かれるタイプかもしれません。

しかし、私はこの映画で描かれる父親の姿に、今の時代が忘れてしまった一種の理想的な父親像を垣間見た気がしました。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

100人中99人が不快に思うユーモア

本作の“問題父”であるヴィンフリート。

その行動は世間的には“奇抜”を通り越して“頭のオカシイ人”としか思われないレベルです。当人は面白いと思ってやっているユーモアですが、それが綺麗に全てスベっているのが痛々しい。しかも、このユーモアは娘イネスに対してだけでなく、周囲の赤の他人にまで向けられますからね。配送業者への一人二役対応とか「早く受け取れよ」としか思わないし、ジョーカーのなりそこないみたいな謎のメイクで出歩かれたらただの変質者です。

冒頭数分でいきなり飛ばしまくるヴィンフリート。でもこんなの序の口と言わんばかりに、娘イネスへはトニ・エルドマンという姿にまでなって、さらなるユーモアをお見舞いします。それが職場であろうが、プライベートであろうが、お構いなし。TPOを一切わきまえず、ツッコミさえ入れられない“くだらない以下”のギャグを連発します。

大半の人はウザいと思うはずです。実際こんなのに付きまとわれたら、私だったらストレスで死ぬかもしれない。本作を笑えると面白がれる人は、客観的に他人事として見ているからなのだとも思います。

だったらなぜ私がこのヴィンフリートに「一種の理想的な父親像」を見たのか。それはこの父親がある一点において優れており、ある一線を越えていないからです。

ヴィンフリートはとにかくユーモアを大事にしています。ところが、このユーモアというのは難しいもので、諸刃の刃的でもあるのですよね。時に絶大に好かれることもあるし、時に最悪に嫌われることもある。『世界一危険なコメディアン』というドキュメンタリーを見るとそれがよくわかります。
『世界一危険なコメディアン』感想(ネタバレ)…バセム・ユセフは笑う、ジョークは剣よりも強し
100人中99人が大笑いできるユーモアは言うまでもなく凄いじゃないですか。人気コメディアンになれますよ。でも、100人中99人が不快に思うユーモアであっても、残り1人の心に突き刺されば、しかもその1人が自分にとって最も愛する人なら、それは代えようがないほど価値あることで

まさにヴィンフリートの場合がそれだったと。娘イネスも、父を見送る際に涙を見せたり、終盤の「パパ!」と駆け寄ってのハグだったり、本心では嫌っているわけではないことはよく伝わってきます。ヴィンフリートとイネスにしかわからない絆があるのです。

そして、この父親はよく仕事一筋の娘に対して言いがちな「早く結婚しろ」とかそういうお節介を言うわけではないのも重要ですよね。あくまで娘の生き方は尊重し、否定もせず、ただユーモアを使って「大丈夫?」と言ってくれているだけ。意外に一貫している父親なのです。

ありがとう、トニ・エルドマン

隠れている社会風刺

これだけだと「ああ、いい父娘映画だったね」で感想が終わるのですが、この映画の凄い部分は、さらなる広がりを見せていること。

ヴィンフリートの父親的な寄り添い方は決して娘に対してのみ向けられるものにとどまらず、映画はパーソナルからグローバルなテーマに波及していきます。本作の主軸は父と娘の親子ドラマですが、実は社会風刺の要素が、さりげなくどころか明確に盛り込まれているんですね。

具体的には、ヨーロッパ国家間における格差社会、とくに東欧の貧困問題です。私たち日本人は全然意識していないと思いますが、ヨーロッパはみんな経済的先進国みたいなイメージですが、実際はそうではなく、例えばこの映画の舞台であるルーマニアは、言い方が悪いですがヨーロッパにおける「負け組」化しています。ルーマニアなんてまだいい方で、そのお隣にあるモルドバにいたってはヨーロッパの最貧国と言われるほど酷い状況だったりします。

劇中でも、ときおり映る貧民街や、ヴィンフリートに家のトイレを使わしてくれた地元住民のいかにも最底辺の暮らしぶりで、その実態が映し出されます。

なんで21世紀にもなってこんな状態なのか。それはヨーロッパの勝ち組国家が東欧の資源や労働力を都合のいいように利用しているからに他なりません。

そして、まさに娘イネスのコンサルタントの仕事は、その間をつなぐ、いわば「汚れ仕事」なわけです。

序盤で参加する政府のレセプションでは、「EUによる近代化」がどうとか、「アメリカによっての大切なビジネスパートナー」だとか、「ルーマニアの経済は底堅い」だとか、搾取することしか考えていない人たちが集合しています。そんな金持ちどもにイネスはひたすら接待してごまをするだけ。

そんなイネスもまた「搾取する側」になりかけていることを示すような描写もありました。マッサージに不満をこぼしてお詫びに食事を提供してもらったりとか。

そのことは確実にイネスの精神を蝕んでおり、だからこそ父が何気なくユーモアのつもりなのでしょうけど言い放った「ここにいて幸せか」「生き生きと暮らしているか」「お前は人間か」のセリフは心に刺さったはずです。

さらに本作はパワハラやセクハラなどの形態によって会社内でも搾取の構造は存在することを提示しつつ、最終的にはラストの葬儀のシーンで遺品に群がる親族を描くことで、家族内にさえ搾取があることを示します。

この映画で良いなぁと思ったのは、「搾取はやめよう」なんていうもっともらしい正論を語らないこと。だからこそあのオチなんですね。父の入れ歯をつけて一瞬おどけてみせるイネス。でもそれだけ。このシーンでは、いまだに搾取することで既得権益を持っているヨーロッパ社会に結局は迎合するしかない庶民の苦悩が見えるようでした。本作が支持されるということは、そういう後ろめたさを持って仕事しているヨーロッパ、もっといえば先進国の人が実はたくさんいるということだと思います。

Let's 裸パーティ

お堅い話になってしまいましたが、個人的にこの映画が好きな理由はまだまだあって、ヨーロッパ映画らしい地味なドラマなのに、ときおり見せる突き抜けた演出が素晴らしいです。

ヴィンフリートとイネスのもはやリアクション芸ショーを見ているような展開は愉快すぎるし、イネスと同僚の男とのセックスシーンでのスイーツ系女子(淫乱)っぷりは強烈だし、イネスのホイットニー・ヒューストン「Greatest Love of All」の爆唄シーンは謎の盛り上がりだし、終盤の誰もが爆笑せざるを得ない裸パーティは最高だし…。

監督が女性だからなのか、性の描写が他にはないインパクトでフレッシュなんですよね。

あと、真面目な映画的テクニックだと、邦画がよくやりがちな父と娘の過去を振り返るベタな回想シーンとかは一切入れずに、それでも過去を匂わすシーンを挿入するのが上手いですよね。イネスを慕う若い後輩女性アンカの「私、先輩みたいな人に憧れています!」みたいな仕事への情熱が先走っている新米社員っぷりは、きっとイネスも昔はこうだったのだろうと思わせます。また、裸パーティ後、モジャモジャver.でトボトボ歩く父の後ろを偶然なのか意図しているのかわからないですが女の子がついていくシーンでは、父を大好きでついて回っていただろうイネスの子ども時代を連想させたりも。

こんなにも深く語りがいのある父娘映画だとは、観る前は思いもしませんでした。

本作を観て「やっぱりギャグを言うのは正しいんだな!」と思った父親の皆さん。それは保証しません…。

おすすめ PiCKUP!
・「クケリ」で画像検索すると、幸せになれる…かも。
(C)Komplizen Film