12年の長い夜
Netflix映画『12年の長い夜』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:La noche de 12 años
製作国:ウルグアイ・スペイン・アルゼンチン・フランス・ドイツ(2018年)
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信
監督:アルバロ・ブレッヒナー

あらすじ

1970年代のウルグアイ。軍事政権の人質として収監された3人の政治囚。その中には、のちにウルグアイ大統領となるホセ・ムヒカの姿もあった。絶望的な孤独の中で、彼らが生き抜いた壮絶な12年を描き出す。

ネタバレなし感想

ホセ・ムヒカ大統領の過去を描く

国のトップに君臨する首相や大統領といった国家元首は当然のようにお金持ちなのだろうと思ってしまいますが、事実、莫大な資産を保有している人物は多いです。世界で最も裕福な富を持つ“国のトップ”はロシアの「プーチン大統領」だと言われていますが、正確な資産額は公表されておらず、秘密裏に隠し持つ資産も発覚したりしています。私も一度でいいから“秘密資産を持っているような気分”だけでも味わってみたいものです…。

はい、ちょっと話が逸れましたが、じゃあ、全ての国のトップが資産家なのかというと、そうではないようです。庶民レベルの質素な暮らしを徹底し「世界で最も貧しい大統領」として知られる、ある人物がいます。

その名は「ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダーノ」。「エル・ペペ」の愛称を持つこの人は、南米ウルグアイで2010年から2015年まで大統領をしていました。

月1000ドル程度で生活し、個人資産は価値が32万円程度の車(フォルクスワーゲン・タイプ1)とトラクター、農地、自宅のみ。大統領公邸には住んでいません。報酬や寄付はほとんど慈善事業にまわしています。これで大統領(だった人)というから驚きです。別に質素だから偉いというわけでありませんが、ここまで手に届くチャンスを持ちながら、最小限で良いとそれを拒否できる姿勢はなかなかマネできることじゃありません。

ただ、凄いのは彼の質素さだけではないのです。このホセという人物、実は壮絶な過去を歩んできたのでした。その一部始終を描いた映画が本作『12年の長い夜』です。

ネタバレになるので詳細は後半で書きますが、本作を観れば、ホセという人間がなぜ質素な生活の中にでも幸せを見いだせるのか…それが少しわかるような感じもするでしょう。どんな人間にも“今”を形成するにいたる土台があるもので、それを知ると、その人の“ひととなり”の深さを痛感できる。こういう体験を映像で味わえるのも映画の醍醐味ですね。

本作は、カイロ国際映画祭でゴールデン・ピラミッド賞を受賞し、2018年の米アカデミー賞の外国映画賞でウルグアイ代表映画に選ばれました。

ウルグアイ映画というのは、振り返ると私はほとんど観たことがなかったと思うのですが、その国の歴史も知ることができるので、いつも普段見ない国の映画を鑑賞するときは新鮮で刺激的な知識が身について楽しいです。

ウルグアイといえば「サッカー」くらいしか知らない…なんていう人も、ぜひ本作を観てその国の歴史を作った人間の苦難の人生を一緒に追体験してみませんか。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

ウルグアイの歴史を学ぶ

本作はわりと説明もなく、3人の男が囚人という形の人質として監禁される状態から始まり、ひたすら収容生活がじわじわと描かれていきます。逮捕されるまでにいたる過程も、作中では回想で描かれるのですが、基本的な情報が乏しく、ウルグアイを知らない観客にしてみればやや説明が欲しいところです。そこで簡単にですが、映画に関係するウルグアイの歴史をサラッと語ることにします。

ウルグアイという国は、1900年代初めは福祉国家と呼ばれるほど安定した民主主義のもとで比較的平穏に繁栄していました。しかし、経済の低迷により1955年あたりから状況は一変。政情も不安定になり、国民の不満も蓄積していきます。そこで勢いをつけていったのが、トゥパマロス(ツパマロス)と呼ばれる極左武装組織です。

トゥパマロスは、政府機関や銀行を襲撃したり、要人の誘拐や暗殺をしたりと、やっていることは過激でしたが、当時の不満を抱えていた民衆の後押しもあり義賊として存在感を強めていきます。しかし、1971年の大統領選挙で左翼政党「拡大戦線」が敗北したことで、その反政府運動にさらに火がつき、事実上の内戦状態に発展。

そうなってくるとどの国の歴史でも同じですが、呼応するように力をつける組織があります。「軍部」です。治安維持の名目のもと、どんどん支配力を増す軍部。ついには1973年に軍事独裁政権が発足します。これが映画の冒頭の時期ですね。

この軍政下の実態は凄まじいもので、弾圧されたのはトゥパマロスに所属して暴力行為を行ったものだけではありませんでした。それこそなんでもあり。なんと人口300万人の国で30万人がブラックリストとして監視されるという異常な警察国家体制が存在したというから驚きです。その膨大な国民を監視するために労働人口の20%を治安組織に従事させたそうで、もはや何のための国なのか目的意識すら失っています。当然、国を出ていく人も多かったとか。

軍事独裁政権の誕生によってトゥパマロスは壊滅しましたが、本作はそのトゥパマロス関係者として逮捕された3人…ホセ・ムヒカ、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、マウリシオ・ロセンコフに焦点をあて、その12年にも及ぶ投獄生活を赤裸々に描いた物語です。出所後の話は作中で説明されるとおり。

本作を観て痛感しますが、有数の民主主義国家から独裁軍事国家に変貌したウルグアイのように、国というのは容易に様変わりしてしまうものなんですね。他人事のように書いていますけど、日本もそういう歴史を辿ってきているわけで、ずっと何十年先も平和が保証されているわけではない…どんな道を歩むかは政治家を決めて評価する国民しだいだということを思い出させてくれます。

12年の長い夜

孤独は人を貧しくする

ホセ・ムヒカ大統領は2016年に日本に来ています。その来日の際に、こんなことを講演で話していました。
貧しい人、かわいそうな人というのはコミュニティがない人であります。すなわち同伴してくれる、一緒に生きてくれる、その人のグループであります。なぜならば、一番大きな貧困というのは孤独だからです。貧困というのはモノの問題ではありません。それはこの人生というものを共有するということが重要なのです。
まさにこの言葉の意味を象徴するような映画が本作でした。

逮捕されて収監された最初の時点で3人は別々の独居房に閉じ込められます。黙れと命令され、とにかく会話を禁じられ、そして、ある一定期間ごとに収監される場所を変えるために移動させられます。つまり、物理的にも閉鎖されているわけですが、同時に心理的に閉鎖を余儀なくされるんですね。

ニャトとルソは基本的に同じ施設に収監され、二人はあるとき、壁をノックして意思疎通を図るテクニックを身につけます。すっかり壁叩きでコミュニケーションできるようになり、想像上でチェスまでするというスゴ技も披露していましたが、孤独に抗おうとする必死さが痛々しいほどに伝わってきます。

ところがニャトとルソが次に収監された場所は壁をノックできない環境。またもや絶望的な孤独に苦しむなか、他にすることもないので自然と聞こえてくる看守の会話に耳を澄ます日々。するとひょんなことから看守の気になる女性への手紙のネタを考えたことをきっかけに、その施設のおそらく一番偉い人である軍曹の手紙を代筆する仕事を任せられます。このエピソードで示されるとおり、実は孤独を感じているのはニャトとルソだけではないし、それを互いに埋め合わせることもできる…このわずかだけど確かな触れ合いこそコミュニティの重要な要素ですよね。

一方のペペは独りで収監される日々が続きます。1975年(803日目)、1976年(1074日目)、1977年(1529日目)、1978年(2024日目)、1979年(2391日目)、1980年(2757日目)、1981年(3053日目)、1982年(3518日目)、1983年(3883日目)…月日が経過するにつれ、精神を病んでいくペペ。そんなペペに活力を与えたのは母の言葉。「正気を失っては連中の思うつぼよ。負けてはダメよ。戦いを止めたものだけが敗者よ」…そして、思い切って反旗を翻し、手に入れたのは便器とマテ茶。傍から見れば“そんなもの”と思うかもしれない…でもこの“成果”は間違いなく彼の中で大きな一歩。久しぶりの前進だったはずです。

1983年、手紙を代筆してあげた軍曹の助けもあって、十年ぶりに外で出会う3人。見つめるだけ。近づくわけでもなく、外で同じ空間を一緒にいるという幸せ。この価値のありがたさですよね。1984年、新しい独居房には水洗トイレもあるし、同じ囚人仲間もいる。劇的な変化です。物理的にはなおも閉鎖されていますが、心は閉鎖されていません

よく「一人でいること」と「孤独」の区別がついていない人がいますが、それは本来、全く別の概念。私も「一人でいること」は好きです。一人でいる時間で考え事が捗ったり、リラックスできたりしますから。でも「孤独」は自分を追い詰めるだけ。全てが敵になり、自由を失い、居場所を奪われるのが「孤独」です。

本作は「孤独」の怖さを描き、それに打ち勝つ人間の強さを描いた映画でした。

12年の長い夜が明ける

刑務所モノというジャンルがあるほど映画では定番なところもありますが、本作は孤独をテーマにすることに一貫しているため、寄り道があまりありません。脱獄といったいかにもエンタメ向きなサスペンスも見せられるのに、それを蹴ってひとつのテーマに絞っているのは、本作の誠実さだと思います。

何よりも本作はあの3人の物語に代表させてはいますが、実際はウルグアイという国の歴史における、全ての自由を愛する国民にとっての孤独との戦いの12年だったわけです。だったら、映画的に遊んでいる暇はありませんよね。

ある意味、刑務所内の3人の描写だけでウルグアイの暗黒の12年を語っているのですから、上手い手際と言ってもいい気がします。

ホセ・ムヒカ大統領は2016年の来日時にこうも語っていました。
何か悪いことがあって、それを変えたいと思うこと、不満を持つことはいいことです。単に何もしないで不平ばっかりを言っているのでは、まったく変わりません。一緒に同じ気持ちを持つ人と、まとまって一緒に何かをしなければいけないと思います。それがあなたの人生に、あなたの存在に意味を与えることだと思います。そうじゃなければ、あなたの失望が勝利してしまうでしょう。生きるためには希望が必要です。もし希望のない人生になってしまうとしたら、どうでしょうか?
学校、職場、家庭…世の中にはあなたの希望を奪い、孤独に追い込もうとする人が現れるものです。もし完全に希望を失いそうになったら、またこの映画を観ればいいじゃないですか。希望にすがるのはかっこ悪くないのです。たとえ、ピンクの便器でも。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 100%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)Netflix