落とし物は警察に届けましょう…映画『グレタ GRETA』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年11月8日
監督:ニール・ジョーダン
グレタ GRETA
ぐれた
▼
『グレタ GRETA』あらすじ
ニューヨークの高級レストランでウェイトレスとして働くフランシスは、帰宅中の地下鉄で誰かが置き忘れたバッグを見つける。そのバッグの持ち主は、都会の片隅でひっそりと暮らす未亡人グレタのもので、親切心でグレタの家までバッグを届けたフランシスは、交流を深めていくことになる。彼女に今は亡き母への愛情を重ねていくが…。
『グレタ GRETA』感想(ネタバレなし)
豪華な初共演は忘れがたい
「グレタ」という名前の人物と言えば誰を思い浮かべるのか…つい最近の時事ネタに絡めるならば、地球環境問題を大人たちに厳しく訴えるティーンエージャー「グレタ・トゥーンベリ 」が話題になりました。でも映画ファンとしては、俳優の名前、例えば「グレタ・ガーウィグ」を連想したり。いやいや、オールドなシネフィルからは「グレタ・ガルボ」だろ!とお叱りを受けるかもしれません。
“グレタ”論争が盛り上がってまいりましたが(盛り上がってはいない)、今回の紹介映画は見過ごせません。なにせタイトルが『グレタ GRETA』ですから。きっと“我こそは真のグレタなるぞ!”という有象無象が“グレタ・ナンバーワン選手権”を開催して、頂点を掴むために血みどろな大乱闘を繰り広げる…そんな映画なんだ…。
もちろんそんなわけはなく…。でもそのアホな発想もあながち間違ってはいないのかも。かすりくらいはしている…かな。というのも、本作は結構「ええぇ!?」とびっくりするようなストーリー展開になっており、人によっては「そんなアホか!」となってしまうくらいのB級ギリギリのラインを攻める作品なのです。
物語は単純。若い女性が落とし物を拾います、持ち主に届けます、仲良くなります、すると…。この「すると…」以降が大事なのですが、そこはネタバレになるので言えない。まあ、嫌~な空気の漂う心理ミステリースリラーといったジャンルでしょうか。
ネラばらしすると確実に面白さは半減してしまうタイプの作品ですが、公式サイトなどで宣伝に使われているシーン画像や予告動画は若干の中身バレをしているので、それが嫌ならば一切情報をシャットアウトしていく方がいいです。やっぱり新鮮な驚きは初回限定の大事な楽しみですからね。
なお、日本の宣伝では「アナタの周りのグレた女 目撃談&体験談」を募集なんていう、親父ギャグなプロモーションをしていますが、グレるという次元の話ではないので、一応、警告。
監督はすでに世界的に評価されているアイルランド人の“ニール・ジョーダン”。この人は自身で脚本を書く人物であり、犯罪映画の『モナリザ』(1986年)から賞に輝き始め、『クライング・ゲーム』(1992年)にはアカデミー賞で脚本賞を受賞、『ことの終わり』(1999年)も多数のノミネート。さらには『マイケル・コリンズ』(1996年)でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を、『ブッチャー・ボーイ』(1997年)でベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞し、じゅうぶんすぎるくらいの成功をおさめています。
最近はあまり賞のステージに立っていない印象でしたが、『ブレイブ ワン』(2007年)ではジョディ・フォスター、『オンディーヌ 海辺の恋人』(2009年)ではコリン・ファレル、『ビザンチウム』(2014年)ではシアーシャ・ローナンと、主演はいずれも名だたる俳優が揃っているあたり、信頼されている感じが窺えます。トム・クルーズとブラッド・ピットが共演した『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)といい、とにかく俳優にやたら恵まれている監督ですね。
そして新作である本作『グレタ GRETA』もやはり俳優が魅力の大きな要になっています。
題名を引っ張る“謎の女性”グレタを演じるのは、フランス映画界の大物女優“イザベル・ユペール”です。その出演作は数多ですが、本作との関連性で言うなら、2017年の『エル ELLE』が印象として呼び起こされます。あちらも心理が読めない意味深な女性の役でした。『グレタ GRETA』でもなかなかに不気味さを放つ役で怖いです。ちなみに“イザベル・ユペール”が過去に主演したある映画と本作は類似点があり、オマージュ的な重なりになっているのですが、その話は感想後半で。
そんな“イザベル・ユペール”演じるグレタに翻弄されることになる若い女性を演じるのは、大人気“クロエ・グレース・モレッツ”。彼女については語ることももうないくらい、今も絶好調な若手女優のひとりですけど、俳優業休憩を挟み、復帰後も『ミスエデュケーション』など素晴らしい演技を見せている姿を見ると、やっぱり上手いんだなと実感させられます。“やる役”でも“やられ役”でもどっちもこなせるので、『グレタ GRETA』のような作品にでると、どっちに転ぶのかわからないのがサスペンスになりますね。
初共演となるこの二人を一度に拝めるレアな映画ですので、俳優ファンならば迷う必要はありません。
あと映画館で忘れものをしないように。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(俳優ファンは必見) |
友人 | ◯(ほどよいスリル) |
恋人 | ◯(ゾクゾクしたいならば) |
キッズ | △(大人向けサスペンス) |
『グレタ GRETA』感想(ネタバレあり)
ガムのように離れない
ニューヨークの高級レストランでウェイトレスとして働くフランシス。通勤には地下鉄を利用しており、生活しているアパートから職場までの欠かせない交通路。毎日の慣れた道のりですが、ある日、電車の中に小さな鞄がポツンと席に置き忘れられているのを発見。無視しても良かったのですが、善意でその鞄を拾い、中にあった身分証明書を確認したところ、グレタという女性のものであることを知ります。そして、その住所まで届けることにします。
まずここで観客としては、駅員に落とし物を預けるということはしないのかという気持ちにもなりますが、まあ、これは完全に文化の違いですよね。日本の落とし物フォローアップ・システムは世界一ですよ、きっと。
ともあれ、まずその鞄を持って帰宅したフランシス。ルームメイトのエリカと暮らしており、そのエリカはその例の鞄の中を悪びれもなくひっくり返して物色。お金を見つけて、スパでも行こうなんて自由奔放に発言します。そんな友人に呆れるフランシスですが、エリカのことは大事な様子。実はフランシスは母親を病気で亡くし、父親は仕事ばかりのワーカホリックなため、頼れるのはこの友人だけ。なんだかんだで仲良しです。
翌日、その鞄の持ち主のもとへ。すぐにそのグレタという女性が出てきて、とても感謝されます。そして、中に招かれるのでした。なんとなく互いの紹介をする二人。「ルームメイトと住んでます」と自己紹介するフランシスに対し、グレタはクリストフという主人がいて、ニコラという娘もいて…と語り、それぞれの写真が部屋に飾ってありました。その会話中、壁の向こうから物音がしましたが、改装中だとかで小言を言うグレタ。するとそばにあったオルガンを弾いてくれます。また、ジョジョという犬を飼っていたという話になり、今はもういないそうなので「新しい犬を飼ってみては? 手伝いますよ。ママが犬のブリーダーだったので」と提案するフランシス。二人の仲はグッと深まり、電話番号を教えあいます。その際、フランシスはデジタルな機器が苦手だという話も(持っているのは一般的なスマートフォンではなく、懐かしいノキアのアレ)。
その日からフランシスとグレタの交流が始まります。犬の保健所に行き、その日がもう殺処分だという犬モートンを引き取ったり、公園で散歩したり、教会に行ったり…。その中でフランシスは母を亡くしたことの喪失感を打ち明けます。グレタもパリの音楽学校に通っているニコラの話をしてくれます。
一方、エリカは不満顔。パーティをさしおいてグレタとの先約を優先するフランシスに「変だよ」と忠告。「彼女は母親じゃない」とキツイ一言を浴びせます。
しかし、フランシスはもうグレタに心を許していました。この日もかなりオシャレにきめて、グレタの家で肩を並べてお料理中。けれどもそこでゾッとする事実が発覚。偶然、見てしまったクローゼットの中に、フランシスが拾ったものと全く同じ鞄がズラリと並んでいるじゃないですか。しかも、ひとつにはサマンサという名とその電話番号らしきを文字が書かれた付箋が貼ってあり、別のひとつには同じようにグレタの名と電話番号が…。
先ほどの和やかなムードは一転、一気に緊張感の増す食事となったテーブル。フランシスは居ても立っても居られず、デザートを食べずに慌ててすぐに帰ることにします。
エリカにそのことを打ち明け、不気味だと同意してくれましたが、そこから恐怖が始まるのでした。
グレタのストーキングが動き出し、しだいにエスカレートを激しくし、さらには…。
注射は首に刺すものです
ストーカーに変化したグレタの本領発揮から本作の物語はいきなりサスペンス度が増します。
連絡を連発する、職場に来る、家に来る、友人を攻める…とストーカーならたいていやりそうなことを手当たり次第にやっていくグレタ。私も“イザベル・ユペール”が通りの向こうからこちらをじっと見つめて立っていたら、トラウマになるかもしれない…。
ただ、本作のストーキングの怖い部分は、ステレオタイプではないところです。普通、若い女性がストーカーに悩まされるのならば、その加害者は男か、あったとしても同年代の女性くらいです。年上の女性に付き纏われるというのはあまり考えられません。だからこそ本作の特殊なスリルにつながっていきます。変わったシチュエーションなので、警察だってろくに相手にしてくれませんし、傍から見るとただの親子喧嘩にも見える。被害者であるフランシスにとっては非常に理解されない立場で、恐怖が倍増します。
正直、展開としてはかなり強引なところも否めません。二段夢オチ(自宅でミルクに毒を盛られて、拉致され箱に閉じ込められる→目覚めると自宅でミルクを電子レンジで温め終わったところ。エレベーターに押しつぶされる→また目覚める。やっぱり箱の中)のなかなかにいきなりな感じといい、びっくりはしますが、冷静になると一気に冷え込む。そんなサスペンスの温度差。
もちろん伏線はあって、最初にグレタの家にフランシスが招かれたときに聞く物音とか、サマンサの監禁を示すヒントが提示されているわけですが、それよりも根本的なトリックが思いっきり良すぎですからね。落とし物作戦は不確実性が高すぎるでしょう、と。
あと、後半になればなるほどのグレタのサイコパス度が上がって、最後はただの注射器魔に変貌しているのですが、彼女の着地はあれでいいのかなという疑問も私はないではない…。せっかくアルコール依存症とか、リアルな人間的喪失の物語をバックグラウンドに感じさせておきながら、結局はマンハントなスリラーになってしまいましたから。
看護師とはいえ、あの終盤の生命力と神出鬼没さは往年のホラー映画の怪物にも負けてなかった…。“イザベル・ユペール”あの演技は身震いするほど怖い…。
でも『グレタ GRETA』の要素の一部は、“イザベル・ユペール”の過去作である『ピアニスト』(2001年)から引用されていると思われ、監督なりのリスペクト・オマージュなのでしょう。この作品では音楽院でピアノ教師として働く女性を“イザベル・ユペール”が演じ、カンヌ国際映画祭などで女優賞を受賞し、高い評価を受けました。『ピアニスト』はあまりネタバレを控えますが、音楽、部屋での監禁や、主人公の名前が「エリカ」であるなどの共通点があるんですね。
気になる人はぜひ『ピアニスト』も鑑賞してみてください。
必要なのは母親ではなく…
誘拐以降から終盤まではスリラー部分が露骨に強調されてしまいますが、『グレタ GRETA』は登場人物の人間味ある一面も描かれてはいます。
フランシスがグレタにあそこまで無警戒になってしまった理由は、作中でも明示されているとおり、亡き母との愛情の交流に飢えてしまっていたからに他なりません。父親は全く意に介さない仕事人間ですし、そういう意味では親子経験に大きな欠落を抱えてしまったまま大人になっているともいえます(でもフランシス自身もウェイトレスの仕事以外のことに充実さを得ている感じでもないので、彼女も仕事人間で父親似なのかもしれませんね)。
そんなときにフッと目の前に現れた年上の女性は、疑似的母親として心の穴にピタっとハマったのでしょう。この気持ちは別に親を失った経験のある人でなくともなんとなく共有できるものがあると思います。
一方でグレタもまた親子経験の欠落を抱えていました。子どものニコラを亡くし、その虚しさを抱え続けた結果のあの凶行。彼女の場合はフッと目の前に現れた年下の女性に自信の子を重ねたわけではありませんし、自ら罠で誘っているのでクレイジーではあります。でも推察すれば、きっと毎日電車に乗っている時、自分の子に感じられるような若者に出会い続け、しだいに気がおかしくなっていたのだろうなとは理解できます。
そういう意味では、本質的な原点ではグレタとフランシスは同じであり、フランシスも喪失感を悪化させていればグレタのような人間になっていたのかもしれません。
しかし、そうならなかった理由。フランシスを救ったのはルームメイトのエリカでした。彼女は序盤の初登場時は、他人の鞄のカネをくすねようとしていたくらい、いかにも倫理的な欠点を持っていそうな人間でしたが、随所で非常に頼もしい姿を見せます。グレタに尾行された緊迫のシーンでも、隠し撮りされた自分の写真を見ながら自分の美貌を褒めて茶化したり、とにかく肝が据わっています。
エリカを演じた“マイカ・モンロー”のとてもサバサバした自然体がパワフルで素敵です。『イット・フォローズ』といい、困難に挫けない女性の役が似合いますね。
『グレタ GRETA』は男性の影が薄いですが、それもそのはず、最終的な帰着はラストにあるように、シスターフッド(女性の連帯)です。もっといえば、保守的な家族観からの解放でもあります。グレタがしきりに言っている「母が必要だ」という考えに対して、別の今の時代、そんな家族ありきで人生が決まらないですから!という軽やかな飛翔。
狭い箱や部屋から出た若い女性たちはこれからの社会で既存のルールに縛らず、自由に羽ばたく…そんな未来をほんのり感じさせつつ、不吉な抑圧は消えていないような悪寒も残す。何とも言えない結末でした。
話は変わりますが、軟禁状態のフランシスとグレタの料理中、フランシスが隙をみてグレタの指を型抜きで切断するシーン。何もあんなグロテスクなことをせず、素直に麺棒で頭をぶてばいいのでは?と思ってしまうのですが、“クロエ・グレース・モレッツ”だとそんな暴力も似合うなという気分になる。すっかり感覚がマヒしているなと思いました。あのまま顔をめった打ちにしていても全然おかしくない…。
皆さんも落とし物を拾ったときは、信頼できる友達に相談しましょう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 60% Audience 41%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Widow Movie, LLC and Showbox 2018. All Rights Reserved.
以上、『グレタ GRETA』の感想でした。
Greta (2018) [Japanese Review] 『グレタ GRETA』考察・評価レビュー