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『サウンド・オブ・フリーダム』感想(ネタバレ)…Q世主になりたいだけでは

サウンド・オブ・フリーダム

“Q”世主になりたいだけではないですか?…映画『サウンド・オブ・フリーダム』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Sound of Freedom
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2024年9月27日
監督:アレハンドロ・モンテベルデ
性暴力描写 児童虐待描写
サウンド・オブ・フリーダム

さうんどおぶふりーだむ
『サウンド・オブ・フリーダム』のポスター。

『サウンド・オブ・フリーダム』物語 簡単紹介

世界的な児童人身売買の性犯罪組織ネットワークに誘拐された少年少女の追跡捜査を独自に進めていたアメリカ国土安全保障省の捜査官ティム・バラード。手がかりを追いかけながら、子どもたちを救っていくが、闇はどこまでも深い。どんなに助けても、犯罪者は次から次へと湧いてくる。そして、南米のコロンビアの危険地帯に単身潜入することになるが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『サウンド・オブ・フリーダム』の感想です。

『サウンド・オブ・フリーダム』感想(ネタバレなし)

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Qアノン陰謀論映画?

この映画は「Qアノン」陰謀論映画か?…その質問に答えるにはあまりに面倒で複雑な背景があるのです…。

何の映画についてかと言えば、こちら、本作『サウンド・オブ・フリーダム』です。

『サウンド・オブ・フリーダム』は本国アメリカで2023年に劇場公開され、大きく話題となりました。実在のアメリカ国土安全保障省の捜査官で、児童人身売買の対策に取り組む「Operation Underground Railroad(O.U.R.)」を設立した“ティム・バラード”という人物を描いた物語です。

公開前は全然話題でもなかったのですが、意外なヒットにともない、本作は「Qアノン」陰謀論に基づいているのでは?と指摘が相次ぎました。

「Qアノン」の基礎についてはドキュメンタリー『Qアノンの正体』を見てもらうとして、Qアノンの定番の陰謀論というのは「大企業やエリート・リベラルたちが裏で性的児童人身売買のネットワークを築いている」というものです。例えば、ピザ・ゲートですね。

まず最初に言っておくと『サウンド・オブ・フリーダム』はその荒唐無稽なQアノンの陰謀論をそのまま映像化しているわけではありませんNewsweek。そういう意味では陰謀論映画ではないと言えます。児童人身売買は事実、本当に世界で起きていることです。

また、本作は2018年に完成しており、企画はもっと前なので、Qアノンが拡大した時期ともズレています。

しかし、『サウンド・オブ・フリーダム』の製作陣の多くは公然とQアノンを支持する者たちQアノンに支えられる保守右派系の人たちで成り立っています。

主題となった“ティム・バラード”はQアノン支持者で、陰謀論もよく吹聴しています。何よりも本作は“ティム・バラード”が企画しているので、ほぼ“ティム・バラード”の自己宣伝映画と言って過言ではありません。

そして本作でティム・バラードを演じる俳優の“ジム・カヴィーゼル”もコテコテのQアノン支持者。製作総指揮の“メル・ギブソン”もすっかりトランプ支持者。製作の“エドゥアルド・ヴェラステーギ”はメキシコで大統領選に出馬しようとし、「メキシコのドナルド・トランプ」を目指している極右。

さらに、本作の監督である“アレハンドロ・モンテベルデ”は、2006年に『Bella』という中絶反対派に称賛された映画を手がけ、2015年に『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』という「その日本描写はどうなんだ」と思わざるを得ない映画を作ったり、保守層から支持を得ています。

加えて本作の制作スタジオである「Angel Studios」は、アメリカによくある典型的なキリスト教映画産業を市場としているところで、他にも同種の映画を量産しています。ちなみにこの「Angel Studios」は個人投資家からおカネを集め、「Pay what you want(PWYW)」…つまり、商品に対しておカネを好きなように払うという方式でビジネスしています。なので今作の大ヒットの内側も他の大衆映画とはだいぶ事情が違っています。この「Angel Studios」は本作以降は極右メディア「Daily Wire」と提携するなど、政治姿勢は明確に偏向していますNewsweek

そんなこんなな座組なので、「Qアノン陰謀論とは無縁です」ともとても言いきれない実態で…

『サウンド・オブ・フリーダム』が大ヒットしたことで、Qアノン陣営はハリウッド大手企業を「woke(ポリコレ)を押し付ける勢力」とみなしているので、「あのハリウッド大手に勝ってやったぞ!」と息巻き、余計にQアノンを惹きつけました。

性的児童人身売買という題材も結局はQアノン陰謀論と接続させるありきになってしまい、結果的に陰謀論を扇動する格好の道具になっていました。

それ以外にも「Operation Underground Railroad」の組織活動の中身にも以前から批判があったことが再注目され、さらには劇場公開後に主人公の“ティム・バラード”について致命的な問題が発覚し…(こちらは後半の感想で)。

とまあ、勝手に活気づいているQアノンはさておき、映画を取り巻く現実社会ではグダグダでした。

『サウンド・オブ・フリーダム』は日本でも劇場公開されることになりましたが、日本の配給はそんな背景について一切触れもしませんですからね…。

ということで観るか観ないかは個人の自由なので、そこは各自で好きにしてください。観たくないけど、内容や題材の問題点を知りたい人はこのまま下に読み進めてみてもいいです。

なお、本作には児童を誘拐する生々しい描写があるので注意しておきます。

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『サウンド・オブ・フリーダム』を観る前のQ&A

✔『サウンド・オブ・フリーダム』の見どころ
★Qアノンと映画の関係をめぐる世相を学ぶ。
✔『サウンド・オブ・フリーダム』の欠点
☆Qアノンに引き込まれる入り口になるリスク。
☆救世主主義に溺れ、被害当事者をおざなりする。

オススメ度のチェック

ひとり 2.0:背景を理解したうえで
友人 1.5:いわくつきの作品なので
恋人 1.5:推奨はしづらい
キッズ 1.0:子どもには不向き
↓ここからネタバレが含まれます↓

『サウンド・オブ・フリーダム』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

2013年、ホンジュラスのテグシガルパ。ロベルト・アギラールとその幼い子であるロシオミゲルは貧しいながらも暮らしていました。

そこに美麗な身だしなみのジゼルという女性が訪ねてきます。ロシオとは市場で出会ったようで、子どもモデルになる才能があると見込んで勧誘しにきたようです。

ロシオはウキウキで、父もそんな子どもの未来のために2人の我が子を写真撮影に連れて行ってあげることにしました。現場は親は入れないようで、ロベルトは2人の子をジゼルに預け、その場を去ります。

その後、夜にまた同じ場所に迎えに行きますが、ドアを叩いても返事はないです。扉を開けると部屋はもぬけの殻。行方不明でした。

ところかわって、カリフォルニア州。アメリカ国土安全保障省の捜査官ティム・バラードは、児童性犯罪に関わった者を逮捕する任務についていました。今日もターゲットの家を特定し、児童ポルノのやりとりを確認した後、突入します。

あまりに精神的に滅入る仕事で同僚は疲弊していましたが、ティムはこの使命に燃えていました。しかし、どんなに大勢の児童性的虐待者を逮捕し起訴しても、さらにどんどん犯罪者は沸いてでてきます。キリがありません。

ティムは家に帰れば、妻と子どもに囲まれた温かい家庭が待っていますが、酷い現実を知ってしまっている今、落ち着くことはできません。

居ても立っても居られず、ある作戦に独断で動くことにします。逮捕した容疑者のもとへ行き、密談し、わざと和やかな雰囲気を演出することで、ティムも児童に性的に興味があると信じ込ませることに成功します。最初は警戒していた容疑者もすっかり騙されたようで、児童の人身売買のネットワークにアクセスする方法を教えてくれます。その後はその容疑者は用済みなのですぐに警察に直行で逮捕させ、次の行動へ。

ティムは上手い具合に人身売買された子どもと面会できる機会を手に入れ、子どもを購入した男を逮捕してみせます。その子の名前はミゲル。後部座席でわけもわからないように縮こまって座っていました。ティムは優しく言葉をかけ、事情を聞きます。

ミゲルは姉ロシオと一緒に誘拐され、コンテナの劣悪な環境で海を渡ったそうです。その狭い空間には他にも大勢の子どもたちが押し込まれていたとのこと。途中でミゲルだけが買われ、姉とは離れ離れになりました。ミゲルは「テディベア」という愛称で扱われ、見知らぬ人に売り渡され…。

空港で父の元に連れて行き、無事に再会を果たすことができましたが、姉のロシオがまだ行方不明であることを知り、ティムは必ず助けてみせると誓いますが…。

この『サウンド・オブ・フリーダム』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/09/27に更新されています。
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これ、ハリウッド映画でよくみるやつでは…

ここから『サウンド・オブ・フリーダム』のネタバレありの感想本文です。

開幕で「BESED ON A TRUE STORY」の文字を堂々と映して始まる『サウンド・オブ・フリーダム』。しかし、大幅に脚色されていますし、それもシリアスな皮を被りつつ、実にハリウッド映画らしいエンターテインメントな定型どおりになっています

例えば、後半は誘拐されたロシオを救うために、主人公のティム・バラードがアマゾンのジャングルの奥地にアジトを構えるコロンビア革命軍(FARC)に単身で潜入するという(流れで殺人にも手を染める)、『ランボー ラスト・ブラッド』みたいなことをやってみせます。

かと思えば、前半はリアルな子どもが誘拐される映像をドキュメンタリー風に挟んで、ショッキングさで観客の心を揺さぶってきます。

同時に、ティム・バラードが涙目を浮かべる演出をくどいほどの顔のアップの多用を駆使し、「こんな可哀想な現実に思わず“男泣き”してしまうのです!」という感じの露骨なナルシシズムを隠すこともしません。留意点としては、これは本当に“男泣き”演出というだけであり、「男らしさを自省する」とか「男性のステレオタイプを反転する」とか、そういう側面は微塵もないということですね。

犯罪者となる側の描写もものすっごくベタで、序盤にでてくる性犯罪男性は小児性愛者のステレオタイプそのまんまな風貌ですし、前半で児童人身売買ネットワークの中枢で仕切っているジゼルという女性なんかは『007』にでてきそうな悪女のコピー品みたいになっています。

要するに『サウンド・オブ・フリーダム』は、ティム・バラードという実在の人物を非常に英雄化する脚色でフルカスタマイズされているんですね。別に組織の活動を描くなら、もっと群像劇にすればいいじゃないですか。一例を挙げるなら、カトリック教会の神父による性的虐待事件を報道した新聞社の実話を描いた『スポットライト 世紀のスクープ』は、被害者の子どもを全然映さず、複数の大人側の群像劇にすることで、誰かを英雄視するわけでもないトーンに落ち着いています。

『サウンド・オブ・フリーダム』は徹頭徹尾、ヒーローであるティム・バラードのワンマンショーになっていました。

本国アメリカでは、「この映画はティム・バラードをヒーローに描くものではなく、最後まで希望を捨てずに助け合った子どもたち。彼らこそ真の英雄です」みたいなティム・バラードの言葉で締めくくられるらしいのですけども、いくらそう言ったところで(というかその発言をティム・バラードがしてしまう時点で)、本作はティム・バラードの株をあげるためのコンテンツなのは否定しようがないと思います。

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救世主は必要ない

そういう英雄化はハリウッド映画ではよくあることだし…と本作特有の欠点でもないとも言いたくもなるのですけど、問題はもっと根本にあって…。

実は題材となったティム・バラードが設立した「Operation Underground Railroad」という組織。この組織の活動自体が、活動をやたらと英雄的なストーリーで盛りまくる傾向にあるとすでに批判されているんですね。他のメディアによる第3者調査によれば、「Operation Underground Railroad」の公表する自身の活動内容は、実際の出来事と大きな隔たりがあり、神話を築き上げることに注力していると分析されていますThe Mary Sue

そんなティム・バラードがこの映画を企画しているのですから、これはもう意図的にそれまでの「Operation Underground Railroad」の英雄的物語の製造の延長線になるのだろうと察しはつきます。

映画になったことでより「manipulative(操作的)」な効果が強調されました。

こうした児童人身売買に対抗する活動における救世主主義。それを問題視する業界の有識者の声も紹介しましょう。

人身売買の被害者であり、反“人身売買”の活動をしてもいる“ローラ・ルムーン”は、「人身売買と闘っていると自称するアメリカを拠点とする非営利団体にはいくつか大きな問題があり、その最大の問題のひとつは、こうした団体の大半が、人身売買や性売買を経験したことのない人々によって率いられていることです」と述べていますProgressive.org

この『サウンド・オブ・フリーダム』もご多分に漏れず、「有色人種や発展途上国の“モノ言えぬ”か弱き人々」を救ってやっている…という白人救世主の図式だけで成り立っています。それが男性中心に成り立っていれば当然パターナリズム的です。

日本でも、東京の都心で家にいられない主に女子など未成年支援活動をしていた慈善団体がミソジニーなハラスメントで活動しづらい状況に追い込まれた後、その代わりに都主導の若者向け相談施設が登場しましたが、あろうことかその施設内で少女に性的加害行為をしたとして2024年に逮捕者がでました東京新聞。これも当事者(もしくはそれに近い主体者)による支援活動の重要性を軽視した結果の失態でしょう。

『サウンド・オブ・フリーダム』のエンディングではティム・バラードの輝かしい実績が説明されますが、そのティム・バラードが2023年に「Operation Underground Railroad」のCEOを解任されたという事実には言及していませんでした。

その理由はすぐに暴露されました。「Operation Underground Railroad」の組織活動内にてティム・バラードによってセクシュアル・ハラスメント、マインドコントロール、グルーミングなどの被害を受けたと複数の女性が告発をしていたのです。ティム・バラードを加害者とする性的加害行為の告発は2024年も続いています。

この現実を知ってしまうと、本作の「manipulative(操作的)」な効果も別の醜悪さに思えてきますが…。

『サウンド・オブ・フリーダム』はひとりの性加害者を「英雄」にして世間を誤魔化すための策略だったのでしょうか。映画という産業はインディーズの現場でも性加害の正当化にまたしても加担してしまった…そんな悪例を重ねただけなのでしょうか。

そう考えるとこの映画は「Qアノン陰謀論映画か?」なんて疑念以前の深刻な問題です。

児童への性的加害は世界中いたるところで起きています。家庭や職場…まずはそんな身近な場所にこそ目を向け、自身を救世主と自惚れることなく、当事者主体で解消に取り組む。それを忘れないようにしたいものです。

『サウンド・オブ・フリーダム』
シネマンドレイクの個人的評価
1.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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関連作品紹介

児童への性的加害の実態を主題にしたドキュメンタリーの感想記事です。

・『アメリカボーイスカウトの闇』

作品ポスター・画像 (C)2023 SOUND OF FREEDOM MOVIE LLC ALL RIGHTS RESERVED サウンドオブフリーダム

以上、『サウンド・オブ・フリーダム』の感想でした。

Sound of Freedom (2024) [Japanese Review] 『サウンド・オブ・フリーダム』考察・評価レビュー
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