と先生は言いたくない…ドキュメンタリー映画『プーチンの愛国教室』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:デンマーク・チェコ(2025年)
日本公開日:2026年10月3日
監督:デヴィッド・ボレンスタイン、パヴェル・タランキン
恋愛描写
ぷーちんのあいこくきょうしつ

『プーチンの愛国教室』簡単紹介
『プーチンの愛国教室』感想(ネタバレなし)
日本の愛国教室
多くのお金と労力をかけて、自衛隊が能力を高めているのは、戦争をしたいからではありません。他の国に「日本を攻撃するのはやめておこう」と思わせ、戦争が起きないようにすることが、自衛隊にとっての一番の勝利なのです。「抑止力」が大切です。アメリカと一緒に「攻撃を思いとどまらせる力」「攻撃に立ち向かう力」を強くする。これがみなさんの命と平和な暮らしを守るための方法です。
これは防衛省が作成して日本の小学校に配布した冊子『はじめての防衛白書』から抜粋した文章です。低年齢の子どもにもわかりやすい文体で書かれています。また、2026年版の『防衛白書』も、アニメみたいなデザインの表紙が話題になりました(朝日新聞)。小泉進次郎防衛相は2026年版の子ども向け冊子を小中高へと拡大して配布する方針を示しています(東京新聞)。
その内容は一見するともっともらしいことを述べていますが、それこそ軍事的レトリックとしてよくある語り口です。政府は国民に「自国の軍隊は平和のために存在し、その行動は正当なものだ」と、常に言い聞かせます。親しみやすい振る舞いで、「愛国心を押し付けません。自然に芽生えますよ」とにこやかな笑顔で…。
子どもの頃から「教育」の中で触れさせれば、国家の政治姿勢を何の疑いもなくそのまま従順に根付かせることができる…。
これは日本に限らず、多くの国々で大なり小なり行われていることなのですが、軍国主義に基づく愛国教育を客観視するのは難しいです。
今回紹介するドキュメンタリー映画は、日本人にとっては「人のふり見て我がふり直せ」ではないですけど、何か今の日本に対する警鐘になるのではないでしょうか。
それが本作『プーチンの愛国教室』。
本作はタイトルにもあるとおり、すでに14年以上にわたってロシアの大統領の座に君臨し、事実上、独裁的な権力を発揮している“ウラジーミル・プーチン”政権下において、とくに2022年のウクライナ侵攻以降、ロシアの田舎町の小学校で行われるようになった「愛国教育」の実態を記録したものです。
日本でも『教育と愛国』というドキュメンタリーがあり、あちらは日本の教科書や初等中等教育といった教育現場が政治介入を受ける実態をまとめたものでした。
『プーチンの愛国教室』はそのロシア版といった感じですが、ひとりの教師の記録映像を土台にしているところがこの作品の特徴です。それこそ学校の授業やイベントの風景に関する記録映像と変わりません。しかし、そこにはしっかり愛国教育が滲み出ている…。
この『プーチンの愛国教室』の制作の素材となる映像を撮ったのは、“パヴェル・タランキン”という本当にただの平凡な教師で、勤務する学校で愛国教育が拡大していくことに危機感を持ち、それを撮影。その映像をデンマークのコペンハーゲンを拠点に活動している“デヴィッド・ボレンスタイン”に送り、共同製作して、2025年に完成となりました。
『プーチンの愛国教室』は国際的に高い評価を受け、2026年の第98回アカデミー賞にて長編ドキュメンタリー賞を受賞。
一方で、当のロシア政府はこのドキュメンタリー映画に反発。「過激主義とテロリズムを宣伝している」、「反戦的で、現政権に対する否定的な態度を示している」、「親の同意なしに未成年者を映している」と主張し、ロシア国内の配給を禁止する検閲を行いました。
日本でこの『プーチンの愛国教室』を観るときは、このドキュメンタリー映画の光景をどれくらい自国と重ねるかで感想は変わってくるでしょう。その感想の差異こそ、愛国教育の影響力なのかもしれませんが…。
『プーチンの愛国教室』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 内容が政治的なので、保護者のサポートが必要かもしれません。 |
『プーチンの愛国教室』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『プーチンの愛国教室』のネタバレありの感想本文です。
教師の責任
『プーチンの愛国教室』は、たったひとりの教師による記録映像でしかありません。
“パヴェル・タランキン”は、本当にただの田舎の先生です。どこにでもいそうな凡人。当然ながらロシア政府の脅威になるような人間ではありません。機密だって知らないからスパイになりようもないし…。
一応、“パヴェル・タランキン”本人の政治信条としては自由主義と民主主義を信じており、2022年のウクライナ侵攻以降、反戦を意味する「白青白旗」を掲げたり、自分ができるささやかなことをしています。でもそれ自体、小さな小さな行為でしかない…。巨大な抗議運動のネットワークを持っているわけでもないですからね。ロシア・ウラル山脈のふもとにある小さな田舎町カラバシュでできる大仰なことはとくにないです。
じゃあ、そんなただの教師がなぜこのドキュメンタリー映画の中心でいられるのか。
皮肉なことに、その理由を作中で他ならぬプーチン大統領がビデオで説明しています。
「戦争に勝つのは指揮官ではない。教師だ」と、愛国的なカリキュラムの映像の中でプーチン大統領が語っている場面。これは教師という職業の人間は国家に大きな貢献をしているということをプーチン大統領は言いたいのでしょうけど、裏を返せば、それだけ責任があるということです。
要するに、教師が愛国教育に加担するということは、今この自分の目の前にいるたくさんの子どもたちを将来は兵士になる道に導き、そしてその子たちは戦場で命を落とすのだ、と。
それを“パヴェル・タランキン”はよ~く理解しています。彼の抱える教師としての責任の苦悩が、このドキュメンタリー映画には充満していました。
そこで“パヴェル・タランキン”の意外な抵抗手段となるのが記録撮影で…。
強調しておきますけど、この映像撮影はロシア政府が命じたものであり(愛国教育の進捗の証拠として映像を提出する必要があるらしい)、“パヴェル・タランキン”はちゃんと政府の言うとおりに仕事しています。むしろ模範的なくらいです。映像をとるにあたって、子どもたちの保護者にも同意の書類を書いてもらっています。基本的に無断で隠し撮りなんてしていません。
“パヴェル・タランキン”もみるかぎり、どうやら子どもたちに好かれる先生のようで、強面ではない人懐っこい感じのする先生っぽいです。お茶目に地元愛を語り、子どもに交じって無邪気にハシャぐ姿は呑気ですらあります。だから子どもたちの素の姿がよく撮れています。
しかし、そんな日常の記録映像の中ですら現場の愛国教育は滲み出ます。溶け込んでいるようで、逆に異質さが際立つ…。
勇ましい軍事映像が当たり前のように校舎で流され、軍人のように行進させ、銃の使い方を教え…。そして「自国はスゴイ!(他国は劣っている)」という印象を吹聴する…。
興味深いのは、それら愛国教育の姿を撮ることは、国内では「宣伝」になり、片や国外に持ち込めば「子どもたちへのマインドコントロール」を告発する材料にもなるということです。
“パヴェル・タランキン”は無力な教師にもできるカウンターをやってみせたという点で注目できると思いますし、これは抵抗のやりかたとして参考にもなりますね。
子どもの葛藤、そして異なる他者へ
『プーチンの愛国教室』は“パヴェル・タランキン”のナレーションで進行するので、非常にプライベートな心情が綴られますが、“パヴェル・タランキン”だけの感情ありきではありません。
被写体となる子どもたちにも寄り添います。
子ども好きと思われる“パヴェル・タランキン”は、子どもを咎めたり、非難することもなく、学校でのそのままの子どもたちを映します。
もちろん愛国教育と言ってもいろいろで、教室で大人が何か小難しそうな話をしているなという反応の子たちもいれば、遊びの延長で無邪気に模擬銃を向けてくる子もいます。その愛国教育への受け取りかたもさまざまで、正直、よくわかっていない子が大半でしょう。
そのよくわかっていないままに兵士として戦場に行ってしまうのがね…。
しかし、中には大人には素直にこのモヤモヤを言語化できずに悩んでいると推察される子もカメラの前にいます。作中ではとくにある子が印象的に映りますが、根掘り葉掘り聞きだすこともなく、寄り添うしかできない。その限界がまた悲しくもありますね。
そして、ある葬儀に繋がるわけですが…。このシーンはさすがに画面が真っ暗で音声だけなのですが、その演出もあって余計に悲痛さが際立ちます。
また、“パヴェル・タランキン”の同僚の先生の中では、明らかに右派的なプーチン政権を支持する人もいます。あの歴史教師なんか、だいぶ「おいおい、それ、教師の倫理観としてアウトすぎないか」っていう発言をするくらいです。
でも職場内での政治的緊張感を素直に映しつつ、この作品はそういう同僚を安易に悪者にしません。
本作が伝える大切なことは、どういう政治信条であれ、みんな人間だということ。プロパガンダに晒される子どもたちも、先生も。プーチン支持派のあの先生だって、卒業式で涙を流すのです。それも紛れもない事実です。
インターネットのSNSで喧々諤々と政治論争ばかりしていると、相手が人並みの人間だというを忘れてしまいそうになりますが、本作はその事実を何よりも大事にしていました。
本作は“パヴェル・タランキン”も「卒業」するという出来事で学校を舞台にした記録は終わります。国家反逆者として事実上の国外追放を言い渡され、今はヨーロッパに住んでいる“パヴェル・タランキン”。その一方、どこかの戦場に兵として立っているであろう教え子たち。
この対比が残酷に余韻として残ります。
ロシアだけの愛国教室ではなく…
『プーチンの愛国教室』を鑑賞して、気をつけたいのは、ロシアを敵国とみなしている国々側の観客が「ロシアって怖いね…」という感想で終わってしまわないかということ。
やはりここで映し出される愛国教育はどこの国でも起きているという自覚をどれくらい持っているかですよね。「ロシアの教育はヤバい、うちの国は健全」なんて二重基準を内面化しているなら、それこそ愛国教育の思うツボ。
近頃の日本も学校教育の現場はますます政治権力の都合のいいかたちに染まっています。
以前からあった国歌斉唱の強要だけでなく、反戦を政治的中立ではないとして排除する動き、自衛隊の活動の賞賛…。そこに子どもたちが日頃触れるSNSや動画サービスには威勢のいい扇動が溢れかえり、既存の大手メディアは政治に忖度した報道にとどまる…。
権威主義・軍国主義が加速し、学校どころか社会やネット空間、もっと言えば国そのものが「愛国教育」と化している今。私たち大人は子どもに何を教えるべきか。
権力に従順になるな、倫理を失うな…たった2つのことを教えるのも極めて困難な世の中ですが、まだ卒業するには早いなと思います。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『プーチンの愛国教室』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o. ミスター・ノーバディ・アゲインスト・プーチン
Mr. Nobody Against Putin (2025) [Japanese Review] 『プーチンの愛国教室』考察・評価レビュー
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