その行為はダメです…映画『箱の中の羊』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2026年)
日本公開日:2026年5月29日
監督:是枝裕和
児童虐待描写
はこのなかのひつじ

『箱の中の羊』物語 簡単紹介
『箱の中の羊』感想(ネタバレなし)
是枝裕和製のグリーフボット映画
「デッドボット(deadbot)」もしくは「グリーフボット(griefbot)」という言葉をご存じですか?
これは亡くなった人を人工知能(AI)を駆使してデジタルアバターとして疑似的に再現したものを指します。チャットボット、音声アシスタント、キャラクター化、はたまたロボットなど、さまざまな形態があります。AIの技術発達によって、デッドボット(グリーフボット)はどんどん身近なものになりつつあります。
一方で、この行為に関しては賛否が激しく分かれています。この世を去った著名人を商業目的で利用することは故人の尊厳に深く関わり、近年は故人の人権も議論され始めています。死別に苦しむ人に癒しをもたらす可能性もありますが、同時に現実を否定し、心を閉じてしまうリスクも指摘されています。AIと人間が親密な関係を構築することは「アーティフィシャル・インティマシー(artificial intimacy)」と呼びますが、これは長期的に人間の心理や社会性にどんな影響をもたらすのか、その分析は乏しいです。2024年のドキュメンタリー映画『亡き人と話せたら AIがひらく危うい世界』(Eternal You)でもその問題は整理されています。
そんなデッドボット(グリーフボット)を描く映像作品も今後増えていくのは間違いないでしょう。これまでだと、アンソロジードラマ『ブラック・ミラー』シーズン2の第1話「ずっと側にいて」などがありました。
そして2026年、日本からあの世界的な名声を獲得した“是枝裕和”監督がこのテーマに手をつけました。
それが本作『箱の中の羊』。
今作は“是枝裕和”が監督だけでなく脚本も務めており、完全に“是枝裕和”オリジナルのようです。
物語は、そう遠くない未来の日本にて、とある夫婦のもとに、亡くなった息子の姿を精巧に再現した子ども型ヒューマノイドがやってきて、一緒に暮らし始める…という家族モノ。“是枝裕和”監督のお得意の「子ども」を軸にした家族・ストーリーであり、今回は多少のSF的な要素は土台にありますが、基本的にはいつもの“是枝裕和”監督作のトーンで変わりません。
2026年は他に『ルックバック』も制作していて、“是枝裕和”監督作の映画が2本もある1年となりました。『箱の中の羊』のほうは、カンヌ国際映画祭のコンペティションにも出品されましたが、無冠に終わっています。
『箱の中の羊』で主演するのは、『海街diary』の“綾瀬はるか”、そしてお笑いコンビ「千鳥」の“大悟”。私は日本のお笑いは全然知らないのですが、“大悟”は映画初主演だそうですけど、“是枝裕和”監督はキャスティングの調和はじっくり練って実行する人ですし、今回も“綾瀬はるか”との雰囲気は合っていたと思います。
物語の要となるヒューマノイドを演じるのは、オーディションで抜擢された“桒木里夢”。相変わらず子役を扱う才能は抜群に高いですね。
デッドボット(グリーフボット)を描く映画に興味があるなら『箱の中の羊』もその代表的事例となってくるでしょう。
『箱の中の羊』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 児童誘拐を示唆するシーンが一部にあります。 |
| キッズ | 子どもでも観れないことはないです。 |
『箱の中の羊』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
遠くない未来。青空の下、ドローンが箱を運んでおり、その下では平凡な住宅地の穏やかな日常がありました。一軒のモダンな家の玄関先の駐車場あたりに配送ドローンが着地し、ひとりの女性がその荷物を家に運びます。
この家に住んでいるのは、建築家の甲本音々とその夫で工務店の2代目社長を務める甲本健介。音々は庭でオセロと名づけている猫を呼びますが、もう1週間も姿をみせていません。一方の健介はリビングで食事を済まし、仕事に出かけてしまいます。
残された音々は荷物を開けると、そこにはハート型の端末があり、浮かび上がる文字と音声メッセージが流れます。「RE birth」という企業のものでした。
それを手に、家具の上に飾ってある子どもの写真を手に取ります。その子は2年前に7歳のときに亡くした息子の翔でした。
その後、音々は外へ繰り出し、電動キックボードで街中を颯爽と進み、引率ロボットの後ろをついていく登校児童に道を譲りつつ、今度建設予定の土地へ向かいます。坂ですが、見晴らしの良い場所です。住人の要望を聞きながら、詳細なデザインを検討します。その住人の男女は片方の母と住むつもりのようです。
その夜、「RE birth」の話を健介とします。葬式のときにもその企業の関係者がいたのですが、今日、突然この荷物が届いたのです。
息子の翔が亡くなったことを世間は完全に認知もせず、平穏に時が流れていることにどうも心が落ち着かない音々。対する健介は「自分たちが覚えていればそれでいい」と達観しています。
結局、音々と健介は「RE birth」本社に話を聞いてみることにしました。
事件や事故で大切な家族を亡くしたかたを対象に、無償でヒューマノイドをレンタルするサービスを行っているようです。「我が社のヒューマノイドは最新の生成AIとロボット工学によって実現した奇跡です」とPR映像では宣伝されています。生前の姿のままで蘇り、死別に苦しむ家族に寄り添うことを謳うその映像に、健介は「なんか霊感商法みたい」と呟きますが、音々はすっかり涙を流していました。
その建物内で食事しながら「人の不幸って儲かるんだな」と皮肉っぽく口にする健介に、「そういうのやめて」と真面目な顔で不快そうに制止する音々。
そこに他の家庭のヒューマノイドの子どもがふらっとやってきます。そのヒューマノイドを迎えた女性は随分と幸せそうでした。全くロボットには見えませんでした。
家に帰り、子ども部屋で思い出の写真を振り返ります。2人はヒューマノイドを迎えることに決めました。
そして、ついにその日が…。

ここから『箱の中の羊』のネタバレありの感想本文です。
過去の是枝裕和監督作品を部品にして
『箱の中の羊』はヒューマノイドという最大のSFの要素は一旦置いておくとして、その大部分は“是枝裕和”監督が過去作で積み重ねてきたことの集合体です。
物語で大きく描かれるメインのひとつは、甲本音々と甲本健介という夫婦の間での考えかたのすれ違いです。“是枝裕和”監督はこれまでも『そして父になる』(2013年)や『海よりもまだ深く』(2016年)などで夫婦の関係性を描いてきたので、これも手慣れたものです。
そしてその甲本音々と甲本健介の夫婦の亀裂となるのが、息子の翔の死。本作は死別に対して、それをどう受け止め、その受け止めかたに差異があるかを丁寧に描いています。映画全体を通して喪に服すような厳かな流れは、“是枝裕和”監督の劇場デビュー作『幻の光』(1995年)を思い出しますし、家族の死を経ながら時が流れていく感じは『歩いても 歩いても』(2008年)と似ています。
今回の「死」については、甲本音々の場合は単純に「子の喪失感で感傷的になる母親」であり、正直、ちょっと母親像としては一面的でステレオタイプな感じは否めません。“綾瀬はるか”の演技が下手というわけじゃないのですが、あの家族において甲本音々がどういう母親だったのかという多面的なリアルがあまり説得力ある感じではなかったかな、と。甲本音々は精神的に滅入っているはずですが、“是枝裕和”監督はそういうときに精神疾患寄りではなくセンチメンタル風に描きがちなんですよね。
甲本音々は中盤でヒューマノイドを感情的に追い出そうとしてしまうので、決して「良き母」どまりではない女性を滲ませているとも言えなくもないですが…。甲本音々の姉妹(妹は養子を迎えている)が揃ってくるパートは、『海街diary』(2015年)っぽく傾くのですが、そこはあまり掘り下げられずに終わるし…。
一方の甲本健介は息子の翔の死を児童誘拐によるものだと考えていることがしだいにわかります。警察も事故として処理しており、おそらく甲本健介による「そうであってほしい」という思い込みなのでしょうけど、それでも「裏に残忍な事件が?」と匂わせる不吉さは、『三度目の殺人』(2017年)みたいなサスペンスの予感を一瞬みせますが、そういう方向にはいきません。
この甲本健介の危うい感じはすごく上手く映し出されていたなと思いました。とくにヒューマノイドを「息子の真相を解き明かすアイテム」として認識していたことがわかる後半。「たまごっち」だ「ルンバ」だと皮肉を言っていた序盤は単なるテクノロジー嫌いやAI嫌いと解釈できるシンプルな人物像ですけども、この後半の転換で実はある意味では最もテクノロジーを私的に利用する意欲があることが判明する…。
そんな中、ヒューマノイド版の翔の視点でも物語は進み、謎のヒューマノイドのリーダーに導かれ、他のヒューマノイドの子たちや家に居場所がない人間の子まで含め、集団生活を築き始めます。このへんは、『誰も知らない』(2004年)や『奇跡』(2011年)といった“是枝裕和”監督のこれまた十八番な子どもたちの生存ストーリーであり、社会が認識していない片隅で密かに形作られる疑似的な家族という点では、『万引き家族』(2018年)とも重なります(事実上、子どものヒューマノイドを盗んでいますからね)。
こうやって振り返ると、本当に『箱の中の羊』は“是枝裕和”監督作品をパーツにして組み上げられたロボットみたいな映画だったのかもしれません。
契約を終了しましょう
では今度は『箱の中の羊』のSF要素であるヒューマノイド・ロボット(アンドロイド)をみていくことにすると、本作は作中にも言及されるとおり、タイトルが小説『星の王子さま』に由来しており、この映画自体もどことなく寓話的になっています。
なのであまりSFとしての精密な作りにはなっていません。硬派なSFのリアリティを期待すると肩透かしを食らうのは確実でしょう。
ただ、そのわりには冒頭はいかにも「SF的な近未来日本の風景」を自然に描くことに徹しているのですけどね。宅配ドローンも飛んで、児童引率ロボットもいて、AIアシスタントが仕事をサポートして…。なんか電通とかが制作する「日本の素晴らしいテクノロジーの未来」PR動画みたいだった…。
そしてヒューマノイドを提供する「RE birth」というオオミズアオをロゴにする企業(たぶん日本企業)がでてくるのですが、序盤で甲本健介が嫌味っぽく不信感たらたらなコメントをしていましたけど、その後にこの企業が物語に深く関わることはありません。ヒューマノイドを修理するくだりくらいです。そこで「(このヒューマノイドに)心はない」と言い放っているので、描きかたとしてはだいぶ冷たい企業にはなっていますが、企業倫理とかそれ以上は一切不問で放置されます。
これが『攻殻機動隊』だったら、あの企業に乗り込んで、全部のヒューマノイドを解放しているんですけどね…。私もてっきりあのヒューマノイド版の翔を導くリーダーは、そういうプロテストを目的にしているのかと思ったけど、全然大人しい無難なことしかしなかった…。
『箱の中の羊』の世界観のヒューマノイドは観客には全くよくわからない代物です。全国に3000人いて、でも主人公らも知らないぐらいに報じられていない存在らしく、技術的なことは一切曖昧(生成AIだと言ってたけど、生成AIに自我を芽生える話をしたいのか? 単に作り手が生成AIを超知能だと勘違いしているのか?)。超高級製品だろうに、管理体制はテキトーで、普通に捨てられているし、情報漏洩とかどうなっているんだろうとか、考え出すとキリがないです。
要するにプロット上で都合がいい存在なのであり、あくまでヒューマノイドたちはアイコンにすぎません。これは“是枝裕和”監督が同じく自意識を持つ人間型の無生物としてダッチワイフ(ラブドール)を描いた『空気人形』(2009年)のアプローチと同一。
『アフター・ヤン』みたいにもうちょっとリアリティがあると良かったけど、ヒューマノイド版の翔が木材を合わせた建築論を語りだしているのをみたら、「ああ、完全にそっちか…」と私も諦めました。
でも個人的に「さすがにこれは…」とガッカリだったのはエンディングですね。
感傷的なトーンがどんどん高まる中、ラストはヒューマノイド版の翔は新たな仲間と「新しい家」を建築する構想を、ユーザーである両親に話し、協力を得て実行に移します。
『怪物』でもそうだったけど、自然の中に自分なりの住処を作る行為を美的に描きがちだな、“是枝裕和”監督。
そんな“テレンス・マリック”風の自然主義に回帰するのは別にいいのですけど、いくらなんでも何もかも全部放り投げるエンドすぎやしないか…。
“良きこと”みたいに描いているけど、全然“良くない”ぞ…。なんかこう…「悲しみを紛らわすためにアカミミガメを飼い始めたけど、飼いきれなくなったからこのアカミミガメは自然に帰そう! 大きく育つんだぞ」…みたいなノリになってるよ…。これを親離れとして重ねるのは筋違いじゃないか…(作中の野良猫だって自然にはよろしくはない存在なのに)。
ポストアポカリプスの世界だったらいいのだけど、現実の日本でこれをやっても…。自然発電とかしてみてたけど、普通に自然破壊行為だろう…。違法建築だよ…。
ということで全く気分が乗れないエンディングでした。
“是枝裕和”監督は、自身の創作スタイルが固定化しすぎており、案外と柔軟性がないなとあらためて思いました。もともと得意なテーマは上手いけど、変に今っぽい要素や掴み切れていない表象を取り入れると途端に下手になるというか…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
是枝裕和監督作の映画の感想記事です。
・『ベイビー・ブローカー』
・『真実』
・『万引き家族』
以上、『箱の中の羊』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro
Sheep in the Box (2026) [Japanese Review] 『箱の中の羊』考察・評価レビュー
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