そんな人もいる…ドキュメンタリー映画『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス(2023年)
日本公開日:2024年11月30日
監督:エキエム・バルビエ、ギレム・コース、クエンティン・ヘルグアルク
にっつあいらんど
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』簡単紹介
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』感想(ネタバレなし)
ゲームの世界を取材する
あなたは何かオンラインゲームをしていますか?
最近はすっかりスマホのゲームが主流になり、気軽にオンラインゲームに触れられます。また、ゲーミングに特化したパソコンでプレイしている人も中にはいます。ゲームのスタイルは幅が上がり、各個人の生活にフィットしやすくなりました。
ではオンラインゲームにどれくらい時間を費やしているでしょうか。
消費者庁によれば、2022年の調査では、平日で1時間から2時間未満のオンラインゲーム・プレイ時間が最も多く(29%)で、休日はもう少しプレイ時間が増える傾向にあります。
仮に1日1時間と考えましょう。1年で365時間です。つまり、約15日を丸々投じるのと同じことです。そうやって考えると、ちょっとゲームしているつもりでも、かなり人生を捧げていることになります。
なんかあれですね。「私は1日で1時間くらいしかゲームしませんよ」と言うとたいしたことのないように思えるのに、「1年で365時間はゲームしてます」と言うとヘビープレイヤーに思えてくる…。数字の印象操作…。
でもドキュメンタリーを作るためにわざわざ何百時間もひとつのオンラインゲームをプレイした人はなかなかいないのではないでしょうか。
そうやって製作された映画が本作『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』です。
原題は「Knit’s Island」。日本では「山形国際ドキュメンタリー映画祭2023」で扱われた際は邦題が「ニッツ・アイランド」となり、2024年11月に劇場公開されました。
このドキュメンタリーは一風変わっていて、ある実在のオンラインゲームのプレイヤーをドキュメンタリー作家が取材しているのですが、ゲーム内で取材しているのです。
要するに、ドキュメンタリー作家の人もゲームをプレイしており、その操作キャラクターでワールドを歩き回り、取材対象を探して、音声対話でインタビューしています。現実社会で取材して得たような素材は使っていません。
そのプレイの光景をそのまま映像として繋ぎ合わせてひとつのドキュメンタリー映画にしているのです。
なのでほぼ全編ゲームプレイ画面となっています。ユーザーインターフェースは表示させていませんが、完全にゲームプレイ動画を観ているような気分です。
しかし、ここがこのドキュメンタリー監督たちの上手いところなのですが、まるで現実世界で映像を撮っているようなカメラワークや演出で構成しており、一瞬「あれ、これゲームだったよな」と混乱させる感触があったりします。
『ニッツ・アイランド』を監督したのは、“エキエム・バルビエ”、“ギレム・コース”、“クエンティン・ヘルグアルク”のフランス人の3人。
このトリオは2017年に『Marlowe Drive』という30分くらいの短編映画を製作しており、こちらもゲーム内の映像だけで作り上げていました。その発展版が今回の『ニッツ・アイランド』ですね。だからなのかゲーム内で撮るのが手慣れている感じはあります。
『Marlowe Drive』のときは『グランド・セフト・オートV(GTA V)』というゲームの世界を舞台にしており、架空の都市で犯罪でも何でもできてしまうというかなり暴力的なゲームでした。
今回の『ニッツ・アイランド』も『DayZ』という暴力的なゲームなのですけど、ゲームのジャンルは少し変わっており、まあ、どんなゲームなのかは本作を観ればわかります。知らなくても何も問題はありません。
デジタルなバーチャル空間だけで構成されたドキュメンタリーと言えば、最近も『バーチャルで出会った僕ら』が印象的でした。
しかし、本作『ニッツ・アイランド』はオンラインゲームで、VRプラットフォームのメタバースではありませんし、だいぶ毛色が違います。
そこに根付くプレイヤーの姿を映し出すという点では一緒ですけどね。『イベリン: 彼が生きた証』のようなゲーム内の人間関係を、この『ニッツ・アイランド』は感動とかはさておき現地取材風にしているのがまたシュールかつユーモラスなのです。
オンラインゲームにそもそも全然触れたことがない人は映像自体が新鮮でしょうし、よくプレイしていますという人もこういうアプローチでゲームの世界を掘り起こすのは珍しいと思います。
あっと驚くド派手な展開もないです。風景映像の合間にじっくりとコミュニケーションを続けていく姿を描く、本当にただそれだけです。
それでもこういうオンラインゲームの世間的にはあまり認知されていない側面を浮きだたせてくれるのは希少です。ゲームの宣伝をするにしても、こんな見せ方はしませんから。「ゲームってこんなふうに人間の人生に組み込まれていくこともあるんだな…」と感慨深かったり…。
注意点として、ゲーム特有の一人称視点の映像が少しあるので、映像酔いしやすい人は酔うかもしれません。
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 子どもには退屈かも。ゲーム内の暴力描写があります。 |
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』予告動画
『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』感想/考察(ネタバレあり)
「DayZ」の世界
ここから『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』のネタバレありの感想本文です。
『ニッツ・アイランド』で主題となっているゲームは『DayZ』です。
チェコの「Bohemia Interactive Studio」が開発したゲームで、2018年に正式リリースされ(2013年に早期リリース)、今はマルチプラットフォームで展開し、そこまでプレイする敷居が高いわけでもありません。
オープンワールドのサバイバルゲームとなっており、舞台は架空の元ソビエト連邦構成国の地域のどこかで、謎の疫病で人類がゾンビ化してしまったポストアポカリプス。そんな文明経済が崩壊した世界で、わずかに生き残った人間としてプレイヤーはサバイブしていくことになります。
このオープンワールドというのは、ゲームをよく知らない人には聞きなれない用語だと思いますが、要するに「広大な世界となるフィールドマップが用意されており、プレイヤーが操作するキャラクターがそのワールドを自由に行き来できる」というゲーム体験を差します。基本的にマップ移動時の画面切り替えなどが挟まないので、まるで本当にその世界にいるような感覚に浸れます。
プレイヤーはここで生き残らなければいけません。体力もありますし、怪我や病気もあります。自分で食料を調達し(農業や狩猟をするなど)、武器を手に入れ、どこに住むかを決め、行動します。ひとりで生き延びようとしてもいいですし、グループを作ってもいいです。他のプレイヤーは敵にも協力者にもなりえます。
これはサバイバルゲームと呼ばれる他の多くの作品と似たような特徴です。サバイバルゲームを大普及させたのは『Minecraft(マインクラフト)』だと言われていますが、そちらが子どもでも楽しめるデフォルメされたビジュアルで親しみやすさがあったのに対し、この『DayZ』が完全にいわゆる「暴力的」と単純に評されるような内容です。
『DayZ』はこのジャンルの主要タイトルですが、正直、決してゲーム批評家の間で傑作と絶賛されているほどでもありません。
というか、このジャンルのゲームは、基本的に単調です。サバイバルをするというのはスリルあるようで、実際のところ生存に特化するとルーチンワーク化します。「あれをして、これをして、次にそれをして…」とやることを繰り返すだけになってしまいます。
なので、たいていの人は少し触ってもしばらくすれば飽きて離れていくものです。
しかし、ほんの一部の人はドハマりする。しかも、このゲームだけに人生の多くを捧げるほどに…。作中で映るプレイヤーの中には1万時間を軽く超えるくらい、このゲームに投じている人もいます。こうしたヘビーゲーマーにゲームは支えられています。同時にプレイヤーもまたゲームに支えられていて…。
本作が取材しているのはそういう人生の一部をこの世界で生きると決めたプレイヤーたちです。
ゲームの”中”で取材する
『ニッツ・アイランド』は取材方法が面白いです。前述したとおり、ドキュメンタリー作家の人もゲームをプレイしており、その操作キャラクター(アバター)でワールドをあちこち歩き回り、取材対象を探して交渉し、ゲーム内の音声対話でインタビューしていきます。全てがゲーム内で完結しているわけです。
冒頭から3人の操作キャラクターが荒廃した殺風景なフィールドをテクテクと歩いているところから始まります。実際はカメラ担当の人もいるので、取材班は画面に映る以上に人数がいます。
その光景は本当に見慣れぬ土地で突撃取材しているみたいです。まるで紛争地帯を駆ける戦場ジャーナリストのような…。
それもあたらずといえども遠からずで、この世界、本当にプレイヤー・キャラクターはいつどこで襲われてもおかしくないです。フィールド内では多くのプレイヤーが殺し合いをしていますから。取材班も例外なくターゲットになります。取材班のひとりが「PRESS」と書いた防弾チョッキみたいなのを装備しているのが、どことなくシュールなんですが…。
あるシーンでは、攻撃するプレイヤーに遭遇し、「撃たないで!」とこちらをアピールするも銃弾を撃ち込まれる緊迫した瞬間が映ります。現在だったら一巻の終わり。ここで命はジ・エンド。
でもこれはゲーム。この世界での「死ぬこと」は小さな失敗や挫折のようなものに過ぎず、またプレイが再開されます。
一方で、このゲームはサバイバルがメインなので、単純な「殺すor殺される」だけでなく、食糧確保などの生存もしないといけません。取材班も装備を整え(現実の取材班なら所持しないであろうアサルトライフルを背負ったり)、作物を育てたり、取材以外のやらなければならないことがいくつも生じます。面倒です。
その一連の過程を、本作は本当に撮っているようなカメラワークで、じっくり映像を流します。ときおり揺れる荒い草木のオブジェクトや、ぎこちなく動く牛を映したりしながら…。建物や森を捉える映像なんかはかなり写実的に見えます。作り込んだ製作スタッフも浮かばれるでしょうね。
このリアルなんだかフィクションなんだかわからない、極めて曖昧な境界を行き来している感覚がこのドキュメンタリー独自の不思議な味わいになっていました。
ゲームを”外”から取材するほうがいくらでもできますし、簡単ですし、客観的なのですけども、ゲームの”中”で取材するという試みはこうも奥深くなるとは…。「ゲーム、プレイしてるだけでしょ?」とバカにはできません。
”中”からゲームをみると…
『ニッツ・アイランド』の取材班は963時間もプレイしたそうですが、それもこのゲームの熟練のプレイヤーからすれば、まだまだひよっこ。
このゲームに莫大な時間を投じている人たちは別格で、別次元の感覚を持ち合わせています。
留意したいのは、このゲームはそんなにコミュニケーションに特化した空間ではないということ。VRプラットフォームみたいなコミュニケーションをメインで楽しむサービスではありませんし、オンラインでコミュニケーションがしたいならSNSでもじゅうぶんに役割を果たします。
この本作のゲームはサバイバルがメインです。なのでキャラクターを操作できるといってもモーションに限りがありますし、エモートという感情を表現する特別に用意された動きもそんなにバリエーション豊かではありません。
そのため、取材中でもキャラクターたちの動きはみんなギャグみたいになってしまいます。どんな真面目なことを話していても…。
それでもこのプレイヤーたちはこのゲームがいいと選んでやってるんですね。コミュニケーションしたいなら他のコンテンツもあるだろうし、現実逃避する方法なんてもっとあるのに、あえてこのゲームがいいという理由。
その理由は些細なことかもしれません。私は本作を観ていて、このゲームは「できることが少ない」からこその「情報量が極めて制限されている」環境がマッチするのではないかなと思いました。
象徴的なのが、重武装でゾンビだろうが敵対プレイヤーだろうが情け容赦なくキルしていく女性の声のプレイヤー。すごいサバイバルのプロでしたけど、ふと音声会話の後ろのほうで犬が吠えたり、何か言っている子どもをあやしに行くためにプレイから離れたり、そうした“現実”が垣間見える瞬間があります。
また、ゲーム内で架空の宗教の牧師を気ままにやっている人もいます。これだって現実でこんなことをすれば、実在の宗教に対する関係性とか、いろいろな目線が注がれてしまうでしょう。
でもこのゲームの世界にはそういう規範はありません。ゲーム内の暴力(でも実際は傷つかない暴力)が支配する世界は、リアルの暴力や抑圧が存在しない世界とも言えます。
つまり、ゲームを“外”から見ると「暴力的」としか思えないものでも、”中”からゲームを見ると全然違う感触があるんですね。
ゆえにこれらのプレイヤーたちはここで自分のペルソナを謳歌できます。その姿を単に「ゲーム依存」なんて言葉では片付けられないなとは思います。
もちろんこういうドキュメンタリーはあくまでそのバーチャル空間の一面しか映していないことも忘れてはいけません。実際、このゲームに限らず、多くのゲームもしくはバーチャルなサービスでは現実と地続きの問題も起きます。例えば、女性のゲーマーの約3分の2がオンライン上で脅迫やハラスメントを受けていることが調査からもわかっています(AUTOMATON)。
なので「ゲームは理想の世界なんだ」と安易に美化もできません。結局は社会的立場やモデレーションに左右されます。そこは現実世界と同一なんですね。
このドキュメンタリーは、私たちが暴力を超えた世界を築く意外な示唆に富んでいるのかもしれません。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Invisible Films ニッツアイランド
以上、『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』の感想でした。
Knit’s Island (2023) [Japanese Review] 『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』考察・評価レビュー
#フランス映画 #ゲーム #メタバース #ポストアポカリプス