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映画『クリスチナ女王』(1933年)感想(ネタバレ)…結婚しないクィアネスを描き切るには

クリスチナ女王
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まだぎこちなかった時代…映画『クリスチナ女王』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Queen Christina
製作国:アメリカ(1933年)
日本公開日:1934年11月
監督:ルーベン・マムーリアン
恋愛描写
クリスチナ女王

くりすちなじょうおう
『クリスチナ女王』のポスター

『クリスチナ女王』物語 簡単紹介

17世紀、幼くしてスウェーデン女王となったクリスチナは、毅然とした立派な大人に成長した。平和を重んじ、王室の窮屈さに嫌気が差すと、男装して外に繰り出すこともあった。そして、求婚や縁談は無視し、結婚を頑なに拒否してもいた。ある日、男の格好でいつものように馬を乗りこなして野外を駆け回っていると、スペインの使節団に遭遇する。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『クリスチナ女王』の感想です。

『クリスチナ女王』感想(ネタバレなし)

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クィア界隈では見逃せない女王

昔の女性はみんな結婚するのが当たり前だった…というのは、確かにそういう側面も大きかったでしょうが、すべての女性が結婚していたわけではありません。中には有名な立場ながらも「結婚しない」という人生を選択した女性もいました。

その生き方は社会のジェンダー規範に抗うものであり、それだけでもじゅうぶんにクィアネスとの重なりがあります。

そんな実在した歴史上の著名な女性を描いた映画も当然あって…。

今回紹介する1933年のアメリカ映画は、そういう意味ではクィアな伝記映画として映画史初期の時代に現れた代表作です。

それが本作『クリスチナ女王』。

本作はアメリカ映画ですが、17世紀のスウェーデン王国を舞台にした王族を描いたものです。この歴史映画はアメリカでは高評価でしたが、本国でのスウェーデンでの評価は、まあ、おいておきましょう。史実とはだいぶかけ離れた脚色をしていますからね。

とりあえずスウェーデン王国は16世紀の“グスタフ・ヴァーサ”の治世中に選挙君主制から世襲君主制となり、当時の宗教改革(カトリックからプロテスタントへと宗教の勢力図が大きく変わった出来事)に乗っかって、国教会であるスウェーデン教会を設立。国家の体制が激変しました。

こうして生まれたヴァーサ王朝にて1632年から在位していた女王である「クリスティーナ」を主役として描いたのがこの映画です(映画タイトルに合わせてここでは「クリスチナ」と表記します)。

史実ではクリスチナは生涯独身のままで、その振る舞いや逸話からセクシュアル・マイノリティだったのではないかと後世に分析されるなどしている人物でもあります。

1933年の『クリスチナ女王』ではそのクィア界隈からも注目されるクリスチナにスポットライトをあてているわけですが、どんなふうに描かれているのか。それは観てのお楽しみ。

1933年の「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)」制作の映画『クリスチナ女王』を監督したのは、ミュージカル劇『オクラホマ!』を手がけたことでも知られる“ルーベン・マムーリアン”。映画だと1931年に『ジキル博士とハイド氏』を監督しています。

クリスチナ女王を主演するのは、サイレントからトーキー初期の時代に君臨した映画スターの“グレタ・ガルボ”。スウェーデン生まれということで、いろいろ複雑な気持ちになりながらの演技だったのでしょう。共演は、“ジョン・ギルバート”で、『肉体と悪魔』からのおなじみの組み合わせ。

後半の感想ではこの『クリスチナ女王』をクィアな視点から掘り下げていきます。

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『クリスチナ女王』を観る前のQ&A

『クリスチナ女王』の見どころ
★グレタ・ガルボの堂々とした男装。

鑑賞の案内チェック

基本 —
キッズ 3.0
低年齢の子どもにはややわかりにくいかもしれません。
▼
↓ここからネタバレが含まれます↓
▼

『クリスチナ女王』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

ヴァーサ朝第6代スウェーデン国王のグスタフ2世アドルフは、戦乱に身を投じ続け、カトリックとプロテスタントのどちらにつくかで争った最大の宗教戦争である「三十年戦争」にも参戦しました。しかし、神聖ローマ帝国軍とのリュッツェンの戦いにて、国王は1632年に38歳の若さで戦死。

その結果、王位に即位することになったのはまだわずか6歳だった娘のクリスチナでした。父の死を経験したばかりではあるものの、統治の重責は待ってくれません。周囲からは幼すぎるという声もあがっていましたが、王座に座るクリスチナに皆ひれ伏し、忠誠を誓いました。

クリスチナは宰相のオクセンスティールナ(アクセル・オクセンシェルナ)伯爵の補佐を受け、老僕アーゲを従者として成長。1644年頃から親政を行い、まぎれもなく女王となりました。

そんなクリスチナは昔から男っぽい気性で、口調も含めて振る舞いは男らしさ全開でした。さらに常に男装をして、どんな年配の男たちを前にもたじろぐことなく、困難な政務をさばき、その合間には乗馬と狩猟を楽しんでいました。

成人となると、結婚が話題となります。女王である以上、誰と結婚するかは重要です。側近たちは彼女の従兄であるカール・グスタフ(チャールズ)をその有力な候補として推挙していました。

しかし、当のクリスチナはどんなに圧力をかけられても、真剣な恋愛や結婚を拒絶し続け、全くその気はないようでした。

今なお平和を強く訴え、かつてのような惨劇となる戦争を繰り返さないことを宣言しています。クリスチナにとってはそれが全てでした。

ある日、何かと不自由な王室からまた抜け出し、いつものように男装してアーゲと狩猟に出かけていたときのこと。雪の森で、首都に向かう途中のスペインの使節アントニオの一団が雪にハマって馬車が動けないところに遭遇します。クリスチナは男として振る舞い、四苦八苦しているアントニオたちに威勢よく声をかけるのでした。

天候は吹雪となり、帰るには危ないので、近くの宿屋に泊まることになります。

そこへアントニオも来て、宿屋の主人が部屋が空いているので一緒の部屋で寝てくれないかとお願いするので、クリスチナも断れません。

アントニオと飲み合って対話していくうちに、2人は親交を深めます。

そして、部屋でアントニオはクリスチナは女性であると知ることに…。

この『クリスチナ女王』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/09/18に更新されています。

ここから『クリスチナ女王』のネタバレありの感想本文です。

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実際のクリスチナ女王

映画『クリスチナ女王』の中身に入る前に、そもそも実在のクリスチナはどんな人物だったのかという話から整理してきましょう。

クリスチナ女王がクィアネスの文脈で分析される最大の理由は、男性的な服装を好み、当時の規範に従わないライフスタイルを送っていたからに尽きます。

父の突然の死の前から、他に王位を継承する者がいなかったのでクリスチナが必然的に王位を継ぐのは明らかで、父も了承のうえで幼い頃から男子と同じ教育を受けて育ったそうです。そのためなのか、王室内では周囲もクリスチナが男性的に振る舞うのを当たり前のように受け入れていたのだとか。

今で言えば、ジェンダー表現が男性的だったという感じかもしれません。

ただ、産まれた直後から毛深かったなんて逸話もあり、インターセックスだったのではないかという考察もあります(インターセックスとは、典型的な男女二元論に当てはまらない身体的特徴を持つ人のことです;詳しくは以下の記事を参照)。

1960年代に遺体の骨格の解析が行われたこともありますが、骨からだけではインターセックスかどうかを断定はできないので、真相は不明です。

そして、それだけでなく、クリスチナ女王は交際関係でもクィアな雰囲気を醸し出していました。それはクリスチナが誰とも結婚しなかったからです。ゆえに、同性愛者(レズビアン)、両性愛者(バイセクシュアル)、無性愛者(アセクシュアル)など、セクシュアリティを推察する意見が多数あります。

クリスチナは明確に恋愛関係だった人物はいないという分析もあれば、恋愛関係の人物がいたとする分析もあります。

とくにエバ・スパーレという侍女を非常に気に入っていたそうで、2人は恋人同士だったのだろうという歴史的解釈は根強いです。エバは美人との評判で、求婚者も多く、後にある男性と結婚しましたが、子どもはみんな幼くして病気で亡くなってしまい、晩年はクリスチナと手紙の交友は続けるも、会えずにこの世を去っています。

当のクリスチナが結婚しなかったのは、カトリックの美徳に感銘を受けていたからであるというのが定説です。実際、このカトリックへの強い情熱は退位への決意に繋がります。

1654年に王位を譲った後は、やはりここでも男装してスウェーデンを離れ、散財しながら、カトリックへの改宗を達成。好きな芸術を満喫し、この間もいろいろなことがありつつ、1689年に亡くなりました。

恵まれた王族の出自であったことはさておき、好きなことをして、好きな格好もして、好きなように独りの生き方を貫いたクリスチナは、現代からみると、自由な女性のありかたの理想に思えるかもしれません。

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中盤は忘れることにしよう

以上を踏まえつつ、映画『クリスチナ女王』の本題に移りますが、正直言って、この映画は実在のクリスチナ女王の多角的なクィアネスを余すところなく盛り込んでいる…とはお世辞にも言えません。

まず何よりも本作はクリスチナがアントニオというスペインの将校と、非常にロマンチックな出会いを果たし、恋に落ち、それが退位への動機に繋がったような描きかたになっています。駆け落ちすることが本心のようです。

史実ではアントニオはこの頃からすでに結婚しており、スウェーデンまで訪問してクリスチナに謁見したのは事実ですが、それは彼女の退位の背景を探るのが目的だったと言われています。

本作はこのアントニオをかなりコテコテな異邦からのロマンス相手としてしか位置付けておらず、宿屋のパートなんかはもうラブラブです。初めて女性だと知るときの、お手本のような綺麗な二度見はちょっと笑えるけど…。

たぶん製作陣は“グレタ・ガルボ”におなじみの“ジョン・ギルバート”をくっつけたキャスティングをしたわけですから、この男女のロマンスは大衆の需要に答える意味でももう必須ということだったのでしょう。

一方で、エバ・スパーレも登場し、前半でエバが部屋にやってきて、エバは跪いてクリスチナの手にキスし、クリスチナは顔に手を添えてエバの口にしっかり口づけするシーンがあります。退位して去る際も、「Goodbye, sweet」とエバの頬にキスし、颯爽と白馬で去っていくクリスチナは相変わらずめちゃくちゃカッコいいです。「なんだこの女の心を気軽に夢中にさせるカッコよすぎる女は!」と意味不明に悔しくなるほどに惚れ惚れします。

映画全体は異性愛が軸にありつつも、プレコード時代のハリウッドとしては、勢いのあるサフィックな描写も楽しめるとも評価できます。まあ、“グレタ・ガルボ”がいいんですよね、やっぱり。

本作の原案・脚本の“ザルカ・フィアテル”という女性は、“グレタ・ガルボ”との恋人関係だと噂されていたこともあるので、どこまで意図的なクィアネスの表象だったのか気になりますが…。

ともあれこの映画はアントニオはよくわからん決闘のすえに終盤で突然死し、船首に立つズームアップの有名なラストシーンで終わるとおり、クリスチナ独りの旅立ちが示されるという、急な史実回帰で幕を閉じます。

途中で異性愛が挟み込まれるのでぎこちない感じではありますが、その中盤は綺麗さっぱり忘れることにすれば、結婚しないクィアな人物の生き様の物語としては堂々のエンディング(実質はスタート)ですかね。

いや、私はクリスチナとエバのレズビアン・ロマンスががっつり観たいよ!という人は、2015年に製作された“ミカ・カウリスマキ”監督の『The Girl King』という映画が、その渇望に全力で応えてくれるので、そちらをオススメします。

『クリスチナ女王』
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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関連作品紹介

性的マイノリティを描くクィア映画の歴史を辿れる作品の感想一覧です。

以上、『クリスチナ女王』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)Metro-Goldwyn-Mayer クィーン・クリスティーナ

Queen Christina (1933) [Japanese Review] 『クリスチナ女王』考察・評価レビュー
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