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『レッド・バージン』感想(ネタバレ)…優生学フェミニズムの愛を拒絶する

レッド・バージン

優生学フェミニズムの愛を拒絶する…映画『レッド・バージン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:La virgen roja(The Red Virgin)
製作国:アメリカ・スペイン(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にAmazonで配信
監督:パウラ・オルティス
DV-家庭内暴力-描写 児童虐待描写 性描写 恋愛描写
レッド・バージン

れっどばーじん
レッド・バージン

『レッド・バージン』物語 簡単紹介

1900年代初頭のスペイン。優生学に陶酔するアウロラ・ロドリゲス・カルバリェイラは完璧な女性を生み出すという己の計画に身を捧げ、イルデガルトという女の子を産みだす。アウロラによる徹底した教育を受け、イルデガルトは女性の権利のための革命を掲げて、社会に果敢に挑んでいく。一方で母親の強迫観念的な支配は緩むことなく、10代の娘の自由を奪い続ける。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『レッド・バージン』の感想です。

『レッド・バージン』感想(ネタバレなし)

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優生学フェミニズムに狂った母娘

「フェミニズム」「優生学」の双方が関わりあっていた歴史を知っていますか?

そんなことがあったのです。第1波フェミニズムも後半となる1900年代初めの時代に…。もちろん全てのフェミニズムが優生学に関係があったわけではありません。しかし、俗にいう「優生学フェミニズム」と呼ばれるものがありました。

この「優生学フェミニズム(Eugenic feminism)」というのは、女性の権利と平等が進むことで劣等な存在が抹消されていって社会は良くなる…という考え方を持ちます。この理論において、「女性」は子どもを産む存在として重要視され、女性こそが遺伝と生殖で大きな役割を果たすからこそ、優生学には欠かせないとみなしています。

実際、当時のヨーロッパ各地にはこの優生学フェミニズムを公然と支持するフェミニストが何人もいました。

無論、この優生学フェミニズムはその後のフェミニズムにおいて支持されておらず、概念自体ほぼ廃れました。「優生学フェミニズム」とは名ばかりで事実上はフェミニズムでも何でもないと評されてもいます。

そもそもこの「優生学フェミニズム」という用語を作り出したのは、”ケイレブ・サリービー”というイギリス人の医師・作家・ジャーナリストだった優生学者の男性であり、1912年の著書『Woman and Womanhood』で言及があります。その中で、女性の参政権を優生学的な理由で支持しており、動機は捻じ曲がった家父長的思考です。

とにかくこの優生学フェミニズムはフェミニズム史においてもあまり語られづらい一面なのですが、今回紹介する映画はその暗い歴史の最も凄惨な人物に焦点をあてた伝記作品となります。

それが本作『レッド・バージン』です。

本作はスペイン映画で、ゴヤ賞で最優秀監督賞を含む複数のノミネートに輝き、2024年の話題作となりました。

1910年~1930年代にかけてが舞台となり、主人公となるのはスペインにいた実在の人物で、アウロラ・ロドリゲス・カルバリェイラという女性と、その娘のイルデガルトです。裕福だったアウロラは優生学フェミニズムに傾倒し、「優れた女性を生み出す」という実験的野望から自ら娘を出産。その子に優生学フェミニズムを叩き込む教育を徹底しました。そして悲劇が起きることに…。

ネタバレは避けますが、相当にショッキングな話です。何も歴史を知らない人が観たら「え…これ、実話なの…」とドン引きすること間違いないです。でも実際に起きたことです。多少の脚色はありますが、大部分は実話。否定できない史実です。

もう少し嚙み砕いて映画の紹介をするならば、強迫観念的なまでに厳格な母親の支配と、それに疑念を抱き始める娘の、支配と解放がせめぎあうフェミニズム・サスペンス…といった感じでしょうか。

衝撃的なこの映画『レッド・バージン』を監督するのは、『Chrysalis』(2011年)、『The Bride』(2015年)、『Across the River and Into the Trees』(2022年)、『Teresa』(2023年)を手がけてきたスペイン人の“パウラ・オルティス”です。

主演は、ドラマ『レスピーラ/緊急救命室』“ナイワ・ニムリ”、ドラマ『When You Least Expect It』“アルバ・プラナス”などです。俳優陣の凄まじい演技のせめぎあいも見どころです。

フェミニズムの歴史を学びたい人などにはオススメの映画である『レッド・バージン』なのですが、いかんせん内容がアレなので観終わった後はショックでしばらく放心状態になるかもしれません。お気をつけください。

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『レッド・バージン』を観る前のQ&A

Q:『レッド・バージン』はいつどこで配信されていますか?
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2024年12月1日から配信中です。
✔『レッド・バージン』の見どころ
★信じられない衝撃の実話を目撃できる。
★恐ろしい母娘の対立を演じた俳優たち。
✔『レッド・バージン』の欠点
☆鑑賞後はショックを引きずる。

鑑賞の案内チェック

基本 親による子への虐待がメインで描かれます。また、DVや性暴力の被害に関する話題が含まれます。
キッズ 1.5
性行為の描写があるほか、生々しい殺人の描写もあります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『レッド・バージン』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

1914年、ガリシア。若きアウロラ・ロドリゲス・カルバリェイラは、父の財産に恵まれ、何不自由なく知の探究を深めることができました。そして優生学にのめりこみ始めます。人類の未来は女性が導くと確信。自分だけのものになる子を産もうと決めます。

そこで牧師と性行為に及びます。親権を主張しない父を選び、母である自分だけが独占できるようにするためです。

こうして女の子が生まれ、イルデガルトと名づけられました。アウロラの完璧な計画のもと、「優良な女性」になるべくしてこの世に誕生した我が子…。

アウロラは驚異的な神童にするべく、イルデガルトに優生学的な教育を徹底。8歳で6つの言語を習得し、あらゆる学問を叩き込み、10代で弁護士になりました。

1931年のマドリード。君主制は崩壊して第二スペイン共和国の宣言で社会はざわついていましたが、アウロラとイルデガルトの2人はそんなことも気にせずに新聞社の編集部を訪れていました。イルデガルトの書いた記事を載せない判断に抗議するためです。

「性の記事は16歳が書けるような内容ではない」と男性の編集長グスマンは信用しないです。グスマンは性について議論を躊躇いますが、イルデガルトは明快に答えてみせます。

男女平等の権利、婚姻制度を教会から切り離すこと、労働者階級への避妊の啓蒙、未婚の母親の保護、インターセックスへの理解…性改革の具体例が流暢にイルデガルトの口から語られます。

「神童は男だけですか」と問うと、グスマンは「きみに女性の性について何が理解できるんだ?」と苦し紛れに言いますが、「あなたよりは理解しています」とイルデガルトはたじろぎません。

そいて掲載を勝ち取りました。新聞読者の間で有名になるイルデガルト。快く思わない者もいて、家の階段の踊り場の壁に「魔女」と罵詈雑言が落書きもされました。嫌がらせはやまず、母は銃を密かにメイドのマカレナに用意させます。

ある日、テニスの試合を観戦していると、社会労働党の青年部に所属するアベル・ベリリャが好意的に話しかけてきて、「集会に顔を出してください」と誘ってくれます。

また、イルデガルトは母の秘密の部屋で「ペペとアウロラ」と書かれた写真を見つけました。

母はアベルの提案に否定的で、男性で政治家ならば信用はできないと一蹴。イルデガルトは社会を変えるには政治と関わらねばと母を説得します。

とりあえず社会労働党の集会へ行ってみると、登壇の機会を得ます。

イルデガルトは堂々と語りだします。

「あなたたちは平等を求めると言いながら国の半分の人たちを無視してきました。女性たちを」「多くの女性が性的暴行を受け、DVを受けている。でも議題になっていない。なぜですか?」「この部屋には70人以上の男性がいながら女性がたった2人。どうして私だけ?」「スペインを自由で公平にしたいなら、まずこの場をより自由で公平な場にすべきです。怒りや自暴自棄では革命はなされない」

そのかつてない明瞭な演説に、社会労働党の男たちは衝撃を受けますが…。

この『レッド・バージン』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/02/08に更新されています。
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母は女性の味方じゃない

ここから『レッド・バージン』のネタバレありの感想本文です。

『レッド・バージン』を観て「フェミニストはこれだから怖いんだよ」なんて感想しかでてこない人は論外ですが、本作で直視することになるのはフェミニズム…じゃなくて優生思想の怖さです。

映画終盤で、イルデガルトが母アウロラに「母さんは女性の味方じゃない、それどころか男のように振舞っている 女を所有しようとしている」と言い放つとおり、アウロラの考え方の核心にあるものの正体は優生思想。優れた者が社会を良くし、劣った者は排除されるべきという思考です。そこに人権のような意識は皆無です。

現代の感覚だとあまりわかりづらいかもしれませんが、当時はアカデミックな上流階級層ほどこの優生学が浸透していました。例えば、作中でイルデガルトが連絡をとる機会を得るハヴロック・エリスという人物。彼は当時の非常に有名な性科学者であり、同性愛の研究でも知られています。そして熱烈な優生学の権威でもあり、優生学の観点からフェミニズムを支持していました。女性の地位が高まれば、劣等な人間との間に子を産まなくなるから…という理由で。ちなみに同性愛者については、放っておけば同性愛者は子を作れないので消えていく…みたいに考えていたそうです。

ちなみに映画のタイトルになっている「Red Virgin」はハヴロック・エリスがイルデガルトにつけたあだ名です。

優生学はありふれていたからこそ、学問に触れている者ほど、それに感化されてしまっている。そういう時代でした。

それにしたってあのアウロラは優生学フェミニストとしても極端すぎる存在ですけどね。あらゆる毒親の頂点、フィクションだったら極悪ヴィランのランキング上位に輝けます。それくらいの振り切った言動でした。

しかも、多少の脚色はあれ(“ナイワ・ニムリ”の非の打ち所がない演技が凄まじさを増量してます)、あのアウロラの描写は史実にわりと正確です。本当に自分の娘を「優良な女性」とするプロジェクトとして産みました。女性の出産と教育の能力に対する過大すぎる自信と言いますか、全てが常軌を逸していて理解不能で私も受け止めきれないですけど…。

そして映画の冒頭とラストで示されるように(ラストはただただ凄惨…)、アウロラは自分に真っ向から反抗したイルデガルトを撃ち殺します。映画内では性器、胸、顔に1発ずつ(「性器にはフロイト、胸にはニーチェ、頭にはマルクス」と語られている)、実際は4発(胸を1発、顔を3発)撃ったそうです。

その銃殺後、アウロラは「芸術家は自分の彫刻に欠陥があったら壊すものだ」と説明し、とくに反省は述べず、同じことをまたやると言い切ったそうで、なんかもう…。

殺人事件前は、「文通をしていた多くの人物に娘のイルデガルトがたぶらかされて諜報機関の手先にされる」などと陰謀論めいた支離滅裂な主張をしていたそうで、言葉は届かなかったのでしょう。

逮捕後のアウロラは精神病院に入れられ、1955年12月28日に76歳で亡くなったと記録されています。

『レッド・バージン』は、このアウロラというひとりの狂気を生んでしまった社会そのものに問いかけるような残酷な目撃体験をさせるものでした。

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撃たれる前に成長せよ

一方、『レッド・バージン』における被害者のポジションになってしまうイルデガルト。

本作ではこのイルデガルトもある程度脚色されており、実際は女性参政権を支持していなかったそうですし、フェミニストとしてもかなり亜流であったのかもしれません。まあ、育ち方がさすがにあれだったというのもありますが…。

ただ、この映画は「フェミニストの皮をかぶった優生思想の支配的母親」vs「優生思想に育てられるも真のフェミニストに目覚め始めた娘」…といった感じのサスペンスが繰り広げられ、そこが緊張感をみせてくれます。母と娘の対立は物語の題材になりやすいですが、フェミニズムを土台に極まった衝突をしていくこんなシチュエーションはなかなかないです。

10代の若さでタブーを一切気にせずに男性社会の中で「女性の性」についてガンガン切り込んで、論点を設定し、闘っていく姿はまさに革命家。その性質からなのか、社会主義に傾倒していくのも理解できます。

作中では偏執的なアウロラと真逆で、イルデガルトはインターセクショナルなフェミニズムを切り開き始めたようにみえます。男性であるアベルと性別の壁を越えて理想を語り合い、またメイドだったマカレナとの交流で階級格差の現実も知ります。マカレナたちの住む地域を訪れるシーンは象徴的です。暴力的な夫に耐えながらそれでも貧困ゆえに対抗もできない。そんな人たちを優生学は「劣った者」として切り捨てようとしていたわけですから。

もしあのイルデガルトが母に殺されず、さらにどんどん新しい知見を身につけて自分をアップデートしていったら…どんなフェミニストになっていたのだろうか? もしかしたら本当にスペイン社会を改革できたのではないか? そんな期待もしたくなる存在感です。

皮肉にもそのイルデガルトの潜在的可能性が優生学教育から生まれているというのがね…。優生学を否定するのは誰でもないフェミニストである、と。アウロラはそんなイデオロギー的矛盾に耐えられなかったのかな…。

アウロラも優生学フェミニズムもこの世を去りましたが、似たような存在は現代でとくに極右勢力をの中で目立ってきています。親の権利なるものを掲げて教育に介入する「マムズ・フォー・リバティ(Moms for Liberty)」はその典型例です。「女性は生物学的性別で定義されるべきだ」といった主張を掲げる保守層も似たりよったりです。

優生思想はどこに忍びよってくるかわかりません。私たちは優生思想が間近にある世界で育っています。この映画が警告してくれたのですから、歯向かう準備は万全にしないといけません。撃たれる前に…。

『レッド・バージン』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)Amazon レッドバージン レッド・ヴァージン

以上、『レッド・バージン』の感想でした。

The Red Virgin (2024) [Japanese Review] 『レッド・バージン』考察・評価レビュー
#スペイン映画 #伝記映画 #母親 #政治 #優生思想 #実話事件