感想は2500作品以上! 詳細な検索方法はコチラ。

映画『モロッコ』感想(ネタバレ)…プレコード時代だから描けた女と女のキス

モロッコ
スポンサーリンク

数年後には描けなくなる…映画『モロッコ』(1930年)の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Morocco
製作国:アメリカ(1930年)
日本公開日:1931年2月25日
監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
恋愛描写
モロッコ

もろっこ
『モロッコ』のポスター

『モロッコ』物語 簡単紹介

1920年代、モロッコのとある町にフランス外人部隊の一隊が帰ってくる中、その一員であるトム・ブラウン二等兵は美しい女にばかり目が泳ぐ日々だった。ある日、ナイトクラブで大衆を熱狂させているアミー・ジョリーという歌手にひとめ惚れする。しかし、彼女にはすでに裕福な男がアプローチしているようで、自分では釣り合わないのではないかと躊躇する。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『モロッコ』の感想です。

『モロッコ』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

プレコードにキスを添えて

アメリカのハリウッド映画において1930年~1934年は、クィア表象の「終わりの始まり」の直前の時代でもありました。その理由は「ヘイズ・コード」です。

共和党の政治家だった“ウィリアム・H・ヘイズ”は、1922年にアメリカ映画製作者配給者協会の初代会長に就任し、当時から保守層の間で批判されていた「映画の内容」を業界内で自主規制するべく道徳的指針を定めようと動き出しました。これが後にいうヘイズ・コードです。

ヘイズ・コードが問題視したのは、要は保守的なキリスト教の道徳的価値観に反する内容です。「National Legion of Decency」といったカトリック信者のために映画の不適切な内容を特定することに専念していた宗教組織に象徴されるように、これらの客層を失えば映画がヒットしなくなることを恐れた業界は、このヘイズ・コードを受け入れました。

このヘイズ・コードは一般に暴力や性表現を禁止したと理解されていることが多いですがことさら厳しく禁止したのが性的マイノリティの表現です。「sex perversion or any inference to it is forbidden」と明記され、一切許さないことが強調されました。

ヘイズ・コードは1930年に採択され、厳格に運用されだしたのが1934年。これ以降は、同性愛にせよトランスジェンダーにせよ、あらゆるクィア表象は直接的には困難となってしまいました。

1920年代末から音声のあるトーキー映画が始まり、新しい映画の時代が幕開けしたにもかかわらず、ここから1934年までのいわゆる「プレコード(Pre-Code)」の時代は、明白なクィアな表現が許される最後の時期にもなってしまったということです。

今回、クィア映画史を振り返るために紹介する映画は、そんなプレコード時代にクィア表象を刻み残した貴重な一作です。

それが1930年に公開された本作『モロッコ』

この現在は歴史的名作として語り継がれている映画『モロッコ』は、基本的に異性愛ロマンスですが、女性同士のキスが明確に描かれる作品でもあります。

女性同士のキスを描いたアメリカ映画として以前に1922年の『屠殺者』も紹介しましたが、あれはほんの一瞬の背景にすぎませんでした。1914年の『A Florida Enchantment』でも女性同士がキスをするシーンがありますが、あれはあくまで特殊な現象で性別が入れ変わって「“男性となった女性”が女性の姿のままで女性にキスをしている」というだけでした。

『モロッコ』の場合は、これもワンシーンとは言え、ヒロインが女性の口に紛れもなくキスをしている場面がハッキリ映り、しかもそれがあからさまなクィアなパフォーマンスの中で行われるため、クィア表象としての印象が非常に濃いです。

1930年公開ということもあって『モロッコ』は2026年にパブリックドメインになったばかり。これを機にまた観ていない人は、例のクィア・パフォーマンスとキス・シーンを観てみてはいかが?

スポンサーリンク

『モロッコ』を観る前のQ&A

✔『モロッコ』の見どころ
★マレーネ・ディートリヒのクィアなパフォーマンス。
✔『モロッコ』の欠点
☆明白なクィア表象のシーンはわずか。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 2.5
大人のドラマです。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『モロッコ』感想/考察(ネタバレあり)

スポンサーリンク

あらすじ(序盤)

北は地中海に面する北アフリカのモロッコ。1912年からフランスの植民地支配が続き、大部分をフランス軍が占領していました。1921年からはモロッコ北部にてスペイン王国とリーフ地方ベルベル人の部族国家であるリーフ共和国の間で第3次リーフ戦争が勃発し、フランスもスペインに協力して参戦していました。戦車など新型の兵器のみならず、毒ガスまで使用され、その戦場は酷いありさまでした。

そんな1920年代後半、とあるフランス外人部隊の一隊が列を作って軽快な行進音楽とともにモロッコのモガドールの街に帰ってきます。現地の人たちも物珍しそうにその部隊を眺めています。

その中にはトム・ブラウン二等兵もいました。つい傍にいる美しい女性に視線が泳いでしまうトムは、この異国で自信もなく流されるだけの人生を過ごしていました。

一方、モガドール行きの船には、人生に幻滅したナイトクラブ歌手のアミー・ジョリーが乗っていました。彼女は大人しく佇んでおり、人付き合いを避けている雰囲気。裕福なラ・ベシエールはアミーに近づこうとしますが、彼女は彼とも話したくないようで、表情は暗いです。

モガドールのナイトクラブは大賑わいで、おカネ持ちから一時の享楽を求める軍人まで、いろいろな人でごった返していました。

アミーはそのナイトクラブで働くことになり、裏で出番を控えて準備をしています。アミーはエンターテイナーとしての才能が抜群にあり、今やここのスターとなりました。

今日もアミーがステージに立ちます。シルクハットと燕尾服姿。優雅に前に現れると、男たちから大ブーイング。

しかし、アミーは全く動じることなく、煙草を吸い、またゆっくり歩きだします。そして片手をポケットに入れ、客席の前に片足をかけ、堂々と歌いだすのでした。上の階では演奏者が音楽を奏でます。

みんな黙って聴き入ります。客の中にはトムもいて、満足そうにうっとり。歌い終わるとみんな拍手です。

アミーはなおもパフォーマンスを続け、客席に入り、客から貰った飲み物を飲み干します。さらに、その傍の女性をじっと見つめ、客の女性が頭の横につけていた花をとって、香りを嗅ぎ、唐突に上半身をかがめてその女性の口にキス

それを目にしたみんなはまたも拍手を送り、「ブラボー!」と喝采。トムは立ち上がってご満悦。アミーはひときわ目立つトムに花を投げ、トムはそのもらった花を自分の耳の上につけます。

退場しても拍手は止まず、アミーは衣装を変えて、さらにパフォーマンスを続けていきますが…。

この『モロッコ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/05/03に更新されています。

ここから『モロッコ』のネタバレありの感想本文です。

スポンサーリンク

マレーネ・ディートリヒのソーイング・サークル

1930年の映画『モロッコ』の感想に本格的に移る前に、ヒロインを演じた“マレーネ・ディートリヒ”に触れておきましょう。

ドイツのベルリン出身の“マレーネ・ディートリヒ”は1920年代から主にベルリンで舞台と映画で活躍していましたが、1930年のドイツ映画『嘆きの天使』で一気に注目を集め、この『モロッコ』でハリウッド・デビューを飾りました。

その『嘆きの天使』で監督を務め、本作『モロッコ』でもメガホンをとり続け、“マレーネ・ディートリヒ”を世に知らしめたのがオーストリア系アメリカ人の“ジョセフ・フォン・スタンバーグ”でした。2人の共作は1935年の『西班牙狂想曲』まで続くことになります。

そんな“ジョセフ・フォン・スタンバーグ”は1930年当時は妻がいたにもかかわらず、“マレーネ・ディートリヒ”と浮気関係にあったそうで、1930年の『嘆きの天使』の撮影時点で離婚訴訟となっていて、スタジオが隠蔽したとか。

一方、“マレーネ・ディートリヒ”も1923年から助監督の“ルドルフ・シーバー”と結婚としていたのですが、性関係は非常に奔放で、それこそ『モロッコ』で共演していた“ゲイリー・クーパー”とも不倫していたりと、関係を持った男性の数を挙げだすとキリがありません。

同時に、“マレーネ・ディートリヒ”は公然と両性愛者(バイセクシュアル)とも知られており、多くの女性とも関係を持っていたと言われています。

例えば、「フレデ」の愛称で知られるキャバレーのホスト兼マネージャーであったフランス人の“スザンヌ・ジャンヌ・ボーレ”。アメリカの詩人で“グレタ・ガルボ”と恋愛関係にあったとも言われている“メルセデス・デ・アコスタ”。普段から男性的なスタイルで過ごしていたイギリスのパワーボートレーサーの“ジョー・カーステアーズ”

そんなハリウッドで絶大な富と名声を得た“マレーネ・ディートリヒ”は、芸能業界におけるレズビアンやバイセクシュアルなどのクィア女性だけの集いを組織していたとまことしやかに囁かれています。こういうネットワークを当時は「Sewing Circle(ソーイング・サークル)」とスラングで呼びました。この言葉自体を考案したのは『サロメ』“アラ・ナジモヴァ”だと分析されていますが、“マレーネ・ディートリヒ”が中心にいたようです。

「カミングアウト」という言葉の歴史を整理した記事でも紹介しましたが、当時は性的マイノリティ当事者が自身のアイデンティティを公にしづらくなっていった時代です。こういう裏のネットワークに顔をだすことが当時の「カミングアウト」だったのでしょう。

スポンサーリンク

ジェンダーの境で2人はどこへ行く?

そんなこんなで“ジョセフ・フォン・スタンバーグ”監督のプライベートな贔屓もあって、この『モロッコ』でもわりと意見を通せたらしい“マレーネ・ディートリヒ”。

例のシーンは、その“マレーネ・ディートリヒ”の当事者性としてのクィアネスが強烈に炸裂した結果…なのかもしれません。

そのクィアなシーンは序盤にとてもわかりやすく映し出されます。

まず“マレーネ・ディートリヒ”演じるアミーが堂々とシルクハット&タキシードで登場。ここでブーイングが起きますけど、これはそういうノリで最初は迎えるというあの場のお約束みたいなものでしょうか。

そして比較的近い客席のテーブルに進み、そこに座っていたひとりの若い女性にキスをします。頬とかでなく、がっつり口にキスする大胆さ。花をくれたお礼のキスということですかね。

無論、これもパフォーマンスのひとつです。周囲の観客もその女同士のキスに大盛り上がりしており、非難を浴びせる人は見当たりません。キスされた当の女性も、いかにも照れ隠しという感じで、キス直後は扇子で顔を隠す仕草をします。

このシーンが巧妙なのは、この女同士のキスの場面をカットできない構成になっている点です。女性のつけていた花をもらい、そこでキスをし、その花はトム・ブラウンに投げ渡され、彼は以降はしばらく自分の頭にその花をつけます。女同士のキスの場面は通しで撮影されているので、キスだけをカットすると、なぜトムが花を手にしているのか意味不明になってしまいます。

この一連のクラブでのシーンは、“マレーネ・ディートリヒ”がどういう意図だったにせよ、当時のクィアなコミュニティのパフォーマンスをマジョリティの世界に持ち込んだような気持のよさがあります。「the woman all women want to see」と当時はこの映画の“マレーネ・ディートリヒ”が宣伝されたのも頷けます。

ただ、今作の明白なクィア表象はここだけですが、それ以外にも無いとは言い切れない部分もあって…。

それがトムの描写で、彼は女たらしな男らしいですけど、「俺にかかればどんな女もイチコロさ!」みたいな堂々とした男らしさを誇るキザな奴ではなく、どちらかというと自分に自信がなくて流されるままにその場しのぎの女性と関係を持つことしかできない男…という雰囲気です。

そのトムは作中ではアミーに花をもらい、その花を身に着け、なんだかますますナヨナヨした男らしくない見た目になります。そんなトムとのキスは扇子で隠され、観客は見ることもできません。そしてトムは何か作中で男らしさを発揮するわけでもありません。むしろ上司の有害な男らしさに蹂躙される側です。

つまり、本作は男女のジェンダーのイメージが逆転しており、ある意味で男らしいアミーが、どこか女々しいトムを引っ張り、2人だけの世界に旅立ってしまう物語とも捉えることができます。わざわざ規範的な結婚生活を手放してまで、アミーはジェンダーの境を彷徨うトムを追いかける。西欧に馴染めない2人にどこか落ち着く居場所はあるのかはわかりませんが…。

「エキゾチックな異国の地で男女の白人同士がロマンスをする」と表面的に説明するとありきたりですけど、私はこの映画は全体がそもそもクィアな語り口に溢れているのだとも感じました。

『モロッコ』
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
?(匂わせ/一瞬)

以上、『モロッコ』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)public domain

Morocco (1930) [Japanese Review] 『モロッコ』考察・評価レビュー
#アメリカ映画1930年 #ジョセフフォンスタンバーグ #マレーネディートリヒ #ゲイリークーパー #クィア映画史 #バイプラス