意気揚々とこの業界で…映画『世界の与太者』(1930年)の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(1930年)
日本では劇場未公開
監督:フレッド・ニブロ
恋愛描写
せかいのよたもの

『世界の与太者』物語 簡単紹介
『世界の与太者』感想(ネタバレなし)
パンジー・クレイズの時代に…
現在では性的マイノリティの当事者であることを公表している俳優が映画業界で堂々と活動していることは、欧米だとそれほど珍しくないですが、今から100年近く前でも、そうした「当事者俳優」というのは存在していました。
それを象徴する言葉が、1920年代後半から1930年代半ばにかけてを指す「パンジー・クレイズ(Pansy Craze)」です。
「クレイズ(craze)」というのは、今でいうトレンドみたいなニュアンスの意味ですが、「パンジー(pansy)」は主にドラァグクイーンを意味しています。
男性が女性的なパフォーマンスをすることが、アメリカの一部の都市(ニューヨーク・シティやロサンゼルス、シカゴ、サンフランシスコなど)で大衆に人気となったのがこの時期でした。
このパフォーマーは表向きはマジョリティ相手に公演をしていたわけですが、当然というか、社会に存在した性的マイノリティたちにとっての居場所にもなり、少しクィアな振る舞いをしてもお咎めのない機会を得ることができました。
しかし、1933年後半あたりから保守的なキリスト教の界隈から「不道徳だ」という圧力が強まり、映画業界はヘイズ・コードの時代に突入してしまうのですが…。
そんなつかの間のパンジー・クレイズの時代に、ハリウッドではゲイであることを公表する俳優が普通に存在していました。そしてゲイの俳優がゲイの役を堂々と演じる…ことはさすがにできなかったのですが、それっぽい振る舞いを演技として披露してみせた映画もあったんですね。
今回紹介する1930年のアメリカ映画である『世界の与太者』もそのひとつです。
原題は「Way Out West」で、大手ハリウッド・スタジオの「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)」が製作したこの映画は、約70分の西部劇風のロマンティック・コメディです。西部劇と言ってもカウボーイがでてくるくらいの感じで、緩いノリではあります。
監督は1925年の大作サイレント映画『ベン・ハー』を手がけた“フレッド・ニブロ”で、どうしても『ベン・ハー』の印象が濃いので、「こんなコメディを監督していたんだな」と思うかもしれません。
で、ここが肝心ですが、この『世界の与太者』で主演をしたのが“ウィリアム・ヘインズ”です。彼は1920年代から俳優のキャリアをスタートさせており、1926年の『大学のブラウン(Brown of Harvard)』で主演作を成功させています。
この“ウィリアム・ヘインズ”は10代の頃から公然と同性愛者であることを隠していなかった人物で、俳優業をしているときも、1926年頃から“ジェームズ(ジミー)・シールズ”という男性俳優と付き合い、同棲もしていました。後世の歴史家からは、「ハリウッド史上初の公然とした同性カップル」として引用されるほどです。
『世界の与太者』は同性愛の関係を描く作品では全くないですし、なんだったらメインになるのは男女の異性愛ロマンスなのですけど、主演の“ウィリアム・ヘインズ”がものすごくゲイっぽさを全開にして演技しているがために、同性愛者の文脈でその演技を分析されてきました。
どんなものなのかは観れば一目瞭然なので、ぜひ気になる人は『世界の与太者』をどうぞチェックしてください。
『世界の与太者』はパブリックドメインになっているので、日本でもインターネット上にある本編を自由に観ることができます。
『世界の与太者』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 子どもにはわかりにくい内容も多いです。 |
『世界の与太者』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
ウィンディーは遊園地の一角で見世物の呼び込みをしていました。ジャグリング、野生人、髭女と並び、「GAY PAREE」と書かれた小さなステージの前にはカウボーイ・ハットの男たちが何人か集まっています。
そして、ひとりの女性、ローザが舞台に立ち、セクシーな格好で一瞬だけ登場して裏に引っ込んでしまいます。あとはおカネを払わないといけません。女性たちがステージで踊り始めると、男たちは歓声をあげて下品に喜びます。
ウィンディーはさらに奥でローザに会いたい男たちを饒舌な口調で誘い込みます。そこにはルーレットがあり、男たちはどんどんカネをだしますが、実はこのルーレットは細工しており、ウィンディーのお得意のイカサマでした。
しかし、カウボーイ男たちはルーレットの不正に気づき、戻ってきてしまいました。しかも、ローザに財布まで盗まれ、カネを返そうにも一銭も持っていません。もはや弁解の余地はありませんでした。
怒った男たちはウィンディーを連れ去り、首にロープをかけて馬に乗せ、絞首刑にする気満々です。でもウィンディーを殺してもカネは戻ってこないので、ウィンディーを牧場で働かせることにしました。
こうしてウィンディーは牧場で雑用に汗水流すことになります。ここでも渋々ながらもお調子者な振る舞いを崩しません。
そんな中、この牧場の意外な主の存在を知ります。その人は、モリーという若い女性でした。あのカウボーイ男たちもこのモリーの仕切られています。
ウィンディーにしてみれば、この可愛らしいボスのほうがカウボーイ男たちよりもよっぽど面白いです。モリーは明らかに他のカウボーイ男たちと雰囲気の違うウィンディーに最初は戸惑っていましたが、しだいに害はないことを実感し、気を許していきます。
一方でモリーの兄のバックは図々しくモリーの傍の立ち位置を獲得しているウィンディーを不愉快に感じ、攻撃的に接するようになっていきます。
さらにモリーに結婚を申し込みたいと本人にも告げているスティーヴも、ウィンディーの存在は邪魔でしかなく…。

ここから『世界の与太者』のネタバレありの感想本文です。
僕はパンジー
プレコード映画である『世界の与太者』、とくに前半に関してはもう「ゲイ・コメディ」と言って差し支えないレベルの堂々たるゲイっぷりを主人公のウィンディーは披露していたのではないでしょうか。
邦題は「与太者」とあるように、確かに定職にこだわらずにふらふらと流れのままに生きているだけの奴に見えてしまうところもありますし、ことさらそれは特定のマジョリティのレンズを通すとそう評価されるのでしょう。
しかし、この主人公のウィンディーはゲイ的なユーモアを随所に炸裂させていて、それがある種の「変な男」という印象に繋がっているところも否定できません。もっと言うなら、演じている俳優がオープンリーなゲイ当事者であった“ウィリアム・ヘインズ”であることを踏まえ、完全に自虐的な内輪ネタに走っているような…。
ウィンディーは冒頭から非常に女性的な仕草や口調で存在感を放っており、あの見世物の職場でも女性たちに囲まれつつも、家父長的な態度をとらず、ゲイらしい振る舞いで女性に接して馴染んでいます。ローザにカネまでくすね盗られるあたり、ウィンディーは女性の脅威でも何でもない、無害な男であるという暗示でしょうか。
そんなウィンディーがあの保守的な男らしさをガンガンに放ちまくっているカウボーイ男たちがたむろする牧場に放り込まれる…この構図がもうギャグになっています。シスヘテロに取り込まれた孤立無援のゲイのおかしさと言いますか…。
そのカウボーイ男たちが群がる牧場が実はモリーという若い女性に仕切られているというのも、二重のギャグになっています。
つまり、本作は案外とジェンダーを題材にしたユーモア構造になっているんですね。若い女性のモリーの下に、典型的な男らしさのカウボーイ男たちがいて、その下にゲイっぽいウィンディーが配置される…。最下層のウィンディーが牛に話しかけて性別を間違うくだりなんかも、このジェンダーいじりを示唆しているかのようです。
その『世界の与太者』の中でもひときわ自虐の一線を大きく越えるのが、とあるシーン。
牧場に半ば強制労働となったウィンディーが「パンジー」と名乗る家政婦にある部屋まで食事を運びに行けと言われ、しぶしぶ部屋のドアをノックすると中から女性の声が聞こえて、驚きながら部屋に入ります。それはモリーなのですが、モリーは花をいじるのに夢中でこちらを見ておらず、いつもの家政婦だと思って「おはよう。パンジー」と挨拶します。そしてウィンディーは丁寧に挨拶を返し、モリーは「てっきりパンジーだと思った」と朗らかに反応。
この後のウィンディーのセリフが重要で、彼は「I’m the wildest pansy you ever picked(僕はきみが摘んだなかで一番に“ワイルド”なパンジーだよ)」と穏やかにかつお茶目に口にします。
この記事でも最初に紹介したように当時は「パンジー・クレイズ」の時代で、「パンジー」は実質的にクィアな当事者の暗示表現になっていました。
なのでこのシーンは「僕はゲイですよ」と自己紹介していると解釈できなくもありません。ただでさえ、演じている“ウィリアム・ヘインズ”が本当にゲイですから。ここまでずっとキャンプな振る舞いをしておき、このセリフまで上乗せするともう確信犯にみえます。
もちろん実際にどういう意図なのかはわかりません。アドリブにみえるようなシーンではないですし、脚本にあったセリフをそのまま言っていただけにせよ、業界人は「パンジー・クレイズ」を理解していたでしょうから、そういうセリフを用意したらどう結び付けられるかの察しがつかないことはないと思いますが…。
この後も、ウィンディーはカウボーイの格好をやけにキャンプにアレンジしてみたり、やりたい放題に遊んでいて、とくになんのドラマも起きていなくてもなんだか楽しいひとときを眺めることができます。
ウィリアム・ヘインズは与太者ではない
しかし、『世界の与太者』は後半は一気にウィンディーとモリーの異性愛ロマンスが主軸になり、典型的な規範どおりの物語に固定化して沿っていくので、前半のクィアなユーモアも砂嵐に消え、あまり注目点はなくなります。
映画的には本当に砂嵐の中で撮影していたり、激しい集団追いかけっこが繰り広げられたり、見ごたえはありますけど。
お約束のように異性愛カップルが祝福されてラストを迎える中、この映画の外、つまり現実社会では、主演の“ウィリアム・ヘインズ”には苦難が待っていました。
ヘイズ・コードが本格化しだした1933年、性的マイノリティへの抑圧がハリウッドの業界内で強まり、もう「パンジー・クレイズ」と言っていられなくなった時期。“ウィリアム・ヘインズ”はMGMのスタジオから「男性と関係を持ち続けるならクビにする。クビにされたくなければ女性と表向きの結婚をしろ」と要求されたようです。
結果、“ウィリアム・ヘインズ”は前述したボーイフレンドの“ジェームズ(ジミー)・シールズ”と付き合い続けるという自分らしい愛の道を選択し、映画業界から去り、俳優を引退します。
その後の“ウィリアム・ヘインズ”はパートナーの“ジェームズ(ジミー)・シールズ”とインテリア・デザイナーとアンティーク・ディーラーで成功し、1973年12月26日に亡くなるまで添い遂げたとのこと。“ジェームズ(ジミー)・シールズ”はその最愛の男性の死後の3ヶ月に後を追うように睡眠薬の過剰摂取で自ら命を絶ちました。
あの“ジョーン・クロフォード”が「ハリウッドで最も幸せなカップル」と評したとも言われるこの現実の男性2人をみていると、『世界の与太者』の主人公は与太者なんかではなく、実世界では己を貫いた人間だったのだなと印象が改まりますね。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
?(匂わせ/一瞬)
以上、『世界の与太者』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)public domain ウェイ・アウト・ウェスト
Way Out West (1930) [Japanese Review] 『世界の与太者』考察・評価レビュー
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