そしてこれからも応援してます!…映画『シアター・キャンプ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年10月6日
監督:モリー・ゴードン、ニック・リーバーマン
シアター・キャンプ
しあたーきゃんぷ
『シアター・キャンプ』あらすじ
『シアター・キャンプ』感想(ネタバレなし)
さあ、演劇をみんなで学ぼう
日本では子どもたちが演劇に身近に触れる機会と言えば、学校の「演劇部」が真っ先に挙げられますが、アメリカだと「サマーキャンプ」の文化があります。
サマーキャンプは、夏休みのある一定期間、子どもたちは家から離れ、そのキャンプに長期滞在し、他の子どもたちと寝食を共にしながら、遊んだり学んだりするというプログラムです。コミュニティにおける協調性や独立性を身につける良い機会として、とても親しまれています。
そのサマーキャンプで何をするかはそれぞれ違うのですが、中には演劇や演技に特化したサマーキャンプもあります。そこでは演劇の各種プロフェッショナルな先生がいて、みっちり指導を受けるという貴重な機会を得られます。そして、トレーニング、オーディション、仕事の割り振り…一連の流れをこなし、実際に本番で演劇をしてみせる…。こうした一から十までを体験することで、演劇の世界を余すところなく味わえます。
この参加者の中から将来のスターが生まれるかもしれませんし、演劇の業界に進まなくてもここで得た経験が何か活かされるかもしれない…。
どちらにしても大切な時間になることは間違いありません。
ただ、どうも日本人にはイマイチ馴染みのない文化なので、どんな雰囲気なのかよくわからないこともしばしばです。
今回の映画は、その雰囲気を知るのにぴったりなのではないでしょうか。
それが本作『シアター・キャンプ』です。
本作は、とある演劇の子ども向けサマーキャンプを舞台にしたコメディ映画で、トラブルに見舞われながらも演劇を完成させていく姿を追いかけた作品です。
特徴として、ドキュメンタリー風に見せかけたモキュメンタリー形式になっています。でもそこまで本格的にドキュメンタリーっぽくしておらず、結構テンポ重視で、メリハリのある構成になっているので、フェイク・ドキュメンタリーとしての巧妙さはそんなに期待するものではないと思います。
それでもかなりアドリブを多用しながらの構成になっているらしく、生っぽい感覚を撮らえることによる独特のユーモアなどは健在。
何よりも登場人物が、参加する子どもたちも、指導する大人たちも、みんな癖がありすぎるので、常に観ていて楽しいです。何をしでかすかわからないハラハラがいっぱいですから。
加えて映画全編が演劇というものに対するシニカルでそれでいて愛溢れる風刺でぎゅうぎゅうに詰まっています。演劇業界人であれば笑えるネタも盛沢山です。
この映画『シアター・キャンプ』を監督したのは、“モリー・ゴードン”と“ニック・リーバーマン”のコンビ。“モリー・ゴードン”は俳優で、最近だと『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』に出演していました。“ニック・リーバーマン”は“ベン・プラット”とよく仕事しているクリエイターです。
もともと短編として始まった作品で、それを長編映画化し、“モリー・ゴードン”と“ニック・リーバーマン”の長編映画監督デビュー作となりました。
“モリー・ゴードン”も主要キャラクターとして出演しており、“ベン・プラット”も共演し、完全に昔馴染みの友達付き合いの輪で制作されている映画ですね。だからなのか、和気あいあいとした空気で満ちています。
『ディア・エヴァン・ハンセン』の“ベン・プラット”(オープンリーな同性愛者です)のパートナーである“ノア・ガルビン”も参加しています。
他の共演陣は、ドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』で注目を集めた“アヨ・エデビリ”や、『The Wild Party』など舞台で評価されている“ネイサン・リー・グレアム”、『ラーヤと龍の王国』で声の出演もしたトランスジェンダー女優の“パティ・ハリソン”などが並んでいます。
キャスティングからもわかるように、本作はクィア・フレンドリーな作品で、LGBTQギャグも散りばめられていたりします。
『シアター・キャンプ』は95分と短く、気楽に眺められる映画ですので、ぜひ気分転換にどうぞ。
『シアター・キャンプ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に観れる |
友人 | :関心ある者同士で |
恋人 | :興味があれば |
キッズ | :大人向けのコメディです |
『シアター・キャンプ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):それでも演劇はやめません
ニューヨーク州北部の湖畔にある演劇スクール「アディロンド・アクト(AdirondACTS)」。このサマーキャンプでは長年にわたって子どもたちに演劇を教える場を提供し、愛されてきました。
そのサマーキャンプを引っ張ってきた功労者のジョーン・ルビンスキーは、仕事のパートナーであるリタと、子どもたちが演じる「Bye Bye Birdie」の劇をのんびり観劇していました。しかし、ストロボの光のせいで昏睡状態になり、急に倒れてしまいます。幸いにも命に別状はないようですが、「アディロンド・アクト」の中心人物が不在になってしまいました。
そこで経営上の臨時のトップとなったのが、ジョーンの息子のトロイでした。帽子にウエストバッグを肩から斜めにかけたこの若い男は、演劇に関しては素人です。とりあえずやる気にだけは満ちていますが、何をすればいいのかもよくわかっていません。
ひとまずジョーンのオフィスに座るトロイ。このキャンプのテクニカル・ディレクターをやっているグレンが説明してくれますが、トロイは演劇の基本用語も曖昧です。「ストレート・プレイってなに? ゲイ・プレイもあるの?」と頓珍漢な質問ばかりぶつけます。
実はこの「アディロンド・アクト」は経営的にかなり悪い状況にあり、なんとか次の劇で出資者に気に入られて資金を獲得しようとジョーンは考えていました。トロイもその経営面での課題に直面することになります。
そんなことも知らずに、ここでの学びを楽しみしている子どもたちが大勢やってきます。みんなワクワクです。
朝礼の時間、トロイがみんなの前に立ちますが、全然注目してくれません。ジョーンはいないことを語り、「心配するな、息子のトロイがいる」と堂々と自己紹介しますが、会場は静まり返るだけ。
そこでジジが説明を引き継ぐと、人気の先生を前に子どものテンションがボルテージアップします。さらにレベッカとエイモスも前に立ち、オリジナルミュージカルを考えていたことを発表。それは「ジョーン、スティル(Joan, Still)」というジョーンの半生を題材にした演劇でした。このサプライズに子どもたちは大熱狂です。
さっそくオーディションが始まります。役を獲得したい子どもたちは思い思いのパフォーマンスを披露してきます。
そんな中で、金融会社「バーンズウェル・キャピタル」の代表であるキャロラインが訪問してきます。バックステージでトロイが話をすると、何でも隣接する高級キャンプ・レイクサイドを所有する会社だそうで、この「アディロンド・アクト」が経営的に困っていると聞いたので買い取りましょうかという提案でした。
そうこうしているうちに配役が発表。ここでも大騒ぎの子どもたち。
こうして担当ごとのクラスが始まります。レベッカ&エイモスは劇で使用するオリジナル音楽を考えていく作業に取り掛かります。
練習を重ねて、最初のリハーサルの日となりました。順調に進んでいるように思えましたが、肝心のこのキャンプを足元からぐらつかせるような資金面での問題は依然として解決の目途がでないままです。
トロイは起死回生の一手を見つけることはできるのか…。
経営だって大変なんです
ここから『シアター・キャンプ』のネタバレありの感想本文です。
『シアター・キャンプ』はサンダンス映画祭でUSドラマチック審査員特別アンサンブルキャスト賞を受賞し、そのまま「Searchlight Pictures」が買い付けたそうですが、アメリカでは限定公開ながら観客をたくさん集めたとのことで、確かに演劇好きなマニアな客層のウケが良さそうな作品でした。
演劇を題材にしながらそれを映画という劇の中で描くというメタな構成の作品は、最近だと『アステロイド・シティ』など別に珍しくもないですけど、『シアター・キャンプ』はその2023年最新版にしてかなり見やすい敷居の低さがありました。
単純に演劇は成功するのかというサスペンスだけでなく、このサマーキャンプ「アディロンド・アクト」の経営上の課題もクリアしないといけません。
そこで摘み上げられてやってきたのがトロイです。明らかに演劇素人で、違和感満載のミスマッチな男。このトロイも相当に変人だと思うのですけど、舞台となっているサマーキャンプの演劇にかける情熱が迸りすぎているのと、それに関わる子どもと大人の異様な癖の強さのせいで、むしろこのトロイがちょっと圧倒されてしまっているのが笑えます。
このトロイを演じたのは、”ジミー・タトロ”というコメディアン兼YouTuberの人で、『アメリカを荒らす者たち』(原題は「American Vandal」)というこちらも一風変わった犯罪モキュメンタリーシリーズに出演したことでも有名で、『シアター・キャンプ』で”ジミー・タトロ”を気に入ったらぜひこっちの『アメリカを荒らす者たち』も観てみるといいですよ。
一見するとダメそうなトロイですが、根は案外と真面目というか、ちゃんと諦めることもなく、しっかりこの経営上の課題に向き合ってくれているのがエラくて、ずっと見ていると好きになってくる人物でしたね。
「Airbnb」で小銭を稼ぐなど行き当たりばったりな手段しかとれないのですが、最終的には棚からぼたもちで助けられることになるトロイとキャンプ。目覚めたとは言え、ジョーンはもう高齢なので、きっとあのトロイならこれからもキャンプをなんとか維持してくれるでしょう。
コロナ禍で一層経営的な厳しさを痛感することになったであろう、現実の演劇関係者にとって、このトロイの姿は笑えると同時に切実に重ねるものでもあるはずで、そういうリアルな苦労体験をもしっかりユーモアに変えていくという本作のセンスが光っている部分でもありました。
みんなで何かを作るのは楽しい
『シアター・キャンプ』の面白さの秘訣は、やっぱり大人と子どものアンサンブル。
当然、モキュメンタリーなので、それぞれの出演者は「演技」をしているわけですが、大人と子どもだと立ち位置が違っていて、そこの食い違いでも笑いをとります。
大人勢は真剣ではあるのですが、やはりどこか過剰に教師を熱演しており、その空回りっぷりが愉快です。普通に考えるとまとまりそうにない先生たちなのですけど、最終的には完成へと導いてくれるのは物語上のご愛嬌です。
“アヨ・エデビリ”演じるジャネットとか、はたまたベテランの風格を漂わす“ネイサン・リー・グレアム”演じるクレイヴとか、教師たちもキャリアもバラバラで、きっとこういう立場の違う人たちでも集結して一丸となるのが本来の演劇の醍醐味なんでしょうけどね。
そういう意味でもサマーキャンプ形式で演劇を学ぶのってすごくぴったりなんだろうな…。
子どもたちはどの子も個性的で、よくこんな子を揃えたなと思うほどに、全員が魅力的です。どの子どもであっても磨けばスターになるような原石のように感じます。
年齢や人種も多彩で違うし、車椅子の子だっている。それでも一緒に演劇をする。こういう経験、やっぱり日本だと味わいにくいよな…と思ったり…(こういう子ども時代の経験からして日本と海外の演技業界の人の格差に繋がっていくのだとも思う。日本の大人が人種のトピックに疎いのもそういう背景があるわけだし…)。
もちろん本作の場合は意図的に子どもたちを配置しているだろうし、演出もどこかにあるのかもしれませんが、それが全然目立たないほどに作中の子どもたちは自然体に見えました。
そんな大人と子どもが混ざり始めるとそれはそれで面白い化学反応が起きます。
例えば、レベッカ&エイモスが「Tear stick」(泣きの演技をするときに涙を演出する小道具)を密かに携帯していた子を見つけ、「それはドーピングだから、邪道、使っちゃダメ」と教育するシーン。大人たちの必死過ぎる説得の中で、ちゃっかり大人もその「Tear stick」を使いながら泣いてみせるので、皮肉たっぷりです。
そんなこんなありつつ、最終的には素晴らしい演劇が完成し、それを見せられるとこちらもまんまと感無量になってしまう。この構成はベタですけど、まあ、ここは外せないですよ。
2023年は全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)と全米脚本家組合(WGA)が、全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)に待遇改善を要求して63年ぶりの同時ストライキに突入したわけですが、あらためて「演劇といった世界に身を投じる楽しさ」を確認し、そんな世界を守っていきたいという想いを強めてくれる作品でした。
こんな楽しさはAIには作れませんよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 79%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
モキュメンタリー形式の作品の感想記事です。
・『アボット・エレメンタリー』
・『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』
作品ポスター・画像 (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. シアターキャンプ
以上、『シアター・キャンプ』の感想でした。
Theater Camp (2023) [Japanese Review] 『シアター・キャンプ』考察・評価レビュー