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『グリーンブック』感想(ネタバレ)…この映画に満足する人と失望する人の違い

グリーンブック

この映画に満足する人と失望する人の違い…映画『グリーンブック』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Green Book
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年3月1日
監督:ピーター・ファレリー
人種差別描写

グリーンブック

ぐりーんぶっく
グリーンブック

『グリーンブック』あらすじ

1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒として働くトニー・リップは、粗野で無教養だが口が達者で、何かと周囲から頼りにされていた。しばらくの間、仕事がなくなってしまったトニーは、南部でコンサートツアーを計画する黒人ジャズピアニストのドクター・シャーリーに運転手として雇われ、黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに車を走らせる。

『グリーンブック』感想(ネタバレなし)

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アカデミー賞作品賞を受賞!

思い入れの差はあれど種々雑多な映画ファンがなんだかんだ言ってついつい気にしてしまうアメリカのアカデミー賞の受賞作の発表が今年も終わりました。

結果は…本作『グリーンブック』が強豪を押しのけて作品賞を受賞。今年は予想がしづらいと散々事前に言われていましたが、蓋を開けてみるとそこまで極端なサプライズもなく、定石な感じでしたね。最近のアカデミー賞はひとつの作品が多くの部門を総なめにすることなく、ほどよく分け合うような受賞傾向があるので、極端なインパクトを与える映画は少なめな気がします。そのぶんひとつひとつの映画に光があたる機会は増えるので良いといえばそうなのですが。

ともあれ今、一番勢いに乗っている『グリーンブック』がアカデミー賞結果発表後にすぐさま日本で公開です。ここ近年の日本の配給会社は「受賞作をホットなタイミングでお届けする」というビジネス戦略でいくようで、映画ファンとしても嬉しいです(まあ、本国公開時と同じ時期に観たいのが本音ですけど)。

正直、『グリーンブック』は「アカデミー賞作品賞受賞!」という宣伝文句でもないと、なかなか日本では観客を入れづらい作品だったと思います。なにせ日本人の苦手な人種ネタで、加えてコメディですからね。邦画お得意の「3回泣ける!」みたいなキャッチコピーが使えそうな映画でもないですし、日本の世間では名の知られた有名な俳優も登場しませんから、売りがほぼゼロ。そういう打算的な観点では、本作が受賞して良かったといえるかもしれません。

本作は実話ベースの物語で、イタリア系の屈強そうな男が運転手となって、裕福なアフリカ系アメリカ人のピアニストのツアーに同行する過程で、いろいろな人種問題に遭遇して…という典型的なバディ・ロードムービー。

時代は1962年。この時期は人種隔離(黒人は白人と同じ店で食事できません!みたいなやつです)が法律で認められており(いわゆる「ジム・クロウ法」)、人種差別が平然と日常に溶け込んでいました。タイトルにもなっている「Green Book」とは、ヴィクター・H・グリーンにより毎年出版された“黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブック”だそうで、こういうものが存在して重宝された時点で人種隔離の根深さを感じさせます。

これだけ聞くとシリアスな映画なんだろうなと身構えてしまいますが、本作がアカデミー賞作品賞に上り詰めることができたのは、その表向きの題材に反した“痛快な明るさ”があってこそ。

なんて言ったって、監督があの“ピーター・ファレリー”なのです。一部の映画ファンならご存知のはず。『ジム・キャリーはMr.ダマー』でおなじみ、不謹慎アホ映画ならこの人の“ピーター・ファレリー”(なお本作は“ファレリー兄弟”ではないです。片方だけ)。この監督の作風を知っている人なら「えっ? あのファレリーがアカデミー賞作品賞!?」とびっくり仰天なのですが、その部分はあんまり注目されておらず…。なにせアカデミー賞でも監督賞に“ピーター・ファレリー”はノミネートすらされていませんからね(かなり珍しい現象)。なんかちょっと可哀想…。でもファレリーだからな…。逆に本作の素晴らしさに惚れ込んだ人が「この監督の過去作も見てみよう~」となって幻滅しないか心配です。

そんな監督は置いといて(えっ)、シナリオはアカデミー賞脚本賞を受賞しただけあって綺麗にまとまっていますし、キャスト陣の名演も光ります。主役を演じた“ヴィゴ・モーテンセン”も見事ですが、やはりアカデミー賞助演男優賞の二度目の栄光に輝いた“マハーシャラ・アリ”は凄い。これだけでもじゅうぶん見る価値はあります。

ちなみに今、本作公開日である3月1日の日本の映画館は空前の“マハーシャラ・アリ”だらけ状態になっています。本作の他に、先行公開というかたちで同日公開している『スパイダーマン スパイダーバース』にも声の出演、前週から公開している『アリータ バトル・エンジェル』にも悪役側で出演。なんだこれ…。

映画の見やすさで言えば一級品ですので、普段はこの手の映画に手を出さない人でも、アカデミー賞作品賞受賞作という触れ込みを信じて映画館に足を運んでみてください。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(映画ファンなら必見)
友人 ◯(相手の差別意識を知れる)
恋人 ◯(相手の差別意識を知れる)
キッズ △(社会問題に関心を持ってから)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『グリーンブック』感想(ネタバレあり)

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実は映画界と縁があるトニー家族

書き忘れていましたが、本作『グリーンブック』はもう1点、鑑賞するうえで知っておくとさらに興味深いポイントがあります。

実話ベースと書きましたが、主人公である運転手の「トニー・“リップ”・バレロンガ」という人物。実はこの作中のエピソードの後、俳優として映画界で活動するようになるんですね。ほとんど目立った役ではないのですが、あの『ゴッドファーザー』にも出演していてそれがデビュー作だとか(クレジットなし)。

そして彼の息子“ニック・バレロンガ”も父の後を継ぎ、監督・俳優・プロデューサーとして映画界で精力的に活動。その“ニック・バレロンガ”が父親とドン・シャーリーの交流を映画化したいと熱望し、自分で企画を温めて、脚本・製作を担当し、ついに実現したのが本作なのです。

つまり、限りなくセルフ家族伝記映画に近いのが本作であり、そりゃあ、当然想いもいっぱい詰まったものになるわけです。このセルフ家族伝記映画という共通点でいえば、本作と同じくアカデミー賞作品賞にノミネートされていた『ROMA ローマ』も同じという偶然(異なる人種同士の交流という点でも一緒)。

そのせいなのか、本作はバレロンガ家の家族の描写がさりげなく物語の土台になっており、トニーとドンという異なる人種の人間同士の触れ合いをメインテーマ風に通しつつも、最終的にはバレロンガ・ファミリーが温かさを深めるという部分に帰結します。

このことは本作を語るうえで非常に重要です(後述する本作への批判にも関係してきますが)。

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ファレリー節は失礼さが大事

とはいっても、やっぱりトニーとドンの掛け合いが一番の魅力。

非常にウェルメイドな作品ですし、“ピーター・ファレリー”監督も「笑いをとらないように我慢した」と語るほど、謎の作家性しばりを発揮し、監督作とは思えない「上品な」映画に仕上がっています(これは褒め言葉なのか…)。

でも従来のノリの“ピーター・ファレリー”監督作が好きな私としては、本作に要所要所でファレリー節がぶっこまれていたなと痛感できるシーンがあったので、そこが楽しかったです。

例えば、キャラ付けは極端。実際の史実の人物はここまで対照的ではなかったのだと思いますが、そこはファレリーの手にかかればこのとおり。トニーは、リアル・ジャイアンなのかなと思うくらいの考えるより先に手が出る暴れっぷり。作中で頻繁に出てくる食事シーンでは、食べ方がめちゃくちゃ汚いのも印象的。私はあの汚れた手でハンドルを触られるのは嫌な人間ですね…。とにかくあんまり付き合いたくないなと思うタイプの人物です。

対するドンは、どこの国の王子だよというファースト・インパクトが強烈(ちょっと『星の王子 ニューヨークへ行く』を連想しました)。このあたりからすでにこの映画はリアルな人物描写をともなう伝記としての精密さはバッサリ捨てているんだなとわかります。

“ピーター・ファレリー”といえば、「不謹慎で失礼な行為を平然とする」というお決まりの作風がありますけど、本作にもちゃんと健在。序盤に、家の台所を修理する黒人二人の作業員に妻が飲み物を出している姿を目撃したトニーが、それで使ったコップを後に丸ごとゴミ箱へ捨てるという失礼極まりないシーンとか。

個人的に一番面白いのは、ケンタッキー・フライド・チキンのシーンですね。頑なに食べたがらないドンに強引に勧めるトニー。最終的にすっかり美味しさにハマって完食したドンは「骨はどうするの?」と聞くと、トニーは走行中の車の窓からポイ。ドンも笑いながら同じことをする…と、トニーは飲み物容器まで窓からポイ。一瞬で「えっ」という真顔になるドン。

こういう極端な人物像や演出が鼻につく人もいるでしょうけど、これがいつものファレリー節なんですとしか言いようがない。本作はまだマイルドな方ですしね…。

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真新しさに欠けるけど…

史実を上手くアレンジしたよくできたプロットなのは納得ですが、私としては真新しさには欠けるかなという不満もなくはないです。本作はアカデミー賞脚本賞を受賞しましたけど、おそらくノミネート作品の中では一番オーソドックスですよね。

異なる者同士が車で旅をしながら関係を深めていくロードムービーなんて腐るほどありますけど、やはり最も酷似している作品として挙げられるのはすでに指摘も多いですがブルース・ベレスフォード監督の『ドライビング Miss デイジー』です。

『ドライビング Miss デイジー』は1989年の映画で、ユダヤ系未亡人の老婦人とアフリカ系運転手の交流をユーモラスに描く一作で、二人とも人種は違えど異なる差別を受けていたり、黒人差別の酷さを目の当たりにするなど、内容が重なる部分が多々あります。しかも、『ドライビング Miss デイジー』もアカデミー賞作品賞を受賞しているので、こちらの映画を知っていると「また似たようなのを…」という二番煎じ感は否めません。

もちろん同系列とはいえ『グリーンブック』には現代的なバージョンアップもあるとは思います。

“マハーシャラ・アリ”演じるドンの描写はとくにそう感じるところ。彼の一見するとあり得ない誇張された存在感ですけど、どこかリアルな切実さをフッと表に出すバランスの上手さはさすが“マハーシャラ・アリ”。そもそも“マハーシャラ・アリ”自身、俳優として成功し裕福になるも、いまだに日常では差別を経験し、「ステレオタイプな黒人ではないけど差別的な黒人扱いはされる」という“どっちつかず”さを抱えて現在進行形で生きている人物であるバックグラウンドが演技に活かされているのでしょう。その点で見れば、黒人側に一歩、歩み寄ったと思います。

あとは先ほど書いたファレリー節と合わせて好みの問題が大きいですね。

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本作が批判される理由

ただし、好みの問題で片づけられない点があるのが『グリーンブック』の最大の困ったところで…。

実は本作は黒人差別を扱った映画でありながら、アフリカ系アメリカ人からの評判は決して高評価ではないのです。例えば『ブラック・クランズマン』のスパイク・リー監督や『ブラックパンサー』のチャドウィック・ボーズマンなど、本作の作品賞受賞に不満を表す人は少数ではありません。黒人差別テーマの映画でこの反応は致命的です。

理由はこの手の問題に熟知している人なら察しが付くとおり、「白人視点による黒人描写のステレオタイプ」が本作に漫然と鎮座している点。それはいかに黒人コミュニティの間で問題視され続けてきたかという話は長くなるので『私はあなたのニグロではない』というドキュメンタリーでも見て学んでください。

確かに本作はトニー側の意向で映画化が進められ、内容もトニー側中心で、監督も白人ですから、黒人はそっちのけではあります。また個人的にはトニーの妻の描写も非常にステレオタイプにとどまっており、今のジェンダー観においてもどうなんだと思わなくもない…。

ともかく本作は図らずも作品賞受賞の吉報でさらに批判が噴出することになってしまいました。

映画は芸術。だから映画賞はオリンピックと違って1位の映画を決める場所ではなく、100点満点の映画が受賞作である必要はありません。映画賞を咎めたからと言って受賞できなかった映画の評価が上がるわけでもありません。

でも、映画は芸術だからこそ、ときに政治的な視点で批評するのも大いに結構なんですね。『グリーンブック』への批判は私たちが考えるべき論点を投げかけているのではないでしょうか。

私は映画賞は「時代を映す鏡」だと思っていますが、本作にまつわるこれらの話題はまさに今の時代を投影しているじゃないですか。つまり「白人側は歩み寄っているつもりでいる。でも黒人側は納得はしていない」。まさに2018年はそういう時代なのでしょうね。

本作は厳しいことをいえば、差別をする側(実際に差別をしているかどうかは別として)が気持ちよくなれる映画なのでしょう。本作を観ることで、差別の怖さと融和の大切さを学んだ“ような”気分に浸れる。だから入門編として最適です。

大切なのはここで終わりにしないこと。本当の意味で互いを知るドライブは、まだ始まったばかり。道のりは長いです。

『グリーンブック』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 79% Audience 93%
IMDb
8.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

以上、『グリーンブック』の感想でした。

Green Book (2018) [Japanese Review] 『グリーンブック』考察・評価レビュー