幻土
Netflix映画『幻土』(げんど)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:A Land Imagined
製作国:シンガポール・フランス(2018年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ヨー・シュウホァ

幻土

あらすじ

シンガポールの埋め立て地にある建設現場で働く中国人のワンが失踪した。事件を追う刑事は自分がその行方不明の労働者の男になった夢を見る。ワンは夜も眠れずに、ネットカフェでゲームに没頭していた。そして何かに導かれるように夜の埋め立て地を歩いていくと…。

ネタバレなし感想

これは日本かもしれない

日本中が新元号の発表で「れいわ~!」と沸いていた2019年4月1日。元号以上に日本社会に大きな影響を与えるであろう“ある法律”が改正されて施行されていたのをご存知でしょうか。

その法律とは「改正出入国管理法」

ニュースでもたびたび話題となっているとおり、今、日本は深刻な人手不足。そこで国内では確保できない人手を補うために外国人労働者を大量に活用する方向へ日本は舵を切りました。今後、5年間で最大34万人以上の外国人労働者を受け入れるとしており、日本の働き手は大きく様変わりしていくことは必須です。政府としてはこれを「移民」とは認めておらず、あくまで「特定技能」という在留資格を持った選ばれた人たちとして“コントロール”している…というのが公式の建て前。

しかし、各所で問題点が指摘されているように、外国人労働者をめぐるさまざまな社会問題がすでに発生しています。違法な低賃金や重労働、ハラスメント、労働者の失踪…これらの話はもう現時点で日本の外国人労働者が経験していること。当の日本人ですらブラック企業に悩まされているというのに、外国人労働者の労働環境を健全化できるのか。希望は全く見えません。

そんな日本の今、もしくは数年先の未来を透視するようなシンガポールの映画が本作『幻土』です。

本作はシンガポールで働く外国人労働者たちの現実世界を舞台に、その過酷な状況と救いのない絶望をアーティスティックに切り取った社会に訴えかける映画になっています。ジャンルとしては「ノワール」ですね。なので重苦しい空気が終始漂っています。

シンガポール映画なんて普段は見ない人が大半だと思いますが、本作は特筆性のある作品です。

まず本作はロカルノ国際映画祭で最高賞となる金豹賞を受賞しています。ロカルノ国際映画祭とはスイス南部のティチーノ州ロカルノで毎年行われている映画祭で、1946年から開催されているので、歴史があります。そうは言ってもなかなか映画ファンの間ですら知名度は高くないと思うのですが、社会問題をテーマにした文学的作品が賞に輝く傾向があり、なおかつスターを全面に押し出したウケのいいプロモーションをしていないせいですかね。日本関係の受賞経歴もあり、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』が最優秀女優賞を受賞したりと、全く無縁ではないのですけど。

もうひとつ本作に関して言及するなら、本作の撮影を担当しているのが日本人だということ。シンガポールのラサール芸術大学で教鞭をとる“浦田秀穂”が撮影を手がけ、本作での仕事も高く評価されており、アジア太平洋映画賞(Asia Pacific Screen Awards)で撮影賞を受賞しました。観ればわかりますが、非常に撮影に凝った構成になっているので、必見です。

本作の監督の“ヨー・シュウホァ”は2009年に『In The House of Straw』という映画でデビューしたようです。が、私は本作で初めて知った若輩者なので、全然どんな作家性を持った人なのかは語れません。逆に新鮮に初見を楽しめたので良かったですけどね。

ロカルノ国際映画祭の金豹賞受賞作のほとんどは日本では劇場で一般公開されず、ビデオスルー作品になることもないのですが、今回は幸いなことにNetflixで配信されました。映像がとても細部にわたって作りこまれているので、できれば大画面での鑑賞を強くオススメしますが、いつでも見られるので気軽にどうぞ。

先ほども書いたように、作中で描かれることは完全に日本とシンクロしています。シンガポールという異国の話のようで、日本とも地続きに重なる本作のストーリーは、今こそ観るべき物語のはずです。5年後の日本を想像しながら…。すると本作の世界を日本と錯覚してしまうかも…。そして境界はなにもかも曖昧に…。

オススメ度のチェック
ひとり◎(じっくり堪能すると良し)
友人◯(ノワール好きなら)
恋人△(人を選ぶのであまり…)
キッズ△(シリアスな大人向け)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

外国人をめぐる2つの二面性

外国人労働者の問題という日本とシンガポールの共通点がある物語だと本作を紹介しましたが、もうひとつ共通した部分があります。

それは観光業という視点。

シンガポールといえば、国そのものが一大リゾート地ともいえるほど、国家スケールの観光産業を推進しています。マリーナベイ・サンズなどの豪華絢爛な統合リゾートホテルが立ち並び、あらゆるテーマパークがひしめき合い、それはまるで天国のようです。

偶然にもちょうど今、公開されている大ヒット国民的某アニメ劇場版がシンガポールを題材にした内容なのですが、そこでもこのシンガポールの華やかな世界が描かれています(まあ、作中では大変なことになっていましたが…)。シンガポールを旅行で訪れる日本人の数は毎年80万人ほどだそうで、その映画の影響で若い層にも関心を惹きつけてさらに旅行者数を伸ばすかもしれませんね。

そして、日本国内もまたこのシンガポールが以前から進めているリゾート観光を今後の経済成長の主力にするべく政府一丸となって動いています。「カジノを含む統合型リゾート(IR)」政策はまさにシンガポールの先行事例を参考にしており、シンガポールでカジノを展開している企業も日本への参入に関心を持っています。

日本ではリゾート観光の発展で地域経済が潤うと希望的に評価する声もありますが、そんな単純な話ではない。そういうあまり積極的に見ようとすらされない現実を『幻土』は突きつけます。

光があれば影もある。外国人観光客を惹きつけるリゾート施設がどんどん出来上がる裏で、そのリゾートを作るために多くの外国人労働者が動員されている。楽しんでハッピーな外国人と、苦しみ追い詰められる外国人。外国人をめぐる2つの二面性ですね。

私事ですけど、私自身、リゾート施設のある“とある市町村”と付き合いがあったことがあり、そのとき痛感したのは「観光では、利益を得られる人は特定の人に限られる」ということ。要するに観光で地域全体が潤うなんてことはなく、あくまで一部の大企業や有力な人たちだけが利権を手にし、その他の大勢の地元住人は何ら変わらない欠落を抱えた暮らしをしています。同じ地域でも2つに分かれた別世界です。

『幻土』で描かれるあの世界は、シンガポール特有でも何でもない、本当に普遍的などこにでもある光景なのです。

これは夢?

『幻土』はリアルそのものな題材でありながら、物語自体は幾重にもフィクションを折り重ねて展開されているため、何が事実で何が幻想なのか観客には特定できない構成になっています。まさにタイトルのとおり「幻」。それは、この地で働く外国人労働者がまるで実在する人権を持った“人”として扱われていないことへの皮肉でもありますし、またこの地がもたらす経済発展は本当に“本物”なのかという問いにもなります。

そんな確かなものが何もないこの地に立ち入ることになったロクという刑事の視点でまずはストーリーは始まります。もうひとり相棒の男を連れて、大規模な埋め立て作業地を訪れたロク刑事。どうやらワン・ビチェンという名の消えた運転手を探しているらしいですが、働いていたはずの現場に行っても誰も覚えがないと口を揃えます。

「作業員が多くて把握しきれない」という現場責任者の無関心さも残酷ですが、宿舎に一緒にいたはずの仲間も知らないというあたり、なにか怪しい空気。強引に問いただすと、奴と親しいバングラデシュ人が埋め立て場にいるからと、なんとか手掛かりになりそうな情報を入手。

「誰も探していない」という事実は、この時点では観客にしてみれば“外国人労働者の扱いの酷さを語っている”と受け取れるわけですが、じゃあ、そのワンはどこへ行ったのかという謎が浮かび上がります。

でも本作は通常のミステリーではないんですね。さっきも言ったように明確な回答は提示されません。

それどころか本作のこの序盤の後、「夢の中で俺はワンになっていた」というロク刑事の語りからシームレスに、ワンの視点に物語が映ります。映るのは埋め立て地で働いているワンなので、過去の話のはずですが、一般的な回想シーンではありません。前後の文脈を踏まえると、ワンになっていたロク刑事の夢の中と考えるのが妥当なところですから。つまり、これ以降で描かれるワンの物語は事実とは限らないということ。

それを踏まえて鑑賞する必要があります。

幻土

夢から現実へ。そしてまた夢へ

とりあえずワンの視点です。

ワンは怪我したことでバングラデシュ人たちを輸送するトラックの運転手として働くことになり、そこでバングラデシュ人のアジットと仲良くなります。またネットカフェで働く短髪女性とも知り合いに。

そうした関係性の中でワンはこの地への確信が持てなくなり、まるで彷徨うようになっていきます。

その最果てがネットカフェでプレイしているFPSゲームというのがユニークです。トロール862という謎のユーザーとチャットし、意味深なことを語られ、どんどんと別世界に誘われるように存在を不確かにしていくワン。ゲーム映像がバグったように乱れ、またロク刑事の視点に戻ります。

つまるところ、本作はフィクションの重ねがけ、夢の中で夢を見るような演出になっているわけで、ものすごくややこしい構造ですね。

ロク刑事の視点に戻ると、彼もまた問題のネットカフェへ。ワンの使っていたパソコンを調べると、トロール862とチャットすることに成功。そこで怪しい男が飛び出し、銃を向けることになりますが、その謎の男は結局、車に轢かれてしまい、真相は闇の中。

それでもアジットに会うことができ、「ロク刑事がお前の待遇を知りたがっている」と現場責任者に言われたアジットは「この会社で働けて幸せに思っています」「他の国より良い給料です」と拙い英語で律儀に回答。アジットが語るのは世間に見せる用の“現実”ですね。でも「ワンに何があった?」という質問には彼もまた口を閉ざすのでした。

完全に八方塞がりのロク刑事がワンと同じようにネットカフェでFPSゲームをやっていると、なんとワンの通信が。これがゲートになってロク刑事もまたワンのように別の世界へと誘われていくのか、短髪女性に案内されたのは外国人労働者が楽しそうに踊る“どこかの場所”。そこで外の景色を見る“探していた男らしき人間”の後ろ姿を目撃しますが、ロク刑事にはもう捕まえる意志はないようで…。

ここで映画は終わりです。

外国人労働者にとっての理想郷は幻か

結局、ワンに何があったの?なんて質問はこのノワール映画に対しては野暮な問いかけです。あえてエンディングに言及するなら、外国人労働者にとってのリゾート的な理想郷が幻の中に存在する…そんな異世界を現実への風刺込みで見せるというラストだと私は解釈しましたけど。その理想郷が現実にはなく、異世界にしかないのが悲しいあたりですし、一方で誰にも探してほしくない自分たちだけの場所にしておきたいという願望も感じさせます。

本作はアンダーグラウンド・ノワールの中でも日本に近しい要素もあるからか、個人的にも興味深く見られました。それこそ自分もあの世界に迷い込んだように。

ロケーションの使い方が上手く、あの殺風景で無機質な埋め立て地とシンガポールの煌びやかな夜景が対比されていてまず良いですね。しかも、昔は海だったというこの埋め立て地は外国の砂で出来上がっている…という視点からの“不確かな世界”を演出していく話の導線はすごく感心させられたというか、素直になるほどなと。かなりストレートな提示ですよね。まさに物質的にも“外国”の礎で成り立っているということですから。

あとはこれは誰もが印象に残るであろう、映像のクセ。赤みがかった映像演出。ニコラス・ウィンディング・レフン監督みたいですが、本作ではネットカフェなど別世界との接点になるような場所で主に使われており、ちゃんとストーリー上の仕掛けになっているので、単なるアート映画的なこだわりだけじゃないのも面白いです。

他にもゲーム演出も斬新でした。ネットカフェでワンやロク刑事がプレイするあのゲームは、「カウンターストライク」という2000年からある古いゲームらしく、対テロ特殊部隊とテロリストが対戦するものだそうです。この手のゲームはどうしても露悪的に利用されがちですが、本作は監督が比較的若いせいか、結構新しい使い方をしていたと思います。

社会問題も全く違った見え方ができたりして、たまにはこういう挑戦的なアプローチの映画を観るのもいいものです。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 63% Audience --%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)mm2 Entertainment, Netflix