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『妹の体温』感想(ネタバレ)…ポルノではない、現代的女性の心の揺れを描く

妹の体温

現代的女性の心の揺れを描く…映画『妹の体温』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:De nærmeste(Homesick)
製作国:ノルウェー(2015年)
日本では劇場未公開:2016年にDVDスルー
監督:アンネ・セウィツキー
性描写

妹の体温

いもうとのたいおん
妹の体温

『妹の体温』物語 簡単紹介

ノルウェーのオスロに暮らすシャルロッテは、充実した日々を送っているようにみえるが、自分に無関心な母親とアルコール依存症の父親との冷め切った家族関係に心を痛めていた。そんな時、シャルロッテは会ったことがなかった異父兄を訪ねる。これまでの人生にはいなかった人間との触れ合いは新鮮であった。兄との交流を徐々に深めるうち、2人は徐々に惹かれ合い体を重ねていってしまうが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『妹の体温』の感想です。

『妹の体温』感想(ネタバレなし)

「文芸エロス」って何?

「文芸エロス」というジャンルがあるそうですが、知っていますか?

私は全然知りませんでした。いや、名前は知らなくとも普通にそのジャンルの作品は観ていたのですが、でもそれをそういうジャンル分けで扱うという視点があることを理解していませんでした。

でも言い訳ではないですけど、それもしょうがないでしょうと言わせてください。だって、これほど扱いがぞんざいな分野も他にないでしょう。

「文芸エロス」は、いわゆる性行為を直接描写することがメインの「官能(ポルノ)」とは全く違います。なので「文芸エロス」に性的欲求を満たす役割を求めても「それは他所でお願いします」と言われるだけです。私なりの表現で説明するなら、「文芸エロス」は性的な要素や表現がストーリーの軸や鍵になったり、演出的に効果的に効いてくるような文学的作品…といったところしょうか。つまり、あくまでドラマがメインなのです。

ゆえに「文芸エロス」はすごく売り込みづらい映画です。となると「官能(ポルノ)」と抱き合わせ的に、もしくはミスリードさせるような方法で宣伝するのが関の山だったりします。結局、「官能(ポルノ)」を期待していた人にとってはハズレみたいな作品に思われていたりも…。実際にそんな感想やコメントも各所でチラチラ拝見できますし、少なからずその弊害は起こっているようです。

ということで認識されにくいジャンルなのです。でも、逆に文学的映画が好きな人には隠れた名作になりうるかもしれません。ただ、そういう映画を求める人には、その宣伝の露骨な誇張のせいで、視界に入らないこともあって…。結局、誰も得をしていないじゃないですか。

やっぱりその両者大損の状態を解消するためにも「文芸エロス」という言葉の認知を広めていくしかないのかもしれませんね。

そして、百聞は一見に如かず。そのジャンルの映画を実際に見てみることも大事。そこで紹介するのが本作『妹の体温』です。

本作はノルウェー映画なのですが、邦題がもろにポルノチックな名称になっている、残念な扱いの「文芸エロス」映画です。友人でも家族でも誰でもいいですけど、「妹の体温」と書かれたパッケージのDVDがあったら、絶対「おい、なんでこういうの人前に堂々と置いているんだ」みたいに白い目で見られるのは確実です。そういう趣味なのか…って思われる可能性は大です。これは由々しき事態。今後の社会的信頼性さえ揺らぐかもしれません。

そうなったらこのブログを見せて「これ、ちゃんとした映画なんだよ! ほら、ネットにも書いてあるだろ!」って説明に使ってください(それで納得してもらえるかの保証はできません)。

明確にあらためて書いておきますね。『妹の体温』はれっきとした真面目な映画です。中身はしっかりしたドラマが詰まっています。ポルノではないです。AVと一緒にしないでください。…よし、こんだけ言っとけばなんとかなるか。あとは…どうにもできない(放置)。

でも本当に真面目な話、本作は真っ当な映画ですから。実際に本作は第88回米アカデミー賞の外国映画部門においてノルウェーの推薦作候補のひとつに選ばれたりと、ドラマが評価されています。

内容としては女性の生き方を問う映画であり、似た近年の作品でいえば『ブルックリン』が挙げられるでしょう。

しかも、『妹の体温』の英題は「Homesick」。英題の方がこの映画のテーマを捉えています。 間違っても「近親相姦による禁断の愛」みたいなドロドロした展開を望んでも肩透かしをくらうだけです(もちろん、性行為シーンはあるのですが)。

女性のほうが本作に感情移入しやすいかもしれません。けれどもウェルメイドな作品なので幅広く楽しめる作品です。ぜひ遠慮せずに手を取って鑑賞してみてください。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『妹の体温』感想(ネタバレあり)

男女平等のノルウェーでも…

現代の女性の生き方は、一昔前と比べてはるかに多様で自由になったということは誰もが実感するところでしょう。もちろん、まだまだな部分も残っています。露骨な差別もあれば、目に見えない偏見もあって、千差万別。とらえどころがないのがまた困ったものです。

それでも社会は変化していき、女性の在り方も変わろうとしています。

ではその変化は女性にとって人生の豊かさや楽しさにつながっているかというと、正直言って全ての女性はそう感じていないとも思います。“女性にまつわる社会の変化”に上手く乗れた女性はハッピーな人生を送れているでしょうが、そうじゃない女性もいるはずです。仕事・家庭・恋愛・趣味どちらに肩入れすればいいかわからず、中途半端になったりする。自由ということは、裏返せば道に迷いやすいということです。

こういう不安定な立ち位置に不安を感じ、人知れず困っている女性というのは多いのではないでしょうか。

本作はノルウェー映画です。ノルウェーというのは世間的には非常に女性の社会進出が進んでいる国だと言われています。その証拠に、世界経済フォーラムが毎年公表している「ジェンダー・ギャップ指数」でも男女平等な国のランキングでノルウェーは常に上位をキープしています(上位は北欧諸国ばかり)。これは、ノルウェーは伝統的に女性解放運動が盛んで、加えて以前からあった労働力不足を補うために移民と並んで女性の労働力が不可欠で頼られてきたという国の背景も実質的な理由として存在しているようです。現在は、会社の取締役会における性別クォータ制度(企業の規模により異なるが、取締役が10人以上であればいずれの性別も40%を下回ってはならない)という仕組みなど制度としてジェンダーの平等を支援する国づくりが行われているとのこと。

そう聞くと、ああ、きっと暮らしやすいのだろうな…と思ったりしますが、でもやっぱり苦しんでいる女性はいるのだということを本作は示しているのだと思います。

迷子の白鳥は踊るだけ

本作『妹の体温』の主人公、シャルロッテはまさに女性特有の「道に迷った」状態にある人物でした。家にいない母と酒に溺れる父の冷めきった家庭で育ち、仕事にも目標が持てず、恋人との関係も惰性で続いているのみ。別に特別な悲劇を抱えているわけではありません。ただ、そこに生きる明確なやりがいのようなものを見いだせていない。それは多くの人が共感しやすい普遍性のある状態だと思います。

それでもシャルロッテは一見するだけでは普通に暮らしているように見えます。それはバレエ教室の子どもたちに彼女自身が語る「失敗したときは平気な顔して踊り続ければミスしたとは思われない」という言葉どおり、まさに彼女はそういう生き方で誤魔化していたからでした。

この気持ちは私もよくわかります。人って、辛いと感じた時ほど平然とした顔をしてしまうものですよね。

しかし、明確な人生の道を進んでいる女性が周囲に現れていきます。母は文学とフェミニズムを学び、博士学をとり、勉学と仕事一筋の人生。友人のマルテは、結婚して妊娠して母親一筋の人生。輝く2人の女性を前に、鬱屈したシャルロッテの心情が徐々に露出していきます。誤魔化していただけの自分の中の心理が、偽りではどうすることもできないほどに、ある臨界点に達してしまったような、そんなギリギリ。

そんな状況下で出会ったのが「兄・ヘンリック」。自分と原点を共有する兄との(肉体的なものも含む)交流は、シャルロッテにとって人生をもう一度やり直させてくれるかのような感覚だったのでしょう。映画の終わり、シャルロッテの新たな人生がスタートします。最後の兄とのハグは、バレエ教室の子どもたちのハグのシーンと重なります。

いかにも北欧映画らしい淡々としたドラマと寒色な環境が織りなす物語は、退屈に感じがちですが、本作は映画的なシーンも多いです。わかりやすいのが音楽の使い方ですが、映像的な部分では例えばプールで水中に潜り合うシャルロッテとヘンリックの2人がまるで母のお腹のなかの胎児を思わせる演出でした。この二人は隣り合うことで何かを補える存在になっている…これは通常の考えだと女性の悩みを救うのは女性のようにも思えますが、そうではなく、シャルロッテの場合はヘンリックだったという話。

苦言をいうなら、シャルロッテの兄との関係がバレるなどそれまでの人生の崩壊後から、シャルロッテが新たな人生を歩み出す展開に至るまでの間の描写が乏しい気がしましたが…。行間を読んでいくような物語の楽しみ方になれていれば、そこまで苦でもないでしょう。

むしろ社会で苦しむ女性をいかにもステレオタイプな男女対立で描くのではなく、こうやって繊細な情緒を静かに活写できるのは本作の素晴らしさです。

想像以上に現代的な女性の映画であり、今作を観て、男女平等の先進国と呼ばれるノルウェーの表では積極的には語られない一面を垣間見たような気がして興味深いものでした。

『妹の体温』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
5.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

以上、『妹の体温』の感想でした。

Homesick (2015) [Japanese Review] 『妹の体温』考察・評価レビュー