なんと言われようとも…Netflix映画『ナイアド ~その決意は海を越える~』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本:2023年にNetflixで配信、11月3日に劇場公開
監督:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、ジミー・チン
性暴力描写
ナイアド その決意は海を越える
ないあど そのけついはうみをこえる
『ナイアド その決意は海を越える』あらすじ
『ナイアド その決意は海を越える』感想(ネタバレなし)
その海を泳ぐのは…60歳の女性
「マラソンスイミング」というスポーツ競技があります。学校で習う水泳は一般的に人工のプールで泳ぐものですが、マラソンスイミングは海や湖、池、河川といった自然の中で競われます。陸上で行われるマラソンの水泳版みたいなものです。
マラソンスイミングはオープン・ウォーター・スイミングの一種で、競技としては10km程度を泳ぐことが普通ですが、中には自然に挑むような過酷な水泳コースを設定する者もいます。
その先駆けとなったのが1875年、“マシュー・ウェッブ”がドーバー(イギリス)からカレー(フランス)までの海峡を単独で泳ぎ切った記録です。史上最初のイギリス海峡横断泳者となり、64kmを21時間45分かけて泳ぎました。
全く泳げないカナヅチの私にしてみれば信じられない話ですね…。
マラソンスイミングを独自に極める水泳者は、こうやって水泳版登山のように果てしない挑戦に身を投じ続け、限界を突破しようとしているのです。
今回は、そんなマラソンスイミングで誰もが驚く記録を達成した実在の水泳者の挑戦を描いた伝記映画を紹介します。
それが本作『ナイアド その決意は海を越える』です。
本作が主題にしている実在の人物が「ダイアナ・ナイアド」。1949年生まれのアメリカ人女性で、変わった名字に感じますが、最初の名字は「スニード」で、ギリシャ系エジプト人の養子になってこの名字になったそうです。
このダイアナ・ナイアドは14歳のときから水泳を始め、長距離水泳にハマっていったという筋金入りのスイマーなのですが、1970年にオンタリオ湖を泳いで以降、その飽くなき挑戦心に火がつきました。
『ナイアド その決意は海を越える』はそのナイアドの半生を描く…というよりは、あるピンポイントに焦点をあてます。それがキューバからフロリダまで160kmもの外洋を泳いでみせるというチャレンジ。160kmというと、東京都心の中央区から静岡県焼津市ぐらいまでの距離ですからね。その距離を単独で泳ぐのです。一度も船の上に上がらず、休憩するにしても海に浮かぶのみ。食事もトイレも海の中。当然、凄まじく体力を消耗します。プールと違って波があり、海流まであるので、身体への負担は尋常ではありません。そのうえ海にはサメや猛毒クラゲまで普通にいる。過酷すぎます。
しかも、ナイアドはその水泳に60歳代の年齢で挑んだのです。60歳ならプールで泳いでいるだけでも「元気ですね」って褒められるのに、160kmも海を泳ぐって言うんですからね。耳を疑う話です。
そんな極限の水泳を映像化してみせたのが、“エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ”と“ジミー・チン”のペア。これまで『フリーソロ』や『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』など超極限の自然環境にその身ひとつで挑んだ者たちの実話をドキュメンタリーにしてきたこの2人の監督ですが、今回、ついに長編劇映画監督デビューを果たしました。
クライミング経験があり、自らその自然に命懸けで飛び込む側に立ったことがある監督だからこそ、やはり迫真の映画が作れるようで、『ナイアド その決意は海を越える』も見事なクオリティです。映像面だけでなく、挑戦者の心を本当によくわかって作っているなというのが伝わってきます。
このナイアドを演じたのは、『キャプテン・マーベル』の“アネット・ベニング”。今回は自身で泳いでみせており、スタントに代わってもらうことはしていないそうです。驚異のフィジカルとメンタルに、演技ながらも別の挑戦を目撃したような気分にさせられます。
その“アネット・ベニング”演じるナイアドを二人三脚で支える重要な人物を演じたのは、『モーリタニアン 黒塗りの記録』の“ジョディ・フォスター”。
なお、ナイアドはレズビアン当事者でもあります。“ジョディ・フォスター”も同性のパートナーがいて、“アネット・ベニング”はトランスジェンダーの息子の母であり、2人ともLGBTQコミュニティを支える姿でも有名です。この映画にぴったりなキャスティングでしょう。
『ナイアド その決意は海を越える』は、60歳の女性を主役に、レズビアンながらロマンスが主軸にならない物語という点でも表象として珍しく、「こんな映画を待っていた!」という人は少なくないんじゃないかなと思います。
注意点として、作中に性暴力のフラッシュバックを断片的な回想風に映す描写があるので、そこは留意してください。
『ナイアド その決意は海を越える』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年11月3日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :元気をもらえる |
友人 | :一緒に励まし合う |
恋人 | :支え合うモデルに |
キッズ | :挑戦心が芽生える |
『ナイアド その決意は海を越える』予告動画
『ナイアド その決意は海を越える』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):私ならできる
28歳のダイアナ・ナイアドはマンハッタン島を泳いで1周したり、外洋ではバハマからフロリダまでを泳いで渡ったり、マラソンスイミングで次々と記録を打ち立てる若きチャレンジャーでした。
1979年、「次はキューバからフロリダを目指す」と番組で自信満々に宣言します。これで有終の美を飾るつもりだとそう本人は考えていましたが…。
2010年、ロサンゼルス。世界は怠惰だと不満をまくしたてながら、誕生日ケーキはいらないと口うるさいナイアド。その小言をいつものようにボニー・ストールは聞いてあげています。
買い物が終わってボニーの家に寄ると、サプライズパーティをしてくれました。それが終わって片付けでひと段落していると、やっぱり「60を過ぎると途端に世間は年寄り扱い」と小言が再発します。ナイアドは女性とデートはもういいと思っているそうで、それよりも人より秀でていたいと気持ちを述べます。
ある日、母の遺品整理で見つけた本に感化され、再び泳いでみようと思い立ちます。30年ぶりです。プールに立ち、水中へ。若い頃を思い出しながら泳ぎます。
思い出されるのは、子どもの頃、父がキューバは魔法の国だと語ってくれた記憶。
来る日もプールで泳ぎ続け、ナイアドの中である挑戦心が再燃しました。
キューバからフロリダまで泳ぎたい。若い時に失敗して断念したっきりですが、もう一度トライしたい…。若い頃は心(マインド)が欠けていただけで、今ならできる気がする…と。
コーチをやってほしいとボニーに懇願し、なんとか練習に付き合わせます。
メキシコで海で泳いでみることにし、横で船に乗ったボニーが並走するも、寒すぎて停止。急に弱気になるナイアド。60時間は泳がないといけないのに4時間ちょっとで体が悲鳴をあげます。
そのナイアドにボニーは、スポーツ医学の権威もその年でかつ女性なら無理だと言っていたと説明し、それを聞いたナイアドはまたも闘志を燃やします。
8時間泳げるようになり、「私ならできる。あんたがいなきゃ無理」とナイアドはボニーに本気で挑みたいことを熱弁し、納得させました。
こうして本格的なトレーニングが始まります。スポンサー探しは難航し、61歳に50万ドルも払ってくれる人はなかなか現れません。
今回はケージは使わないというので、サメ対策も考えないとダメです。
そして重要なのは航海士。抜群のナビゲーターが必要です。そこでこの海を知り尽くしているジョン・バートレットに頼むことにします。
ついにチームが揃い、試しに24時間を泳いでみますが、終われば吐き気が止まりません。
この前代未聞の挑戦は成功するのか…。
挑戦のパートナー
ここから『ナイアド その決意は海を越える』のネタバレありの感想本文です。
『ナイアド その決意は海を越える』で描かれる、キューバからフロリダまでの160km(実際は177km)を泳ぐという挑戦。作中でナイアドが認めるとおり、これは泳ぐのは単身ですが、挑戦自体はチームあってこそです。
『ONE PIECE』みたいに、ナイアドも選りすぐりのチームメンバーを集めることになります。
まず欠かせないのが航海士。参加するジョン・バートレットはいかにもありがちな、ベテランのセンスはあれど気難しそうな海の男です。そんな男性が今回は女性たちの下につくという構図がいいですよね。
また、あのサメ専門家も、ナイアドとは別ベクトルで「命に対する感覚が別次元」みたいなのが感じられて、ちょっとそこはユーモアになってました。「アザラシか確認しにくるだけですよ」とか「電気シールドがダメならテニスボールのついたボールで追い払います」とか、にわかには「え?」ってなるようなことを平気で言ったり…(でもちゃんと専門家です)。
サメ以上の厄介な生物、ハコクラゲの対策でも専門家は外せません。まあ、珍妙なマスクスーツ姿で防護するしかないのですが…。
そして一番の理解者にしてチームの要、それがコーチ兼マネージャーのボニー。ナイアドにとってはプライベートでも一緒の仲です。ナイアドは同性愛者ですが、ボニーとは親友だと語っています。
ボニーは恋愛のパートナーではなく、挑戦のパートナーなんですね。この2人にしかわからないパートナーシップの成立の描写に思わずこちらも心を掴まれました。
2013年9月2日、スタートから約53時間後、キーウェストのビーチに到着したナイアド。この水泳は、監視員を同行させなかったので公式記録として認定されていないのですけど、これだけ見せられるともうそんなことは本人にはどうでもいいだろうな、と。35年かかって5度目の挑戦で成し遂げたこと。それをこのチームと共に体感した。それでじゅうぶんですよ。
思えば、若かりし頃の自分に足りなかったのは精神力ではなくて、このチームだったのでしょう。実際は映画と違って、複数の船ともっと大勢のクルーチームに支えられていたのですが、本作はもっとそのチームの絆を強調していましたね。
その偉業は数字的な記録ではない
『ナイアド その決意は海を越える』の主人公であるダイアナ・ナイアドはスポーツ・アスリートですが、決して模範的とは言いがたい面倒くさい性格をしています。
しかし、本作はそこを変に美化せずにちゃんと正直に描いてしまうのが良いところでした。
ナイアドは序盤からボニーに軽くあしらわれているあたりからわかるように、大言壮語で口の多い人間です。「姓はギリシャ神話の水の精霊に因んでいて…」というお決まりの自分語りくらいしかレパートリーもなく、たぶん結構周りからウザがられている感じです。
また、何度も挑戦に失敗してイライラが募っている中、自分よりはるかに若いクロエ・マッカーデルという水泳者が同じような挑戦を始め、完全に功績を持っていかれそうになるも、そのマッカーデルがクラゲで断念したと一報を知って、思わず大喜びするシーン。あれも普通に大人げないのですが、「気持ちはわかる…」という人間臭さがあって、ナイアドの人柄がでています。
これらをスポーツマンシップがないときっと協会だかのお上は説教するかもしれませんが、そこにしっかり反論を用意しているのもこの映画のブレない姿勢で、「じゃあ、未成年に性的加害行為をしていた人を平然と黙認するのはいいんですか?」と批判を向け返します。
ナイアドは10代の頃、1956年メルボルンオリンピックに出場経験があって「名誉コーチ」として米国水泳コーチ協会の殿堂入りを果たしているジャック・ネルソンから指導を受けていました。しかし、作中で示されるとおり、その指導の最中で性的虐待を受けたと証言しています。
水泳に限らず、ドキュメンタリー『あるアスリートの告発』でも映されるように、スポーツ界では未成年への性的虐待が蔓延しています。業界はそれに対して積極的に対策を講じることができていませんし、被害者を孤立に追い込み、一方で加害者をスポーツマンの名誉のもとで擁護してきました。
心身を疲労し、幻覚までみて、海に拷問されているみたいな過酷な水泳の途中、作中のナイアドはこうした過去のトラウマを思い返し、それとも心の内で戦っています。60歳の挑戦を描きつつ、性的暴行などの苦しみは60歳になっても残存するという現実も描いています。
単にキューバからフロリダまで泳ぎましたというスポーツ上の記録の話ではない。これは「夢を追うのに年齢なんて関係ない」との言葉どおり、世間の加齢への認識への反逆であり、「女は体力的に弱い」という性別の偏見への反抗であり、性暴力被害者というラベルを取っ払うことができるという証明であり、ゴールでレインボーフラッグもたなびくようにマイノリティへの応援にもなっている。
ナイアドが自分のためにやってみせたことは想像以上にさまざまな人を勇気づける結果に繋がっていました。それは記録以上に秀でた凄いことです。
“エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ”&“ジミー・チン”監督は、本作の主題である偉業を数字的な実績で終わらせず、しっかりどういう意義があるのかを多角的に捉えて映画にしており、良い仕事をしてくれました。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience –%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ナイアド その決意は海を越える』の感想でした。
Nyad (2023) [Japanese Review] 『ナイアド その決意は海を越える』考察・評価レビュー