疲れ果てた私の帰る先は?…映画『ナースコール』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:スイス・ドイツ(2025年)
日本公開日:2026年3月6日
監督:ペトラ・フォルペ
なーすこーる

『ナースコール』物語 簡単紹介
『ナースコール』感想(ネタバレなし)
日本もスイスも看護師不足
日本では医療現場の人手不足が深刻な問題となっています。
2025年の日本医療労働組合連合会の調べによれば、採用を予定していた必要な看護師の人数を確保できなかった医療機関は約40%とのこと。採用者よりも退職者の数のほうが多くなったところはおよそ6割で、看護師の減少が全国的に続ています。
そうなってくると、患者サービスの質は低下、病棟の縮小などが起き、そのせいで患者の不満は溜まり、患者は看護師に八つ当たりし、ますます看護師は辞め…と悪循環が止まりません。
看護師の給料は仕事量のわりにはとても低く、パートで働いている人はそれこそコンビニのアルバイトとたいして変わらない…。
このような看護師不足は日本のみならず世界各国で似たりよったりな状況だそうです。
今回紹介する映画は、スイスの病院における看護師の現実を、たったの約90分で突き付ける作品です。
それが本作『ナースコール』。
本作は、ひとりの看護師の女性を主人公に、ただ職場で働く姿だけを描き切った2025年のスイス・ドイツ合作映画です。本当に勤務しているのみなのですが、その激務と負担を観客に直視させるという、狙いがハッキリした作品とも言えます。
1回のシフトを映し出すことに徹しており、同様のアプローチとしては最近のドラマ『ザ・ピット ピッツバーグ救急医療室』もそうでした。
あちらは「救急救命室」で働くいろいろな人の群像劇でしたが、この『ナースコール』は病棟の看護師ひとりに専念しているので、情報量はそれほど多重に錯綜せず、観やすくはあるとは思います。
まあ、観ているこっちまで疲れてくる作品であることには変わりないですが…。
『ナースコール』を鑑賞して気に入ったら、『ザ・ピット ピッツバーグ救急医療室』もオススメです。配信で観れるので。
『ナースコール』を監督したのは、スイス出身の“ペトラ・フォルペ”。2000年からキャリアは本格的に始まり、短編からテレビ映画へと順調にステップアップ。セックスワーカー女性の人間模様を描いた『Traumland』(2013年)、保守的な村の女性たちが参政権を求めて闘う姿を描いた『Die göttliche Ordnung』(2017年)などを手がけてきました。
“ペトラ・フォルペ”監督はコロナ禍を経験して、この看護師という職に焦点をあてた映画を作ろうと決めたようです(あのパンデミック時の医療従事者の激務はドキュメンタリー映画『ニューヨーク 第1波』に生々しく記録が残っています)。
主演するのは、『ありふれた教室』や『セプテンバー5』の“レオニー・ベネシュ”で、ほぼこの“レオニー・ベネシュ”の粛然たる演技力に引っ張られていく作品です。
看護医療専門学校とか看護学科でこの映画『ナースコール』を観賞することは絶対になさそうですけども、待ち構える職業の現実は間違いないこれで…。これから看護師になろうとしている人、今まさに看護師として働いている人、看護師のお世話になったことがある人、将来お世話になるであろう人…それぞれの立場は違えど、この映画が訴えるメッセージは同一のはず。
短い映画なのですが、観終わったらドっと疲れると思いますけども、良作なのは間違いありません。
『ナースコール』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 労働におけるメンタルヘルスが描かれます。また、病気や死別の話題が多いです。 |
| キッズ | 大人向けのドラマです。 |
『ナースコール』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
スイスのある地域。フロリアはバスを降り、州立病院の関係者通路からロッカールームに足を踏み入れます。ここの外科病棟は彼女の職場。フロリアは看護師です。
同じ着替えている同僚に挨拶し、青い仕事着を身に着けます。新品のランニングシューズも用意しており、準備万端。実はちょうど一日休みを取って、娘のエマを動物園に連れて行ったのでしたが、実際のところは子どもの面倒をみるのも仕事のようなもので、全然体も心も休まっていません。今は看護師の仕事へと切り替えないといけません。
エレベーターで看護師が集ういつもの仕事部屋に。白い壁、白い天井、白い廊下。清潔でどこか無機質。見慣れた風景です。
コーヒーを飲んでいる暇もなく、まずは病室のひとつへ。他の人と協力し、慣れた手つきで認知症の高齢女性のオムツを替え、掃除をします。素早く完了し、ベッドに寝かせ、これで終わりです。
また看護師の部屋に戻るも、今度は顔をだしたばかりの看護学生のアメリーを指導する仕事も待っています。とは言っても、じっくり会話をしているほどの余裕はありません。仕事自体は現場でやりながら慣れてもらうしかないのです。
この日は同僚が病欠しているせいで、ただでさえ忙しい中、やらなければならないことがフロリアに集中しています。ほぼ満床であり、全力で取り掛からないといけません。
現在の抱える入院患者の最新情報を整理しながら、必要な仕事量を想定。テキパキと道具の準備も進めます。同僚にも患者にも見舞い来院者にも礼儀正しく丁寧に接し、事を荒立てることもないです。とくに患者の対応は慎重さが求められます。それぞれのニーズはまるで違います。
患者を病棟から手術室に移動させたり、必要な検査の用意をしたり、ベッドの上にいる相手に診察したり、些細な会話に付き合ったり…。病棟を縦横無尽に急ぎ足で駆け回ります。
多忙のサポートとして看護学生のアメリーも手伝うこともありますが、彼女はまだ未熟であり、現場経験は浅いです。教えながらの仕事はそれはそれでやることが増えます。
こうして時間はあっという間に過ぎ、外はすっかり真っ暗になっていましたが…。

ここから『ナースコール』のネタバレありの感想本文です。
ナースのお仕事(現実)
とある子ども向けのお仕事紹介ウェブサイトで「看護師」は「ハードだけれど、誇りを持てる一生モノの仕事」と堂々と説明されていたのですが、本作『ナースコール』を観ると「これを一生やれと? 拷問か?」と言いたくもなります。
前述したように多くの看護師の当事者は精神的に削られ、メンタルヘルスを著しく悪化させて、職を離れていくケースも珍しくないです。これは体力があればどうこうできる話ではない…そのリアルをこの映画は、あえて淡々と映します。
ドラマチックな盛り上がりは一切ないです。最小限のセリフ、最小限の音楽…。最も効果的に駆使される演出は、この手の「1日」に焦点を絞る見せかたでは定番の長回しによる主人公の追跡接写。今作にいたってはずっと働きっぱなしなので、早送りで再生されているのかというくらいにカメラは被写体の主人公に合わせて早いスピードで動き続けます。
実際の看護師の監修も受けながら製作したとのことで、当然、スイスの医療現場の実態を反映していると思われます。ちなみに撮影地はバーゼルラント州立病院だそうです。
まず注目したいのは、主人公のフロリアはどうやは休暇をとって娘を動物園に連れて行ったと語られるところ。つまり、休暇とは名ばかりで、フロリアは「母親」という仕事をしていたわけです。映画の開幕時点で疲労が溜まっています。フロリアというキャラクターの背景についてはこれ以外はほぼ語られないのですが、もうこれだけでじゅうぶんすぎますね。ツラいです。ちょっと観てるこっちまで憂鬱になってきます。
この序盤のロッカールームの着替えシーンで、真新しいランニングシューズを履くのですが、これもラストの再登場と繋げることで、モノ言わぬ効果的なアイテムになっていました。
アイテムと言えば、冒頭のひたすらにラインに沿って流れて運ばれていく看護師のスモック(予防衣)や医療用スクラブ(ユニフォーム)のシーンも忘れがたいものです。服はあっても着る人は足りない…。そして服のように自動化されるかのごとく黙々と働く中身の人間たちを示唆する…。労働という名の非人間化システムを象徴してますよ。
ここからはフロリアは息もつかせぬマルチタスクの連続です。いや、マルチタスクというだけであれば、それこそ多くの仕事と同様だと言えます。しかし、看護師はそのうえである種の職業的ペルソナを被り、実質的にサービス業みたいなことをしないといけないんですね。それがまたキツイのなんのって…。
患者も見舞い者もあれこれと注文してくるので大変です。礼儀正しい人もいますが、中には不満を爆発させる人もいます。命が関わってくる深刻な事態を経験している人たちも多いので、安易にそれを「短期すぎる!」と責める気分にもなれません。もしかしたらその人たちは普段は大人しくて、この人生最大の危機に初めて声を荒げているのかもしれない…。
しかし、看護師のフロリアにとってはそれも多くの仕事の一部。ずっと寄り添うこともできません。他人のメンタルケアにまで全責任を負えません。
少なくとも本作で映し出されるフロリアは極めて真面目な人にみえます。職業に誠実であり、品行方正に働いています。怠慢や落ち度があるとは思えません。フロリアまでこの職場から辞したら確実にこの業務は成り立たないでしょう。
でもフロリアを気遣う人は全くない…。ふと思い出したかのように一瞬の合間で自分の水筒の飲み物をごくごくと飲み干すフロリアの姿が痛ましいです。こういう些細な一瞬を撮らえて自然に組み込む編集センスもこの映画の巧みさでした。
独りで死をみつめるツラさ
『ナースコール』の終始描かれるフロリアの仕事ですが、ほぼひとりで働いているというのも重要で、映画的なストーリーテリングとして孤独の迷路に陥っているような印象を与えます。
無論、実際は他の人と働いています。医者も、同僚の看護師も、看護学生もいる。ただ、フロリア自身は実質的には心は孤独です。フロリアを呼ぶコール音だけが彼女を動かす…。
すごく嫌なのが、この映画は後半で、フロリアが担当していたある患者が亡くなるのですが、遺体安置室まで連れていく中で、フロリア自身も嘆き悲しみます。これ自体は他者への死に対する悲しみなのですが、同時に自分もある意味で心の中ではこうやって死んでいるような感覚を実感させられる…。そういう意図のある演出にも思えてきます。
これはラストとも繋がりますが、フロリアは生きるために従事する労働の中で「自分の死」を感じる…。この体験は相当に苦痛でしょう。なんで働いているのかわからなくなります。まるで死ぬために働いているかのようですから。
こういう看護師当事者の苦悩の迷宮があの作中の病棟では展開されていました。
そんな中、ずっと孤独だったフロリアが他者と感情的な心の触れ合いをするシーンも少しだけあります。
あの傲慢な態度をとっていた個室患者男の腕時計を窓から外へぶん投げた後の、同僚と笑い飛ばすやりとり、そして最も無関心そうだったタバコ患者が差し出してくれた腕時計。その予期せぬ人の優しさがこの映画ではふいに訪れます。
それがものすっごく感動的なドラマになるわけでもない。本当にそれすらも次の仕事に忙殺されるうちに忘れてしまうでしょう。でも確かにあった小さな小さな出来事。
独りで死をみつめるツラさがあるからこそ、そこから現実逃避させてくれる他愛もない人間関係に救われることもある。いや、救われてはいないのですけども、何か救われていると思っていかないとやってられない。そういうギリギリの心境。
『ナースコール』という邦題はわりと無難なものなのですが、原題はドイツ語で「Heldin」となっており、これは女性の、いわばヒロインを意味します。タイトルがこのフロリア、もっと言えば名も知られぬままに寡黙に働き続けている現実の女性看護師を讃えています。
讃えるだけではあまりに薄情なので、やっぱりちゃんと社会が制度的に医療を充実させてサポートしないとダメです。こういう過労と重圧に苦しむ社会の弱い立場の庶民に寄り添う政治家が国のトップに立ってくれるといいのですけどね…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『ナースコール』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Zodiac Pictures Ltd / MMC Zodiac GmbH レイト・シフト
Late Shift (2025) [Japanese Review] 『ナースコール』考察・評価レビュー
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