その種からクィア映画史が芽吹く…映画『A Florida Enchantment』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(1914年)
日本では劇場未公開
監督:シドニー・ドリュー
LGBTQ差別描写 人種差別描写
あふろりだえんちゃんとめんと

『A Florida Enchantment』物語 簡単紹介
『A Florida Enchantment』感想(ネタバレなし)
性転換映画の初期作
「男」から「女」へ、もしくは「女」から「男」へ、いわゆる性転換をメインに描く「TSF(TS)」というジャンル。アニメ『お兄ちゃんはおしまい!』の感想でも軽く触れましたが、このジャンルの歴史は古く、世界に昔からたくさんの作品が生み出されてきました。
では映画だとその出発点はどこなのでしょうか。今回紹介する映画は、映画史における「TSF(TS)」ジャンルの初期作です。
それが本作『A Florida Enchantment』。
本作は1914年に公開されたアメリカの無声映画で、社交に勤しむ上流社会を舞台にしています。そんな世界に属する平凡な若い女性が、ある日、ひょんなことから「男性」に…というコメディです。
監督をするのは、当時コメディアンとして有名だった“シドニー・ドリュー”で、本作では出演もしています。
約1時間とコンパクトな映画ですが、コミカルなドタバタ劇がたっぷり詰まった作品です。
「TSF(TS)」ジャンルはその性転換の現象が「あり得ない珍事」としてユーモアの語りで扱われやすいですけど、この映画もご多分に漏れずその類となっています。
しかし、今回、着目したいのはクィア映画の視点です。
「TSF(TS)」ジャンルは、同性愛やトランスジェンダーなどクィアなアイデンティティを意図的に描写しているわけではないにせよ、結果的に連想せずにはいられないかたちの描写になっていることが多々あります。
『A Florida Enchantment』も映画史における「TSF(TS)」ジャンルの初期作であるならば、必然的にクィア映画史においても話題になる一作なんですね。
後半の感想では、クィア批評の視点からこの1910年代の映画を掘り起こしています。
『A Florida Enchantment』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | ブラックフェイスの描写があります。また、性的マイノリティへの差別的な描写と捉えられるシーンも一部にあります。 |
| キッズ | 無声映画なので低年齢の子どもにはわかりにくいです。 |
『A Florida Enchantment』本編動画
「Internet Archive」の映画本編動画です(パブリックドメインとなっているので著作権の問題はありません)。
『A Florida Enchantment』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
裕福な暮らしをしているリリアン・トラヴァースは、婚約者のフレデリック・キャサディンと共にフロリダに住む叔母のもとを訪れました。
続々と知り合いが集まり、賑やかになっていく家。のどかな空気の中、談笑で時間は過ぎていきます。
リリアンは活発で、ただ家でのんびりしているだけでは満足しません。街に出かけることにします。そこでとある骨董品店に足を踏み入れることにしました。
いろいろな品が並んでいますが、とくにこの骨董品店で目に入ったのが、ひとつの箱。両手で抱える程度のちょうどいいサイズ感のある箱で、なんでも歴史のある品らしいです。
なんとなく気に入り、その場のノリで買うことにします。店主と別れ、ひとりでその箱を家に持ち帰ります。
滞在は平穏のままとはいきません。一番に不安なのは、婚約者のフレデリックが他の女性と親しくしているのではないかということ。ただでさえ、今はいろいろな女性が集まっています。相手には困りません。こんなところで疎外されるのは寂しいです。
そんなもの寂しさもあってリリアンは買ってきた箱を開けることにします。中には手紙が入っています。そして種もあります。
手紙には「この種子は男性を女性に、女性を男性に変える」と書かれており、航海時代に発見されたものだそうです。それ以外の説明もなく、明らかに怪しい感じでした。
半信半疑でしたが、リリアンはその小さな種を口に入れて飲み込んでみます。
種が喉を通ります。座りながら喉を抑えて少し反応したかと思った瞬間、リリアンは急に勇ましく立ち上がります。そして、荒々しい振る舞いで箱を持ってその部屋を出ます。
その後、鏡をみると、自分に口髭が生え、見るからに男っぽくなっていることに気づきます。急いで剃りますが、行動の男っぽさは消えません。さすがにメイドもびっくりです。普段の見慣れたリリアンとはまるで違います。
リリアンは男と戯れていた女性たちのもとに行き、平然と彼女たちの唇に優しくキスをし、彼女たちの肩を抱えて良い気分に浸ります。もう女をみれば我が物にしたい気分が収まりません。リリアンに女性を盗られるかたちとなった周囲の男は呆然とするしかできません。
面白くなってきたリリアンは、さらに親しくしていたメイドにも半ば強引に種を飲み込ませます。そのメイドは豹変したように暴れ散らかし、リリアンにも手を上げるほどです。
こうして男同然になったリリアンは好き勝手に日常を送るようになりますが…。

ここから『A Florida Enchantment』のネタバレありの感想本文です。
女が男になる…その解放感
1910年代の映画とは言え、『A Florida Enchantment』はこの当時から「TSF(TS)」ジャンルの醍醐味の骨格は完成しきっていたことが再確認できます。そもそも本作は“ファーガス・レッドモンド”と“アーチボルド・クレイヴァリング・ガンター”によって書かれた1891年の小説と1896年の戯曲を基にした映画化らしいので、もっと前から確立はされていたのでしょうけど。
現代の立場から『A Florida Enchantment』を観ていて、とくに興味深いのは、当時の性転換ジャンルのアプローチにおける、男女、または人種の差異です。
まず本作の主人公であるリリアンは「男性」に変化するわけですが、そもそも物語上、この性転換が何を意味するかを考えると、要は不倫に対する仕返しなんですね。リリアンの婚約者のフレデリックは他の女性と気楽にイチャイチャしており、それに業を煮やしてリリアンは男性化。「だったら私も女とイチャイチャしてやる」と言わんばかりの勢いで、自分も好き放題にやってみせます。
不倫というのは当時は相当にタブーなのですが、そのタブーへのやり返しとしてリリアンは「男になる」という別のタブーに手を染めるわけです。目には目を歯には歯を、アンモラルなことにアンモラルなことを…そんなノリですね。
なのでこのリリアンのキャラクターのパートだけ抜き出せば、かなり痛快で楽しいです。
男性化と言っても身体の変化があるわけでもなく(髭程度)、当初は男っぽさを振る舞いだけであえて幼稚に気取っており、これはこれで「男らしさ」というものの滑稽さを風刺できています。
そして女性とキスしまくるのですが、設定上は片方(リリアン)は女性ではないことになっていますが、実質は女性の俳優同士がキスをしているわけで、絵面はものすごくレズビアンの花園みたいになっています(他の女性たちも平然と受け入れている)。女だけのハーレム状態です。蚊帳の外で放置される男がまた笑いを誘います。
一応は性転換という特殊現象が背景にあるにせよ、こうしてレズビアン表象が成立できているのですから、これは公然と同性愛描写が厳しかった当時に可能だった抜け穴みたいなものでしょうか。
でもここで黒人女性のメイドとは恋愛を示さないのが、当時の「異人種交際はご法度である」という規範の根強さを浮かび上がらせますね。性転換はOKでも、それはダメ…という線引きが…。
さらに後半からリリアンは見事に男装をしてみせ、「ローレンス・タルボット」と名乗り始め、完全に男性として生きるようになります。ここからのリリアンも実に楽しそうで、女らしさの抑圧から解放されて伸び伸びとしている感じが伝わってきます。同時に「男性として生きる」姿は、自分の本来の望む在り方を見つけたようでもあり、ジェンダー・ユーフォリアを感じさせます。
このリリアンを演じた“エディス・ストーレイ”、もともと乗馬が得意で男性カウボーイ顔負けのスタイルを得意とし、自分で「ビリー」と名乗っていたくらいなので、男性的なアプローチで魅力的にみせるのが上手なんでしょうね。すごく似合ってます。
黒人男性になる、もしくは男が女になる…その問題
『A Florida Enchantment』にて性転換するのはリリアンだけではありません。問題はこの他のキャラクターの性転換で、これがリリアンのときのように「脱規範的で気持ちがいいね」といかないのが…。
リリアンの傍にいるお付きの黒人メイドも種を飲んで「男性」になります。しかし、その振る舞いはリリアンのときと同様…とはなっていません。
根本的にブラックフェイス(白人の俳優が顔を黒く塗って黒人になる)をしているので、それだけでも黒人差別的なのですが、それに輪をかけて描写を悪化させているのが、このメイドの男性化です。つまり、「黒人男性」になっているわけですけども、とにかく低能で野蛮人のような粗暴な行動をとりまくるんですね。人も殴るし、あまりに常軌を逸しているせいで、撃たれかけるし…。
それを笑いにしようという魂胆はわかりますが、まあ、笑えるものじゃないですよね。
そして、最後のオチとして起こるのが、フレデリックの「女性化」です。こちらも身体の変化はなく、女っぽい仕草をするようになり、怒涛のように女装(女性の部屋から服を盗む)になだれ込んでいきます。
この女性化したフレデリックは、いわゆる「シシー(sissy)」そのものです。これは男性に対する非常に容赦なく否定的な侮辱の言葉として1890年代には頻繁に使われていたもので、女々しい男を中傷する意味合いがあります。
作中のフレデリックは、いかにもコテコテな女っぽい仕草(手をくねくねさせたり、腰を左右に揺らしながら歩く)をとり、男にしなだれかかり(キスはさすがにしない)、しまいには警察含めてみんなに追いかけ回され、最後は水に飛び込んで溺れ死んだようにみえます(結局は夢オチで無かったことにするのですが)。
この女性化したフレデリックの一連の描写は、ゲイ、またはトランスジェンダー女性に対する典型的な蔑視をそのまま投影するかのようにもので、非常によろしくないシーンです。
1915年の『チャップリンの女装』でもそうですが、当時はこういう「男優が女装などで女性化した振る舞いをして笑いをとる」というのがひとつの定番ネタ化していました。本作『A Florida Enchantment』もその系譜の一作です。
ただ、本作は公開当時の評判はすこぶる悪かったそうで…。これは「この映画は差別的だ」と怒るLGBTQアライな観客や批評家がたくさんいたから…ではもちろんなくて、むしろその逆で「この映画はあまりに不道徳で卑猥だ」と怒り心頭になったというのが理由。当時の時代感覚的にはこの「不倫に対して性転換で笑いをとる」というアプローチは「笑える」とは受け止められず、大衆の反感を買ってしまった模様で…。
そういう時代の反応を知ると、性転換は(たとえ意図的でなくとも)何重にも存在する差別的な社会構造を浮き彫りにさせてくれるのだとわかります。
あらためて本作を確認して、「TSF(TS)」ジャンルにおける性転換が有する二面性を実感できましたね。それはときに「規範からの解放」をもたらし、またときに「偏見を再生産し、助長する」という弊害もある。かなり難しい境界線であり、ほんのさじ加減ひとつで印象も変わります。
この二面性をじゅうぶんに熟知するのが、現代のジェンダーの流動性を創作に取り入れるうえでの必須知識かもしれません。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
×(悪い)
以上、『A Florida Enchantment』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)public domain ア・フロリダ・エンチャントメント
A Florida Enchantment (1914) [Japanese Review] 『A Florida Enchantment』考察・評価レビュー
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