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『僕と世界の方程式』感想(ネタバレ)…誰かと一緒なら問題は解ける

僕と世界の方程式

誰かと一緒なら問題は解ける…映画『僕と世界の方程式』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:A Brilliant Young Mind
製作国:イギリス(2014年)
日本公開日:2017年1月28日
監督:モーガン・マシューズ
交通事故描写(車)
僕と世界の方程式

ぼくとせかいのほうていしき
僕と世界の方程式

『僕と世界の方程式』物語 簡単紹介

自閉スペクトラム症のネイサンは、他人とのコミュニケーションは苦手だが、ずば抜けた数学の才能を持っていた。しかし、その才能を輝かせるような場はなかなか存在しない。普通の学校では適応できない息子の才能を伸ばそうと、母のジュリーは数学教師ハンフリーズに個人指導を依頼。努力を積み重ねてネイサンは国際数学オリンピックのイギリス代表チームの一員に選ばれる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『僕と世界の方程式』の感想です。

『僕と世界の方程式』感想(ネタバレなし)

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心の形は見えないけれど

受験シーズン真っ只中、こんな数学を題材にした映画を観るのは勘弁してくれという人も少なくない…かもしれない。

いや、でも本作『僕と世界の方程式』は、受験でグチャグチャになった心をスッと気持ちよく解きほぐしてくれる、そんな映画です。

主人公は、自閉症スペクトラムという神経発達症を抱えた少年。「自閉症」は言葉自体は聞いたことがありますが、イマイチ具体的にどういう症状なのかよくわからない人も多いのではないしょうか。でも、それは本作を観るうえではとくに気にする必要はありません。

というのも本作は障がいを扱った映画として重くとらえるような作品ではないからです。また、本作は主人公が国際数学オリンピックを目指していく物語ですが、スポ根ものの映画でもありません。さらに「ボーイ・ミーツ・ガール」の話でもあるのですが、恋愛映画というわけでもない。安易に特定ジャンルにすり寄ることなく、少年の心の機微を描くことに徹底しているのが特徴です。多くの若者に当てはまるような爽やかな青春ドラマに仕上がっています。

主人公ネイサンを演じるのは、マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』(2011年)やティム・バートン監督の『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』(2016年)などで主演も着々と目立つ“エイサ・バターフィールド”。本作では難しい役柄ながら繊細な演技を披露しており、彼の代表作として大切な作品になると思います。

また、他のキャスト陣も素晴らしく、主人公の母親を演じた“サリー・ホーキンス”の、なんというか上手く言葉にできませんが、絶対の安心感のある母性というか、その盤石さが本作でもいかんなく発揮され、不安定な青春映画を土台で支えてくれています。

監督は“モーガン・マシューズ”という人で、彼が2007年に製作したドキュメンタリー『Beautiful Young Minds』をドラマ映画化したのが『僕と世界の方程式』。つまり、本作の物語は実話なんですね。実際はダニエル・ライトウィングという、アスペルガー症候群と診断されながらも2006年の国際数学オリンピックで銀メダルに輝いた人物。『僕と世界の方程式』では多少脚色されてはいますが、ベースになっている部分は同じです。

青春映画好きならば絶対に見て損はないでしょう。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『僕と世界の方程式』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):特別な力がある

ネイサン・エリスは幼い頃から人とのコミュニケーションはそれほど得意ではありませんでした。好きなものはあります。図形です。

ネイサンは自閉症スペクトラムと診断されていました。共感覚を持ち、光や形の変化に敏感です。それは才能ですが、同時に社会で生きるうえでの困難も付きまといます。

マイケルと母ジュリーはそんな我が子であるネイサンをどうやって育てるべきか悩みます。とくにジュリーは心配しており、専門家のアドバイスを真剣に聞きます。

父親のマイケルはネイサンとの接し方も慣れていました。この日も一緒に2人でドライブに出かけ、運転する父は語ります。「自分は周りと違うと感じるときがあるかもしれない。お前には特別な力がある。魔法使いみたいに。もしお互いにわかり合えなくても愛し合うのをやめちゃダメだ」

…それ以上の言葉は聞けませんでした。車が追突されたからです。激しく横転する車体。ネイサンは幸いにも無事。しかし、父はもう語ることはありません。

心に傷を負ったネイサンは母親との身体的接触を嫌がります。ひたすらにノートに複雑な図形を書くだけ。母としても距離を縮めようとしますが上手くいきません。

そこで進学校に行かせることにします。ここならネイサンの頭脳に合った内容の授業が受けられるかも。

学校で面倒を見てくれるのはマーティン・ハンフリーズ先生。国際数学オリンピックに出場したこともある数学の天才です。今は多発性硬化症を患ったこともあって、学校の先生をするしかない状況にありました。

「俺はいい教師じゃない。教えるのもヘタだ」

あまりやる気のないハンフリーズはホワイトボードに数式を書くも、確率の知識はネイサンには備わっています。それよりも国際数学オリンピックというものにネイサンは興味を持ちました。

こうして7年後。ネイサンは今も数学にだけ夢中です。同年代の子とは関わりを持ちません。ハンフリーズはまだ熱心に教えてくれていました。国際数学オリンピックに出場するための選抜試験に挑みます。

一方、母はこだわりが強すぎるネイサンの子育てにだいぶ気が滅入っていました。夫はネイサンの扱いが上手かったのに…自分は…。

家までハンフリーズが試験結果の通知を持ってきてくれました。

「あなたを選抜チームの一員とする」

合格です。次は台湾での合宿キャンプが待っています。

それはネイサンにとっては未知のことでした。

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X+Y

『僕と世界の方程式』はアメリカでの公開時の英題は「A Brilliant Young Mind」なのですが、実はイギリス映画であり、本国での本来の英題は「X+Y」です。

この原題のとおり、本作では主人公のネイサン(Xとする)が誰か(Yとする)と合わさることで、人生の問題を少しづつ解決していきます。その誰か=Yは、母であり、数学教師のハンフリーズであり、中国チームでパートナーとなった女の子のチャン・メイだったり…。

しかし、ネイサンにとって一番のYは父親の存在でした。ところが、父の運転する車の助手席に乗っていた幼いネイサンに降りかかってきたのは交通事故。本作は全体を通して、国際数学オリンピックや異国の少女との出会いなど様々なイベントが起きますが、その物語の本質は父を失ったネイサンがその喪失と向かい合うまでを描く作品です。

こういう青春映画は中身を詰め込み過ぎてとっちらかる場合もありがちですが、本作はこの父の喪失感に重点を置いているので、あれこれとイベントが起こってもぶれることはない。このあたりは上手いところです。

これが明確に提示される、本作の一番のエモーショナルなシーンである終盤のネイサンと母の会話は、役者の演技も相まってグッときます。ラストで再び助手席に乗るネイサンは父の死への葛藤を解決したのと同時に、ネイサン自身もまた誰かのYになれた瞬間なのでしょう。

国際数学オリンピックに向けての勝負に励むカタルシスのある場面や、チャン・メイとのロマンチックなシーンを期待していると拍子抜けするかもしれませんが、そういう本質的テーマを知ると腑に落ちるところも多いと思います。

そういうテーマは別にしても、中国人の少女チャン・メイとの交流は、それだけでも割と新鮮で観ていて楽しかったです。恋愛に限らず、文化が全く違う異国もの同士が仲良くなっていく過程は、楽しいですよね。お相手が中国人となるのは、中国が国際数学オリンピックの上位常連だからという現実的な理由があるのですが、ストーリーテリング的な狙いもあるように感じます。それは、ネイサンの場合、自閉症であるがゆえにコミュニケーションが苦手というネイサンの欠点が外国人相手だと目立たなくなるという点。そのせいか、本作ではネイサンが障がい者のようには全然見えないです。

欧米の作品では、恋愛ジャンルにおいて、アジア系の人との恋愛が描かれることは滅多にありません。これはいろいろな理由があるのでしょうけど、当然そこには人種的な偏見もあります。でも『僕と世界の方程式』は珍しさ狙いでわざとらしくアジア系を出しているわけではありません。ちゃんとアジア系の人たちの登場に作劇上の意味があり、そこに製作陣の忖度のような配慮が見えない、ごく自然なものになっています。その点においても本作は評価されるべきところではないでしょうか。

また、障がい者や病気を扱ううえで、どうしても這い寄ってくる「感動ポルノ」になりがちなリスクについても、『僕と世界の方程式』では主人公を変に特別扱いせず、ストーリーでも余計なドラマ性を加えないことで、そのリスクを巧みに回避しているとも思います。この手の障がいを抱えた子によくある、天才描写で負の側面を脱臭するようなこともしていませんし…。私はあまり天才的な才能の一点で子どもを評価することはしてほしくないので…。本作はあくまで普遍的な青春の悩みを抱える子として扱われていたので良かったな、と。

つまり、本作はかなり計算しつくされたデザインで成り立った映画です。テキトーに、障がい者の子で青春映画を作って、アジア系の子と恋をさせよう…みたいな安直な企画で押しとおったのではないことが伝わります。

本作のモーガン・マシューズ監督は、自閉症の子を障がい者としてあえて異質な存在として描くことはせず、普通に人生に悩む思春期の若者として真っ当に描いています。障がい者の人をいかにも「障がい者です!」的な描き方をして感動を煽る、障がい者の「感動ポルノ」化は私の好みではないので、モーガン・マシューズ監督のこのような姿勢は素晴らしいと思いました。

同様のテーマ性で映画を作ろうと思っている人にとっての、一種のお手本のようになる映画だったのではないでしょうか。

『僕と世界の方程式』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 78%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)ORIGIN PICTURES (X&Y PROD) LIMITED/THE BRITISH FILM INSTITUTE / BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2014

以上、『僕と世界の方程式』の感想でした。

A Brilliant Young Mind (2014) [Japanese Review] 『僕と世界の方程式』考察・評価レビュー