感想は2500作品以上! 詳細な検索方法はコチラ。

映画『This is I』感想(ネタバレ)…トランス・アイ・メディカリズム

This is I

日本のトランスジェンダー史を直に見つめてきたアイドル…Netflix映画『This is I』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:This is I
製作国:日本(2026年)
日本では劇場未公開:2026年にNetflixで配信
監督:松本優作
イジメ描写 LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
This is I

でぃすいずあい
『This is I』のポスター

『This is I』物語 簡単紹介

1980年代、大阪の街に、女性アイドルになることを夢見て、ずっと自分なりに全力でなりきってきたひとりの子どもがいた。しかし、思春期を迎え、男らしくなさを学校で嘲笑され、家庭でも本心を言えず、居場所を失う。そんな中、偶然に出会ったショーパブで女らしさ全開に活動する人たちに刺激を受け、自分もここで働きたいと決心。さらにひとりの医者との出会いが運命を変えていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『This is I』の感想です。

『This is I』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

She is Ai Haruna

2026年のハッピーな日本のクィア映画の幕開けは、この「Netflix(ネットフリックス)」で2月に配信されたこの作品から…なのかな。何はともあれ、ハッピーなら良いです。ハッピーじゃないことが多すぎる世の中なのでね…。

ということで、さっそく本作『This is I』の話に移りましょう。

本作は日本で活躍するタレント「はるな愛」の半生を描いた伝記映画です。“はるな愛”は、日本ではお茶の間に知られている芸能人ですが、トランスジェンダー女性の当事者としてマジョリティな規範に固められたエンターテインメントの世界を切り開いてきた先駆者のひとりでもあります。

この映画『This is I』は、そんな世間にはあまり知られていないトランスジェンダー当事者としての側面を深掘りし、“はるな愛”が何と闘い、何に涙し、何を祝福してきたのかを映し出している作品です。

同時に、本作はもうひとりの人物…具体的には、“はるな愛”に性別適合手術を施して医療的なサポートをしてきた「和田耕治」という実在の医師にも焦点をあてており、実質的には2人の人生を描くダブル伝記映画とも言えます。

“和田耕治”のパートは、当時の日本のトランスジェンダー史の1ページを映す貴重な物語にもなっていて、2025年の『ブルーボーイ事件』に続き、日本におけるトランスジェンダーの歴史における重大な出来事を描く邦画がこう連続してくれたのは嬉しいですね。

日本ではトランスジェンダーを主題にする映画と言えば、タイトルは伏せますが、いろいろ悪例もあったので、表象として大丈夫かと心配にはなるのですけど、『This is I』は少なくともトランスジェンダーを誠実に描き、ステレオタイプに陥らないように意識していることが伝わる表象だと思います

何よりも部分的にミュージカル・テイストで、いわゆる「ニードル・ドロップ(needle drop)」と呼ばれる、既存の楽曲を挿入する手法がふんだんに取り入れられ、たとえ悲しい出来事があっても多幸感を前にだそうというポジティブさに溢れてもいますから

『This is I』を監督したのは、『ぜんぶ、ボクのせい』『Winny』を手がけてきた“松本優作”。脚本は、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』『爆弾』“山浦雅大”。企画は、ドラマ『極悪女王』“鈴木おさむ”です。

後半の感想では、日本のトランスジェンダーの歴史に詳しくない人向けの物語の背景補足と、私なりの本作の良さと、やや気になる欠点を整理しています。

スポンサーリンク

『This is I』を観る前のQ&A

Q:『This is I』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2026年2月10日から配信中です。
✔『This is I』の見どころ
★多幸感を全面にだした個人的なトランス・ストーリー。
★日本のトランスジェンダー歴史を映し出す貴重な視点。
✔『This is I』の欠点
☆過度なメロドラマの多さ。
☆メディカリズムの強調。

鑑賞の案内チェック

基本 トランスジェンダー差別的な暴言や生々しいイジメのシーンが一部にあります。
キッズ 2.0
性行為の描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『This is I』感想/考察(ネタバレあり)

スポンサーリンク

あらすじ(序盤)

2009年、タイのパタヤ。華やかなミス・クイーンコンテストの準備が裏で進んでおり、着飾った女性たちがあちこちにいました。そのひとつ、とある鏡の前で、ひとりの日本人女性が覚悟を決めており…。

その数十年前の1981年の日本の大阪。部屋でも学校の教室でもお祭りの場でも、今大人気の松田聖子の曲『夏の扉』をノリノリで熱唱しているひとりの子ども。「ケンジ」と呼ばれ、口の軽いに微笑ましく眺められ、祖母に「最後まで躍らせてあげて」と言われるこの子の夢は、テレビで輝くあの女性アイドルになること…。

同年代の男子からは「男オンナ」「おかま」とバカにされますが、気にすることなく女性っぽい格好をしていました。しかし、さらに成長し、10代になると、同年代の女子が女性らしい体つきになり、ブラジャーの話などをしているのを遠くから眺めつつ、好きな男子にラブレターを書いても手渡すこともできず、ただ男子にイジメられ続ける日々が続きます。

さすがに挫けそうになり、屋上でひとり涙を流します。「わたしは、なんなん…?」

学校に行くのが嫌になり、先生にも相談しますが、「男らしくしろ」と言われるばかり。

賑やかな街を男子学生服のまま途方に暮れて佇んでいると、ふと近くを歩いている人物に目を奪われます。自信に満ちた表情で女らしさを全開にしていました。その人に思わずついていくと、その日とはある建物の中に入っていきます。

それはショーパブでした。ステージでは他にも女性らしさを堂々と振りまいてパフォーマンスする人たち。

棒立ちしていると、見つかり、「あんた、誰?」と言われます。「綺麗だけど、普通の女の人じゃない気がして…」と素直に感想を述べると、その人、アキは「私にちんちんついていること見抜けるなんて鋭いな」とあっけらかんとしています。

そして、「私、聖子ちゃんみたいなアイドルになりたいんです。だからここで働かせてください」と思わずお願いしてしまいます。ぶっきらぼうな口調ながらもアキは面倒をみてくれると言いますが、「どんなに必死になっても女にはなれん。あんたがここでなれるのはニューハーフや」と忠告。

こうして、家では家族に図書館で勉強すると嘘をつき、パブでは下働きの日々を送ります。

ある日、衣裳部屋にあったドレスを着て、買い物に商店街へ。美人な女としてナンパされまくり、調子に乗ります。

薬のおつかいを頼まれた先は、わだ整形クリニックでした。片隅にある地味なところで、罵声が聞こえて、紙だけ置いて出ていきます。ショーパブのカードも添えて…。

パブに戻ると、ニューハーフたちからこれからあなたはゴツくなると言われます。その言葉に焦り、見よう見まねでピルに手を出します。

そうこうしているうちに、デビューが決まり、「アイ」という名を与えられます。「みんなに愛されるように」という想いをこめて…。

一方、医者の和田耕治は居酒屋でひとり酒に溺れ、外科医業界の現実にうちのめされていました。美容整形をしている自分は医者もどきかもしれませんが、人を救いたい気持ちはある…。

そして、アイの初ステージに、意義を見失っていた和田耕治もたまたま見に来ており…。

この『This is I』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/03/05に更新されています。

ここから『This is I』のネタバレありの感想本文です。

スポンサーリンク

日本のトランスジェンダー史の補足解説

まず初めに『This is I』における、日本のトランスジェンダーの歴史に詳しくない人向けの物語の背景補足からやっていきます。本作は、確かに貴重な日本のトランスジェンダー史を映しているのですが、あくまでその数ページですし、一面的ではあるので、詳細を知らない人の中には誤解する場合もあるかもしれません(ただでさえ、トランスジェンダーに関するデマがたくさん流布している現状なのですから)。本作で描かれる1980年代~2000年代初め現在とでは、かなり状況が違っていることも押さえておく必要があります。

主人公のアイ(デッドネーミングを避けるためにこの呼び名をこの記事では以降は通します)は、「男」と性別を割り当てられて育ってきたものの、少なくとも作中では小学生の頃から「女の子」っぽい振る舞いや見た目を好んでいます。

いわゆる「ジェンダー・トランジション(性別移行)」を自らの意思でやっており、その手始めで最もやりやすいのが「芸能人のモノマネ」というのは、当事者でもあるあるな体験なのではないでしょうか。

しかし、子どもができる性別移行はあくまで振る舞いが限界。服装も制服や所持している家庭の衣服など制限が多く、自由に女性モノを選べる空気ではありません。序盤の10代のアイは居場所を失い、希死念慮を感じていることを示唆させる演出もあります。

そんな中で行きついたのがあのショーパブ。そこはジェンダー規範に縛られない空間であり、アイがひと息つけるのも当然です。あそこで働いている人たちは「ニューハーフ」と名乗り、こうした人たちは今でいうドラァグなゲイ男性だったり、トランスジェンダー女性だったり、立場はさまざま。でも小さな連帯がそこにありました。

ここでアイは服装を好きに選ぶ自由を初めて体験し、しかも赤い衣装で商店街にでると「女性」として世間に認知され、男にナンパまでされます。アイのジェンダー・アイデンティティ(性同一性や性自認とも呼ばれる)が社会に肯定される、いわゆる「ジェンダー・ユーフォリア」の高まりを実感させるステップアップです。

こうして肯定感の気持ちよさに気づいたアイですが、思春期の第二次性徴は避けられず、男らしい肉体変化に焦りを感じている様子が描かれます。アイは他の人の見よう見まねでピルを飲み始めますが、これは性ホルモンをコントロールする成分を摂取しているわけですが、美容の意図でこうした服用は昔からありました。ただ、当時のものは性別移行をサポートするべく医学的に考慮されたものではないですし、効果はまちまちです。

限界を感じた矢先、医師の和田耕治と出会い、藁にも縋る想いで願望を言葉にします。「たま、とってくれへん?」と。つまり、睾丸摘出…これは性別適合手術(当時は性転換手術と呼ばれていた)のひとつを求めているわけです。

そこで医師の和田耕治は「技術的にはできないことはないけど、優生保護法というのがあって、それで捕まった医者もいる」とゴニョニョ話し、当初は躊躇しています。

このシーンがたぶんトランスジェンダー史に詳しくない人には一番わかりにくいところだと思いますが、兎にも角にも「優生保護法」がすべてであり、そのトランスジェンダー史との交差の始まりは1965年でした。当時、とある産婦人科医が当事者の求めに応じて性別適合手術を行ったのですが、それが優生保護法の28条「何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない」という規定に違反するとみなされ、有罪になった事件がありました。いわゆる「ブルーボーイ事件」です。

この模様は2025年に『ブルーボーイ事件』で映画化もされたばかりなので、そちらを観てほしいのですけども、勘違いしてはいけないのは、別に「法律で性別適合手術が禁止された」わけではないのです。

そもそもこの優生保護法自体、優生思想に基づいており、例の条項も、それ以外の生殖不能措置を禁止するという、あくまで法律の存在意義を規定するためだけのものです。性別適合手術をとくに狙いうちにしたものではありません。そもそも性別適合手術は生殖不能にすることを目的にしておらず、性別移行の結果の付随として生殖能力が失われるというだけです。

当時の裁判でも「軽率な実施」が違法の根拠とされ、性別適合手術全般を一切禁止するような判決ではありませんでした。

しかし、当時の医者たちは「自分も逮捕されるかも」と怯え、性別適合手術やホルモン療法さえも躊躇するようになってしまったんですね(当時の医学的見地ではホルモン療法をすると生殖能力を失うと考えられていました。実際は『SeaHorse』でも映し出されるように妊孕性がなおもあったりします)。

言い換えれば、権力に威圧されて自粛する雰囲気になっているということ。ちなみに、この権力の威圧のせいでトランスジェンダー医療ケアの自粛が起きる現象は、2026年の今のアメリカと同じ(トランプ政権が医療機関を脅しているため;Assigned Media)。1900年代後半の日本の状態が、2026年のアメリカで再現されている…というのが何とも皮肉な繋がりです。歴史って巡るものなんですね…。

日本では、埼玉医科大学形成外科を中心に性別適合手術を適正に実施できる仕組みを求める動きが活発化し、日本精神神経学会によって1997年に「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」が公表され、性別適合手術は「正当な医療行為」となり、臨床活動の普及とノウハウの蓄積が表立ってできるようになりました。

さらに2003年7月に「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」が成立し、2004年7月には施行されました。これは戸籍の性別変更を規定するものですが、法的に医療行為を是認することにもなり、決定的な社会変化をもたらしました。

映画に話を戻しますが、そういう事情で本作の和田耕治はアイの要望する手術を躊躇っていますが、思い切って実施を決断します。精巣摘出術だけでなく、陰茎切除術造腟術と続くかたちで…。

なお、ここで現在のトランスジェンダー医療ケア…ジェンダー・アファーミング・ケア(ジェンダー肯定ケア)とも称されますが…との相違点を注記しておくと、今は前述したガイドラインの最新版に基づき、より透明性と信頼性を担保して手順が決まっています。

例えば、性別適合手術を施行するためには年齢が18歳以上であることが条件です。では作中のアイのような子は今は性別適合手術はできないのかと言うと、代わりに「二次性徴抑制療法」を受けることができ、これは「思春期ブロッカー(ホルモンブロッカー)」などとも呼称されています。二次性徴の進行を抑制する製剤を用いるもので、手術と違って可逆的なので、リスクも低いです。この二次性徴抑制療法を望む場合は、未成年なので親権者など法定代理人の同意を得る必要があります

そんなわけで作中のアイみたいなことが今の日本のトランスジェンダー当事者の未成年に行われているとは基本的に考えないでください。本作はあくまでガイドラインもなかった頃の当時の話です。

ちなみに、アイが医療的な性別移行に挑戦していた時代は、このような当事者はまだ精神疾患とみなされていました。ちょうど物語が始まる1年前の1980年から「性同一性障害(Gender identity disorder;GID)」という診断名が用いられるようになるのですが、「性転換症」「性転向症」といった古い呼び名もなおも多用されていました。現在は「性別不合」と診断名が一新され、精神疾患ともみなされなくなりました(この診断名はあくまでトランスジェンダー当事者などが医療行為を正当に受けやすくするためのものです)。2026年2月時点で日本で運用されているガイドラインの名称も「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版)」となっています。

本作ではあまりこの診断名を目立たせないプロットになっていて(資料に少し映される程度)、おそらく前述した精神疾患から排除された最新の動向を意識して、偏見を助長しないように配慮した結果なのだろうと思います。

これ以上、説明すると永遠に長くなるので、もっと知りたい人は、以下の記事の「オススメの専門書」で紹介した本を読むと理解が深まります。

スポンサーリンク

Yeah! めっちゃジェンダーユーフォリア

『This is I』は、「Based on a true story」という、やけにハリウッドかぶれな導入で始まりますが、全然邦画っぽさ全開の作品です。というか、日本の芸能文化ど真ん中を描いています。

私は観ていて、「これ、非日本語圏の日本国外の外国人にどこまで伝わるのかな…」と思いましたよ。『国宝』ならオリエンタリズムな目線で外国批評家でも消費できるでしょうけど、今回の『This is I』はそういうのも無反応だろうし…。

私は今作の宣伝いわく「エアミュージカル」とやらも、そのチープさが日本のお笑い系の芸能文化と相まって、そのうえ日本流のキャンプさになっていたので、全体として良かったと思いました。カンヌ国際映画祭や米アカデミー賞で評価されたらしいあの『エミリアなんちゃら』より、何百倍もその国のLGBTQコミュニティに敬意のある作りでしたし。

『This is I』は、アイドル文化に始まり、ニューハーフ文化からリスタートし、またアイドル文化に戻り、昭和終わりから平成を駆け抜けます。

とくに当時、大ブームになっていた新時代アイドルの松浦亜弥(あやや)のモノマネを披露することで、アイがついに表のエンタメでスポットライトを浴びる展開は、経緯を踏まえれば非常にカタルシスがあります。「本物の女になれない」と言われた“女”が、それこそ本場のアイドルよりも輝いてみせたのですから。あの子ども時代のモノマネは無駄ではなかった…。『Yeah! めっちゃホリディ』の曲のテンションにぴったりです。

そしてタイのミスコンでは子ども時代に歌唱していた松田聖子の曲『夏の扉』に舞い戻るという、綺麗な円環で終わる。続く和田耕治の墓の前では、渡辺美里の代表曲『My Revolution』を熱唱し、女性の自立を高らかに宣言する…。

ノスタルジーありきにせず、日本のアイドル文化とクィア文化の接点を掘り起こす、とても貴重な視点の物語だったと思います。

両親がアライ(支援者)として機能していく物語も安心感があります。

今作『This is I』でアイを熱演するべく大抜擢されたのは、オーディションで選ばれた“望月春希”。こういう役をほぼ新人に任せるリスクは高いですが、それでもやり切った企画の勇気は称えられるべきでしょうし、“望月春希”は確かに眩しい存在でした。

スポンサーリンク

2本分の物語の干渉の副作用

一方で『This is I』でやや欠点として目立ったのは、医師の和田耕治のパートです。

あらかじめ言っておくと、こういう医師と患者の互いを思いやる関係を繊細に描いているのはトランス・ストーリーとして珍しいので、そこは良かったです。和田耕治の実績は否定しようもないですし。

ただ、前述したとおり、本作は医師の物語も追加したW伝記映画なのでボリューム・オーバーになっているところがあって…。しかも、アイのパートでもちょっと感情が濃いのに、和田耕治も同じようなトーンで、結果、メロドラマがくどいくらいに長すぎる印象になっていました

もちろん2人の物語を合わせることでの相乗効果もあります。アウトサイダー同士の共感ですね。

それでも悪い意味での干渉もあって、例えば、トランスメディカリズム(医療行為を受けた当事者こそ“真のトランスジェンダー”であるという考え方)を助長するほどではないにせよ、さすがに手術を強調しすぎな感触は拭いきれません

ちなみに、本作は、はるな愛の自伝『素晴らしき、この人生』(講談社)と、和田耕治・深町公美子の『ペニスカッター:性同一性障害を救った医師の物語』(方丈社)を参考に練られているそうですが、後者の書籍は歴史資料としては価値ありますが、主観的なので「トランスジェンダーを学ぶ」目的ではあまり推奨できない本なので注意です(本が古いので載っている知見も古いという理由もある)。

“松本優作”監督は『Winny』のときと同じように「世間から誤解されてバッシングを受ける男性の悲哀」みたいな意識で物語を構築しているせいもあって、せっかくのアイの物語が和田耕治の物語に上書きされている部分もところどころ感じたし…。

和田耕治を演じた“斎藤工”はやはりあのイケメン感を滲ませてしまう俳優ですから、その描かれかたといい、なんだか全体的に『ブラック・ジャック』臭がありましたね。日本の表象ではこういう医者は『ブラック・ジャック』の型になるのがお約束なのかもしれない…。

本作を観ると彼しかトランスジェンダー医療ケアに向き合っていなかったように思えますけど、上記の補足解説で取り上げたとおり、他にも活動していた人はいたので、そこは忘れず。

なお、実際の和田耕治の死因は曖昧で、作中ではクリニックのソファで亡くなっていたのは「疲れすぎて寝られず自分に麻酔を使っていた」という解釈も語られる程度にとどまっています。

本当だったら映画2本に分けてくれれば、こうも干渉はしなかったのに…と惜しくも思いましたが、とりあえず作られる意義のある映画ではありました。

言うなれば、『This is I』は『Anders als die Andern(Different from the Others)』と同じ役割を担う映画なのかもですね。ドイツでは1919年に生まれた映画が、日本ではやっと2026年に生まれたのです。

『This is I』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
ジェンダーやセクシュアリティについて悩みや不安を抱えている場合、LGBTQ+についての支援活動を行っている団体の専門の相談窓口に頼るのもひとつの選択肢です。
LGBTQ+に関する相談窓口
性別違和のあるお子さんと家族のための情報サイト – にじっこ
スポンサーリンク

関連作品紹介

トランスジェンダーに関する映画やドキュメンタリーの感想記事です。

・『ウィル&ハーパー』

・『ジェーンと家族の物語』

・『片袖の魚』

以上、『This is I』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)Netflix

This is I (2026) [Japanese Review] 『This is I』考察・評価レビュー
#日本映画2026年 #松本優作 #望月春希 #斎藤工 #木村多江 #千原せいじ #吉村界人 #伝記映画 #アイドル #医療 #病院 #死別 #LGBTQ歴史 #トランスジェンダー