見えたとしてもそれだけで終わってはいけない…映画『フォールアウト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2022年に配信スルー
監督:ミーガン・パーク
恋愛描写
フォールアウト
ふぉーるあうと
『フォールアウト』あらすじ
『フォールアウト』感想(ネタバレなし)
この題材の中では個人的傑作
アメリカでは「7月4日」は1776年にアメリカ独立宣言が公布されたことを記念して「独立記念日」として祝日になっており、毎年盛大に祝われます。
ただ、残念な問題も起きています。実はこの独立記念日の前後は銃乱射事件が多く発生する傾向にあるのです(CNN)。「Gun Violence Archive」のデータによれば、過去10年近くで、7月4日に起きた銃乱射事件は50件を超え、他のどの日よりも多く、2番目に多いのは7月5日だったとのこと。
例えば、2022年7月4日、イリノイ州でハイランド・パーク銃乱射事件が起きました。7人が死亡、39人が負傷する惨事となったこの事件。捜査当局は犯人の動機を断定しませんでしたが、熱狂的なトランプ支持者で、「4chanのバブルの中にいた人物だった」と分析する意見もあります(Coda Story)。
なぜ独立記念日に銃乱射事件が起きやすいのかは確かなことはわかりません。基本にこういう事件は犯人の動機まで詳細に特定されることがないからです。独立記念日は大勢が集まりやすいからなのか、自分を誇示するのに良い機会と考えるからなのか、はたまたナショナリズムを刺激されるからなのか…。
ともあれ銃乱射事件は陰惨です。それが起きた日は大衆に衝撃をもたらします。発生日や加害者像に関心が集まるのも当然です。しかし、被害者のサバイバーはその後もずっと苦しい状況が人知れず続いています。被害者のサバイバーにとって銃乱射事件はたった1日ではなく、持続的なものです。
今回紹介する映画は、そんな銃乱射事件の被害者サバイバーに焦点をあてたものです。
それが本作『フォールアウト』。
本作は、とある学校で銃乱射事件が発生。その事件でたまたま身体的には傷一つなく生存できた複数の生徒を主人公に、その後のトラウマとの葛藤をじっくり描いたものです。
銃乱射事件を題材にした映画はすでにいくつもあります。加害者を扱った『ニトラム NITRAM』、被害者を扱った『私は世界一幸運よ』、遺族を扱った『対峙』…。
『フォールアウト』は被害者を扱ったものとして、シンプルな構成であり、変にトリッキーな仕掛けでアプローチしようともしていません。銃乱射事件を直接的に描写もしていませんし、ショッキングさを煽ることも極力避けているので、この題材の中では見やすい部類です。
それでも『フォールアウト』は非常にクオリティが高く、私もこの題材の作品の中ではベスト級に好きな一作です。
ユニークなのが、『フォールアウト』はガールズムービーとしての側面もあって、そこもかなりしっかり作られていて魅力的です。被害者を一面的に扱わないという意味でも誠実な作りだと思います。
この『フォールアウト』を監督したのは“ミーガン・パーク”というカナダの人で、これまでは俳優業中心で、青春ドラマの『The Secret Life of the American Teenager』で主役を務めたりしました。その“ミーガン・パーク”の監督デビュー作となった『フォールアウト』。それがいきなり高評価を獲得し、まだ30代の若さですし、今後は一気に監督として注目されていくのではないでしょうか。
主演も話題にしないわけにはいきません。あの“ジェナ・オルテガ”です。『フォールアウト』はアメリカでは2022年1月に「HBO Max」で配信されたのですが、“ジェナ・オルテガ”と言えば2022年はドラマ『ウェンズデー』でも大ブレイク。この2作品セットで2022年は“ジェナ・オルテガ”がフィーバーしました。
『ウェンズデー』のインパクトのせいでどうしても無感情な演技スタイルの印象が濃くなっていますが、『フォールアウト』では多彩な感情をコロコロと演じ分けており、“ジェナ・オルテガ”のベストアクトだと思います。『ウェンズデー』で“ジェナ・オルテガ”を知ったという人はこの『フォールアウト』も絶対にオススメです。
共演は、“シーア”のミュージックビデオでの出演でも知られる“マディー・ジーグラー”。
『フォールアウト』は日本でも劇場未公開だったので、鑑賞選択の視界に入っていなかった人も多いと思いますが、見逃すのはもったいない隠れた良作です。
『フォールアウト』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた良作 |
友人 | :映画を紹介して |
恋人 | :同性ロマンスあり |
キッズ | :10代にはオススメ |
『フォールアウト』予告動画
『フォールアウト』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):その日から全てが変わった
家のトイレ。16歳のベイダはいつものように寝ぼけながら歯磨きをして朝の支度をしていました。化粧をするようになって大人っぽくなろうとする妹のアメリアを尻目に、ベイダはマイペースです。テキトーに朝ご飯を食べ、家を出ます。
親友のニックの車で登校。車内でノリノリに音楽に合わせつつ、遅刻しそうなのにコーヒーを買って寄り道し、学校に間に合ってもくだらない話で盛り上がります。ニックはそばを通りかかった男子にかっこつけて自分をアピールする奴ですが、ベイダの気楽な友達でした。
授業中、妹から「電話して」とテキストが送られてきます。「大変。911」とやけに深刻そうです。
しょうがないので先生にトイレに行っていいかと手を挙げて申告し、教室を出ます。歩きながら廊下で電話すると妹は「人に聞かれたくない」と随分と口が重いです。
どうやら初めての生理が来たらしく、「そのくらいで911なんて送ってこないで」とひと安心。それでも妹は悩んでいるようで、「グロいよね」と優しく声をかけてあげます。ちゃんと生理用品を姉の部屋から盗んできていたようで「トイレットペーパーを突っ込まずに済んだね」と安心させてあげます。妹もリラックスできたようで、電話を切ります。
そのまま教室に戻ろうとしますが、ふとトイレに寄ることにします。中には鏡の前でミアという女子が熱心にメイクをしていました。ミアはダンス動画をあげてかなりのフォロワーを集めている人なので彼女に近づければ相当に有名になれるはずです。
緊張しながらベイダは個室で自分を落ち着かせます。そしてそこから出て手を洗います。なんとなくミアを気にしながら「メイクなんか必要ない」と声をかけ…。
そのとき、バン!という音。そして悲鳴。さらに続けてバンバン!という音が聞こえ、校内が騒然としている様子がトイレにも伝わってきます。銃乱射だとすぐに理解し、2人は慌ててトイレの個室に隠れます。扉の下は大きく開いているので、便座の上に2人で立って怯えるしかできません。
するとトイレのドアが勢いよく開く音がして2人は身をすくめます。隣の個室に誰か入ってきました。それはクレイトンという男子で「自分は犯人じゃない」と震え声で説明。そのまま同じ個室に下から入ってきます。
クレイトンの服は血塗れですが、自分の血ではなく、兄のものだと口にします。気持ち悪さに吐くミア。
なおも断続的に銃声がする中、サイレンの音。そして警官らしき声が犯人を制止する言葉。また銃声。3人は震えます。あの見慣れた学校がどんな惨状になってしまったのかを想像するのを止められず…。
そして事態が収拾して、ひとまず家に帰って少し経った頃。家のベッドで横になったままのベイダを、妹は心配しますが声をかけられません。
食卓では家族を揃っても気まずい空気。妹のアメリアはいろいろ質問してしまいますが、親に止められます。
気分が弱っているベイダは思い切ってミアに連絡をとってみます。「通夜に行く?」「いや」…そんなやりとりをしつつ、朝。悪夢で飛び起きます。
家族とも親友とも距離ができてしまい、ベイダはミアの家に行ってみることに…。
トイレで心理を表現する
ここから『フォールアウト』のネタバレありの感想本文です。
『フォールアウト』は前述したとおり、銃乱射事件を題材にしながらも、その暴力の現場を一切描いておらず、ショッキングな視覚映像に頼っていません。これは昨今の実録犯罪モノで過激な映像をふんだんに用いて視聴者を惹きつける傾向(そしてそれは一部で批判されている)とは正反対で、これだけでも本作の誠実さが伝わってきます。
かといって銃乱射事件を過小に扱っていることは微塵もありません。あのトイレで怯える3人の描写だけで、この生存者に刻まれたトラウマがどれほどのものかはじゅうぶん伝わります。
とくに本作はトイレ(バスルーム)を作品全体を通して効果的に用いているのが印象的。映画冒頭もトイレから始まり、自宅のトイレの何とも言えない緩さが映されます。そして学校のトイレでの恐怖。事件後の自宅のトイレは一転して主人公ベイダの感情の失墜と心の閉鎖性を表す空間となります。そしてすっかり学校ではトイレ恐怖症となり、トイレに行けずに、失禁してしまうことも…。
トイレの個室は世間的に安全でプライベートな場所みたいに思われがちですが、実際のところ、これといって安全性を確保しているデザインになっているわけでもなく(今回の銃乱射事件なんてなおさら無力)、それ以上の逃げ場のない環境ですので、案外と脆弱です。でもある種の人のプライバシーを象徴する場になっているのも事実で、それが本作では主人公の心理状況を示す装置として機能させているんですね。
なお、リアルでは、学校で銃乱射事件が起きた場合、教室をロックして籠城するなどの現場対応を準備している事例もあるようです。なのでトイレに行っていたから助かったというのは本作の物語上の都合であって、現実では生徒がひとりで行動していると、いざというときに安全把握できないので危険なこともあるでしょう。
ラストは個人問題から社会問題へ
主人公のベイダは、家族や親友とも距離が生じ、かと思えばセラピストの前でわざとけだるそうに話してみせたり、感情がコロコロ変わります。
そして『フォールアウト』はベイダがミアと関係を築き始めると、ガラっと雰囲気が変わってガールズムービーのようになります。2人は恋愛関係にもなるので、クィアなストーリーも生まれていきます。“ミーガン・パーク”監督による、女子たちを自然に撮らえる演出もいいですね。
これらも合わせて、自分が迷子になってしまったかのような心情を“ジェナ・オルテガ”は本当に上手く表現していました。演技の方向性としては『ユーフォリア』の“ゼンデイヤ”的とも言える…。
基本的にベイダの視点で進みますが、他のキャラクターのトラウマもちゃんと網羅しています。
ベイダが初めてミアの家に行くとき、ミアはすでに玄関ドアの近くで実は待機しているのがわかりますが、おそらく相当に孤独だったのだろうな…とか。クレイトンだって独自の不安を抱えているでしょうし、少し関係性に亀裂が入るニックだって、あれはニックなりのこのトラウマへの対処方法なんでしょう。それぞれの反応と処理があって、どれが正解というものでもないです。
個人的には終盤にある妹のアメリアの告白のシーンがグっときます。当初はかなりおませな態度で、空気が読めていないだけにも見えるアメリアでしたが、実は妹もまた妹で自責の念を抱えていて…。
このアメリア絡みだと、本作は生理の要素をネガティブに扱うことなく、さりげなくポジティブに配置しているのも巧みでした。ベイダとアメリアがしがらみなく生理の話題で交流できたからこそ、あの九死に一生を得るという些細な偶然のシチュエーションが生じたわけで…。
こうして両親とも和解し、ミアとの交際も続きそうなエンディングで終わると思わせて…。本作はこれで青春ドラマを終わらせません。
ベイダのスマホに届く、他の銃乱射事件発生の通知。それを目にして、ベイダはパニック発作になり、画面では彼女の荒い息だけが聞こえる…。
通知がまた苦痛を届けるというあたりが、デジタルネイティブ世代らしい皮肉さなのですが、このラストを加えるというのは、ずっとパーソナルな青春映画に徹してきた本作が、銃乱射事件を「個人問題」ではなく「社会問題」として意識するのも忘れないように…と釘を刺したようなものです。
もちろん「赦し」や「ケア」の視点も大切です。ただそれでは片付けられないのが今のアメリカの銃乱射事件。いくら赦そうともケアしようとも、またすぐに銃乱射事件は起きている。この頻度の高さでは個人の努力でどうこうできる話でもないです。
私たち社会に突きつけられる「この被害者たちを見ているだけでいいんですか?」という問いかけ。別にアメリカの問題だからで済まないと思うのです。アメリカの銃乱射事件は日本も無縁ではないです。関連性がよく話題となる「4chan」なんて日本人がオーナーですからね(『Qアノンの正体』も参照)。そしてその日本人を日本メディアは散々持ち上げてます。
映画を見るだけで当事者の心の傷が見えて知った気分になるのではなく、見た後にではあなたは何をするのか。もう私たちは関係者です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 84%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ジェナ・オルテガ出演の作品の感想記事です。
・『スクリーム6』
作品ポスター・画像 (C)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
以上、『フォールアウト』の感想でした。
The Fallout (2021) [Japanese Review] 『フォールアウト』考察・評価レビュー