いくらでしょうか?…映画『Cloud クラウド』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2024年)
日本公開日:2024年9月27日
監督:黒沢清
くらうど
『Cloud クラウド』物語 簡単紹介
『Cloud クラウド』感想(ネタバレなし)
黒沢清の手にかかれば転売も…
今や「転売」は社会問題化していますが、いつからこんなに悪化してしまったのでしょうか…。
そもそも転売するという行為自体はそこまで悪いことではありませんでした。商品を自分で利用せずにそのまま横流しで他者に売ろうとも個人の勝手です。
しかし、インターネットによって誰でも簡単に巨大な市場に向けてモノを売ることが可能になってしまい、デジタル市場特有の凄まじい勢いでの売買の繁盛もあって、転売のハードルは大きく下がり、短期間で儲ける機会を得やすくなりました。投機的な概念になってしまったのです。
こうなってくると悪いことを企む人にもチャンスが発生します。定価よりもはるかに高い値段で商品を売る「高額転売」、正規ではない商品を紛れ込ませる「詐欺転売」、はたまたその転売のために商品を大量に先手で買ってしまう「買い占め行為」…。売り手として責任をとるという最低限のモラルもどこかへ売ってしまったのか…。
2025年1月にApple製品を不正に転売して複数の人が逮捕される事件も報道されていましたが(東京新聞)、転売で逮捕者がでることは稀です。大半は捕まらずにやりたい放題となっています。
そんなわけで転売屋は「転売ヤー」というスラングで呼ばれ、すっかり世間に嫌われています。人物よりも投機という概念こそ憎むべきだと私は思いますが…。
その現代における転売の底なしの破滅性もこの監督の手にかかれば、汎用品とは異なる独自の価値が輝く代物に大変身します。
それが本作『Cloud クラウド』です。
本作は転売を副業からメインの仕事に切り替えて本格的に突き進んでいくひとりの若者を主人公にした日本映画で、その転売行為がいろいろな人の恨みを買い、対処しきれないほどに絡まって、自分に襲いかかってくるというクライム・サスペンスになっています。
しかし、この『Cloud クラウド』を監督したのはあの“黒沢清”。ということで『リアル〜完全なる首長竜の日〜』、『クリーピー 偽りの隣人』、『散歩する侵略者』といった作品と並ぶ“黒沢清”監督流の癖のあるホラーになっています。ホラーはホラーでも「黒沢清」というジャンルですね。“黒沢清”監督作を見慣れている人には「いつものこれね」という感じなんですが、見慣れてない人には「なにこれ…?」ってなるだろうな…。
2024年は社会問題を下地にした『ラストマイル』のような映画も話題でしたが、そちらが正統派社会問題エンターテインメント映画とするならば、この『Cloud クラウド』は真逆かな、と。
それにしても“黒沢清”監督、2024年は本作『Cloud クラウド』の他に、『蛇の道』、短編映画として『Chime』も作っており、“黒沢清”イヤーでした。2020年の『スパイの妻 劇場版』から間が空きましたけど、これだけ観れればお腹いっぱいです。
『Cloud クラウド』で主演するのは、幅広く活躍して日本映画界の若手の中でも頭ひとつ飛びぬけている“菅田将暉”。“黒沢清”監督作にでれたのはキャリア的にもさらに彩り画が増えましたね。今作では無精ひげで雰囲気をガラっと変えており、新鮮です。
共演するのは、『偶然と想像』の“古川琴音”、『愛にイナズマ』の”窪田正孝”、『PLAY!〜勝つとか負けるとかは、どーでもよくて〜』の“奥平大兼”、『首』の“荒川良々”など。
それにしてもこの年の米アカデミー賞の日本代表作品にはこの『Cloud クラウド』を選んだんですね。いや、監督のネームバリューで選出しているんでしょうけど、だいぶマトは外れるんじゃないかな…。
『Cloud クラウド』は転売とか関係なく普通に観れます。映画はそれでいいんです。
『Cloud クラウド』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 殺人、倒産、貧困などの描写があります。 |
キッズ | 悪い大人しかでてきませんが…。 |
『Cloud クラウド』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
「全部で30箱ですか。わかりました。ひとつ3000円で買います」
目の前に箱詰めされている電子治療器の定価は40万であり、提示された値段に驚くすぐそばにいた町工場のしがない製造業の中高年夫婦。
しかし、吉井良介という若者は冷静でした。廃品回収にだしてカネをとられるよりも良い。そんな理論を淡々と述べます。「これが仕事ですから」
そして9万円をその場に無造作に置き、トラックに箱を詰めて去っていきました。
吉井良介の仕事。それは転売です。副業でしたが今や本業のように本格的にやっていました。すでに手馴れています。やりかたは完全にわかっています。
商品の写真を綺麗に撮り、「大特価20万円」とサムネイルを作成し、一斉にネットで売り出します。薄暗い部屋でパソコンの画面をつけたまま放置して見つめていると、商品がひとつ、またひとつとどんどん売れていきます。全部売れました。吉井良介は少し息を吐き、やっと安心したのか、手にしていたペットボトルを口にします。
商品は何事もなく出荷されていきました。これで終わりです。
吉井良介も町工場で働いています。今日も出勤です。真面目に働いていました。勤務先の工場の社長である滝本からは管理職へのキャリアアップに繋がる青年部の部長のポストを推薦されますが、吉井良介は全く興味がありませんでした。
帰りに銀行口座の通帳を確認すると、例の転売の収益である600万円が振り込まれていました。
家に帰ると、恋人の秋子が先に来ていて寝ていました。比較的安くなっていた同じゲームソフトを20個買おうとしましたが、話しかけてきた秋子の相手をしているうちに売り切れてしまいました。
吉井良介に転売を教えたのは高等専門学校の先輩である村岡です。彼からはアイドルのチケットを転売した同業者が捕まったという話を聞かされます。危ない橋を渡れば逮捕もあり得る世界。しかし、吉井は動じません。村岡は良い情報があるとチラつかされ、上手くいったら教えると言われます。
いろいろと考えた結果、吉井良介は3年も働いていた町工場を辞めたいと社長の滝本に言いに行きます。驚いた滝本はやたらと吉井良介を褒めちぎって止めようとしますが、その言葉を丁重に無視します。
家に帰って恋人の秋子に仕事を辞めたと告げます。秋子も納得のようで、吉井は次の人生計画を少し話します。
一方で、村岡からオークションサイトの立ち上げ事業に参加しないかと誘われますが、その誘いもきっぱり断ります。たまたまバス停前で秋子がやってきて、「結婚前提で付き合っているの?」と村岡に聞かれ、吉井は「はい」と答えます。
引っ越したのは郊外の湖畔にある家。そこを事務所兼自宅として借りることにしました。恋人の秋子との新生活はもう始められる状態です。そのために準備をしていました。
夜中、誰かがチャイムを鳴らします。吉井は息を潜め、対応を避けます。もう変な問題を起こして計画に支障をきたすわけにはいかない…。
そしてついに引っ越しました。
そこで予想を超える事態が待っているとは知らずに…。
亡霊のような主人公

ここから『Cloud クラウド』のネタバレありの感想本文です。
『Cloud クラウド』は前述したとおり、実質的には「黒沢清」という固有ジャンルのホラーであるので、ものすごく変な映画です。
どれくらい変かと言うと、「転売」という行為を主題にしつつ、それ自体をそこまでリアリティたっぷりに描くことには特化していません。あくまで転売はホラーの土台にすぎないので、雰囲気だけです。悪魔祓い系のホラーにでてくるエクソシストみたいな職業人と同じようなものです。この映画で描かれる転売屋もそんな感じ。
冒頭で主人公の吉井良介が電子治療器を高額転売してその売れ行きをパソコンの前でじっと見守るシーンがありますが、あそこからして妙な空気です。普通はあんなリアルタイムで売却状況をモニタリングしないでしょう(面倒臭すぎる)。誇張するにしてもおかしな誇張のしかたです。
でもあのシーンの不気味さは、まるで吉井がある種の人間性を犠牲にして行為に及んでいることを際立たせており、場面が異様に暗いこともあって、それはあたかも悪魔と取引しているかのようです。しかも、今作では買った人の顔はほぼ見えてきませんからね。
吉井も有頂天で売れたことを喜んでいる素振りは一切なく、謎めいた緊張感の中で精神を削るようにこの転売という行為に手を染めており、その表情は冒頭のパソコン前でのシーンでもよく伝わります。
そもそも転売という行為がどういう倫理観を失ったうえで成り立っているのかは、冒頭の製造業の中高年夫婦とのやりとりでハッキリ提示されています。モノの価値というのは単なる相場で変動する値段ではなく、作り手の想いや苦労といったものが詰まっているはず。それを無視する利益至上主義がいかに残酷なのか…。
しかし、吉井の心にはそんな訴えは響きません。
本作における吉井というキャラクターは非常に今の若者の間に漂う虚無感を体現していると思います。2020年代の若者像としてはその点ではリアルかもしれません。夢や希望を抱くこともできず、社会の労働というシステムそのものに幻滅している…。自分が転売していることもあって、余計にそのシステムの無意味さや脆弱さを痛感しています。だから努力を信じられないし、所有欲もない…。
転売して儲けるという行為をひたすらに目的意識もなく繰り返す亡霊のようになってしまっている主人公です。ほんと、生前に転売していてすでに亡くなった若者の幽霊です!…と正体が判明しても驚かないくらいには生気がないですからね。
そんな吉井は転売のためなら平気で嘘もつきます。「JK刀」というフュギュアを買い占める際は自分がいかにもこの業界のクリエイターに寄り添ったオタクであるかのような素振りをみせます。本心は全くそんなことを思っていないのに…。
だから他者から見れば、吉井は間違いなく悪魔のように見えるのでしょう。
2人の悪魔が吉井を奪い合う
一方で『Cloud クラウド』で主人公の吉井のすぐそばに、2人の悪魔的存在が登場します。
ひとりは恋人の秋子。もうひとりはバイトで雇われた佐野という若者です。
2人とも「転売なんてやめなよ」と制止するような良心はありません。そして妙に現実離れした立ち位置になっています。
秋子は恋人というわりには吉井に恋愛感情を持っている感じもなく、素振りがありません。それなのに家に平然と居座っており、吉井もそれを当たり前のように受け入れてしまっています。秋子自身は転売に加担しませんが、転売をする吉井だからこそ近づいている感じが濃いです。
終盤で明らかになるように秋子はおカネ目当てだったようで(ただし吉井はそんなに派手な生活を送らないのでターゲットにするには実りの無い相手でしょう)、その目論見は上手くいきません。この秋子の存在はベタな悪魔的ポジションです。悪魔としては平凡級。
対する佐野は悪魔としてはヤバさが1段階違いました。佐野は転売をアシストします。かといって軽率ではなく、とても慎重です。なぜ場当たり的に雇った程度の人間がここまで平然としているのか、違和感が漂ってきます。
その正体はどうやら裏社会の組織と繋がりのある人間、しかも結構な大物と関係のある存在らしく、吉井をさらなる闇に引きずり込むのでした。
映画では湖畔の家に引っ越してからホラーが本格化します。この家も妙です。普通は転売するならそんな郵送しづらい田舎は不向きのはずです。でもこの田舎の湖畔の家というロケーションはホラーの定番。だから採用されているようなものでしょう。
ここからは田舎ホラーの始まり。見知らぬ土地での見知らぬ人間関係から生じる人間不信の恐怖の沼に引きずり込まれていきます。さすがの吉井も田舎慣れしていないのか、ここでならゆっくりできるという当初の計画は崩れ去ります。
しかも、同時に秋子と佐野という2人の悪魔が静かに対立していくことにもなります。結果、秋子は一旦退いてしまうのですが、佐野も追い出されたところで、家には悪魔が不在に。その瞬間に巻き起こるのがマンハントの強襲サスペンス・スリラーです。
そして誘拐からの工場内での銃撃戦。“マイケル・マン”監督作のハードな銃アクションを“黒沢清”監督流にアレンジしたような銃の乱戦になります。
吉井は銃はもちろん人殺しも間近で見たことがなかったのでしょうけど、佐野が「すごいじゃないですか、助かりました、案外簡単でしょ」と淡々と初“殺人”を褒めながら、悪魔の所業を遂行しているのが“黒沢清”監督風味のユーモアでした。
最後は“黒沢清”ドライビングによる地獄世界のお出まし。いつものやつです。吉井はもう悪魔に食われた悪魔。逃げられません。
転売は心を悪魔に売るようなものなのでした。“黒沢清”監督の手にかかれば、こんなホラーになるんですね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2024 「Cloud」 製作委員会
以上、『Cloud クラウド』の感想でした。
Cloud (2024) [Japanese Review] 『Cloud クラウド』考察・評価レビュー
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