そしてそこにゲイは確かに存在した…1927年の映画『つばさ』と1994年のドキュメンタリー映画『Coming Out Under Fire』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(1927年)
日本公開日:1928年3月30日
監督:ウィリアム・A・ウェルマン
恋愛描写
製作国:アメリカ(1994年)
日本では劇場未公開
監督:アーサー・ドン
LGBTQ差別描写
かみんぐ あうと あんだー ふぁいあ

『つばさ』&『Coming Out Under Fire』感想(ネタバレなし)
男性同士のキスを初めて描いた映画?
「同性同士のキスが初めて描かれた映画は?」というクィア映画史を語るうえで避けられない疑問。
「女性同士のキスを初めて描いた映画」のひとつとして挙げられることがある1922年の『屠殺者』は以前紹介しました。
今回は「男性同士のキスを初めて描いた映画」のひとつ…かもしれない作品について取り上げていきます。
それが本作『つばさ』。
このサイレント映画『つばさ』は、何と言っても第1回アカデミー賞において最優秀作品賞を受賞したことでハリウッド映画の歴史に刻まれる一作。そんな映画が「男性同士のキスを初めて描いた映画」でもあったのか!?…という感じですけども、まあ、これは注釈つきで…。
これに関しては前にも書きましたが、「キス」という行為は恋愛や性愛ありきのものではありません。挨拶や祝福、誓い、哀悼、別れの背景でも使われてきたものです。なので、それこそ同性愛的な「ロマンティックなキス」や「エロティックなキス」かというとまた別の話。
本作『つばさ』のキスは明らかに同性愛的な類のものではないのですが、男性同士が非常に親密にキスしているシーンがあることは確かに事実なので、言及しないわけにはいかないのです。
それにしても、『つばさ』という映画は本当にいろいろな特筆点がある作品です。大作戦争ドラマとしての型を確立した圧巻のボリューム、実際の飛行による圧倒的な空戦シーンの撮影、異例の撮影期間とその間のスキャンダル…。ヒロインを演じる“クララ・ボウ”の快活っぷりも楽しいです。
でもこの私の記事ではそれらは掘り下げません。はい、全く無しです。今回は作中でたった1秒のキス…そこだけにピンポイントで絞ってます。こんなマニアックな批評…なかなかないですよ。
ただ、さすがにそれだけだとあれなので、今回はさらに1994年のドキュメンタリー映画『Coming Out Under Fire』の感想も交えつつ、批評を補強したいと思います。
『Coming Out Under Fire』は、ゲイ当事者でもあるアジア系アメリカ人の“アーサー・ドン”監督がが手がけた一作で、同性愛に関する歴史家兼活動家でもあった“アラン・ベルベ”が1990年に執筆し発表した学術書を基にして制作されています。これは第二次世界大戦中のアメリカ軍における同性愛に対する態度を当時に実際に軍に所属していた同性愛者の証言を織り交ぜて検証しているドキュメンタリーです。
『つばさ』をクィア批評するならば、この『Coming Out Under Fire』もセットにしたほうが絶対にいいと思ったので、今回は2作品の感想という編成でお送りします。
『つばさ』&『Coming Out Under Fire』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 『Coming Out Under Fire』は同性愛差別の言動が映されるシーンがあります。 |
| キッズ | 『Coming Out Under Fire』は性器が映ります。 |
『つばさ』&『Coming Out Under Fire』感想/考察(ネタバレあり)
『つばさ』の例のキスに至るまで
普段は序盤のあらすじとかを書いているのですが、別に今回は書く必要もないかと思ったけど、一応、例のキス・シーンまでのざっくりしたストーリー上の流れをおさらいしておきましょうか。キスの背景がわからないですからね。
物語は、ジャック・パウエルとデヴィッド・アームストロングという2人の血気盛んな若者男性が主人公で始まります。この2人の若人はアメリカで平凡に暮らしていて、シルヴィア・ルイスという都会っ子の美しい女性に惚れ込んでおり、2人で取り合いのような感じでライバル関係になっています。シルヴィアはどうやらデヴィッドのほうが好きらしく、ジャックは形勢不利。一方で、ジャックは隣に住むメアリー・プレストンという女子に好かれているのですが、ジャック本人は気づかないという、なんとも鈍感な男です。
要するに男女4人の異性愛四角関係で織りなされているわけです。
で、ジャックとデヴィッドはこの頃の若者ではよくある行動に出ます。第一次世界大戦にアメリカが参戦し、兵を募っていたので、2人揃って航空隊に志願したのです。
そしてここからジャックとデヴィッドの軍隊生活が始まり、2人は相変わらずバチバチとライバル関係を続けながら、以前よりも密接に空間を共有し、切磋琢磨して繋がりを深めていきます。
そんな中、デヴィッドの操縦する戦闘機が撃墜され、デヴィッドは敵に捕まりますが、なんとか敵の戦闘機を奪って脱出。そこにジャックが戦闘機に乗って「デヴィッドのカタキだ!」とやる気満々に攻撃。その相手がデヴィッド本人だとも知らずに撃ち落としてしまい、デヴィッドは瀕死に…。
ジャックは地上で民家に保護されたデヴィッドのもとへ行き、やってしまったことを自覚。息絶える寸前のデヴィッドの横たわった体にすがりつき、ジャックはデヴィッドの顔に自分の顔をかなり接近させ、会話します。そしてもう死が迫っていると実感し、感極まってジャックはデヴィッドの唇のわずか横あたりに勢いよくキス。そしてデヴィッドは亡くなるのでした。ジャックはその体に顔をうずめ嘆くだけ…。その後は、ジャックはデヴィッドの体をお姫様だっこして家を出ていき、遺体を運びます。
映画開始から2時間が過ぎたあたり。はい、例のキスはここのシーンです。
こうしてジャックはデヴィッドへの愛を自覚し、シルヴィアやメアリーなんかには目もくれず、共に空を舞ったデヴィッドと育んだ愛を記憶にとどめ、空を見上げるたびにそのロマンスを思い出すのでした。めでたしめでたし…。
あ、嘘です。「こうしてジャックは~」のくだりは私の妄想です。
『つばさ』で観察できる男同士のカジュアルなキス文化
『つばさ』では男女同士のキスのシーンもありますが、ことさらこの終盤のジャックがデヴィッドにするキスが一番エモーショナルに盛り上がる背景になっていることもあって、本作で最も印象に刻まれるキス・シーンです。
もちろんこのキスが恋愛や性愛に動機づけられるものではないことくらい、映画を観ていればわかります。ジャックやデヴィッドがゲイなのだとか、そういうことを言いたいわけでもありません。
今回の論点は、このジャックやデヴィッドが同性愛者かどうかというその点ではなく、「男同士のキス」という文化が当時の軍コミュニティに実は結構浸透していた…という話で…。
『つばさ』を観ていると、例のジャック×デヴィッドのキスだけでなく、わりと何箇所かで男性同士で軽くキスをするシーンがあります。たいていは、別れ、もしくは式典などの祝いの場で、男性が男性の頬や首にキスしています。
今の感覚でみるとちょっと意外な光景に感じるかもしれません。だって2020年代以降の軍隊を描く戦争映画を思い浮かべてみてください。男同士でこんなに日常的にキスし合っている作品はあったでしょうか。現代の私たちが『つばさ』の例のキス・シーンを観て、ゲイネスを感じてしまうのは、キスの異性愛規範に染まっているからだとも言えるでしょう。
実は第一次世界大戦時の1910年代やこの『つばさ』が公開された1920年代というのは、男性同士でキスすること自体、それほど異常とみなされるような行為ではなかったそうで…。それこそ唇と唇でのキスだってなかったわけではないようです。
つまり、当時は男同士のカジュアルなキス文化が社会に当たり前に定着できていたんですね。少なくとも「キス」という行為を「男らしくなさ」とみなすような認識はそれほど色濃くなかったということです。男が男にキスしたって別に騒ぐこともないであろう、と。
ということは、この男同士のカジュアルなキス文化がいつしか「キスは異性同士でするものだ。少なくとも男が男にキスするなんて気持ち悪い!」という認識へどこかの時代で移り変わっていったことになります(そしてそれは同性愛嫌悪を形作ったのは言うまでもなく)。
第二次世界大戦:さらに隠れるしかなかった当事者
ではその「男同士のキスの文化」が西欧で時代とともに隅に追いやられたのはなぜなのでしょうか。
もしかしたらそれは「男女同士のキスのほうが、ロマンティックでエロティックだから至高なのだ」という恋愛至上主義と性愛至上主義が、表象というもののせいで、より大衆の認識に植え込まれたから…なのかもしれません。
ただ、今回は軍のコミュニティの変化に焦点をあてたいと思います。そこでドキュメンタリー映画『Coming Out Under Fire』が重要な資料になります。
第一次世界大戦を再現して映した『つばさ』と違って、『Coming Out Under Fire』は第二次世界大戦の映像と当事者の証言を基に構成されています。第二次世界大戦は1939年から1945年までですが、1910年代や1920年と比べると西欧は保守化していきました。性的マイノリティへの迫害も裏では深刻化しました。
『Coming Out Under Fire』で序盤に映し出されるのは、当時、アメリカで軍隊に志願した同性愛者の人たちの証言です。軍には誰でも所属できるわけではなく、条件を満たす者でないといけません。そして「精神疾患」であると不適格とみなされました。そして同性愛というのは当時は精神疾患と扱われていました。
ここで問題になるのは、どうやって同性愛者かどうか判断するのかです。なにせ同性愛者かどうかなんて外見ではわかりません。
そこで本作の証言では実際に入隊希望者全員が受けた兵役資格テストの内容が語られます。それは「あなたは女性が好きですか?」「女性とデートしましたか?」といった、あまりに素っ気ない質問だったり、はたまたロールシャッハ検査や人物画テスト(Draw-A-Man test)みたいなものだったり(疑似科学です)…。
要はこんなお粗末なもので同性愛者を見抜けると思っていた、当時の異性愛社会のマヌケさが滲みます。作中でレズビアン女性が「“私は結婚前は性行為なんてするべきじゃないと育てられました”と答えるのが最もパーフェクトな答えだったんでしょうね」なんて呆れ顔で振り返っているのが何とも言えません。
とにかく当時の当事者は曖昧な回答をするか、嘘をつくことで、軍隊のコミュニティに「異性愛者」として所属できました。
そしていざ始まった軍コミュニティの生活。無論、男性同士で気軽にキスできる空気ではなく、手紙もチェックされるので暗号を使い、息をひそめながら存在していたことが語られます。
あらためて考えると変ですよ。だって軍のコミュニティは男女に分かれることもあって、例えば、すごく男同士の密着した空間が築かれるわけですから。それってめちゃくちゃゲイな雰囲気です。でも同性愛は抹消されなければならない。この相反する圧力ですよね。
そんな中でも、仲間内で男たちが女装して余興したりすることもあり、そこでささやかな息抜きを得ていた当事者の心情が語られるのはハっとさせられます。このときからこんな感じだったんだな、と。
それにしても、クィアな新聞まで密かに発行していたというのですから、なかなかに驚きです。
ともかくこの第二次世界大戦の頃から、間違いなく軍の世界では、男らしさの固定化と並行してホモフォビアの内面化が進行し、「男はこういう振る舞いでないといけない」という型が出来上がっていったのでしょうね。
疑わしきは罰する
『Coming Out Under Fire』では、軍という組織がより強硬的に同性愛者を排除していったことも映し出されます。あのいい加減な兵役テストだけでは済みませんでした。
この時代には「ソドミー」という「男性同士で性的行為をすること」を罪とする法律があったわけですが、これは案外と同性愛者の迫害に直接役に立ちません。なぜなら当事者もバカではないので、あからさまに性行為したり、キスしたりはしないからです。
そこで軍は、行為の確認ではなく、「疑われ」さえすれば、同性愛者として排除できる仕組みを作り、強制除隊処分を実行していったことが作中で述べられます。これは後の1950年代の俗にいう「ラベンダー狩り」もしくは「ラベンダーの恐怖(Lavender Scare)」とも呼ばれる政治的な弾圧の前兆でした。
この「疑わしきは罰する」ということが公然とシステム化してしまうと、男同士のキスの文化なんて成り立つはずもないですよ。
歴史を整理すると、軍というのはどこよりも率先して性規範を製造するシステムそのものであり、「何がノーマルなのか」を決定づける役割を果たしてきたのだなということがわかります。
『Coming Out Under Fire』では、ビル・クリントン大統領も出席する公聴会での議論が冒頭に映ります。議題は「our nation’s policy towards homosexuals in the military(軍内の同性愛に関する我が国の方針)」。軍にとってホモセクシュアルは「compatible(相容れる)」か「incompatible(相容れない)」かを断じるというこの問いかけそれ自体が暴力的で恐ろしいですが、次々と「incompatible」だと言い放っていく軍上層部の言葉がまた…。
こうして「”Don’t ask, don’t tell”(DADT)」という政策が軍で平然と公式化し始めた1990年代半ば。「Gay Veterans Associetion」のような当事者団体の活動も虚しく、存在は無かったことにされ、2025年からは第2次トランプ政権がさらなる軍の統制で当事者を追い出してしまいました。
クィア映画史において「軍」に注目することにどんな意味があるのか、この歴史を知ることで実感が強まったのではないでしょうか。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
『Coming Out Under Fire』○(良い)
関連作品紹介
軍隊内の性的マイノリティを描く作品の感想記事です。
・『インスペクション ここで生きる』
以上、『つばさ』&『Coming Out Under Fire』の感想でした。
作品ポスター・画像 『つばさ』(C)public domain 『Coming Out Under Fire』(C)Zeitgeist Films カミングアウトアンダーファイア
Wings (1927) [Japanese Review] Coming Out Under Fire (1994) [Japanese Review] 『つばさ』考察・評価レビュー 『Coming Out Under Fire』考察・評価レビュー
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