半人前のエドガー・アラン・ポーもドン引きです…Netflix映画『ほの蒼き瞳』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本:2023年にNetflixで配信、2022年12月23日に劇場公開
監督:スコット・クーパー
自死・自傷描写
ほの蒼き瞳
ほのあおきひとみ
『ほの蒼き瞳』あらすじ
『ほの蒼き瞳』感想(ネタバレなし)
エドガー・アラン・ポーを読んだことある?
2022年もいろいろなミステリー映画が見れました。個人的なイチオシは『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』。ポアロのような名作を現代にアップデートした見事な手際でした。
でも2022年の最後にこんなミステリー映画もあったのを忘れていませんか。
それが本作『ほの蒼き瞳』です。
この映画で重要となるのが“エドガー・アラン・ポー”。あのミステリーというジャンルが生まれる原点となった…というだけでは語り尽くせない、本当にさまざまな影響を後世の文学やその他のエンターテインメント・芸術に与えた、とんでもない功績を残した小説家にして詩人。
名前はものすごく有名ですけど、案外と“エドガー・アラン・ポー”の作品を読んだことはないんだよね…という人もいるのではないでしょうか。
“エドガー・アラン・ポー”の作品を実際に読んだことのない人にその作風を説明するなら、ひと言で今風に表現すると「鬼畜」。もうとにかく悪趣味でエグい作品が多いです。胸糞悪い作品が好きな人なら絶対にその偉大な先人である“エドガー・アラン・ポー”は押さえておくといいですよ。
私も小学校か中学校のときに「黒猫」を読んだときは「これを創作した人はなんて無慈悲で残酷な奴なんだ!」とちょっと普通にドン引きしましたから。「へぇ~黒猫ってタイトルなのか~私、猫好きだし、読んでみようっと」と無邪気に手にとってしまった私はすぐに後悔しましたよ。でも怖いもの見たさで読み進めてしまう魔力がありますよね…。
別に“エドガー・アラン・ポー”の作品すべてがそういうタッチというわけではないのですが、どうしてこんなドス黒い物語を作れるんだろうと不思議に思ったりしたものです。
読んでみたいなという人は短編集や名作集がきっと図書館とかにあると思うので、それを探してみるといいですよ。
あとはそうです、本題はこっちだった。『ほの蒼き瞳』です。
本作は“エドガー・アラン・ポー”の作品の映画化…ではありません。“ルイス・ベイヤード”というアメリカの作家が2006年に発表した小説「陸軍士官学校の死」を原作としています。
じゃあ“エドガー・アラン・ポー”はなんだったんだという話ですが、実はこの作品には“エドガー・アラン・ポー”というキャラクターが登場するのです。でもかといって“エドガー・アラン・ポー”の伝記映画というわけでもない。
要は“エドガー・アラン・ポー”という人間を二次創作的に借用して、物語に登場させていると考えていいです。
1830年、ある元刑事を主人公にしており、その男が陸軍士官学校で起きた猟奇的な事件の謎を解こうとし、そこで若きエドガー・アラン・ポーがサポート役みたいに現れる…そんな話。
ジャンルはゴシック・ミステリーで、作品自体が“エドガー・アラン・ポー”作品のオマージュで溢れています。“エドガー・アラン・ポー”好きなら「これはあの作品だな!」と気づくはず。もちろん“エドガー・アラン・ポー”初心者の人が見ても大丈夫です。難解でマニアックな話とかではありません。むしろこれが“エドガー・アラン・ポー”の作風なのかという入り口を覗けるんじゃないかな…。
監督は『ファーナス/訣別の朝』(2013年)、『ブラック・スキャンダル』(2015年)、『荒野の誓い』(2017年)、『アントラーズ』(2021年)を手がけてきた“スコット・クーパー”。
『ほの蒼き瞳』の主演は、“スコット・クーパー”監督作でも常連の“クリスチャン・ベール”。この俳優と言えば『バイス』ではふくよかな顔つきになったり、『ソー ラブ&サンダー』では「誰!?」という恐ろしい容姿になったり、『アムステルダム』では目が飛び出したりしていましたけど、今回の『ほの蒼き瞳』はわりと普通。まあ、“クリスチャン・ベール”の普通が何なのか、もうわかんなくなってきましたけど…。
共演するのは、エドガー・アラン・ポー役で、『ハリー・ポッター』ではダドリー役でおなじみで、近年もドラマ『クイーンズ・ギャンビット』などで活躍している“ハリー・メリング”。もうひとりの主人公です。
さらに“トビー・ジョーンズ”、“ティモシー・スポール”、“ロバート・デュヴァル”、“ジリアン・アンダーソン”、“ルーシー・ボイントン”など。
『ほの蒼き瞳』を観れば、“エドガー・アラン・ポー”の世界はすぐそこです。
『ほの蒼き瞳』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年1月6日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ミステリー好きなら |
友人 | :俳優ファン同士でも |
恋人 | :ロマンス要素はほぼ無し |
キッズ | :やや残酷な描写あり |
『ほの蒼き瞳』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):男が再び事件に向き合う
1830年。雪が降り積もった森。髭の男、オーガスタス・ランドーは陸軍士官学校副校長のヒッチコック大尉と挨拶をかわし、校長のセアー大佐が早急に会いたがっていると告げられます。会いたくなさそうなランドーでしたが、渋々合意します。
ランドーは大物を逮捕したこともある有名な刑事でしたが、今は森の中でひとり暮らし。実は娘のマッティが家出してからというもの、荒んでしまい、人を避けていました。
久しぶりに表にでてきたランドー。ウェストポイントにある陸軍士官学校に到着し、口が重そうながら説明を始める校長。ケンタッキー州出身の2年生リロイ・フライが昨夜首を吊ったそうで、しかも学校の病棟でその遺体が損壊されたというのです。「いたずらでは?」とランドーは口にしますが、心臓がくり抜かれており、明らかに猟奇的でした。
医師のダニエル・マークウィスとともに遺体を確認すると、確かに胸がばっさり切り裂かれ、心臓が消えていました。異常者の仕業なのか。
首を吊っていた現場に行くと、その日に警備を担当していた者で第一発見者であるハントゥーンが状況を語ってくれます。物音を聞いてここに来たそうで、体は曲がっていて地面に足がついていたとのこと。
遺体を詳細に調べると、後頭部に打撲傷があり、争った形跡が…。殺人の可能性が浮上します。そして手に紙切れが握られているのにも気づきました。
極秘の捜査なので毎日報告して、酒は飲むなと警告されるランドー。
ふとひとりの青年が近づいてきて、「フライを殺した犯人は詩人です」と意味ありげに伝えて去っていきます。
夜はバーに足を運ぶと、あの風変わりな青年がまたいました。エドガー・アラン・ポーという名だそうで、彼なりの推論を聞かせてくれます。士官候補生のラフバラーを調べるべきと熱弁。仲違いするまでフライと同室だったらしいです。
翌日、話を聞くと、仲違いではなく別の道を歩んだとラフバラーは語り、フライは悪党たちと付き合い始めたらしいことがわかります。ストッダードというフライを最後に見た士官候補生にも話を聞くと、将校がいたか聞かれたそうで断れない用事で出かけると言っていたとのこと。
調査を進めている傍ら、コールドスプリングで牛と羊が殺され、脚が切断され、心臓がくり抜かれたという報を受け、異様な事態が拡大している予感がしてきます。
ランドーはポーに手紙の切れ端を解読してくれと頼むと、すぐに解読してきます。早口でこれは呼び出す罠であるとわずかな文字から文章を推測。しかし、ランドーは冷静に別の分析を披露し、訂正します。埠頭に会いに来てという文章と推察され、わざわざそんな場所を選ぶのは女性しか考えられません。
エドガーも食堂の外で女性を見かけたと口にします。
心臓を保存するなら寒い場所だと睨み、近くの貯氷庫を調べると、地面にロウソク痕跡と血痕を見つけ、何かの儀式跡のように思えます。
オカルト専門のジャン・ぺぺ教授のもとへ確認に行くと、魔法陣だと判明。
ポーの調べでそういうものに興味がありそうなのは、医師の息子のアーティマス・マークウィス。ダニエルの妻のジュリアとの子で、リア・マルキスという姉もいました。
捜査は進展したに見えましたが…。
誰の心にも禍々しい闇がある
『ほの蒼き瞳』はミステリーではあるのですが、あまり「whodunit(犯人は誰か)」を論点にしているような感じではありません。
本作の物語がむしろ突きつけるのは、どんな人間の心にも底知れぬ闇があるという事実です。
まず今回の猟奇的な事件のターゲットとなる、フライ、バリンジャー、そして逃走したストッダード。この士官候補生の男たちは実は女性に対する性暴力事件の加害者であり、学校でも悪名高い常習犯でした。規律規範を重んじる陸軍士官学校という男社会の闇です。最終的に学校側も隠蔽するわけですし。
加えて医師のマークウィス一家。娘のリアが難病を患い、医学では治療できないと絶望し、あげくに黒魔術に頼るようになってしまっていました。結果、儀式に必要な心臓を手に入れるのにたまたま最適な遺体を見つけることができ、そこから心臓を失敬していたのでした。
そして極めつけはランドーです。ランドーがこの事件の黒幕なのは、冒頭でランドーが寒いこの時期にわざわざ雪深い川で手を洗っている意味深なシーンで示唆されます。“クリスチャン・ベール”の禍々しい内に狂気を秘めた演技を見せられれば、「この男、なんかあるぞ…」と勘付くのは容易いですけど。
ランドーは娘が家出したのではなく、士官候補生たちに性的暴行を受けて自死してしまったのであり、その復讐のために加害者である士官候補生の男たちを次々と殺害していました。犯罪に対して捜査ではなく、殺人という方法で恨みをぶつけるしか行き場の無かった男という、これもまた男性的な暴走ではあるのですが…。
つまり、全体を振り返れば、色々な人々の闇が連鎖反応のように折り重なり合い、この表面的には猟奇的とも言える事件を創出してしまったという、合作のような一件です。
闇が他の闇を食らって力を増大し、その闇をまた別の闇が捕食し…そんな暗黒の食物連鎖みたいな出来事を陰湿な映像作りと俳優の演技で淡々と描いていく。“スコット・クーパー”監督の確かな手腕が感じられるゴシック・ミステリーの味わいだったと思います。
エドガー・アラン・ポー誕生譚
そんな王道のゴシック・ミステリーである『ほの蒼き瞳』の中で少し浮いた存在になっているのが、“ハリー・メリング”演じるエドガー・アラン・ポー。
少なくとも本作の時点ではこのエドガー・アラン・ポーは半人前というか未熟さがこぼれています。事件捜査にノリノリで頭も切れるのですが、どこか抜けているところもある。承認欲求ばかりが前にでてしまい、空振りすることもしばしば。ランドーの方が一枚どころか数倍は上手です。
エドガー・アラン・ポーも彼は彼で闇を抱えており、母への哀悼を引きずり、集団に馴染めずに孤立してしまっています。でもロマンチストで善というものをまだ信じています。
そのエドガー・アラン・ポーがランドーの闇を看破し、ラストでランドーの凶行をずばり推理するシーンが見せ場ではあるのですが、とても悲痛な場面でもあります。知りたくなかった、人の闇を見てしまったわけですから…。
こんな経験すれば、そりゃあ人間不信にもなりますよ。心がごっそり濁りきってしまったエドガー・アラン・ポーは、この体験ゆえに後世に残るあの偉大な小説家にして詩人となり、数々の名作を生み出していく。『ほの蒼き瞳』はエドガー・アラン・ポーの皮肉なオリジン・ストーリーなんですね。
ランドーのキャラクター性は史実のエドガー・アラン・ポー本人と重なるようになっており、作中で起きることも、エドガー・アラン・ポー作品に繋がるようなものが無数に散りばめられています。
例えば、ランドーが過去に解決したという事件の中には「マリー・ロジェの謎」を思わせるものもありますし、猟奇的な死体の謎と言えば「モルグ街の殺人」です(馬鹿力がないとこんなことできないという医師のコメントは「モルグ街の殺人」と同じオチなのかと一瞬観客をおちょくります)。また、フライの日記の暗号を解くのは「黄金虫」みたいですし。この他にもあれやこれやと…。
『ほの蒼き瞳』はそうしてエドガー・アラン・ポーのファンへのサービスを適度にばらまきつつ、エドガー・アラン・ポーはこんなふうにこの世から這い出てきたのであるという説得感もある。かなり面白いメタフィクションでした。
今作のエドガー・アラン・ポーのキャラクター的にも最も闇落ちしそうな根暗な男が、それでも一筋の善を失わず、尊敬しかけた男の闇を葬り背負って、それを自分の創作へと結び付けていくというストーリーは、こういうタイプの男性の物語としては、まあ、ほどよいオチなのかなとも思うし…。
でも絶対に健康には悪いですけどね。実際のエドガー・アラン・ポーも40歳で謎の死を遂げるからなぁ…。
本作『ほの蒼き瞳』の教訓。アルコールは飲みすぎない。悪い奴らとは付き合わない。心臓は取られないようにする。
エドガー・アラン・ポーとの約束ですよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 66% Audience 74%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix ほのあおき瞳
以上、『ほの蒼き瞳』の感想でした。
The Pale Blue Eye (2022) [Japanese Review] 『ほの蒼き瞳』考察・評価レビュー