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『スパイの妻 劇場版』感想(ネタバレ)…黒沢清監督は日本映画界のスパイかもしれない

スパイの妻 劇場版

黒沢清監督は日本映画界のスパイかもしれない…映画『スパイの妻 劇場版』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:スパイの妻 劇場版
製作国:日本(2020年)
日本公開日:2020年10月16日
監督:黒沢清

スパイの妻 劇場版

スパイの妻 劇場版

『スパイの妻 劇場版』あらすじ

1940年。福原聡子は夫である優作を愛していたが、ある日、夫が満州に出かけて帰ってきてからというもの、何か異変を感じる。実は夫は恐ろしい国家機密を偶然知ってしまったことで、心は大きく揺らぎ、正義のためにその顛末を世に知らしめようと決意していた。夫が反逆者と疑われる中、聡子はスパイの妻と罵られる危険に直面。夫婦の運命を太平洋戦争開戦間近の日本という時代の大きな荒波が飲み込んでいく。

『スパイの妻 劇場版』感想(ネタバレなし)

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黒沢清監督、銀獅子賞、お見事です!

映画界において「世界のクロサワ」と言ったらそれは黒澤明監督なのですが、現在進行形における「世界のクロサワ」はもはや議論する余地もなく“黒沢清”監督です。

1955年、兵庫県神戸市生まれ。1983年にピンク映画で監督としてデビューしますが、1997年の監督作である『CURE』で瞬く間に世界に知られます。もう後は国際的な監督の仲間入り。

初期作から完全に“黒沢清”監督の作家性をいかんなく発揮していました。私の考える“黒沢清”監督作品の面白さはやはり心理的に人間を追い詰めていく感覚でしょうか。人間ってこうも弱いんだという脆弱性を看破したかと思えば、え?そこまで?という人間が意外に内側に持っているドロっとした闇を放出させたりもする…。この両極端な揺さぶりで観客を翻弄していくような、実に手際のいいサイコロジカル・スリラー。

もしかしたら欧米人の感覚では日本人は何を考えているかよくわからないから、そういう表面では見えない内なるものをドバっと噴き出させる“黒沢清”監督の描く日本人像に興味を持たれているのかもしれません。でもその視点は日本人にもあると思います。やっぱり日本は外見は仮面を被って振舞わないといけない、感情は引き出しに奥にしまって人様には見せないのが礼儀の国ですから。なんとなく“黒沢清”監督作を観ていると不気味なのですけど同時に不思議な快感も感じて、その理由はそういう面のせいなのかな。

そんな“黒沢清”監督は国際的な認知もじゅうぶん高いので、2019年の『旅のおわり世界のはじまり』に至ってはウズベキスタンで撮影したり、すっかり邦画の業界空間から逸脱して自由奔放に映画製作をしている感じでした。国際的に有名になった監督は日本映画界の枠に頼らずに資金調達もしやすくなるのでクリエイティブ面もこれまでにない自由度になって、すごくいいですよね。ほんと、みんな有名になってほしい…。

とにかくワールドワイドな知名度抜群の“黒沢清”監督だったのですが、2020年にいよいよ積み上げたキャリアがひとつの到達点に。それが2020年の監督作『スパイの妻 劇場版』が第77回ヴェネツィア国際映画祭にてコンペティション部門の銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞したということ。日本人の受賞は2003年の『座頭市』以来とのことで、本人も嬉しそうでした。

この『スパイの妻 劇場版』は黒沢組の総力戦みたいな布陣で、“黒沢清”監督を筆頭に、その教え子で商業映画デビュー『寝ても覚めても』(2018年)がいきなりカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されたことでも話題となった“濱口竜介”を脚本に加えるという顔ぶれ。良い監督に良い脚本…それはもう黒沢組のベストが爆誕するのも当然ですね。

俳優陣は、出る映画みんな主演女優賞でいいんじゃないかと思ってしまう“蒼井優”、そして演技や人柄で高評価を集め続けて伸びまくっている“高橋一生”。この2人が夫婦役なのですが、夫婦を演じるのは『ロマンスドール』と続いてとなりつつも、さすがの名優、全然違う空気感を醸し出しています。

また、相変わらず何を考えているかわからない存在感で映画を支配する“東出昌大”が本作でも蠢いています。さらに『凪待ち』や『殺さない彼と死なない彼女』で印象的に活躍していた“恒松祐里”も出番が少なめながらの登場。今後も黒沢組の常連になってくれるといいなと思います。

ただ、『スパイの妻 劇場版』は扱いが少し残念なんですよね。というのもNHKのテレビドラマが先で、それを劇場版に編集し直したものとなっています。なので国内の映画賞なんかではテレビでの放送が先行してしまったせいで、賞の対象外になってたりして、ヴェネツィアで銀獅子賞をとった作品とは思えない影の薄さになってしまい…。そういうテレビが初お披露目なのは映画と認めないという業界ライバル精神、いい加減やめないかな…。

ともあれ2020年の見逃せない邦画のひとつでしたから、まだ観ていない人はぜひ。

内容は太平洋戦争直前の日本を舞台にしたもので、歴史と映画史を濃厚かつ的確に背景化している作品であり、少し知識があるとさらにグッと面白くなります。そのあたりは後半の感想で。

オススメ度のチェック

ひとり4.5:2020年の必見の邦画
友人4.5:映画・俳優好き同士で
恋人3.5:夫婦ドラマだけど…
キッズ3.0:大人の補足があれば
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『スパイの妻 劇場版』予告動画

『スパイの妻<劇場版>』90秒予告編
↓ここからネタバレが含まれます↓

『スパイの妻 劇場版』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):教えてください

1940年。神戸生糸検査所。その建物にぞくぞくと憲兵が入っていきます。そのドアの両脇には白いスーツと黒いスーツの男がひとりずつ。すぐに中からイギリスの商人が連行されていきます。「日本はどうなっているんだ」と困惑の声をあげながら…。

福原物産を経営する福原優作の前に軍服を着た津森泰治という男がツカツカと歩み寄ってきます。なんでも挨拶に来たとか。「妻もきっと喜ぶ」「聡子さんはお元気ですか」…2人は優作の妻・聡子を通しての顔なじみであり、再会に喜びます。

そして本題に入る津森。単なる挨拶で軍人が民間会社に来るわけありません。津森はジョンフィッツという男について聞いてきます。「先ほど軍規違反で逮捕されました」と説明。優作は「あの太っちょにスパイはできない」と笑いますが、津森はニコリともせず、「今までどおりの人付き合いはできません」と静かに警告してくれました。神戸で貿易会社を営む以上、外国人と相手することは頻繁にある優作はその忠告を黙って聞きます。

優作は罰金を払ってジョンフィッツを釈放させました。「それで暴力はなかったですか」と労わると「ないといったら嘘になります、でも大丈夫です」と気丈に振舞うその外国の男。「酷い話だ、イタリアやドイツには平気で尻尾をふるくせに」と優作はハッキリ不快感を露わに。「上海に行く」というジョンフィッツ。ここで仕事仲間ともお別れです。

優作は妻・聡子に「来月、ひと月ほど満州に行ってくる」と告げます。「危険でしょ?」と心配する聡子をよそに「一度大陸をこの目で見ておきたいんだよ」と優作は思いを語ります。

竹下文雄とともに優作は出発。聡子は見送ります。待っている間、家では聡子は寂し気。電報が届き、2週間帰国を遅らすとのことで、ますます孤独です。

ある日、女中の駒子とともに森で自然薯を採っていると津森と出会います。無邪気に会話し、「ウイスキーをうちでご一緒しません?」と誘う聡子。家に招かれた津森は「優作さんがご在宅ではないなら寄らなかったのに」と謙遜しつつ、「昔のなじみとして忠告しておきます。この家の方々は洋装をしていらっしゃる。これからは何か言う人間が出てくるでしょう。あなたの普通が批判や攻撃にうつる」と警告してきます。それでも聡子は平然としていました。

やっと優作が帰国し、居ても立っても居られず抱きしめる聡子。しかし、ここから夫婦の仲に不穏な空気が…。

竹下文雄は突然、会社を辞めて小説を書くと宣言。優作も「僕はアメリカに行くかもしれない」とふらっと言い放ちます。そして女性の死体が発見され、津森からそれは仲居をしていた草壁弘子のものであり、彼女を満州から連れ帰ったのは優作であると説明されます。

混乱と不安の中、夫に事情を尋ねると、いつになく厳しい口調で「君が気にする必要がないことだ」と拒絶され、それでも「私は急にあなたのことがわからなくなりました」と聡子が吐露すると、「問わないでくれ」とだけ。聡子は「信じます、信じているんです」とこぼすしかなく…。

状況を打破するべく竹下文雄を訪ねる聡子。しかし、旅館「たちばな」に籠る彼は豹変していました。優しいあの面影はなく、「あなたは何もわかっていない、あなたにはわかりようがない!」と怒鳴られ、「これをあなたに託します。決して開封せず、おじさん以外の誰にも渡してはいけない」と資料を託されます。

聡子は思い切って優作の前でその資料を見ました。そして優作は満州の話をします。研究施設、死体の山、関東軍の人為的な細菌兵器、捕虜を使った生体実験…。「こんなことは決して許されるものではない!」と激昂する優作。

「それではあなたは売国奴ではありませんか」「僕はコスモポリタンだ」「私までスパイの妻だと罵られるとしてもそれは正義ですか」

こうして聡子はスパイの妻になってしまうことに…。

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1940年代前後の日本映画史と防諜思想

『スパイの妻 劇場版』を鑑賞する際は時代背景を知っておくと何倍も面白くなります。当然、日本がアメリカと戦争をしたとか、日本は満州を占領した(満州事変)とか、その義務教育レベルの基礎は知っているものとして、ここでも説明しません。

ただ、もうちょっと踏み込んだ歴史、とくに映画史と絡めると見えてくるものがあり、このへんの仕掛けはさすが映画愛溢れる“黒沢清”監督といった感じです。

1930年代の戦前は日本映画の黄金時代でした。今や日本映画界を支配する大企業となった「東宝」が誕生したのもこの時期です。

しかし、戦争の足音が近づくにつれ、映画業界もその直撃を受けます。自由な創作はできなくなり、国策として映画が作られたり、検閲が入るようになっていきます。もちろん戦争を主題とした映画もたくさん作られます。

その中で覚えておきたいのが「防諜思想」です。防諜とは敵の諜報活動(スパイ)を防ぐことですが、防諜思想というのはざっくり言えば「お前はなんか怪しいな?スパイか?」と何でもかんでも他者にレッテルを張って抑圧していく代物です。今でもネットとかにいますよね、自分が気に入らない、ちょっと国に従わない人に対して「お前、工作員かよ?」とか言って文句をつけてくる人。そういうのが当たり前になり、社会に蔓延していったのが防諜思想。

映画でも『間諜未だ死せず』(1942年)のように防諜思想が反映された作品が生まれています。

当時、1941年3月に国防保安法が公布され、国民は一人一人が「防諜戦士」とされ、これに従う者こそ「真の日本人」と見なされました。こうなってくると何でもあり。労働環境に不満を言った奴は「お前、スパイか?」となりますし、教育に疑問を持っても「お前、スパイか?」となりますし、外国人と言うだけで「お前、スパイか?」となります。もはや国民全員が陰謀論者みたいな世界ですね。

こうやって社会がどんどん衆人環視の状態になり、静かな恐怖とコントロールが拡散した時代。『スパイの妻 劇場版』はまさにそういう日本の歴史をリアルに描いています。“黒沢清”監督作の『散歩する侵略者』はSF的にその恐怖を表現していましたが、『スパイの妻 劇場版』はそれが体制の思想というマインドコントロールで侵食していく怖さがしっかり描かれていました。

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その妻はどちらのスパイ?

『スパイの妻 劇場版』の主人公夫婦は、その防諜思想時代において真っ先に「お前、スパイか?」と疑われてもおかしくない状況にあります。洋式の生活を好み、ある程度裕福であり、外国人との付き合いも多い。スパイになるにはぴったりすぎる人材。

ここで面白いというか、“黒沢清”監督らしい仕掛けだなと思うのは、あの主人公夫婦の趣味が9.5mmフィルム撮影だということ。作中では聡子をヒロインにしてスパイ映画のようなジャンル作品を作って遊んでいます。もちろんこの夫婦は「スパイ」というものを「フィクション」として満喫しているにすぎないわけです。

しかし、満州での陰惨な実態(731部隊)を知ってしまい、優作は本当にスパイのようなことをしていくことに…。ここで本作はメタ的な構造に踏み入っていきます。フィクションとしてスパイが好きな主人公が本当にスパイをするようになるという物語をフィクションとして私たち観客は観ているという…。しかも、ご丁寧に本作は1940年代風の作劇になっており、ますます作り物っぽさを強調しています(街並みのセットは大河ドラマ『いだてん』のものを流用しているのだとか)。本作を観ていると「あれ、どこにリアルの軸を置けばいいんだっけ」と混乱してきますね。この心理的に揺るがしてくる感じが“黒沢清”監督の映画マジックですよ。

そして物語を最もスリルにさせるのが、福原聡子。「スパイの妻」というタイトルだけあって、この福原聡子の独壇場でした。

聡子はとても夫に甘えっきりであり、序盤からとにかくラブラブです。夫の趣味にも付き合ってあげるくらいですし、離れるのさえ寂しそう。その聡子がまさかの優作を津森に売るという行動。それまでの流れから見ると密かに津森の方に恋心が移ったともとれる。

しかし、これはミスリード。実はこれは計算のうちであり、優作への疑惑を回避させるための手段でした。つまり、この妻は見かけ以上に賢い。そして大胆。ここで優作への愛が文雄を犠牲にしてもいいくらいのゾッコンであることがわかり、見方によってはちょっと狂気な感じでもあります。

で、「あなたがスパイなら私はスパイの妻になります」と宣言し、いよいよ本格的にスパイの妻として優作と企みを練ることに。ここで聡子がとっても楽しそうなのがまた可愛らしくもあり、同時に少し不気味だったりもするのですが…。

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戦争の犠牲はいつも…

ところがこの『スパイの妻 劇場版』は、国の恐ろしい弾圧に耐えた夫婦の強さを描くというベタな着地になりません。それどころかちょっとそんな甘い幻想をぶち壊します。

聡子と優作は別行動をとってサンフランシスコで落ち合う約束をしますが、聡子が密航しようとした船は匿名の通報があり、捜査が行われ、聡子は捕まります。そして自分が持っていたフィルムは優作が趣味で製作した映像のものだとわかり、自分自身を囮として利用されたと自覚。

高笑いからの「お見事!」がいい感じの吹っ切れでした。

要するに、本作は戦争というものが常に女性を犠牲にしてきた歴史を描き抜きます。ドキュメンタリー『戦時下 女性たちは動いた』と同じですね。

ただ、『スパイの妻 劇場版』は日本が敵国に勝つために始めた戦争も、優作が日本に勝つために始めた戦争も、半ば同列に扱い、どちらにおいても男が始めた争いに女性が蹂躙されるという事実を浮き彫りにします。

1945年3月に病院に収容されている聡子が言い放つ「いいんです、なんだかひどく納得しているのです。私は一切狂っておりません。それがつまり私は狂っていることなのです」のセリフが幾重にも皮肉として刺さる。

これであの“恒松祐里”演じる女中と逃避行とかしてたら『お嬢さん』エンドになるんですけどね。『スパイの妻 劇場版』はそうはならない。かなり悲痛なエンディングです。“黒沢清”監督作の『岸辺の旅』のような、夫婦とは最初からすれ違っているようなものである…そんな達観すらも感じます。

あと、“黒沢清”監督は俳優を駆使するのが本当に巧みの域。とくに俳優の素さえも利用するような手際があります。“蒼井優”なんて使いようによっては「保守的な献身的女性像」を強化することに用いられかねないし、“高橋一生”も極めて表面的なだけの「世間体の良い男性像」として持ち上げられがちなのですが、“黒沢清”監督はそれをわかったうえでわざとストーリーのトラップして活用しているというか。策士です…。

『スパイの妻 劇場版』は1940年代の映画的なルックの中で、スパイ映画というジャンルの皮をかぶり、今に続く日本の闇を暴き出す。こんなことができてしまうなんて、“黒沢清”監督こそ日本映画界のスパイですよ。きっと『Mank マンク』くらい予算を与えられていたら、もっと凄い映画を生み出すんだろうなぁ…。

まだキャリアには上がありますから、“黒沢清”監督のスパイ活動、私は注視しています。

『スパイの妻 劇場版』
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)NHK

以上、『スパイの妻 劇場版』の感想でした。