故郷のテキサスを…「HBO」ドキュメンタリーシリーズ『ゴッド・セーブ・テキサス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にU-NEXTで配信
製作総指揮:リチャード・リンクレイター、アレックス・ギブニー
人種差別描写
ごっどせーぶてきさす
『ゴッド・セーブ・テキサス』簡単紹介
『ゴッド・セーブ・テキサス』感想(ネタバレなし)
多面的で複雑なテキサス州
今回はひとまず「テキサス州」についてあらためてまず整理しましょう。
どこにあるか? もちろんアメリカ合衆国です。アメリカのどこにあるか? アメリカを地図で思い浮かべてもらって、ちょうど真ん中の最も南…上に四角がボコっと飛び出ている感じの形の州がテキサス州ですね。アラスカ州を除けば、アメリカで最も面積が大きい州となります。
テキサスは田舎みたいなイメージもありますが、実際はもっと多様な経済産業があります。政治面では保守的な白人中心の州とされていますが、非白人や移民もとても多く、文化的にも多様です。
あまりにも多面的なのでテキサス出身の地元の人でもこのテキサス州について知らないところがたくさんあるようで…。
そんなテキサス州出身ながら人種も性別もルーツも人生経験もみんな違っている3人が、それぞれの視点でこの地元テキサスを掘り下げていくドキュメンタリーが本作『ゴッド・セーブ・テキサス』です。
その3人のひとりが、テキサス州のヒューストン出身の白人男性の“リチャード・リンクレイター”。監督作『6才のボクが、大人になるまで。』などで、自身のテキサスでの人生史を組み込んで表現することも多いフィルムメーカーであり、『バッド・チューニング』や『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』なんかもそうでした。
“リチャード・リンクレイター”は本作の製作総指揮にも入り、企画の主導者でもあり、自身は地元の町の刑務所産業複合体に焦点をあてます。“リチャード・リンクレイター”はもともとドキュメンタリーも手がける器用な人ですが、こういう題材はこれまでにないですね。
2番目の人物が、黒人女性の“アレックス・ステイプルトン”。アメリカのLGBTQ権利運動の歴史を映し出したドキュメンタリー・シリーズ『プライド』の製作総指揮を務めたほか、最近は音楽産業がデジタル化によってどう激変していったかをまとめたドキュメンタリー『How Music Got Free』を監督していました。
“アレックス・ステイプルトン”は今作では環境汚染を引き起こしながら黒人コミュニティの地域に根付く石油ビジネスを取り上げています。
そして3番目の人物が、ラテン系女性の“イリアナ・ソーサ”。祖父がメキシコとテキサスを行き来しながら生きてきた歴史を綴ったプライベートなドキュメンタリー『What We Leave Behind』で高い評価を得た人です。
“イリアナ・ソーサ”は今作ではテキサスとメキシコの国境の間で揺れるラテン系の移民難民を取り上げています。
それぞれ3名が1話ずつ担当し、各監督も出演しながら個人的な人生を交えつつ、そのテーマを深掘りしていく構成です。各エピソードに直接的な繋がりはないのですが(なので観たいエピソードだけ観るのでもOKです)、一応、“ローレンス・ライト”という作家兼ジャーナリストが執筆した『God Save Texas: A Journey Into the Soul of the Lone Star State』という本が土台になっています(タイトルもこれに由来)。
“ローレンス・ライト”はオクラホマ州出身ですが、テキサス州で育ち、今もテキサスに暮らしています。著作『God Save Texas: A Journey Into the Soul of the Lone Star State』ではそのテキサスについてかなり幅広いテーマで個人的経験も交えながら、この複雑な地を分析し、ときに想いを馳せる…そんな語り口になっています。
“ローレンス・ライト”は比較的リベラルな政治姿勢があるようですが、その共感性は党派を超えて幅広く、単純な二項対立ではないかたちでテキサスの複雑さを捉えようとしています。
ドキュメンタリー『ゴッド・セーブ・テキサス』を観れば、テキサスへの単一的な先入観が揺らぐかもしれません。
『ゴッド・セーブ・テキサス』を観る前のQ&A
A:U-NEXTで2024年10月24日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 社会勉強になるかもですが、やや低年齢の子どもには難しい内容もあります。 |
『ゴッド・セーブ・テキサス』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『ゴッド・セーブ・テキサス』のネタバレありの感想本文です。
Hometown Prison
“リチャード・リンクレイター”はテキサス州のヒューストン出身ですが、高校時代はハンツビルという街で育ちました。第1話はこのハンツビルを中心に語られ、“リチャード・リンクレイター”本人も青春を過ごした家を久しぶりに訪れて懐かしむ姿が映像に流れます。自分の思い出の家が今は誰か別の人が住んでいて受け継がれているって不思議な感覚ですね。
そのハンツビルを背景に主題となるのがいわゆる「刑務所産業複合体」です。このハンツビルは州都でもないのに、テキサス州刑事司法局の本部があって、そのせいなのかはわかりませんけど、やたらとハンツビルとその周辺に刑務所が点在しています。なかなかに凄い数で「こんなに要るのか?」ってレベルで刑務所だらけです。
私も含めてたぶん日本人の感覚だと「刑務所って住民も嫌いそうだし、なるべく地元には建ってほしくない施設なのでは?」と思うでしょうけど、このハンツビルではそれは常識ではないようです。刑務所が風景の一部になっています。たまにものものしい刑務所の警報音とかが聞こえてくる…という市民のコメントが物語っていましたね。
テキサスがこれほどまでに刑務所と地域が密着しているのは、作中で説明されるとおり、刑務所が産業になっていて、もし大幅に削減でもされれば財政破綻するくらいに欠かせないものになっているからでした。
刑務所を産業化するって異様に聞こえますが、アメリカではわりと常態化していて、その刑務所産業複合体が黒人差別の歴史と深く混ざって成り立っていることはドキュメンタリー『13th 憲法修正第13条』でも掘り下げられていました。
しかし、『ゴッド・セーブ・テキサス』の第1話では、社会問題追及的なアプローチではなく、地元民の“リチャード・リンクレイター”らしい目線で地域に住む人々の感覚で解き明かそうとしているのが特徴です。
ハンツビル含めテキサスでは刑務所と身近に人生が関わっている人がたくさんいて、刑務所が職場の人もいれば、“リチャード・リンクレイター”の母は元囚人に軽食を振る舞う社会支援活動をしていたし、“リチャード・リンクレイター”の学友には服役していた人もいて本作に出演していました。
一方で、テキサスの人々はこの刑務所の州だという事実に慣れ切っており、どこか遠い存在として他者化し、住民は深く考えないようにしているという…そういう空気感も映し出しています。
でもこういう感覚…なんかわかる気がしますね。今回は刑務所ですけど、どんな地域にもどこか後ろめたい社会問題を抱えていて、しかし、それはなるべく見て見ぬふりをしたいという住民の態度…。
そんな中、この第1話では死刑制度も題材となります。刑務所があれば当然死刑も行われていて、死刑に反対する活動も刑務所周辺で頻繁に目にするのがこの地域の日常。“リチャード・リンクレイター”も死刑制度に反対の立場なようで、本作ではその問題性をやはり地元民の感触を頼りに語っていきます。
そこで取材に答えるのが、刑務所内矯正施設で死刑囚の相手をする仕事もした人。死刑執行時の淡々とした業務、そしてそれがもたらす精神的悪影響。それが生々しく語られて…。結局、その人はメンタルが完全に壊れて辞表をだしたと述べていましたが、そうした実体験から死刑制度に反対の姿勢に変わった人も少なくないようです。
死刑は冤罪だと取り返しがつかないだけでなく、どんな相手であってもその人を死に至らしめるのみにとどまらず、仕事で関わった人を含め、連鎖的に多くの人の人生を犠牲にする…。
“リチャード・リンクレイター”は死刑の余波に苛まれる地元に眼差しを向け、地域の未来を憂えているのが伝わる回でした。
The Price of Oil
刑事司法から一転して、“アレックス・ステイプルトン”の第2話では、この地の黒人史を紐解きながら、ある産業に行きつきます。
“アレックス・ステイプルトン”は母がレズビアンで“アレックス・ステイプルトン”を産んで父と離婚した異人種カップルだったそうで、そんな母も含めて7世代の歴史があることを資料で遡っていきます。先祖のクワイプは奴隷でその父は奴隷所有者だったという複雑な気持ちになる家系の始まりでした。
黒人史は奴隷制度に始まりますが、奴隷解放が達成されても過酷な境遇には変わりなく、復員兵に低金利ローンがあるのに黒人は利用できなくて辛い生活を強いられていたとのこと。
その状況がテキサスのある場所で好転しました。プレザントビルという黒人向け中流住宅地が整備されたのです。
やっと質の高い暮らしができる…と安心したのもつかの間、ある問題が浮上します。それが石油産業でした。
テキサスでは1901年から油田発掘がなされ、地域経済の柱となる産業に発展しましたが、石油産業活発化で環境汚染が悪化。プレザントビルでも目と鼻の先にどでかいタンクと炎があがる塔が建ち、平均で6週に1回は化学事故が起きる悲惨な状態に…。
300社以上のエネルギー企業がひしめく工業地帯であり、港の水質汚染も酷く、公害に悩まされ続けています。
黒人カウボーイの叔父も運送業をしながら油田では黒人は機材運搬と清掃の仕事をしていて、その労働における環境も劣悪でした。
ハリケーンや大寒波といった自然災害がそこに追い打ちをかけます。
“アレックス・ステイプルトン”は環境正義と人種正義の交差点を浮き上がらせながら、こうした歴史を残す意義を強調します。誰の語りを残すかという話です。
白人トップのエネルギー企業が「私たちは地域経済を潤わせました」と自信満々に語るのか、末端の黒人の住民たちが「私たちの生活の現実はこうです」と切実に訴えるのか。
自分の地元の歴史は誰が語っているだろうかと自分事として考えたくなる回でした。
La Frontera
同じ人種差別でも“イリアナ・ソーサ”の第3話では、国境という人為的に作られた政治的な障壁が起こす軋轢…いや、もっと凄惨な現実を取り上げています。
“イリアナ・ソーサ”はメキシコのシウダー・フアレスとアメリカ・テキサスのエルパソで育ちましたが、この2つの街は壁で隔てられています。
“イリアナ・ソーサ”の母は14歳でメキシコとアメリカを行き来するようになり、このように往来は歴史の中で普通の風景でした。出稼ぎ労働者に支えられているのは他でもないアメリカの経済です。
しかし、アメリカは一方でそんな移民を「他者」として敵視もずっとしており、作中では国境にあった検疫所の歴史が説明されます。1900年代初めにそこでは消毒の名目で毒ガスが使われており、これは後にホロコーストで使用される成分と同じでした。ホロコーストの前にメキシコ人相手に使われていたということです。
ラテン系への移民への敵意は、最悪の事件にも繋がりました。2019年8月3日に発生した銃乱射事件です。エルパソのウォルマート店舗内でひとりの男が自動小銃を乱射。23人が死亡し、数十人が負傷する大惨事となりました。
この犯人は犯行直前には匿名掲示板の「8chan」に「マニフェスト」と題する予告声明を出しており、そこには移民排除の人種差別的な動機が書かれてもいました。
この事件がラテン系の移民ルーツの人たちに突きつけた現実は重く、作中でも一部の人はタブー視するように口を閉じる人もいれば、追悼するしかできない人もいる…。ラテン系の移民ルーツの人たちにすれば、低報酬の労働に使役して必死にアメリカの経済のために働いてきたのに、なんで殺されなければいけないんだ?…という理不尽さなわけです。
本作ではアメリカの矛盾というものがあからさまに滲みます。一方で移民を「敵」として排除したがり、一方で移民を「都合のいい労働者」として利用する。
その狭間で、当事者たちは「自分は何者なのか」を自問自答し続けることになる…。
“イリアナ・ソーサ”の語り口はアイデンティティの苦悩に満ちていますが、移民が築いた大国が「移民排外主義」という名のイデオロギーで自傷的に沈没し始めているこの2020年代を記録する重要なドキュメンタリーだったと思います。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)HBO ゴッドセーブテキサス
以上、『ゴッド・セーブ・テキサス』の感想でした。
God Save Texas (2024) [Japanese Review] 『ゴッド・セーブ・テキサス』考察・評価レビュー
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