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『炎上する大地 Burning』感想(ネタバレ)…石炭恐怖症とかいつまで言う気なんですか?

炎上する大地

史上最悪のオーストラリア自然火災になぜ備えなかったのか…ドキュメンタリー映画『炎上する大地』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Burning
製作国:オーストラリア(2021年)
日本では劇場未公開:2021年に配信スルー
監督:エヴァ・オーナー

炎上する大地

えんじょうするだいち
炎上する大地

『炎上する大地』あらすじ

2019年から2020年にかけてオーストラリアで発生した森林火災は未曽有の大惨事となった。なぜこんなことになってしまったのか。この被害を未然に防ぐことはできなかったのか。実はこの自然火災を予測していた研究者がいた。この問題を正面から見据え、気候変動という地球規模の異変に光をあてる。オーストラリア全土に広がった災害による取り返しのつかないほどの被害を分析するとともに、政府やメディアの責任を問う。

『炎上する大地』感想(ネタバレなし)

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警告を無視する大人たち

子どもの頃、火遊びをして怒られた経験はないでしょうか。もしくはストーブなど火のある場所で遊んでいて叱られたことはあるのではないですか。

「そんなことをしたら危ない。火事になったらどうするの!?」

大人のその警告は至極真っ当なもので、まだ危険推測能力の乏しい子どもには欠かせないこと。こうやって起こり得るリスクを学び、子どもは学習していきます。そして大人になったら今度は自分が子どもに警告するのです。大人はちゃんと危険を理解していますからね。

…いや、本当にそうでしょうか。

大人も警告を受けているのに全然反省どころか、行動を省みずに過ちを犯している。そんなことがあるんじゃないですか。例えば、地球環境問題の専門家が「このままだと気候変動で大変なことになる」と警鐘を鳴らしているのに無視しているとか…。

今回紹介するドキュメンタリーはそんな警告を全く聞きやしない大人たちのせいで大変な未曽有の事態になってしまった大災害についてを扱った作品です。

それが本作『炎上する大地』

本作は具体的にはオーストラリアで2019年9月から2020年2月まで続いた大規模森林火災を題材にしています。つい最近のことです。ニュースでも目にしたのではないでしょうか。オーストラリアでは森林火災は定期的に起きています。しかし、この2019年からの大規模森林火災は桁が違いました。その類焼面積は18600000ヘクタール以上とも言われ、甚大な被害が発生し、とくにオーストラリア南東部は大混乱。あたり一帯を全て真っ黒に燃やし尽くしたので「Black Summer(ブラック・サマー)」とも呼ばれました。この大規模森林火災の後にコロナ禍が入れ替わりで起こったわけですが、オーストラリアにしてみればこの森林火災での緊急事態宣言の方が緊急性を感じたかもしれません。

実はこのオーストラリアの大規模森林火災、その史上最悪の発生を予測していた人がいました。地球環境問題の専門家です。温室効果ガスによる気候変動がオーストラリアの気象に深刻な影響を与え、森林火災の頻度や規模を増大させ、いずれ取り返しのつかない事態になる…そう科学的な分析のもとに何年も前から推測していたのです。

だったらきっと事前に知っていたわけで、政府含めて入念な被害防止対策を講じることができた…はずなのですが、実際のところ政府は全く危機感を持つことなく、この予期できた大規模森林火災を軽視してしまっていました。

どうしてそんな愚かなことになってしまったのか。このドキュメンタリー『炎上する大地』はそれに迫る作品です。

森林火災のメカニズムうんぬんといった科学的な解説よりも、こうした地球環境問題に対する私たち人間社会の脆弱性を突きつける作品ですね。2021年は『ドント・ルック・アップ』という風刺コメディ映画が話題となり、そちらは隕石衝突を目前にしてそれを推測した科学者の警告にもかかわらず、人類が全く何もせずにアホばかりしている姿が描かれていました。あの映画を観て「これはあくまで誇張だろう」と思ったかもしれませんが、この『炎上する大地』を見れば誇張どころか現実そのままだというのが嫌というほどにわかります。本当に映画みたいなマヌケな人たちばかりです。唖然としますよ。人間ってこんなに無能なのか…と。

『炎上する大地』を監督したのは“エヴァ・オーナー”。これまでもいくつかのドキュメンタリー作品をプロデュースしたり、監督したりしてきて、高い評価を得ている人物です。自身もプロデューサーとして参加した、アレックス・ギブニー監督による2007年のドキュメンタリー『「闇」へ(Taxi to the Dark Side)』では、アメリカ兵がアフガニスタンのタクシー運転手を拷問死させた事件を扱い、アカデミー賞では長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しました。2016年には『Chasing Asylum』というドキュメンタリーを監督。これはオーストラリア政府の難民政策の欺瞞を暴くものです。“エヴァ・オーナー”監督はアメリカであろうがオーストラリアであろうが権力者への追及には容赦のないジャーナリズムを持った人ですね。また、2019年には『ビクラムの正体 ヨガ、教祖、プレデター』というドキュメンタリーを監督し、こちらではカリスマ的支持を集めるヨガ指導者が裏で性的暴力をしていたという実態を暴露するものでした。

そんな歯に衣着せぬ鋭いアプローチをとる“エヴァ・オーナー”監督が地球環境問題を扱うのですから、当然ながら「みんなでエコを意識して地球を守りましょうね~」みたいなフワっとした啓発ビデオみたいなもので終わるわけもなく、本作『炎上する大地』もガンガン切り込んでいってます。

『炎上する大地』は日本では劇場公開されておらず、「Amazonプライムビデオ」で独占配信していますので、あなたも愚かな人間の仲間入りをしたくないのであれば、ぜひとも鑑賞してみてください。

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『炎上する大地』
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オススメ度のチェック

ひとり 4.0:知っておきたい知識です
友人 3.5:関心ある者同士で
恋人 3.5:学び合える相手と
キッズ 4.0:自然環境問題を学ぶなら
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『炎上する大地』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『炎上する大地』感想(ネタバレあり)

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石炭恐怖症だ!

『炎上する大地』の原題は「Burning」。もちろんこれは森林火災で果てしなく燃え広がっていくオーストラリアの大地の様子を表現したタイトルですけど、同時に地球環境問題という課題を突きつけられてもなお一丸となってまとまることなくひたすらに茶番劇を繰り広げて炎上させ合う私たち人間社会を指しているとも言えなくもなく、なんとも皮肉な原題です。

本作を鑑賞する真っ先に目に飛び込んでくるのは気候変動に懐疑的…というか否定派の人たちのあまりにも酷すぎる自論演説ショーです。

ずっとオーストラリアで森林火災の消火活動に従事してきた人の長年の知見の蓄積、さらにティム・フラナリーといった科学者による膨大なデータに基づいた予測。それをテキトーすぎる言い分でいとも簡単に否定しようとする人たち。

「二酸化炭素の排出と気温は無関係だ。連中の主張は完全に事実に反している」

そうひたすらに豪語するのは別に無名の一般人とかではないんですよ。政治家、しかもこの国のトップに立つ人でした。

その中心にいるのがオーストラリアの首相となるスコット・モリソン。この眼鏡をかけた、ふっくらした顔つきの、にこやかなおじさんという風情の政治家が語りだします。2017年に、石炭の塊を国会で掲げながら、気候変動を防ぐために化石燃料の使用を抑えようと提案する人を「石炭恐怖症だ」と嘲笑って…。

このスコット・モリソン、もともと観光業と縁がある人で、ニュージーランドにいたときは観光スポーツ局の局長に就任していました。政治方針は完全に保守的で、同性婚にも反対し、難民受け入れにも消極的。宗教的にはペンテコステ派を信仰しているそうで、そのあたりも政治信念に影響しているのでしょうか。

とにかく全然周囲の話を聞きやしない。2019年には「電気自動車では家族でキャンプにも行けません」と意味不明な理論を振りかざし、気候変動対策を国に訴える学生たちのデモに対して「学校で勉強してほしい」とのたまう。

他の政治家も酷いものです。元副首相のバーナビー・ジョイスは「停電が起きます」と不安を煽り、元首相のトニー・アボットは気候変動の科学的分析を「その説はなんとなく匂うと言った」と勝手気ままに疑ってみせる。

これにメディアまで乗っかるからもう酷さに拍車がかかります。保守系のメディアは政府のプロパガンダ広報に成り下がり、「気候変動の主張は怪しい」とこれといって根拠もない言い分を垂れ流し、デモに参加する若者たちを「洗脳されています」「無政府主義者です」と見下す。

何というか、ここまでくると気候変動問題を徹底して矮小化しようとするのは、オーストラリアの社会を転覆させようとする敵国の陰謀なんじゃないかと疑いたくなりますけど、残念ながらがっつり自国の政治家と企業が自主的にやっていることで…。

この『炎上する大地』を観るとよくわかると思いますけど、地球環境問題に対して否定派の人たちの主軸にあるのは「論破カルチャー」であり、完全な「冷笑主義」です。幼稚な議論になるのも当然です。実際に幼稚なのですから。大の大人が小学生でも言わないレベルの低い恥知らずの発言をしている…。

科学者の主張に対等に張り合えるのは同じくらいに科学的知見を持っている人だけです。科学的知識がそもそもない時点で反論なんてできません。科学的知識がないならまずは黙って専門家の話に耳を傾けることから始めないとダメなのですが…。

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ブラック・サマーは放火のせいです

そんな論破エンターテインメント・ショーで政治家だけが楽しみ、ジャーナリストのマリアン・ウィルキンソンなどの専門家はうんざりムードになってしまっている間にも状況は刻一刻と危険になっていきます。そして最後の頼みだと専門家たちが一斉に「大規模な自然火災が起きます」と首相に直談判し、消防予算の増加を求めますが、これも政府はスルー

その結果、起きてしまいました。「ブラック・サマー(黒い夏)」が…。

「65年間であんなの初めてだ」と森林火災に向き合ってきた人も驚愕する光景。前代未聞の規模の森林火災は既存の消火では対処しきれません。本来であれば森林火災発生時は事前に察知して逃げることができる野生動物さえも次々と被害に遭い、あたり一面に黒焦げになったカンガルーやコアラの死骸が散乱し、鳥さえも飛行中に燃え尽きて落下してくる。空全体が不気味な赤色になり、火災で暖められた空気が急上昇して核爆弾のキノコ雲みたいな積乱雲も発生。黙示録の世界だと作中で言っていましたが、本当にそんな映画に出てくるような絶望的な風景でした。

イマイチ規模が壮大過ぎて理解しきれない人もいるかもしれませんが、単純計算で北海道2つぶんの面積が燃え上がったと言えば、その被害スケールが感じとれるのではないのでしょうか。こんなの発生してからでは逃げようもないですよね。

これほどの大惨事を前にすればさすがのあの政治家たちも後悔を口にするか…そう思ったら…。

「火災は自然なことです」

しかもあげくには保守系のメディアが「これは放火かもしれない」と根拠不明の放火説をばらまき始める始末(さっき火災は自然だって言ったくせに!)。意地でも気候変動が原因だと認めなくないという執念が凄まじい…。

火災発生中にもハワイ休暇に行っていたモリソン首相も帰国してきますが、どうせ無価値な発言しかしないんですから本当にいる意味もない…。「ヒステリックに政府を糾弾している」と被害者面さえもしますからね。

森林火災も恐ろしいけど、この厚顔無恥の人間たちも怖い…。

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あの大人には無理だろうけど…

『炎上する大地』はあまり森林火災の被害の詳細まで報告していないので(オーストラリアの人はそんなの報道でよく知っているでしょうし、だから説明はしなかったのだと思いますが)、オーストラリア以外の海外の人間からしてみれば、もう少し被害全容を知りたいなと思った人もいるはず。

例えば、あの大規模森林火災による膨大な煙。シドニーの街さえも覆い尽くし、妊婦の人が赤ん坊を生むと「喫煙者ですか?」と聞かれるくらいに人体に悪影響を及ぼしたことは作中で説明されます。あれだけの規模なので煙の到達範囲も相当なもので、はるかかなたのブラジルまで煙は届いたそうです。

動物への被害も気になった人もいるでしょう。作中では焼け死んだ動物の死体も映し出されていました。なんだか絶滅してしまいそうですが、実際はどうなのか。

オーストラリアを代表するコアラについては、確かに多くのコアラが死亡したのは事実なのですが、それで種全体が絶滅するほどまで危険となった…というわけではないようです(以下の記事が詳しいです)。

ただ、環境への影響評価に関しては長期的なモニタリングを必要とするのでまだ被害の実情を把握できていない部分がたくさんあります。

追記(2022/02/13):コアラの絶滅危惧種指定が決まりました。種全体の絶滅危機ではなく、特定地域の個体群に対してこのまま何も対策しなければ絶滅の危機があるとのことです(以下のサイトを参照)。

とくに今回の火災で失われた森林については自然復元するのにどれくらい時間がかかるのか確かなことは何も言えません。本来は森林は二酸化炭素を吸収して地球の気温を安定にする役割があるので、今回の火災で余計に気候変動が起きやすくなるという負の連鎖も心配されます。

案の定、モリソン首相は反省しておらず相変わらずガスの使用を推奨していましたからね。たぶんあの人、自分の家族が森林火災で亡くなっても態度は改めないと思う…。

それでも未来の希望を提示する本作。学生デモに参加していた気候変動活動家のデイジー・ジェフリーは祖父が炭鉱技師で、クビになってしまった本人の姿を見ているからこそ、町を化石燃料依存から脱却させたいと思いを強めています。そもそもオーストラリアには先住民が昔からいて、持続的な生存を実現できていたわけですし、そのやり方を学ぶ機会はいくらでもある。

また、これは私も思うことですが、こういうドキュメンタリーに感動を求める人がたまにいるのですが、それは心底ゾッとします。というのもそういう感動要求があるという背景にはおそらく自然とは私たち人間に感動をもたらしてくれるはずだという思い込みがあるからなのでしょう。しかし、自然はブロードウェイではないです。あなたの心を揺れ動かすために存在しているわけではありません。人間の愚かさゆえに燃えていく自然を捉えたドキュメンタリーに感動するならば、それはもはや放火魔の心理です。

『炎上する大地』が期待しているのは、否定派が理解する日を待ち望んでいるわけではなく、少しでも多くの人がこの問題に当事者意識を持つということ。私もあなたも中立ではありません。人間である以上、もう問題の加害者です。燃えたままでいいですか?

『炎上する大地』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience –%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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関連作品紹介

地球環境問題を題材にしたドキュメンタリー作品の感想記事です。

・『Seaspiracy 偽りのサステイナブル漁業』

・『チェイシング・コーラル 消えゆくサンゴ礁』

・『アイボリー・ゲーム』

作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios

以上、『炎上する大地』の感想でした。

Burning (2021) [Japanese Review] 『炎上する大地』考察・評価レビュー