その旅路の結末には…映画『シラート』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:スペイン・フランス(2025年)
日本公開日:2026年6月5日
監督:オリベル・ラシェ
しらーと

『シラート』物語 簡単紹介
『シラート』感想(ネタバレなし)
レイヴが始まる…!
「レイヴ(レイブ)」…英語では「rave」ですが、これは独特なスタイルのダンス・パーティーを指します。
この言葉は1950年代から特定のパーティーを意味して使われていたそうですが、1960年代初頭にはモッズ・カルチャーでも言葉が用いられ、それが音楽として確立したのが1960年代中頃。大音量の音楽に合わせて点滅するライト、ダンス、そしてドラッグが特徴でした。幻覚的な体験を提供することからサイケデリック・ミュージックの一種とも言え、1980年代にはエレクトロニック・ダンス・ミュージック(アシッド・ハウスなど)を主軸にしつつ、時代とともに多少アレンジされていきますが、根本は変わりません。
野外だろうが屋内だろうが(最近はVRもある)、不特定多数のみんなで集い、同じ音楽に包まれ、その陶酔を共有する…。
レイヴを楽しむ人は「レイヴァー(レイバー)」と呼ばれ、レイヴ・カルチャーは世界各地で根付いています。
レイヴがワンシーンで登場する映画ならこれまでもいくらでもありましたが、今回紹介する2025年の映画は、レイヴ・カルチャーの精神性を捉え、映画そのものがレイヴ的なアプローチになっている作品です。
それが本作『シラート』。原題は「Sirāt」。
スペイン&フランス合作ですが、舞台はモロッコの山岳地帯です。映画『モロッコ』とは違って、ちゃんとモロッコで撮影されています(でも一部はスペインで撮ったようですが)。
物語自体はシンプルな導入で、失踪した娘を捜すためにモロッコの山岳に囲まれた砂漠地帯で開催されるレイヴ・パーティに足を踏み入れた父と息子の旅を描いています。
しかし、これが何というか…ネタバレになるので詳細は伏せますけど、「そんなことが起きるの!?」という展開で…。冒頭からは想像もつかないショッキングな内容です。
映画を観ていて、ある瞬間から絶句と放心が果てしなく続く…ここまでの強烈な体験は久しぶり。決してサプライズありきの物語ではないんですけどね。
この『シラート』を監督したのが、フランスのパリ出身でガリシア人のルーツがある“オリベル・ラシェ”。2010年に『You All Are Captains』で長編映画監督デビューをし、2016年に『Mimosas』、2019年に『Fire Will Come』を監督しました。
“オリベル・ラシェ”監督は、『You All Are Captains』と『Mimosas』でもモロッコを舞台にしており、なんでなのだろう?と思ったら、結婚していた“ナディア・アシミ”がベルベル人なんですね(北アフリカ周辺に暮らす先住民族です。モロッコに住んでいた“ナディア・アシミ”はその中でもアルジェリア出身のカビール人だとのこと)。
もう“ナディア・アシミ”とは別れたようですが、『シラート』ではタッグを組んでいます。“ナディア・アシミ”は衣装デザイナー兼キャスティング・ディレクターをしているそうで、そのうえレイヴァーでもあるとのこと。完全に“ナディア・アシミ”の影響で、今回の映画もレイヴを題材にすることに決めたらしいです。
そういう意味では、この『シラート』は“オリベル・ラシェ”と“ナディア・アシミ”の共作と言い切っていいと思います。本作の製作には“ペドロ・アルモドバル”の名がありますけど、そっちよりも“ナディア・アシミ”の名をぜひ覚えていってください。
『シラート』はカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しましたが、今作はひときわ強烈でしたからね…。次に作る映画が大変そうだ…。
ということで、あとはもう予備知識無しで思い切って飛び込んでしまってください。劇場での体験はとくに格別です(日本ではあまり大きいスクリーンではやってなくて、ミニシアター多めなのが少し残念)。
『シラート』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 子どもや犬の死の描写があります。 |
| キッズ | 低年齢の子どもにはわかりにくいです。 |
『シラート』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
モロッコ南部の砂漠の荒涼とした大地。緑はまばらで、大半は黄土色の岩砂が露出し、切り立った崖が地層を露わにしています。
そんな地でスピーカーなど音響設備を手作業で準備する男たち。ここはレイブ・パーティの即席会場です。
気がつけば、いろいろな人たちが集まり、音楽に合わせて思い思いに自分の体で表現。みんながこの重低音を全身で浴び、感情を荒ぶらせていました。
そんな大勢でひしめき合っている現場からは少し離れ、明らかに音楽を楽しみに来たわけではない人物がいます。
ルイスと息子でまだ子どものエステバンです。ルイスは娘マールがレイブ・パーティに参加したまま行方がわからなくなったので、手がかりを求めて捜しまわっていました。レイブに参加する人に顔写真をみせ、知っているかどうかを聞きます。とにかくひとつでも情報が欲しいです。
しかし、どの人も「知らない」と答えます。
エステバンを犬のピパのいる車に戻し、ルイスだけで捜索を続行します。
夜になって暗くなると、暗闇を活用したレーザー・パフォーマンスが始まります。レイブはまだ盛り上がりをみせます。青白い光の中、参加者は踊り狂い、自分の世界に没入します。
リュックを背負ったルイスはキョロキョロとその群衆の中を不安そうな顔で歩き、佇みます。娘は見つかりそうにありません。
翌朝、夜通しのレイブは朝日を迎えても続行しています。ルイスとエステバンはなおも捜索をしていましたが、踊りの場から少し離れ、休んでいた人に声をかけます。
その人たちいわく、砂漠の奥でもうひとつのレイブが行われているらしいです。もしかしたらそこにいる可能性もあります。
そのとき、会場に明らかに不釣り合いな存在がやってきます。それは軍隊の兵士です。そして音楽を強制的に中断させ、拡声器で非常事態宣言がでたので立ち去れと命令します。ここは立ち入り禁止区域になったと言うのです。参加者は不満を爆発させますが、兵士たちは押し返し、一触即発に。
車がぞろぞろと会場を去り始め、渋滞が起きる中、ある参加者の車が隙をみて車列を離脱。先ほど別のレイブを教えてくれた人たちです。ルイスとエステバンもこれがチャンスだと考え、後を追うように車を発進させます。
少し先で追いつきます。ステフ、ジャド、トナン、ビギ、ジョシュの面々は、ルイスとエステバンに引き返すべきではないかと忠告しますが、レイブについていきたいとお願いし、さらに進むことにしました。
その先に絶望が待っているとも知らず…。

ここから『シラート』のネタバレありの感想本文です。
周縁化された者たちの旅路
私もなるべく事前情報入れずに鑑賞に臨んだ『シラート』でしたが、そのかいあって衝撃をたっぷりお見舞いされました。
最初は本当にレイヴが始まります。ご丁寧に準備シーンから描かれ、だんだんと空間が出来上がり、いつの間にかその渦中に身を浸している…。まるで観客に催眠をかけていくような感じです。コンサート映画の中にほんのりとスローなストーリーが混じってくるだけなのかなと思ってしまいます。
しかし、序盤にいきなり急展開。よく実際のレイヴでありそうなのは「音がうるさすぎるから中止しろ」みたいな騒音苦情ですけど、今回は全然違って、非常事態を理由に軍隊が出動してくるのです。
「第三次世界大戦」なんて物騒な言葉も聞こえてきますが、本当に何が起きたのかは不明です。単にネット上で憶測が飛び交い、大袈裟な言葉に繋がっているだけなのか…。はたまた、アメリカの自称イエスの金髪大統領が中東に軍事攻撃を軽いノリで仕掛けたのか…。
どちらにせよレイヴは中断されますが、本作はなおもレイヴを続行しようと次なる場へ向かう一団の視点で進みます。
つまり、非常に反体制的な物語の出発点です。レイヴはそもそもカウンターカルチャーに根差したものでもあり、これぞレイヴァーらしい行動でもあります。権力に従わず、己の自由への衝動に駆り立てられ、我が道を突き進む…。ここからは事実上のロードムービー…解放を求める旅路です。
そのうえ、『シラート』でメインで描かれるレイヴァーたちは、いわゆる周縁化された者たちに該当します。
ジェンダー規範に当てはまらない佇まいの者もいれば、片足のないトナンや片手のないビギのような身体障害者もいる…。社会が理想とする性別らしさや身体を持つ人はひとりもいません。
本作のこれらレイヴァーを演じたのは、役者経験がほぼない素人で、“ナディア・アシミ”が路上で見いだしてきた人たちということもあって、何とも言えない存在感があります。
そしてその誰もが社会の周縁に追いやられても、己を恥とは思っていません。むしろそんな糞みたいな社会なんてこっちから願い下げだと言わんばかりに、中指を突き立て、振り切っていきます。
ちなみにビギを演じた“リチャード・ベラミー”はパリのイエロージャケットのデモに参加していて手榴弾(閃光弾かな?)を手に取って片手を失ったらしいですが、それはキャスティング候補になった後の出来事らしい…(Atelier LiterNet)。
これはアナーキストな遊牧民みたいですね。前半のパートは、この彼らにルイスとエステバンが混ざっていく流れとなります。当初はあからさまに真面目な堅物という感じのルイスも、しだいにレイヴァーたちに馴染み、エステバンなんてかなり影響され、髪型までマネするようになります。川でのシーンに象徴されるように、レイヴァーたちはとてもフレンドリーであり、常に助けてくれます。旅に同行すればそれはもう仲間です。
本作で不在の主人公がルイスの娘です。おそらく「みんな同じうるさい音だ」とレイヴを理解できなかったと言うルイスの振る舞いから察するに、その娘はルイスのそういう保守的な圧に嫌気が差して自ら離れたのかもしれません。きっとその娘は自分なりの解放を見つけたのではないか…。
そのあたりを抜き取ってみると、『シラート』は周縁化された者たちの連帯が放つ生命力がみなぎっている映画でした。
生きてしまった自分たちの行く末
しかし、『シラート』は前半の穏やかさが続きはしません。ついさっき感想で「生命力がみなぎる」と書いたばかりですけど、後半からはその生命力に対してあまりにも惨い試練を与えてきます。
その衝撃的幕開けとなるのが、エステバンと犬のピパを乗せたまま車が後退して崖から転落するシーン。子どもと犬という最も死んでほしくない無垢な存在に残酷な悲劇が降りかかります。
ここからは本当に絶望的ですが、追い打ちをかけるように、せめて苦しみから少しでも解放されようと始めた突発的なレイヴ…その場所がまさかの地雷原。そして一瞬にして爆死していく仲間たち。
本作の一団はあまり考えていなかったようですが、このモロッコでは西サハラ紛争と呼ばれる戦争が1970年代から継続しており、とくに砂で主に作られた全長約2700kmにもおよぶ壁状の防衛構造物があり、その周辺には1000万個の地雷が埋まっているとされています。
当人たちは逃げ出したつもりでも、現実というものが容赦なく牙をむいてくる。しかも、それは負の歴史によって脈々と続く巨大な存在であり、小さな人間にはどうしようもありません。
この無慈悲な現実に身をゆだね、ルイスたちは命を懸けることになります。
ここで『シラート』がイスラム教の信仰を土台にしているという世界観も活きてきます。タイトルの由来は冒頭で示されるとおり。この映画の旅路は審判でもありました。あなたは生かされるのか、死ぬのか…。そこに人間が理解できる判断基準はありません。純潔な者が死に、罪を抱えた者が生き残ることもある。その理不尽さも受け止めないといけない世界…。
ここまで到達すると、ある種の終末的なSFの世界観の中で、実存主義的な問いかけが混ざり合ってきます。この世界で「生きてしまった」自分たちは何をし、どこへ向かえばいいのか…。
ラストではもはや彼らは難民と変わりなく、砂の大地で彷徨います。しかし、その終わりかたはどん底に暗いものかと言えば、そうでもないような感触もある。都合のいい理想は廃しながらも、なおも生存のたくましさを信じる後味だったと思います。
それにしてもイスラムのエネルギーをレイヴ・カルチャーの音楽に絡ませながら、烙印を押された者たちの人生に同行させてくれるこの『シラート』の味わいは言語化しづらいですね。
西欧もモロッコの現地も両世界をよく知る“ナディア・アシミ”だからこそ創れるバランス感覚だと思います。西欧ありきだと「西欧人が異国で酷い目に遭うジャンル」に終わってしまうでしょうし…。
観た瞬間は衝撃に圧倒されますけど、だんだんと思い出していくとその衝撃だと思ったものにささやかな振動の気持ちよさがあることに気づいていくような…。今もこうやって書いていますが、正直、感想を上手く表現できていない…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『シラート』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U. シラト シラット
Sirāt (2025) [Japanese Review] 『シラート』考察・評価レビュー
#スペイン映画 #フランス映画 #オリベルラシェ #セルジロペス #宗教 #イスラム教 #カンヌ国際映画祭 #アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート #トランスフォーマー配給

