堂々と掲げよう…映画『マスターズ・オブ・ユニバース』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2026年)
日本公開日:2026年6月5日
監督:トラヴィス・ナイト
ますたーおぶゆにばーす

『マスターズ・オブ・ユニバース』物語 簡単紹介
『マスターズ・オブ・ユニバース』感想(ネタバレなし)
I have the power!
1980年代、アメリカの玩具メーカーの「マテル」は「バービー人形」で女の子向けの市場を制していましたが、男の子向けの市場にも新しいインパクトを与える何かを欲していました。当時は、「スター・ウォーズ」や「G.I.ジョー」が大盛況でしたので、マテル社も看板となる商品があれば…。
そこで1982年に登場したのが「Masters of The Universe」。剣と魔法、さらにSFを織り交ぜた世界観で、多彩なキャラクターを用意し、このおもちゃはフィギュアを中心に大ヒットしました。
最近はマテル社のIPとして『バービー』が実写映画化で大成功をおさめたばかりですが、2026年はこの「Masters of The Universe」に実写映画化のターンが回ってきたようです。
それが本作『マスターズ・オブ・ユニバース』。
実は実写映画化はこれが初ではなく、1987年に『マスターズ/超空の覇者』という邦題で、“ドルフ・ラングレン”主演で製作されました。ただ、こちらの映画はあまりヒットせず…。
実写映画化の再挑戦は2007年頃からまた始まっていたようですが、企画は難航。2020年代にはアニメシリーズを制作していた「Netflix」が実写映画化の権利を獲得と報道され、これで決まったかと思ったら、Netflixも放り投げるという…。
結局「Amazon MGM スタジオ」が製作することになったのですが、日本では「ソニー・ピクチャーズ」配給です。
でもあれこれ企画がたらい回しになりましたが、監督はベストチョイスな人になったのではないでしょうか。ストップモーション・アニメーションスタジオ「ライカ」を率いて『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を手がけ、2018年の『バンブルビー』で実写大作の手腕も見事に証明した“トラヴィス・ナイト”(トラビス・ナイト)なのですから。
今回の『マスターズ・オブ・ユニバース』も「トラヴィス・ナイト監督で良かった!」と歓喜の出来栄えです。
主演に抜擢されたのは、『ひつじ探偵団』の“ニコラス・ガリツィン”。共演は、『アップグレード:どん底女子の幸せ探し』の“カミラ・メンデス”、『ハウス・オブ・ダイナマイト』の“イドリス・エルバ”、『トゥギャザー』の“アリソン・ブリー”、『エレベーション 絶滅ライン』の“モリーナ・バッカリン”など。
日本ではどうしてもフランチャイズの知名度が低いのであれですけど、たぶん『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』の雰囲気が好きだった人にはオススメかもしれません。
『マスターズ・オブ・ユニバース』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 子どもでも安心して観れます。 |
『マスターズ・オブ・ユニバース』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
豊かな幻想的世界が広がる惑星エターニアのエターノス宮殿でまだ少年の王子アダムは、ランドア王とマレーナ王妃に愛情を注がれて、平穏に育っていました。クリンジャーというお喋りな緑色の虎と友達でもあります。
アダムの体は小さいですが、本人は堂々としており、王室護衛隊長のダンカンの訓練をみんなと受けます。ダンカンの養女であるティーラも気さくに相手をしてくれ、たどたどしくも腕を磨いていました。
アダムには秘密がありました。その運命の重さを知る父は、アダムに強くなるように厳しく接します。しかし、今のアダムは経験も肉体も幼いです。
宮殿から目の前にあるグレイスカル城を見上げ、物思いに耽っているといきなり襲撃が発生。一気に状況は逼迫します。
正体は邪悪な魔術師スケルター率いる軍勢で、強力な者たちを引き連れており、王室護衛隊は苦戦を強いられます。
激しい戦闘の最中、ダンカンは危機を察し、アダムとティーラの保護を優先。ダンカンも参戦し、圧倒的な戦闘力で敵を倒していきますが、片腕を武装した敵に苦戦。ついには負けてしまいます。ティーラは駆け寄り、ダンカンは爆発を避けるためにティーラを抱えて飛び降ります。
アダムは炎のあがる宮殿内を両親と逃げていましたが、スケルターが現れます。ランドア王は妻と息子を逃がすために、独りで敵陣に立ちはだかりますが、多勢に無勢でした。
スケルターの副官の魔女イーブル・リンも現れ、スケルターは野望の達成のために、王手です。
グレイズカル城の守護者である魔女ソーサレスは、アダムに伝説のパワーソードを授け、はるか離れた世界に繋がるポータルの中に飛び込むように急かします。アダムは母を置いてポータルに踏み入れますが、途中で剣を手放してしまい、気づいたときには何も持たずに地面に落下。ここは見知らぬ星です。
それが15年前の話。今のアダムは地球のオクラホマシティで普通の人間として生活していました。学校にも通いましたし、今は会社でも働いてもいます。故郷とは連絡もとれず、断絶していました。今頃、みんなは何をしているのかもわかりません。
自分の過去なんてこの星の周りの人たちは誰も信じてくれませんが…。

ここから『マスターズ・オブ・ユニバース』のネタバレありの感想本文です。
アダムくんの15年間を想像する
…ということがね、あったんだよ。
いやいや、フランチャイズはリアル世界ではもっと大変なことがありましたよ。
1987年の実写映画『マスターズ/超空の覇者』は、『フラッシュ・ゴードン』、『コナン・ザ・グレート』、『スター・ウォーズ』の影響を遠慮なく満載にした盛り盛りの内容でした。
とは言え、このフランチャイズの主人公「ヒーマン」は何よりもその特徴が「筋肉」です。マッチョマンなんです。まあ、日本だって『キン肉マン』が流行っていた時期ですから。1980年代は男の子たちを「筋肉ムキムキのキャラ」で夢中にさせればいいという発想が当たり前。
しかし、今は2026年。当時のおもちゃのコンセプトをそのままに映像化しても「は?」みたいな空気になります。それを作り手も見越してのあの序盤の流れだったと思います。「何、言っているの?」というツッコミを作中にわざわざ用意するのも、現代の観客との感覚合わせかな。
『マスターズ・オブ・ユニバース』はもはや近年ではおなじみとなった「保守的な男らしさ」を俯瞰するスタイルを今作でもみせているのですが、風刺するにしてもそこまで露悪的でもない、可愛い感じの眼差しにとどめているのが印象的でした。
今回の“ニコラス・ガリツィン”は、ほんと、やわやわなイケメンが似合いすぎです。
職場ではピンク色のポロシャツを着て、ジムでは子猫のイラストのトレーナーを着て、筋力はイマイチ。
一体この15年間でどういう生活を送ったらそうなるんだよ!と思いました。アダムくんの15年間観察映像はどこかに記録されていないのか…。
あそこまで有害な男らしさに染まらなかったのは良かったねという話なのですが、きっとSNSとか、そんなにハマらなかったんだろうな…。
でも序盤で映るアダムの部屋は故郷の絵だらけで、アダムはずっと故郷のことだけ考えて、地球文化の趣味も持てずに生きてきたのだろうと想像してしまうと、「この男が報われる日が来てくれ…」とこっちまで願ってしまいます。『スーパーマン』より何倍も寂しいよね…。
ルームメイトのフセインの影響もあるんだろうな。私はあのフセインは、観ている映画といい、ゲイだろうなと思いましたけど。『マスターズ・オブ・ユニバース』は性的マイノリティを描く作品ではないですが、そのジェンダーのテーマ性といい、無視はできない部分でもあり、今のハリウッドの自粛圧力を考えても、これくらいの描写なのだろうな、と。
けれども、代名詞の要素をあそこまでフィーチャーするとは思いませんでしたけどね。会社に勤めるアダムは自分のオフィスの机の上に「アダム・グレン」と書かれたネームプレートを設置していますが、その名前の下にはデカデカと「HE/HIM」の文字が…。
あんまりネームプレートに代名詞を明示する人、見かけませんけど…。もちろんこれは後にアダムが「ヒーマン」になることのお遊び的な伏線ですが、同時に深読みすれば、このアダムは人権を大切にする正義の心をしっかり持った人ですよという内面の示唆とも言えます。
だったらよくできた男じゃないかという出だしなのですが、有害な男らしさから脱することがこの本作の主眼ではなく、「有害な男らしさから外れた男は、じゃあ、どこに行けばいいの?」という「その後」に焦点を当てるような物語だった気もします。序盤の大人アダムのように、なんか宙ぶらりんで居場所がないような感じになるわけです。
当然、そこに古臭い男らしさを注入するなんてしたら台無しです。本作はそんなふわふわ漂うアダムが、オタクの交流地であるコミックストアに足を踏み入れることで己のアイデンティティであるパワーソードを入手できます。
やわやわなイケメンがオタク文化に触れてついに輝く!という展開も良いですね。
続編に夢をみたい
『マスターズ・オブ・ユニバース』は主人公のアダムがティーラと再会し、再びエターニアに舞台が戻ると、彼の王子としての真価が試されることになります。
でも15年間あんな生活だったんですよ。趣味なし、筋力なし、長年の移民生活のせいで、交流も乏しい…。王族だからという特権ももはや形骸化。アダムはゼロから尊敬を集めていかないといけません。こればかりは筋肉でもどうもできない…。
そんなアダムがエターニアのみんなに徐々に信頼され、また中心に立つだけの存在感を取り戻していく姿は、15年間のアダムくんの苦労を追ってきた(追ってません)私たちには感動ものですよ。
個性豊かな仲間キャラは観ているだけで楽しいのですが、もうちょっとじっくり彼らの人生を知りたかったですけどね。本作は140分のボリュームですが、かなり詰め込んでおり、もったいない部分も正直ありました。
“トラヴィス・ナイト”監督のアニメーション・クリエイターとしてのこだわりを感じたのは、スケルターです。今回はしっかり頭部が骸骨になっていて、よく動く! こっちは15年間の年齢経過を感じさせないです(スケルターって老化するの?)。
スケルターの声は“ジャレッド・レト”なのですけど、声をあてがいがあったでしょう。声を収録してから顔のアニメーションを作っているのかな?
『マスターズ・オブ・ユニバース』を見ていると、MCUの『マイティ・ソー』の1作目を思い出しました。あの時から比べると、肩の力も抜けて時代を上手く取り込んで爽やかさがさらに増しましたね。子どもにみせる映画としては模範的で最良の一作だと思います。
エンディングのオマケでは、ついにアドーラ(シーラ)の存在が示唆され、これだけさらりとジェンダーの扱いも自然にやってくれた“トラヴィス・ナイト”監督ならシーラも観てみたい!と強く期待させてくれます。ひと足先にアニメ『シーラとプリンセス戦士』はクィア表象でファンを獲得したので、そっちの期待値も高まってしまいますが…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『マスターズ・オブ・ユニバース』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2026 Sony Pictures Entertainment (Japan) Inc. All rights reserved. マスターズオブユニバース
Masters of the Universe (2026) [Japanese Review] 『マスターズ・オブ・ユニバース』考察・評価レビュー
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