世界で最も気まずいジャージャー麵会食…Netflix映画『楽園の夜』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2020年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:パク・フンジョン
楽園の夜
らくえんのよる
『楽園の夜』あらすじ
裏業界で実力をいかんなく発揮していたひとりの男。その存在感は所属している組織のボス以上で、敵対グループすらもその男を仲間に加えたいと思っていた。ある日、その男は大切な者たちを失い、挙句に追われる身となってしまう。逃亡先の済州島で心に傷を抱えた女性と心を通わせていくが、それはあまりに短すぎる平穏であり、状況はさらなる陰惨な深みにハマっていく。誰がこの暴力を終わらせるのか。
『楽園の夜』感想(ネタバレなし)
会食をやめない男たち
コロナ禍は私たちにさまざまな示唆を与えてくれました。中には人類への大いなる問いかけもあったかもしれません。
そのひとつが…人はなぜあんなにも会食をしたがるのか…。
いや、人というか、一部の人たち。とくに政治家とか、ああいうタイプの集団です。
あれほど多人数での無防備な会食はダメだと国民に対して再三に渡って注意喚起がなされているにもかかわらず、どうしても会食をしてしまい、後で批判の火種に…。そんなニュースを何度見たことか。
もちろん食事をみんなで楽しむという時間の大切さは理解できます。でもああやって会食で炎上する輩はそういう純粋で普遍的な楽しさとは少し違う領域に「会食」というものを位置づけていると思うのです。
それは例えば、会食が一種の上下関係の強化の場になっているとか、もっと言えばホモ・ソーシャルの延長構造を成しているとか。周囲が抑圧を受けている中、自分たちだけは解放感に浸って優越な殿様気分を味わいたいとか。
そういう位置づけの会食というのが、まさにアジア系の男社会ならではの特徴なのかなと私は思ったり。コロナ禍はそんな日常化していて気付かなかった会食の持つ一面も浮き彫りにさせたのかもしれません。
今回紹介する映画もそんな歪な会食文化をちょっと思い出してしまう作品でした。それが本作『楽園の夜』です。
本作は韓国映画です。何よりも特筆すべきは監督。韓国映画界隈をウォッチしている人なら、2013年の『新しき世界』という映画でガシっと心を鷲掴みにされた人もいるでしょう。その作品を手がけたのが“パク・フンジョン”です。
この監督の得意技は、徹底した血生臭いバイオレンスとその中でヒリヒリと漂う緊張感をともなう人間関係です。たいていは「組織」のおぞましさとそれに抗う「個人」の虚しさに、映画の焦点が置かれているような気がします。
“パク・フンジョン”監督は話題となった『新しき世界』のその後も『隻眼の虎』(2015年)、『V.I.P. 修羅の獣たち』(2017年)、『The Witch 魔女』(2018年)と、ジャンルを絶妙に変化させつつ、揺るぎない作家性を発揮。この監督なら一定の面白さは担保してくれるようなものです。
その“パク・フンジョン”監督の最新作となる『楽園の夜』は、『新しき世界』と同じくヤクザ支配の裏社会モノであり、あのおなじみのフィールドに帰ってきました。しかし、単なるカムバックではありません。その道中で体得した新技も引っ提げて、ますますエグさ、そして社会を射抜く攻撃力を底上げしてきています。
本作はヴェネツィア国際映画祭に出品され、暴力映画マニアな批評家を唸らせつつ、一般公開…と思ったら、コロナ禍のせいでNetflix配信に。昨今の韓国映画のNetflix行きの多さには驚きますが、こうやって世界に展開していくのも躊躇わないほどに、今の韓国エンターテインメントは勢いに乗っている証拠なのかな。
俳優陣は、『密偵』『安市城 グレート・バトル』の“オム・テグ”、『After My Death』『ヴィンチェンツォ』の“チョン・ヨビン”、『ハイヒールの男』の“チャ・スンウォン”、『大君〜愛を描く』の“イ・ギヨン”、『刑務所のルールブック』の“パク・ホサン”など。役者のアンサンブルがとても見ごたえありです。怪演、名演のオンパレードですよ。
さっきから書いていますが、とにかく血生臭い暴力描写の乱れ撃ちなので、苦手な人は気を付けてください(まあ、どうやって気を付けるんだっていう話ですけど。作中の赤い液体まみれになっている人間たちは全員キムチに顔を突っ込んだと思うことにするとか)。
韓国バイオレンスが大好物の人はもう思う存分にむしゃぶりついてください。
『楽園の夜』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2021年4月9日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :韓国暴力映画好きは必見 |
友人 | :ジャンル好き同士で |
恋人 | :過激なので観る人を選ぶ |
キッズ | :残酷描写が多数 |
『楽園の夜』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):蟷螂の斧
とある住宅団地。パク・テグという名の男は自身のボスであるヤン社長の手下を返してもらうためにやって来ました。その返してもらう者たちは部屋で監禁されており、惨い状態です。半死半生。生きているのもやっと。
しかし、テグは焦りません。淡々と交渉するテグを前に、監禁していた相手のボスは「蟷螂の斧」ということわざを語ります。力のない者が、自分の実力もかえりみずに強い者に立ち向かうことのたとえです。無駄な足掻きだと諭すように…。
それでもテグは全く動じません。タバコを吸い、相手をじっと見つめます。
「気をつけろ、ト会長は情け深いから大目に見たが俺なら殺してるぞ。お前を失えばヤン社長はただの役立たずだ」
そんな言葉をぶつけらても「必ず伝えます」と立ち去るのみ。テグの実力は裏社会でも知られていました。それこそ敵対組織さえもその能力を買っており、仲間に加えたいと思っているほどでした。
ソウル龍山病院。女性と幼い女の子ジウンを出迎えるのは、テグです。でも、先ほどとは顔つきがまるで違います。叔父さんの顔です。姉は「私が死んだらあんたが父親代わりよ」と冷たく告げるばかり。ジウンは「刺されないでね」と無邪気に声をかけてきます。ジウンにプレゼントのタブレットをあげてご満悦。姉とジウンは用意した車で出発します。
そんなテグはひとり病院に戻り、医者の説明を受けます。自分では姉の移植には使えないとのこと。それは自分と姉の父親が違うからなのか。テグの表情は暗いです。「先生、姉の余命は?」
テグは病院の椅子に座り、現実に無力感を感じます。おもむろに姉に電話をかけますが、様子が変です…。
大破した車、雨に濡れたプレゼントの箱。座り込むテグ。唐突に大切な存在を失ってしまいました。
2人の葬式。ヤン社長が来ます。「うちの派と揉めているからってこれはやりすぎだ」と社長。
「俺がト会長に会いに行きます」「どうする気だ」「どうしてほしいですか」
スパでト会長に会うテグ。「チンピラの犯人を捕まえてやる」と冷静に言ってくれるト会長に「もう過ぎたことです」とテグは返します。けれどもその心は決まっていました。テグはおもむろに隠し持っていた刃物でト会長をメッタ刺しにしていき…。
やるこをやったテグは新しい身分証とカネを貰い、まずは済州島で1週間を過ごし、そこから国外へと逃亡する計画を説明されます。ヤン社長に見送られ、テグは出発しました。
到着したテグを出迎えたのはひとりの女性。不愛想な感じで車内でも会話はありません。滞在先の家で食事。その女性・ジェヨンはこっちの世界の人間とは関わりたくないようです。ジェヨンはときおり行動が予測不能で、テグもどう付き合えばいいのかわかりません。
その頃、裏社会では抗争が激化。大勢の死傷者を出す陰惨な争いが勢いを増します。
ヤン社長は調子に乗っていました。敵の大将を倒した今がチャンス。
しかし、その策略は一瞬でひっくり返ります。プクソンのト会長を殺しそこなったと知ったヤン社長は頭が真っ白に。プクソンのマ理事からの電話に出ます。
「大それたことをやってくれたもんだ」「覚悟しておけ」
引くに引けなくなった男たちの権力闘争。その結果がどう転ぶかはテグしだいになりますが、当人はまだそんな事態を知るわけもなく…。
その食事、美味しいですか?
“パク・フンジョン”監督は男社会の醜さというものを辛辣に描くことに関しては天才的だと思うのですが、この『楽園の夜』でもその描写が際立っていました。
おそらく作品を観た人なら、ヤン・ドスというキャラクターの乱高下激しい存在感に目がとまったのではないでしょうか。私もヤン社長のあの人間味が最高だなと思います。
冒頭、テグが交渉している中でヤン社長はディスられていて、まあ、でもそれはあくまで話術における戦略なのかなと思うじゃないですか。その後に葬式で登場したヤン社長はいかにも組織のトップらしい貫禄で(テグと話しているときも周囲の一同は身動きせず座っている)、この人はこの人で凄腕なんだろうと推察したくなります。
ところがです。テグが殺害したと思ったはずのト会長が一命をとりとめたと判明し、ヤン会長の栄光は一瞬で沈黙。図に乗っていたあの姿はどこかへ消し飛び、すっかり弱腰。あの転落っぷりがもうね…「あ、やっぱりこの人、冒頭で言ってたとおり、小物だったのか!」ってなります。
爆笑(してもいいはず)のシーンはやっぱりパク課長にセッティングしてもらったジャージャー麵食事会の場面です。あそこでマ理事とパク課長の熾烈なマウント合戦が始まり、間で縮こまって座っていたヤン社長はおどおどしつつ、ついに耐えきれなくなってひとり勝手に謝りだすという…。なんだこれな情けない姿。あそこでターンテーブルを使って回りくどくやり取りしているのも滑稽ですよね。テグを沢庵に見立てて差し出すという同意を得るあたりのバカっぽさもいいです。普通に会話すればいいのに…。絶対に食事を美味しく味わう気もないですよ。
そんな超最弱のヤン社長とは正反対に君臨するのがマ理事(マ・サンギル)。明らかにカリスマ性があって、凶悪で、サイコパスな怖さもある。もうどう足掻いたってヤン社長に敵う相手じゃありません。
終盤の掘っ立て小屋で、テグの姉子を殺したのはヤンであるという真実を暴露し、テグとヤン社長を殺し合わせるという悪趣味さ。全てを掌の上で転がし、翻弄している。絶対的なマ理事の恐怖支配というものを突き付けてきます。
ヤン社長を演じた“パク・ホサン”と、マ理事を演じた“チャ・スンウォン”の2人の演技も素晴らしくて、ずっと見てたかったなぁ…。個人的にはあの2人を同じ部屋に閉じ込めて、1か月くらい観察していたい…(狂気の発想)。
ただ食を楽しむって素晴らしい
そのどうしようもない男たちの裏社会から距離を置くことになったテグ。一応は、殺人を犯してしまったゆえの逃避行のための準備としてひとまず済州島に匿われるだけなのですが。
テグも表の顔を本音の顔を持っている人間です。とくに本心の部分が重要で、ヤン社長のように欠陥だらけの擁護不可な人間性ではなく、しっかり愛情を持つ人の心でした。
しかし、姉の移植に貢献できない無力感も感じています。あそこで医者に「本当の家族ではない」という自尊心をさりげなく傷つけられる話に意図せずなってしまい、意気消沈して椅子に座りこんでいる彼の姿が物悲しいです。よくヤクザ系の作品だと「組こそが俺の家族だ!」みたいになりがちですが、たぶんテグにとっての家族はあの2人なんでしょうね。
そのテグが済州島でジェヨンという女性に出会い、少しずつ心を解きほぐしていきます。このあたりの展開はベタと言えばそのとおりで特段の新鮮味もないです。天涯孤独の男女が寄り添うなんて定番すぎます。
ただ、ジェヨンを演じた“チョン・ヨビン”の佇まいがこれまた素晴らしく、その絵だけで物語が引き締まって見えるのも事実。なかなかに対人関係に距離感を設定する人なので、容易に寄り添うこともないのがいいです。
これでジェヨンが典型的な男をケアする優しい女性だったら残念な描写だと思いますし、そこを回避しているのは良かったかな。
テグ自体も明確なセクシュアリティを作中で明示していないので、ありきたりなロマンスに発展するでもなく、ものすごくフラットな関係性をぎこちなく築いていく感じがいいですね。
また、ここでも「食」の描写が印象的に映し出されます。
テグとジェヨンは、名物だという水刺身(ムルフェ)を食べることに。おそらくテグもずっとあの裏社会特有の会食ばかりの人生だったでしょうし、こういう対等な関係にある、ただ食を楽しむという共有食事は新鮮だったのかもしれません。食というのは本来は心を通わせ合えるものなんだ、と。
会食は男社会の弱点
『楽園の夜』の終盤はテグが一方的に蹂躙されていくという、なんとも痛々しい無力な展開。
本作は抗争においても基本的には「刺す」というアクションだけで攻めていくスタイルであり、あの激しいカーチェイスの際でも最終的には刺しまくりでしたからね。
なんとなく私は「刺す」という動作が食べ物をつまむときの行動にも思えてきて、ここでも会食の繋がりを感じてしまうほど。まさにあの場面ではテグはテーブルの上の沢庵になってしまい、食事を仕切る男たちに箸で刺されて弄ばれるのです。
この一連の抗争の勝者はマ理事。こうして物語は幕を閉じる…とはなりません。
ジェヨンの覚醒。このへんは監督の前作である『The Witch 魔女』と割とそのまんま同じなのですけど、監督も気に入ったのかな。
注目点はガンファイターになったジェヨンが乗り込む建物。そこまた会食の場なわけです。完全に意表を突かれて無防備になっている男たちがそこにいました。
やっぱり会食というのは、最も男たちが隙だらけになるシチュエーションなんです。男社会の脆弱性であり、狙われたら簡単に倒せてしまう急所ですよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience –%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Next Entertainment World
以上、『楽園の夜』の感想でした。
Night in Paradise (2020) [Japanese Review] 『楽園の夜』考察・評価レビュー