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ドラマ『テヘラン Tehran』感想(ネタバレ)…イスラエル・イラン諜報戦に女スパイの居場所はあるか

テヘラン

イスラエルvsイラン諜報戦の緊張感の中で…「Apple TV+」ドラマシリーズ『テヘラン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Tehran
製作国:イスラエル(2020年~)
シーズン1:2020年にApple TV+で配信
原案:モシェ・ゾンダー、ダナ・エデン ほか
性暴力描写

テヘラン

てへらん
テヘラン

『テヘラン』あらすじ

イスラエルの情報機関であるモサドに所属するハッカー・エージェントのタマルは、イランの原子炉破壊という重大なミッション遂行に欠かせない役割を与えられる。それはイランのテヘランに身分を偽って潜入することだった。ところがその任務は出だしから思わぬトラブルに直面し、予期していなかったコースを辿り始める。イランのイスラム革命防衛隊もその不穏な動きを察知し、敵国の暗躍を止めようとするが…。

『テヘラン』感想(ネタバレなし)

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“イスラエルvsイラン”の諜報戦の世界へ

中東地域にある国「イスラエル」について日本に暮らしているとそこまで身近に感じる機会は少ないと思います。最近であれば新型コロナウイルスへの対抗の決定打となると期待されるワクチン接種がいち早く進んでいる国としてニュースで話題になっていたのを知っているかもしれません(最近はまた感染者が増え始めたようだけど)。

日本人の中には中東の国々を発展途上国として“下”に見なしている人も一定数いると思うのですが、それは全くの思い上がり。先に紹介したワクチンの件もそうですし、実はイスラエルは医療はもちろん、経済・技術などあらゆる面で世界の先頭グループの仲間入りをしています。イスラエルで6月に行われたLGBTQのためのプライドパレードなんて10万人が参加したそうです。

そのイスラエルを語るうえでテクノロジーも忘れてはいけません。イスラエルはとくにITが進んでおり、世界トップクラスのIT企業もいくつもあります。例えば、「Cellebrite」というイスラエル企業はスマホからデータ抽出を行うツールを開発しており、各国の警察や法執行機関と取引するほど有名で、なんと日本の警察もこのイスラエル企業に依頼してスマホのロックを強制解除しているそうです。これはこれで「通信の秘密」の侵害になりかねないので論争になるのですが…。

そんなイスラエルのちょっと怖いくらいに先進的なテクノロジーの話題も、今回紹介する作品とは無縁ではないでしょう。それが本作『テヘラン』というドラマシリーズです。

『テヘラン』はイスラエルが製作したドラマシリーズであり、Appleとの共同制作となり、日本を含む世界では「Apple TV+」で独占配信となっています。

タイトルですぐにわかりますが、本作の舞台はイスラエル…ではなくイランのテヘランです。イランと言えば、イスラエルとは政治的・軍事的に非常に厳しい対立関係に今はあります。本作はまさにそんな社会情勢を背景に、イスラエルの諜報員がテヘランに潜入し、それをイラン側も食い止めようとする攻防を描くという、スパイ・サスペンスです。

またこのドラマ『テヘラン』はもうひとつ特徴があって、メインの主人公が女性のスパイ・エージェントという部分が重要です。いまどき女スパイを描く作品は珍しくなくなってきましたが、この本作に関してはかなりリアリティ重視。例えば、これまでの女スパイと言えば、ステレオタイプなキャラクター性が目立っていたと思います。最近は固定的な女性像にとらわれない表象も増えてきた面もありますが、それでもジャンルゆえに極端な存在感だったりするもの。『アトミック・ブロンド』などのように、超人的とも言えるくらいにやたら強くて敵をなぎ倒していく戦闘エキスパート風タイプとか。それはそれでジャンルとしては面白いのですけどね。

ドラマ『テヘラン』の主人公となる女性はスパイですけど、本業はハッカーということもあり、身体的戦闘能力が圧倒的というわけではありません。プロフェッショナルではあるけれども失敗もするし、葛藤もするし、重圧に潰されそうもなるし、恐怖も感じる。そういうリアルな人間らしさが不安定さを生み、それが物語のサスペンスになっています。

イスラエル製作ということはイスラエル寄りの物語なのかな…と思うのも無理ないですが、観てみると意外にそうはなっておらず、双方を対等に描いていますし、むしろ諜報という世界の残酷さが際立つ印象を受けるのではないでしょうか。

私は中東情勢とかよくわかってないのだけどな…と不安に感じる人もとりあえず大丈夫。最低限の知識としてイスラエルとイランは仲が悪いとだけ頭に入れておけばいいです。詳細な政治背景や組織については後半の感想で少し説明しているので参考にしてください。

どうしてもアメリカやヨーロッパ中心なスパイものが多いですが、たまにはこういう中東主体のスパイものも新鮮で面白いです。

シーズン1は全8話で1話あたり約40~50分。次々と緊迫感が上乗せされていく展開が待っているので一気に鑑賞したくなるかもですね。

なお、本作ではヘブライ語(イスラエルの公用語)、ペルシャ語(イランの公用語)、英語が話され、吹き替え版ではヘブライ語だけが日本語音声になるのですが、舞台がテヘランなのでもっぱらペルシャ語が多めです。なのであんまり吹き替えっぽくない雰囲気になりますが、ヘブライ語とペルシャ語のリスニング区別ができない私みたいな人には理解の助けにはなるかもしれません。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:スパイものが好きなら必見
友人 3.5:趣味の合う者同士で
恋人 3.5:一緒に緊張感を共有しよう
キッズ 3.0:やや暴力的描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『テヘラン』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):潜入と失敗

ヨルダンのアンマン。インドのニューデリー行きの飛行機が離陸しようとしています。その乗客の中にはずいぶん気楽そうな男女が。片方の女性シラは「ブルカの人と写真を撮りたい」と自由気まま。

飛行機は空へ飛び立ちました…が、揺れが起き、さらに停電。乱気流なのか。シートベルトの装着を呼びかけるアナウンスがあり、加えて機長はエンジントラブルでテヘラン航空に寄ると乗客に告げます。それを聞いたあの男女は「僕たちはイスラエル人だ、テヘランに行けない。捕まってしまう」と必死に訴えます。なだめられ、席に戻るも、先ほどの余裕は吹き飛び、緊張の面持ち。

着陸。最後まで降りようとしないあの男女。それでも仕方なく促され降りると「イランへようこそ」という通路を恐る恐る歩き、目の前に男たちが。パスポートを見せるように言われ、「ついてこい」と。従うほかありません。シラは途中で緊張しすぎてトイレへ。

一方、テヘランの空港にあるトイレにブルカの女性がひとり入ってきます。その個室でサングラスをした別の客室乗務員スタイルの女と落ち合い、服を交換。サングラスとなった女性は個室を出ますが、トイレに入ってきた直後のシラとぶつかってしまいます。そしてそのサングラス女性の顔を見たシラは「あなた基地で一緒でしたよね」と気づきますが、サングラス女性は誤魔化して立ち去りました。

その中、ブルカに入れ替わった女性の方はロビーの夫のもとに座ります。「コードは?」と聞かれ、「インドに着いたら言う」と一言。男はすぐに電話をかけ始めます。相手は…イスラエルのイスラエル諜報特務庁(モサド)本部

テヘラン空港からの電話を受けたモサドのエージェント。「騙されました。コードはインドに着いたら言うと。タマルにコードを取得させましょう」「2人のイスラエル人は?」「拘束されました」「2人の経歴を入手しろ」

実は今、イスラエルのモサドではイランの原子炉を空爆する計画が進行中。イランの防空レーダーを突破するためにコードが必要でした。しかし、当初のプランは使えず、しょうがないのでテヘランに潜入したハッカーのタマルになんとかしてもらうことにします。そのタマルとは先ほどトイレで入れ替わったサングラス女性その人です。

タマルは空港の外へ。タクシーに乗って街へ行くと、公開処刑が行われている最中で、クレーンに吊るされた人間が…。その後、タマルはある建物の部屋へ。そこは自分が入れ替わった相手であるジーラの家です。ジーラの夫であるゲイサルはこの入れ替わりの件を知っていました。タマルはパソコンにてシャキーラというネームでシックボーイというハッカーとやりとりし、コード入手の糸口を模索。

空港ではまだあのイスラエル人の男女が拘束されていました。狭い部屋に連れていかれ「あんな飛行機乗らなきゃよかった」と嘆く男に、女は「トイレで上官を見た」と告げます。その会話は監視カメラで記録されており、たまたま妻ナヒドの脳の手術でパリに向かう予定のために空港に居合わせたイスラム革命防衛隊ファラズ・カマリが対応にあたることに。「君は敵国の人間だからいくつか質問しないといけない」「トイレで何があった?」…そう尋問され、女は「8200部隊の諜報部で…私は基地のソーシャルワーカーだからよく知らない」と怯えながら答えます。しょうがないので男女は釈放、飛行機で離陸。カマリの妻もひとりでパリに行ってしまいました。

しかし、カマリはトイレでの入れ替わりに気づきます。そうとは知らず、タマルの方はイラン国営電力会社に潜入。防空システムにアクセスしますが、なりすましているジーラの上司の男に目撃され、揉み合っている中で別人だとバレてしまい、うっかり蹴り倒し死亡させてしまったのでした。

タマルは無事にミッションを完了できるのか…。

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世界観の背景を知る

『テヘラン』は当然ながら政治情勢などを知っておくと何十倍も楽しめます。

イスラエルとイランはそもそもなぜ仲が悪いのか。双方ともに中東ですが、隣国ではありません。この2国がずっと険悪だったわけでもありません。発端は俗にいう「パレスチナ問題」です。

ユダヤ人とアラブ人は、ヨルダン川から地中海の間に広がる土地を支配しようとそれはもう長い間、争い合ってきましたが、いまだに決着はついていません。これは「イスラエルvsイスラム諸国」という対立構造を根深いものにしました。イスラエルが建国を宣言した1948年から第一次中東戦争が発生して以降、イスラム諸国にとっての反イスラエル感情は凄まじいです。ただ、イランはイスラム諸国であるにもかかわらず最初はイスラエルに対して友好的でした。ところが指導者「アーヤトッラー・ホメイニー」によって1979年にイラン革命が起きて事態は一変。イランはイスラム教主体の独立性を強め、アメリカとも敵対(『アルゴ』で描かれた在イランアメリカ大使館人質事件もまさにそれ)。イランはイスラエルと断交し、アメリカとセットで悪魔と罵り始め、イスラエルを最も憎む国家となったわけです。

さらに詳細は以下の記事を参照。

現在、イスラエルはイランの核保有を警戒しており、イランの核施設への軍事攻撃の可能性が高まっています。つまり、この『テヘラン』というドラマシリーズはそのイランの核施設である原子炉を空爆するというミッションを描いており、フィクションにしてはあまりにもリアルで差し迫った題材を描いているんですね。当事者なのによくこんな題材を描けるなと大胆さに驚きですが…。

でも本作はあくまで諜報戦です。2つの組織の対立。

ひとつはタマルも所属するイスラエルの諜報機関「モサド」。情報収集、秘密工作、逃亡ナチス捜索などを主とし、世界中に拠点があってエージェントが潜んでいると言われています(『ミュンヘン』などモサドを描く映画もありますね)。ちなみに作中でタマルが格闘スキルを披露しますが、あれはイスラエルで考案された近接格闘術「クラヴ・マガ」だそうです。

一方のイラン側としてカマリが属するのが「イスラム革命防衛隊」。イランはちょっとややこしくて、このイスラム革命防衛隊は単なる諜報機関というだけでなく、陸海空軍や弾道ミサイル部隊まで複合していて、国軍とは別の組織です。前述したホメイニー(作中でも名前は出ますね)が組織したものであり、完全に独立した部隊として権力のために動きます。作中のカマリは言っても下っ端で、これだけ巨大な組織なら当然だろうという感じですね。

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シーズン1:従う女性、従うしかない女性

『テヘラン』はシーズン1第1話から「女性」がひとつのテーマ性にあるのがよくわかります。

まずなぜあのジーラは国外へ逃げようとしたのか一見するとわかりにくいです。夫に暴力を受けたのかなと思ったらその夫も優しそうですし。しかし、理由は職場の上司から性的暴行を受けたからなのでした。イランでは性犯罪被害者女性の方が居場所がなくなるのでしょうね。その牙はジーラになりすますタマルにも向けられることに。

けれども女性もやられっぱなしではありません。タマルとジーラの入れ替わりもそうですが、この社会特有の女性が受ける圧力を逆に利用した戦術が駆使されていきます。女性はブルカですっぽりと身体を覆うので別人になりすましやすいですし、身体検査もほぼなし。

そんな中、主人公のタマルは必ずしもモサドに忠実というわけではなく、その殺人も躊躇しないやり方に疑問を抱き、でも同時に自分のキャリアと実力を証明すべく、挽回の策を独自に練り始めます。シックボーイことミラドを上手く動かしていくさまはいかにもスパイ。単に命令を聞くだけでなく、主体的に動かす側に回る女性スパイ像でした。

逆に叔母アレズーの娘で体制派に染まっているラズィエは、しょせんは自分が駒であると知ってしまうオチが皮肉。

一方のイラン側のカマリですが、彼はパリでイスラエル側に拘束された妻ナヒドを救うべく、こっちも独断で行動。こちらは女性(しかもイラン社会から結果的に離れた女性)に引っ張られるように主体的行動をとるというあたりが意味深いですね。

そして最後はまさかのモサドに属していたカドーシュの二重スパイが発覚。タマルにとっては先輩女性にあたるわけですが、そんな彼女も自分の主体性を得たうえでのこの立ち位置を選んだのでしょうか。

随所に「女性」のテーマ性が見え隠れしつつ、事態は二国のみならず中東全体を巻き込むであろう戦争秒読みのギリギリをかすめる緊迫の展開。タマルとカマリの一瞬の邂逅、ミラドとともに現場を退避するタマル…さあ、どうなるのか。

現実はこうはなってほしくないのですが…。

『テヘラン』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 94% Audience 76%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Apple

以上、『テヘラン』の感想でした。

Tehran (2020) [Japanese Review] 『テヘラン』考察・評価レビュー