小さく賭けて小さく勝つ男の禁じ手…映画『カード・カウンター』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2023年6月16日
監督:ポール・シュレイダー
性描写 恋愛描写
カード・カウンター
かーどかうんたー
『カード・カウンター』あらすじ
『カード・カウンター』感想(ネタバレなし)
イカサマではないけど…
私はギャンブルとか全然やらないのですが、そんな私の素人の考え方だとこんなことを頭に思い浮かんだりします。
カード系のギャンブルって、テーブルのカードを全部暗記できれば、常に有利で勝ちやすくなるんじゃないの?…と。世の中にはきっともの凄い記憶力を持った人だっているだろうし、その人にかかればギャンブルなんて楽勝になるのではないか…。
もちろん私の思いつく凡人レベルの懸念はしっかり想定されていました。どうやらプロのギャンブルの世界ではそれも織り込み済みのようで、そういうカジノゲームで既出のカードを記憶して有利に運ぶ行為を「カード・カウンティング(Card Counting)」と呼ぶそうです。
純粋にその人のスキルの成せる技なのでイカサマ扱いではないにしても、やはりカジノでは歓迎されないようで、あまりにカード・カウンティングに長けていれば、判明しだい出禁になったり、またはゲームの進行を工夫して記憶を阻害するなどの対策を講じているのだとか。
そりゃそうですよね…。反則じゃないにしても、チート同然だろうし…。
でもカード・カウンティングができるなんて、ちょっとカッコいい才能にも見える…。ひたすらに神頼みな運試しありきではなく、実力でゲームを自分の有利に進めたいというのは、多くのギャンブラーの理想でしょうから。
今回紹介する映画はそんなカード・カウンティングを巧みに発揮する孤高のギャンブラーが主人公です。
それが本作『カード・カウンター』。
本作の主人公はカード・カウンティングを得意とするのですが、非常に立ち回り方を理解している人間です。「小さく賭けて小さく勝つ」を信条とし、あまり目立たないように振舞っているので、カジノ運営側に目をつけられることがありません。賭けで利益をあげても、派手に散財はせず、いつも質素な生活を心がけています。欲深さをださないのです。
それじゃあ、何のためにギャンブルをやるんだ?という話ですが、本作ではそんな主人公の複雑な事情が明らかになってきます。
ただ、タイトルに反してカード・カウンティングありきの作品ではなく、少し印象とはズレるかもしれません。カード・カウンティングはもっぱらブラックジャックで用いられるのですが、今作ではポーカーが主なゲームになってきます。
それにギャンブルでいかに勝つかというエンターテインメントなサスペンスかと思いきや、全然そんな物語にはならないという…。まるっきり違う方向性です。
なにせ『カード・カウンター』の監督はあの“ポール・シュレイダー”です。
『タクシードライバー』の脚本家として有名になり、以降は監督作を続々と発表。『ラスト・リベンジ』(2014年)、『ドッグ・イート・ドッグ』(2016年)ときて、2017年の『魂のゆくえ』でなんとアカデミー脚本賞にノミネートされて人生初の舞台に立ちました。高齢ながら今が一番勢いがある状況になっています。
その“ポール・シュレイダー”監督の2021年の映画『カード・カウンター』も実に“ポール・シュレイダー”らしい味わいで…。今作も人間の抑圧的苦悩を物語に濃厚に詰め込んでいます。ブレないな…この監督…。
ちなみに、『カード・カウンター』のエグゼクティブ・プロデューサーの数はやたら多くて、ちょっとIMDbで数えたら27人くらいいました。独立系の作品なのでおカネを出した人はみんな製作総指揮扱いのようです。もちろんその中でも名前が際立つのはやはり盟友である“マーティン・スコセッシ”ですけどね。
主人公を演じるのは『DUNE デューン 砂の惑星』の“オスカー・アイザック”です。『スター・ウォーズ』シリーズのポー・ダメロンから、MCUドラマ『ムーンナイト』の多重人格者まで、幅広く役をこなす才能の持ち主。今回の『カード・カウンター』はぐっと抑えた渋い演技を見せてくれます。今回は多重人格になりませんが、もうなってそうな雰囲気です。
共演は、『コスメティック・ウォー わたしたちがBOOSよ!』の“ティファニー・ハディッシュ”、『レディ・プレイヤー1』の“タイ・シェリダン”、『ライトハウス』『トーゴー』の“ウィレム・デフォー”。ほんと、“ウィレム・デフォー”は些細な役柄でもでてくれる人なんだな。
繰り返しますけど『カード・カウンター』はギャンブルの題材に反して痛快さはほぼゼロに等しいので、うっかり期待の賭け値を間違えないようにしてくださいね。
『カード・カウンター』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :監督作が好きなら |
友人 | :エンタメ要素は薄い |
恋人 | :デート向きではないかも |
キッズ | :ベッドシーンあり |
『カード・カウンター』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):その手札は使ってはいけない
とある刑務所。囚人たちが机でカードゲームに興じています。その中に混ざっていたのが、ウィリアム・テルでした。彼はこの刑務所では規則正しく服役しており、問題行動もありません。
そのウィリアムがこの刑務所での数年間で学んだことがありました。それは「カード・カウンティング」と呼ばれるカードゲームの勝率を上げる裏技です。これによって有利に勝ち進めることができており、自分の持ち技となって体に染み込んでいきました。
出所後、ウィリアムはどこかに定住して働くわけでもなく、カジノホテルでギャンブルをして生活していました。「小さく賭けて小さく勝つ」がモットーであり、ここでも冷静で、調子に乗って賭けにでることはしません。常に小さな勝ちだけで満足します。カネが手に入ったからといって、そのまま高級なホテルに泊まったりもせず、余計なことはしないという行動が徹底していました。
カジノホテルからでると、滞在場所となる安っぽいモーテルに直行。こうやって転々とする人生で、本人はこれでいいと思っていました。荷物は2つのバックだけ。匿名で過ごし、交友はありません。
部屋に入ると、真っ先に壁の絵を取り除きます。電話すらも線を抜き、奥に片付けてしまいます。そしてスーツケースを開けると無地のシーツが畳んであり、それであらゆる家具を隙間なく覆うのです。そして何事もなくくつろぐのでした。
ある日、いつものカジノでウィリアムはギャンブル・ブローカーのラ・リンダを目にします。明らかに他のお調子者な浮かれた人間とは違い、その佇まいに目が離せません。ラ・リンダはカジノの投資支援をしているようで、ポーカーをしましょうと誘われます。
また別の日、同じホテルでセキュリティ業界のカンファレンスが開催されているのに気づき、足を運んでみます。パネルのスケジュールにはジョン・ゴードの名が…。
普段は絶対に余計な行動をしないのですが、今回ばかりはゴードの発表を聞きに行ってしまいます。顔認証の技術解説を雄弁に語っていました。
しかし、途中に出ていくために立ち上がると、隣に座っていた若者、カークが連絡先をなぜか教えてくれます。
夜、モーテルのベッドで、ウィリアムは捕虜収容所での拷問に関する悪夢を見ます。爆音の轟音が鳴り響く施設内で、拘束されて放置される者、汚物まみれで全裸で暴行される者、犬に吠えたてられる者…。
結局、バーであのカークに電話し、来てもらいます。こちらの正体を知っているようで、捕虜虐待で裁判にかけられ有罪判決を受けたことを指摘されます。アブグレイブ刑務所。それがウィリアムの過去の全てでした。
そしてカークの父もそこにいたらしく、すでに自殺しているとのこと。どうやらカークは「強化尋問」をコンサルタントしたゴードは罪を免れたので、そのゴードに復讐したいと狙っているようです。
その場では断りますが放り出すこともできないウィリアムは、危なっかしいカークの面倒をみることに…。
物語の背景となる実在の事件
ここから『カード・カウンター』のネタバレありの感想本文です。
『カード・カウンター』はまず物語の前提となる背景として「アブグレイブ刑務所」が登場します。主人公のウィリアムは架空の人物ですが、収容所での拷問の件は実話です。
世界同時多発テロの「911」以降、アメリカは対テロ作戦を大規模展開し、アフガニスタンやイラクに軍を展開。世界の秩序を守ることを大義名分にしていますが、実際は復讐であり、それが暴走して多くの捕虜収容所で酷い拷問が行われる事態となりました。
それは『ゼロ・ダーク・サーティ』や『モーリタニアン 黒塗りの記録』など映画にもなっているとおり。人道的でないのは誰が見ても明らかで、捕虜を身体的にも精神的にも虐待することが日常化していました。人形のようにオモチャ感覚で弄ぶような、そんな所業。写真とかが報道で出回っているので調べたらすぐに目にできますけど、本当に惨たらしい残忍なものなので、あまり確認はオススメできません。
アメリカ政府側はこれは政府の政策ではないとしらを切りますが、映画『ザ・レポート』でも描かれたように、この拷問は「強化尋問技術」というあまりにも都合がいい用語で正当化されており、政府機関のお墨付きの発案でした。「強化尋問技術」と書けば最新の手法に思えますが、中身はただの昔ながらの酷すぎる拷問です。
「アブグレイブ刑務所」はイラクにあり、アメリカ軍が運用していたのですが、2004年に拷問が発覚。結果、10人以上の兵士が起訴され、軍法会議にかけられ、有罪判決を受け、軍事刑務所に服役することになりました。その中でも“チャールズ・グラナー”という兵士が一番重い罪となり、懲役10年(でも6年半で釈放されている)。正直、これだけのことをして、その刑罰で済んでいるのは軽すぎるとは思うですけど…。
なお、兵士は起訴されましたが、上官は全く罪に問われず、当時の“ジョージ・W・ブッシュ”大統領と“ドナルド・ラムズフェルド”国防長官が謝罪したくらいです。
『カード・カウンター』の主人公のウィリアムはそうした実際の加害者兵士をモデルにしているものと思われますが、その性格などの人物像は、完全に“ポール・シュレイダー”監督の作風に合致するようにゼロから構築し直されています。
贖罪か、復讐か。引き返せるなら…
『カード・カウンター』の主人公のウィリアムもおそらくあの捕虜収容所でしだいに倫理観が狂い、自分でもなぜそんなことをしてしまったのかわからないほどに残忍性を露呈してしまったのだと思います(どうして人はこんな行動をとってしまうのか、それについては「The Lucifer Effect: Understanding How Good People Turn Evil」という書籍でも整理されている)。
その反動なのか、ウィリアムは自分が収監された刑務所内の時点からやけに規律正しく過ごし、出所後も全く羽目を外すこともなく、まるで自分を罰するかのような禁欲的生活を送っています。
このウィリアム(自己刑罰モード)の描写がとても“ポール・シュレイダー”監督風味満載で、とくにモーテルの部屋での行動ですね。あの潔癖的なまでの異様な空間づくり。ウィリアムの人格がなおも決定的に破壊されてしまったことが窺えます。贖罪にしてはあまりに極端ですから。
カジノでギャンブルをするも少額の勝ちで抑えるというスタンスも、禁欲さと強欲さの狭間という感じで、いかにも危うさそのものを体現していました。
そんなウィリアムが出会うのがカークという若者で、こいつがまた言ってしまえば『タクシードライバー』的な「復讐」がカッコいいと思っている若造で…。暴力で満たされるものがあると思いこんでしまっている未熟さです。
当然、ウィリアムは人間の闇を知っているので「そんなことをするな! 闇落ちするぞ!」と必死に警告してくれます。復讐が狂ったことであの拷問が生まれ、ウィリアムのような人間が生まれたのですから、また復讐に手を染めれば同じ穴の狢になるのは確定的…。
けれどもこのカークがまた悲しいことに「母のもとに戻れ」とカネを渡しながらの脅しで追い払ってあげたのに、自ら単独で復讐を遂行しにゴードの家に行ってしまい、返り討ちで殺されるという運命の末路が…。
最終的にはポーカー大会の決勝を捨ててまで、ウィリアムはゴードに拷問という復讐をまたもする選択をとり、自らの手を血に染めます。
そしてエンディングは刑務所。振り出しに戻ったわけですが、そこにはラ・リンダがおり、ウィリアムの禁欲的な自分縛りは必ずしもこれまでどおりではなく、ささやかな愛が芽生えている。あの面会のガラス越しに2人が指を重ねるシーンは、“ポール・シュレイダー”監督の好きそうな構図かな。
個人的にはこういう恋愛で生を取り戻すという展開はあまり好きではないので、このラストはそんなに私の中では刺さらないのですが、“ポール・シュレイダー”監督が『魂のゆくえ』に続いて、復讐の虚しさとわずかな希望を織り交ぜる手際を向上させているのはよくわかりました。
日本でも難民相手に非人道的な行為が横行していたのが明るみになり、その反省もろくにせずに出入国管理及び難民認定法(入管法)を強行改正している有り様ですから、一度、日本の政治家たちはこの『カード・カウンター』の主人公のウィリアムにこってり脅されたほうがいいと思います。こっちも脅しても全然理解する気配もない奴らかもしれないけど…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 42%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Focus Features. A Comcast Company. カードカウンター
以上、『カード・カウンター』の感想でした。
The Card Counter (2021) [Japanese Review] 『カード・カウンター』考察・評価レビュー